表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
5/23

第4話 仕事と言う名の境界線

 ぼくは事務所へと急ぐ。


 バイト先である事務所は、わりと町から外れている場所にある。


 ぼくの暮らしている町自体地方なので、その場所にあるのは住宅街と個人商店くらいだ。

その中でも周囲の建物に紛れに紛れ込み、一見なんなのかその外見からは判断がつかないような地味な2階建て建物が事務所だ。


 ――巫月個別調査事務所。


 狩人(ハンター)などまるで関係ないようなその名称の上に、看板などの自己主張は全くないその事務所は、何も知らない客が訪ねてくることはまずない。


 ここの一階はまるまる車庫兼物置に使われており、事務所自体へは外に付いている階段から二階へ登らねば行くことができない。

その階段と言うのが、今にも崩れ落ちそうなもので、これがより客を遠ざける原因になっていると思う。


ぼくは錆びた階段を、ギシギシ鳴らしながら駆け上がった。

 不意にその階段は揺れて、ぼくは足を止める。胸がドクンドクンとその鼓動を伝えてくる。


 ……ぼくは小心者なのだった。


 そうして、なんとかぼくは扉の前まで来た。

 ……ふと、扉を目の前にし、なんとなく落ち着いてから、静かに開けた方がよさそうだ。と判断。


 ゆっくりとノブに手をかける。

 先月、鍵をドアごと変えたばかりの扉はすんなりと開いた。


「あっ、おはようございます、所長」


 おはようと言っても、時間は昼過ぎだ。

 巫月所長はなにやら帳簿のようなものをつけていたが、ぼくの挨拶に顔を上げた。


 所長、と言っても、その見た目はかなり若い。20代、だろうか。

 ぼくよりも、すこしだけ、年上。


 少なくとも、ぼくにはそう見える。


「ああ、遠野か。おはよう、今日はいつもよりはやいね」


 巫月所長は持っていた帳簿を閉じる。


「……ん? ハミはどうした?」

「……ああ、今日は食事にありつけなさそうだから、やめておくそうです」

「相変わらず、いい勘してる奴だ」

「じゃあ、今日は狩りはないんですか?」

「ああ、ない」


 見てみると、赤霧先輩がソファーにコートをかぶり寝ているようだった。

 眠っているかどうかは、こちらに顔が向いていないので知りようがない。


「一応、仕事はあるのだが」

「なんです?」


 なんとなく、その仕事がお金にならない気がした。

もしくは、かなり面倒な仕事なんだろう。


赤霧先輩はお金が入るならなんでもするが、基本がめんどくさがりなので、それなりに労働に対し、収入が見込めないなら仕事はしない。


この人が今寝てるってことは、夜に狩りがあるか、もしくはそういうことだ。

 赤霧先輩は、仕事自体は嫌いだけど狩りは楽しみでもあるから、狩りだけには必ず参加する。終わるたびに「こんな仕事はやめたい」と言ってはいるけどね。


「……いや、そういうわけじゃなくてね。ただ、今は動けないと言うだけで」

「動けない……ですか?」

「状況の把握に時間がかかる。そのためにキミに動いてもらってもいいんだけどね」


 どうもぼく程度の頭じゃよくわからない事情があるらしい。


「なにか問題でもあるんですか」

「すこし。問題という言い方には状況と視点によるだろうけど」


 そう言って、所長は新しく別の帳簿を取り出し、めくり始めた。


「とりあえず、コーヒーでも淹れてもらえる?」

「わかりました」


 事務所にある流し台まで行き、いつものようにコーヒーを淹れ始める。

 お茶やコーヒーを入れるのは、ここではぼくの仕事で、いつもみんな(みんなと言うのはその時、たまたま事務所にいた人)の分の飲み物を準備する。それは人によっては紅茶を用意することもあるし、緑茶、コーラの時もある。


 その時々で、ぼくは用意するものを人に合わせて別々に準備する。のが、ここでの雑用の一つだ。


 ちなみにハミはコーヒーと炭酸が飲めないということになっているので、オレンジジュースを用意したりする。実際はなんでも飲めるのに、人前だと「炭酸は飲めな~い」とぶりっ娘するので、ちょっとイラっとする。

しかも、果汁100%のジュース以外のものでないと、ぼくがキレられるので注意しておかないといけない。


「あ、所長、豆切れてますね」

「なら仕方ない、紅茶にしてくれ。インスタントなんて飲めたものじゃないから」

「……後で買い出し行ってきますよ」

「そうしてくれると助かる」


 そうそう、買出しもぼくの仕事だった。

 所長は自分で日常品の買い出しをしない。

ネットオークションや通販なんかで買い物をすることもあるが、ネットで注文したものを直接、業者にここ運ばせることはまずないし、許可もしない。


 ので、誰かが直接買出しに行かないと物がなくなる。そうなるとたまに誰かが、空腹のあまりに暴れだすので日頃から気をつけないといけない。

 もちろん、ハミのことだ。ハミのことだけじゃないのが残念だけど。


「所長、そういえば昨日の非生命体(ノーライフ)。あれ以降、情報は掴めました?」


狩っても狩っても出てくるそうで、昨日はぼくが駆り出されたが、いつもは赤霧先輩だけで行っているらしい。

かなりの頻度らしく、最近よくそのことで先輩がぼやくのでうるさい。


 ちなみに、殺せない非生命体(ノーライフ)をどう始末しているかと言うと、先輩が狩ってなんとかして捕獲したのを、後からハミが食べて片付けている。


 ……事務所で。ぼくの目の前で、だ。

 所長はため息をついた。


「出所は最初からわかっているのだけど、ね」

「そう、なんですか?」

「ああ、あんな悪趣味なものを作るのは……元はと言えば奴しかいないだろう。いや、最終的には、というべきか」

「悪趣味ですか」

「ああ、あんな人間じみた非生命体(ノーライフ)はね」


 ……よくわからない言い回しだ。

 でも、奴と言うことは、犯人はわかっているのだろう。


「それなら話は早いじゃないですか」

「残念だが、その出所がどこにいるのかがわからないんだ」

「……そうですか」


 その出所とやらの居場所がわかれば、ハミももっと食事にありつけるんだろうけどな。

 ハミ、食事がないと怒りっぽくなるから。

今日も機嫌がいいとは言いがたかったけど。


 はたから見ている分には、一見機嫌は常によさそうに見えるのがハミという人物だけど、実際はそうじゃない。

 人前では取り繕ってはいるが、実際は気分の上下が激しい。あれで今日はかなりイライラしていた方だ。


 さて、話も一つ置いたし……そろそろ本題に入るか。


「あの、所長。……もう知っているとは思いますが」

「なんだ?」

「うちの高校でちょっとした事件があったんですよ」

「事件?」

「ええ、女の子が一人飛び降りたんです」

「へえ」


 所長はいったんその手を止めた。


「それは事故か?」

「あれ、知らなかったんですか?」

「今日のことだからな、と言うのもあるが学校というのは、外部からではその中のことは見えづらいものなんだ。 知りたかったら、直接に情報の糸を紡ぐしかない」

「……へえ。ああ、もしかしてだからぼくを雇ってるんですか?」


 所長はクスクスと笑った。


「キミ達はその点で言えば、全く向いてないだろう? もともとうちにいる連中は全員、他人に興味(センサー)を向けて生活してるような奴らじゃないからな。 そういうことは最初から、期待していないよ。まぁ、キミは……相手によるんだろうけど」


 別に言葉を返す理由が見あたらなかったので、所長には沈黙で答えておいた。

 確かに、人付き合いは得意じゃないし、噂も仕入れるのに向いてない。


 ……紅茶を淹れるのには、少なくともぼくの場合は時間がかからない。トレーに淹れた紅茶を載せて運ぶ。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 所長はカップを手に取る。

 香りをかいで、満足そうに微笑んだ。


「むしろ、こちらの方がまだ雇う理由になるだろう。他の連中には任せられないからな」

「そんなに他の人と違わないと思いますけど」


 紅茶やコーヒーの淹れ方はここに来てから知ったもので、特別、ぼくが技術を持っていることはない。


「なら、咲斗やハミにやらせてみるか?」

「いえ、それは結構です」


 咲斗は前に説明したとおり、赤霧先輩のことだ。

 あの二人なんて、見なくてもどうなるかわかる。


「前はそんなにこだわらなかったんだが、知人にこういうのが得意な奴がいてね。 それ以来、少しばかり良いものでないと飲めなくなってしまった」

「少しばかりですか」

「ああ。確かに、キミの淹れるものに不満がないわけでもない。 正直、美味しいとも言い難いが、それでもこれはこれで味わいはあるものだよ」

「……誰が淹れても茶葉は同じですからね?」


 所長は肩をすくめる。

 もう一つ淹れた紅茶を見て、赤霧先輩にあげようかと思ったけど、前回淹れたら「は? 紅茶? そんなもん飲めるか!」とか言われたので、やめておく。


 香りは嫌いじゃないらしいけど、その甘そうな香りのイメージが苦みのある味と合わないと言うのが気に入らないらしい。

わりと神経質だ。って言うか、変だ。少なくとも偏屈だ。


ぼくはとりあえずその辺にあった椅子(やけに高そうな)に座り、トレーを膝の上に乗せて、紅茶を飲み始めた。


「ところで、さっきの話の続きはどうなったのかな」

「続き……ですか?」

「飛び降りの話だよ」

「……ああ」


 自分から話を振っておいて忘れる所だった。


「飛び降りたのは、樋口カナ。 ぼくと同じ一年生です。自殺か事故までかはわかりません」

 そう、大神アスカではなかった。


 ただ、なんとなく似ていたように見えたので見間違えただけだ。

あの距離からなら髪型も近いように見えたし、身長や体型にもそれほど差はないだろう。

 

ただ……それよりも。


「で、どこから飛び降りたんだ?」

「……学校の4階から、だそうです」

「4階の窓から?」

「ええ、そうらしいです」

「4階のどこから、かな」

「そこが問題なんですよねぇ……実はよくわからないんです」

「……それはどういう、いやその前に窓の鍵はどうなっているんだ?」

「普通の学校の窓と同じですよ、レバー式って言うんですか? 簡単に内側から開けられます。もっとも他の学校の鍵をしっかりとは見たことないですけど」

「目撃者はいないわけだな」

「ええ、彼女が飛び降りた瞬間や、窓を開けた瞬間を見た人はいませんでした」

「誰一人として?」

「はい……ただ落ちていく瞬間は見えたかもしれません」

「誰がだね」

「ぼくです」


 と、断言した後、ぼくは自信なさそうに、たぶん、と付け加えた。本当に自信はない。


「どういうことだ?」

「ハミと食事している時にですね。 と言っても普通の食事ですよ? その時に影が落ちていく瞬間を見たような気がします」

「曖昧だね。いったい、キミはどこにいたんだ」


 そう、そこが問題なのだ。


「飛び降りがあった校舎の、そこにある一年生の教室です。 4階(・・)ですよ」

「それはおかしい。同じ4階から飛び降りた人間の影をどうして、見ることが出来る?」


 そう、実はぼくのいた教室の隣で飛び降りがあったのでは、とのことだった。

 同じ階から飛び降りた人間の落ちる瞬間を見れるはずがない、でも、ぼくは確かにその影を見た……ような気がする。


「……曖昧な物言いだな」

「すみません」

「他にその影を見た人物は?」

「んー、うちの教室で残っていた人間で4分の1ぐらいですか。全員が見たわけではないようです、一人ひとり詳しく話を聞いたわけではないですが」


 クラスではその後、見ただとか見てないとかで大騒ぎになった。おかげでぼくの食事は中断。ハミはその後も我関せずで食べてたけど。

 もっともこの件は、客観的にありえないことだったので、入ってきた教員が鳥の影か、もしくは目の錯覚と言うことでまとめた。


いや、実際にはうやむやになったと言うところ だろうか、納得いかなくても納得するしかないのが現実だ。


「屋上から飛び降りたのでは?」

「……樋口カナは自分の教室に居たんだそうです、もちろん学年が同じなので4階ですね。これは樋口カナと同じクラスにいた全員が証言していますね」

「辻褄が合わない話だな。 同じ場所にいた居た全員が居たと言っているのに、飛び降り自体は目撃していない。 しかし、実際には飛び降りている」

「ええ、そうとう見計らって飛び降りたのか。それとも実は、屋上で行われたのか」

「そのクラスの連中が全員嘘を吐いている線もなくはないな」

「普通に考えればそうなりますけどね、その場に偶然教員が居たそうです。担任の教員ではないんですけど……ちょっと考えづらいかな」

「その教師が嘘を吐いている可能性は?」

「その場にいた方が責任を問われるんじゃないでしょうか。 クラスに居たと嘘を吐くぐらいなら、正直に見ていないと言った方がいいと思います」

「そうだな、得はしない。 では、屋上の鍵はどうなっているんだ?」

「……もちろんいつも掛かってますけど、特別な鍵ではないし。たぶん、慣れてればヘアピンで開けれるんじゃないですかね」


 そうは言うものの試してはいない。

 憶測中の憶測だ。実際はピッキングの道具がいるのかもしれない。それくらいなら、合い鍵を用意した方が早いだろうけど。


「事件の後、屋上の鍵はどうなっていた?」

「……わかりません。 屋上から飛び降りたものだと持ってたので、あとから情報を確認して驚いたんですよ。 わかっていたらすぐに確かめに行ったんですが」

「いまいち様相がつかめないな」


 その通りだった。

 そんな話聞かされて、わかる方がおかしい。

 ぼく自身、理解できない。


「そう言えばハミはその飛び降りた女子を見たのか?」

「……ハミの角度からだと見えないんですよ」


 向かい合わせにぼくらは座っていた。

 当然、ぼくから見えるものは、ハミからは基本的に見えづらいものになる。


「ハミはそのことについてなにか言っていたか?」

「そりゃ、なにかは言ってましたけど」

「なんと言っていた?」

「ハミに聞いてください……ぼくの口からは言えません」


 ぼくがそういうと、所長は宙に視線を遊ばせた。

 カップを机の上において、おかわり、と一言。

 ぼくはポットに淹れておいた分を、注ぎに所長の机に向かう。


「遠野」

「なんです」

「なにか他に知ってるな?」

「……別に知ってるって訳じゃ」

「なら、なにを気にしている? その情報を私から貰う気だったんだろう?」

「……そういうわけじゃないですよ。 なにもないなら、それでいいです」


 そう言って、ぼくは机にお弁当を広げる。

 もちろん、それは今日残ったチャーハンだ。


 あんなことがあったせいで、食べるタイミングを逃してしまったのだった。

 いやいや、おなか空いたおなか空いた。


「キミ自身はどう思っているんだ」


 今日の事件について。

 それがわかるなら、ぼくも迷ったりはしてない。


「……記憶に自信はないですが、飛び降りの影を見たのはぼくだけじゃないです」

「そうらしいな」

「となると、見間違いであれなんであれ、そういう風に見えるモノがあったのは事実でしょう、ね。なにかはわかりませんけど」

「それで?」

「実際に落下したのは樋口カナだとすると、隣のクラスの証言は嘘になります。 嘘だとするとなんならありえるのか。 教師までもがそう証言する理由はなにか」


 それはおそらく。


「いじめ、か、殺人か。そのクラスにいた者全員が、その場にいた教師も含めて行ったというのだったら、納得できますね」


 先生も殺人者よりは、不監督で責任を追及された方がマシと思うかもしれない。

 いじめの結果、樋口カナは屋上から飛び降りた。

 集団リンチによる結果の殺人でもいい。


 全員がそれを隠そうとした。


 これならどうだろう。


「だめだな」

「だめ、ですか?」

「いじめを隠すのはわかるが、屋上から飛び降りたからのを隠してどうなるんだ」


 あ……そうか、あまり関係ないな。

 屋上での事実を隠して、教室で飛び降りがあったと証言させてるわけだから。


「教室から飛び降りたことを、ないしは、教室から落としたのを隠すのだったらまだありそうだがな。 それでも、何もしてないのに勝手に飛び降りたと証言すればいいと私は思うが」

「そう、ですよね」


 さらに言えば、現場が教室となれば、むしろ、なおさらそこに問題があったと思われかねない。

 そうすることにメリットはないのだ。


「……屋上からの飛び降りを隠す理由ですか」


 思いつかない。


 殺人だったら?

 ……なんで、屋上にいた犯人だけをかばうんだよ。意味わからん。


 自殺だったら?

 ……だから、屋上から飛び降りたからのを隠してどうなるんだ?


 理屈の通らない、普通ならあり得ない事態。

 所長はわずかに目を細め言った。


「もしかしたら、我々の出番かもな」


 おお、もしかして。


「仕事ですか?」

「ま、無料ではやらないけどな」


 じゃあ、一生調べませんねきっと。

 やっても誰もお金なんか払ってくれないだろうし、だいたいこんなところにお金を持ったまともな人が依頼なんかしないだろうし。


 ぼくはすっかり固くなったチャーハンを食べることにした。


「それは、今日のキミの昼食かな」

「そうですよ」

「前は、焼きそばだけ、だったね」

「ですね」

「それも、具なし焼きそばだったね。のっているのは青のりだけと言う」

「よく憶えていますね」

「……いつも個性的なお弁当だね、キミは」


 余計なお世話だ。


「あんまり準備に手間を掛けたくないんですよ」

「……へえ、自分で用意してたのか」

「まぁ、独り暮らしですからね」


 高校生にしては珍しいらしいけど、ぼくにとってはそれが標準だ。

 人から独りで寂しくないかと時々聞かれるが、ぼくにとってはそれが当たり前であり、日常だ。さらに言えば周囲の家族と一緒に暮らしている人の話を聞くと、むしろ自分が恵まれているようにすら感じてしかたがないように思う。


 そもそも、なんでも自分で始めるのは早いほうがいいと思うんだけどな。独り暮らしは一般的に見て最終的にする人も少なくないものだろうし。


 ……アパートの家賃は親持ちなのが情けないけど。


「キミは洗濯や掃除も出来るみたいだし、それでいいんだろうな」

「誰でも出来ますよ、それくらいは」


 面倒そうだとか、すごいとか思うのはやったことがないからか、やり方を知らないからだと思うな。たぶん。


 確かになにに関してでも、全く才能を持てない分野がある人はいるけどさ。


ヘタながらでも、その才能が零に近くても、なにも出来ないと言うことはないと思う。

 知るきっかけさえあれば、多少は上手くいかなくても、何もできないということはない。

 なにかは必ず、できるはずだと思う。


「やり方を知らない、か。 手法を知り、理解できること自体がすでに才能という考え方もできる。 それも君の持って生まれた能力によるものかもしれない」

「うーん、ぼくはそれは違うと思いますけどね」

「興味を持ったり、それを好きなったり。 あるいは、知って覚えることが出来る。 それすらも素養が必要な一面はあると思うがな」

「いやいや。 逆に、好きでも知識として知っていても、手法を理解できても、上手くなれないことはありますよね。 逆に嫌いで今まで知識として知らなくても、なんとなく上手くやれてしまう人もいます」

「それは好き嫌いだけが才能だとしたら、だろう? 才能にも種類があるのだとすれば、好き嫌いに関係なく、発揮されるものがあってもおかしくない」

「そうなのかなあ、それだとなんでもかんでも全部才能で片付いちゃいますよ。 ぼくが言いたいのは、上手いとまでいかなくてもヘタなりに出来るものもあるってだけです」


 才能がないものでも、普通の人間レベルにはなれる。下手な普通の人間程度には。

 そちらのほうがより重要な事実だ。


 才能がすべてになってしまうよりは、そちらの方が救いがある。

 ダメな人間なりに、やれることがある方がいい。


「それがキミにとっての家事だと?」

「まぁ、ぼくはそう思いますけど」


 もしくは、日頃からすごい出来るまでいかなくても、下手なりにできることが増えるように。予定を組み立てていることが重要、とも思う。

それが出来れば、何一つ家事で苦労はしない。出来ないことは、出来るようになるために情報を集めたり、時間をとればいい。


 それはなんにでも言えることだろう。

ただ、こうしてたまごチャーハン食ってる奴が偉そうに言うセリフでもないとは思う。


「キミはそれでいて、自分が……」

「はい?」

「いや、なんでもないよ」


 なんだ?

 そんな風にやめられると気になるじゃないか。


「ただ、キミは嫌味な人間だと思われるんだろうと思って、ね」

「……それは」


 どうだろうか。

 ぼくはよくわからないけど。


「所長もそういうところはいい勝負じゃないですか?」


 そうぼくが言うと、所長はどこか寂しげに笑った。

 身に覚えはあるらしい。

 だからこそ、ぼくにそう言ったのだろうけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ