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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
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第3話 忠告と言う名の嘆願

「こんな生き方でいいのかなぁ」


 ぼくはそう呟いた。

 よく考えたら、いや、考えなくても病的なセリフが出た。


 でも、自分でもそんなセリフだとは自覚していたので、それを気遣った上での小声だったのだが、レタスハムサンドを食べていたハミは耳ざとく反応してしまった。


「もお、トオくんは気にしいだなぁ。もっと、大らかに生きた方がいいよぅ?」

「……なんだよ、その気にしいって」


 ちなみに、ぼくは学校で今は昼休み、ではなく、普通に午前の授業中である。

 つまり、ぼく達は不真面目なことに授業中におしゃべりなんかしているのであった。


 ハミがなんでサンドイッチ食ってるかって?

 ぼくが知るか。たぶん、お腹空いてるからじゃない?

 先生は怒らないのか? もちろん、見て見ぬフリだよ?


 うちは校則はゆるくないけど、先生と生徒自体がゆるかったのである。

ゆるいと言ったくせに、他にこんなふざけたことをしている奴は誰一人としていないことには突っ込んではいけない。


 ……あー、単純にハミがしてることに、関わりたがる人物が存在しない。と、まぁ、そういう説があることも否定できないんだけど。


ぼくは少し周りに気を遣って、小声で話す。


「実際さ、不健康な生活には違いないとは思うんだよ。バイトもヤクザ的だしさ」


 将来性はないし、明日さえ訪れるかわからないし。

まぁ、それで一生生きていくつもりはないけど。


「ん~、そう言われてもなぁ、ハミ、食事ついでにお金貰ってるだけだしぃ」

「……確かに食事の予定がない仕事はしないね。ハミは」

「ごはん食べなかったら死んじゃうでしょ? 危険があってもしないとじゃないかなぁ~」

「そう考えたら生きるために働いてることになるね」

「フツ~にごはん食べてるだけじゃ、ハミ、やってけないしさぁ」

「ああ、お前の場合は普通じゃないモノも食べないと、だしな。そっか、ハミはある意味、きちんと目的とか必要性があって仕事してるんだな」

「そうだねぇ、ハミ、ごはんのためにがんばってるんだよ~、きっとぉ」


 そう言って、ハミは新しくカツサンドの袋を開け始めた。


 ハミの頭の中には食べ物のことにしかないのだろうか?


 その姿には、せめて隠して食べようかな、とか、今授業中なんだよなぁ、とか言った気持ちは少なくともなさそうだ。

もしかしたら、授業というものがなにかわかっていないのかもしれない。


 にしても、……よく食べるな。


「あのさ」

「なに~」

「さっきから思ってたんだけど」

「だから、なにぃ?」

「そんな、今、食べててさ。お腹膨れない?」

「え~?」


 ハミの目線が左右に動く。


「あ、ダイエットのこと? いいんだよ別にぃ、ハミ、結構動いてるしぃ。それに、人間の行動の中で最もエネルギーを消費するのは、食事と消化なんだよぉ」

「うん、そんなことは聞いてないよね?」

「じゃあ、なにぃ?」

「例えば、今日、夜、食事あるかもしれないだろ?」

「そうだねぇ」

「食べられなくなったりするかもしれないでしょ? 大丈夫なの?」

「……あのねぇ、女の子には別腹と言う、もう一つの消化器官があるんだよぉ? これくらい平気だってばぁ」


 真面目な顔で語られた。

 ぼくはそんな器官が女性にあるとは、不勉強のため知らなかったので。


「へえ、そっか」


 と、頷くだけにしておいた。

 ……ああ、なんてアホな会話なんだろう?


 正直、いつものことなのでどうでもいい、と言えばどうでもいいのかもしれない。だけど、なかなかどうして、「まっ、いいか」と割り切れないのが、ぼくという人間なのだ。


 これは、ぼくの根が真面目ということなのだろうか?


「あ~、このカツ、筋があるなぁ……もう買わないことにしよう。よし、次は……フルーツサンドだぁ」


 ……いや、あまりにも、ハミが自由気ままにやりすぎてるから、ぼくの中にある、なけなしの常識というものが拒絶反応をおこしているんだろう。


 決して、ぼくが真面目なわけではない、と思う。


「今日もトオくんはぁ、バイト行くのぉ?」

「行くけど?」

「ふ~ん、まぁ、それはぁちょうどいいかもねぇ」

「なにがさ?」

「いやぁ、べつにぃ。買い出しとかもぉ、あるしぃ……さぁ?」

「まぁ、そろそろ事務所の冷蔵庫も空だろうしな」


 事務所の食料管理はぼくに一任されている。

寝泊まりする人も少なくないので、結構こまめに見ておかないといけない


 ……たまに、冷蔵庫の中に誰が持ち込んだのかわからない、正体不明のなにかとか、あきらかに食べれる期間を超過した物体Xとかがあるからね。


「うんうん、やっぱりねぇ、こまめに買っておいてくれないとさぁ困るよぉ」

「別にぼくはお前のために買ってるわけじゃないけどな」

「ツンデレぇ?」

「違う」


 確かに食料の減る大半の要因はお前が食うからで、これから新しく買う分もお前がほとんど空にするのだろう。

 だが、そもそも事務所の食料はお前のものではない。


 ……そろそろ真面目にノートをとろうかと黒板が目に入るたびに思うが、無駄という結論に至る。


 たぶん、無意味だろう。

 ぼくの場合。


「ハミはどうするんだ? バイト行くのか」

「行かないよぉ、だってごはんないもん」

「ああ、冷蔵庫は空だけどな」

「それだけじゃなくて、お食事自体がないからぁ」


 このハミのお食事は特別な食事、つまりは化け物を食う予定を指している。


「確かに今のところは連絡ないけど、そうとは限らないんじゃないか」

「そうだよぉ、そうに決まってるもん」

「へえ」


 このハミの勘はだいたい当たる。

 おそらく狩猟動物の勘と言うべきか、その異様に高い的中率の理由はそんなところだろう。


 餌がないところには、赴く理由はない、ということだ。

 野生の勘でも、女の勘でもないということには留意していただきたい。


「もしもトオくんが来てって言うならぁ、ハミ、行ってもいいんだけどぉ」

「別にいいよ、来なくても」

「まぁ、トオくんに付き合うとぉ、帰り遅くなっちゃうもんねぇ」

「人聞きの悪いこと言うな」

「夜遅くなるもんねぇ」

「おい」

「そのままぁ、『山中に置いていくぞ』なんて脅されたらぁ……従うしかないもんねぇ」

「…………」


 無視しよう、無視。

 そう言って脅したことがないわけではないが、それはハミがふざけたからであって、他意ははない。人から後ろ指さされることはしてないのだ。


 と言うか遅くなるのは、お前がはしゃぎまわるからだろうが。


 などとアホな会話で、午前中の授業は終わった。

 授業は終わったが、受けてはいない。

 こんなんで大丈夫なんだろうか、ぼくの人生は。


 *


 お昼のチャイムが鳴ると、その途端に。


「んゃ、行ってくるよぉ」


 ハミはそうなんとも発音しがたい挨拶をして、はりきって購買へと走っていった。


 ……まだ食べるんかい、とはなるべく突っ込まないでおこう。

また、知性の欠片のない会話になるから。


 ぼくは自分でお弁当を持参しているので、それを机の上に広げる。

 ……と言っても、中身はチャーハンだけなんだけど。俗に黄金チャーハンっていうらしい、でも、ようするに具はタマゴだけってことだったり。


 出来るなら肉ぐらい入れたいなぁ、最近野菜は高いし。


 んー、ご飯があるだけいいのかなぁ、同じスーパーでも違うレジを何度も回り続ければ、卵だけはなんとかなるし。

なんとかして卵、冷凍できないかな。


いや、いっそ米を食うのをやめるか? 意外と高くつくしな。

 などと、自分の昼食について未来のない検討していると。


「……遠野くん」


 と、突然、誰かが話しかけてきた。

 それに反応して、お弁当(と呼べるかは疑問)から顔をあげると女の子が立っていた。


その黒髪は肩できっちり切り揃えてられており、また顔立ちは整っていて一般に可愛いと言われる容貌だろう、ただその目はややきつく鋭い。


 おそらくは、「一応、可愛いんだけどねぇ」と言われてあまり男子受けしないタイプだろう。と、そんな余計なことを考えた。

そう考えている間も、その目はやはり鋭く、ぼくを見つめ続ける。だが、その目は鋭くとも冷たくはなかった。


 それでもそう言う目で見られると、特に何もしていないはずなのに、なにか悪いことでもしたかと不安になる。


 ぼくは小心者だった。

 とにかく思い出そうとする。この娘は同じ中学でもあった……確か、そう。


「大神さん……だよね? なにかな?」


 クラスメートの大神アスカ……だった。

 彼女とはあまり話した記憶がない。


ふとしたときに会話ぐらいはするけど、それだけだ。


 ぼくはあまり話したことのない人に話しかけられると、なんというか、どう対応をしたらいいのかわからなくて困ってしまう。


 ぼくが彼女に対して知っているのは、家がお金持ちだとか、ぼくよりもよっぽど真面目だとか、そういうことくらいだ。


 大神さんは、ふんっ、という感じで鼻を鳴らす。


「なにかな、じゃないと思うけど? 授業中すごくうるさいくて、勉強に集中できなくて困ってるんだけど」

「……え、うん。……ごめん」


 言われたのは思いがけず、正当なクレームだった。


「だいたいなにをしに学校に来てるの? 毎日毎日おしゃべりして。授業はおしゃべりの時間じゃないんだけど」

「……うん、そうだね」

「別に真面目に授業を受けろ、って言ってるわけじゃない。それはあなたの勝手だしね。寝ててもなにしてもいいから、授業に出てる以上は、邪魔にならないようにだけしてくれる?」

「ああ、……うん、これから気をつけるようにするよ」


 ぼくはそう返す。

 ……確かに迷惑だよな。


 大神さんは少々ばつが悪そうな態度になった。


「……まぁ、わかってくれれば別にいいんだけど」


 どうしたんだろう?

 ……ぼくがあまりにもすんなり話を聞き入れたから、拍子抜けした。といった所だろうか?


 んー、普通はやっぱり反発するのかなぁ。

 でも、大神さんが正しい、と思ったし。


 なぜか、居心地が悪そうに大神さんはまだ、ぼくの前に居る。未だにそこから立ち去ろうとはしない。


 ぼくは大神さんに声をかけた。


「大神さん」

「ん?」

「その、わざわざ、ありがとね?」


 一瞬、大神さんは驚いたような顔をして、それから、ますます顔をしかめた。

 うーん、言わない方がよかったろうか?


 でも、こういう時、なんて言ったらいいのかわからないんだよな。


「あの」


 大神さんが、言いづらそうに一言。

 彼女はわりと、はっきり言うイメージなんだが。


「どうかした?」

「もう一つだけ、いい?」


 どうやら、まだなにかあるらしい。

 もしかして、こっちが本題なのだろうか?


「なにかな」

「ちょっと場所変えたいんだけど」

「……ここで言えばいいんじゃない?」

「いいから」


 強引に廊下の奥に連れて行かれる。

 強引に、と言っても手を引っ張られた訳ではない。彼女が勝手に歩いて行くので、仕方なく、と言うか空気に飲まれてついて行ってしまったのだ。


 そう強引な雰囲気というか、なんというか。

 ……ぼくが押しに弱いだけ、とも言う。


「いきなりこんな話をして、悪いとは思うんだけど」

「うん、……なにかな」

「正直、自分でもこれはおせっかいだと思うから、聞きたくなければ聞かなくてもいいから。でも、話しだけさせて」

「……うん」


 そう、ぼくは返事をした。

 だけど大神さんにはどうやら、まだなにかためらいがあるらしい。


 そこから、一息、二息おいて、さらに数秒時間をかけて、そこからようやく話し始めた。


「あの、あなたが誰と付き合おうが、それは勝手だと思うけど、あまり軋呑(きしの)とは関わらない方がいいと思う」

「きしの?」

「……軋呑ハミのこと」

「ああ、ハミね」

 名字で呼ばないものだから、すっかりフルネームを忘れてたよ。

「軋呑には色々とよくない噂があるのは知ってる?」

「……んー」


 ハミが他の人に距離をとられてるのは知ってるけど、そういう理由があるのか?


 てっきり、大喰らいとか、しゃべり方とか、そういう奇行が目立ってのことかと思っていたけど。

……彼女を遠巻きに見ながら、小声で囁きあう生徒はしょっちゅういたし。


 うん、ぼくも、出来ることならそうしたかったね。

 それはともかくとして、まぁ、実際のところ、別に噂を聞いたことはない。


「知らないな」

「……そう。遠野くん、そういうの嫌いそうだしね」

「いや、そんな……嫌いってことはないと思うよ」

「そう? 意外ね」


 別に他人の噂ぐらいしてもいいと、ぼくは思っている。そんなぼくがその噂を知らないことに、もし理由があるとすれば。


「あの、ほら。だいたいぼくはさ……」

「なに?」

「あまり人と会話らしい会話しないから」

「…………ああ」

「考えてみれば、噂をする友達もいないしね」

「………………まあ、ね」


 ハミが居なかったら、ぼくは石像みたいなものだ。

 学校にいる間丸一日、食事以外に口を開くことはないかもしれない。


 って言うか、中学の頃、実際に基本そうだったし。

 ん……あれ、なぜか大神さんが黙っちゃったぞ? ていうか、固まってない?


 ……おーい。

 動かない。


「大神さん……その、どうかした?」

「え?」


 ようやく大神さんが動き出す。


「……あの、……なんて言うか、……軋呑が援助交際してるとか、あまりよくない人たちと関わってるとか、……そういう噂があるにはある……のね?」


なんか、今、話の内容とは別の意味で気を遣われた気がする。

 ぼくなんかまずいこと言ったか?


「夜に一人で歩いてるところを見かけられることも少なくないらしいし、柄の悪い男の人のバイクに一緒に乗ってたとかっていう話もあるし」


 ああ、それ、たぶん、バイト。って言うか、後半部分のバイクのくだりは、半分ぼくだな。


それが柄の悪い人になってるのは……赤霧先輩のせいだな、たぶん。


「それさ、あくまで噂だよね?」

「うん。証拠がある訳じゃないし、適当に誰かが言っただけのデマカセもあると思う。でも、……さっきの会話とか」

「さっきの会話?」

「あの、さっきそれっぽいこといってたでしょう? ……気付いてると思うけど、クラス中それで噂してたし」

「それっぽいこと……」


 そんなこと、まるで気付かなかった。というか、どんな会話したっけ? さっき。

 ん~、さっきの会話の内容。


(そう言われてもなぁ、ハミ、食事ついでにお金貰ってるだけだしぃ)


 あ?


(ごはん食べなかったら死んじゃうでしょ? 危険があってもするもんじゃないかなぁ~)


 おお。

 確かに、援助交際の内容とかに聞こえなくもない。

 さらに言えば、授業中ぼくは声を小さくしてるから周りには聞こえづらいだろうけど、ハミはいつも普段の声でしゃべってるから、ハミの声だけはきちんとみんなに聞こえてるだろう。


 だとしたら、こんなふうに会話が毎日聞こえているわけで。

 そりゃ、噂もするよなぁ……。


 なにも知らない人から見たら、ハミはそういうことしかねない人に見えるだろうし。


 ぼく自身は、援助交際程度じゃハミには普通すぎて、逆にありえないなんて思ってしまうけど。


 っていうか、あんなのと交際したら、比喩じゃなくて逆にバリバリと食べられると思ってしまう。それも頭から生きたまま。


「あ、あれは……」

「実際がどうかは重要じゃない。問題は彼女がそう思われていて、遠野くん、あなたが親しいってこと」

「ぼくが?」

「あなたは、他のクラスメイトと交流が少ないでしょう?」

「まぁ、確かにね」


 親しいどころか、ほぼ皆無だ。


「学校って、そういう人が目立つ人と一緒にいると、なおさら噂の対象になるものだから。会話の内容も内容だし、あなたがそういうことと直接関わりあるとも思われている……みたい」


 そう、そこまで言って、彼女は言葉を濁した。


 ……なるほど。

 確かに、必然的によくは思われないよなぁ。


 とりあえず、話はわかったけど……。


「大神さん……でもさ?」

「でも?」

「うん、大神さんの話はわかった。……でも、どうしてそれをぼくに?」


 大神さんは、無言だった。


「その、ね。別にぼくがどう思われても、大神さんはなんともない……よね」


 ぼくが大神さんだったら、普通にほうっておく……と思う。

 自分には関係ないし、大神さんがこうしてぼくと話す行動自体を、悪く思う人も少なくないかもしれない。

 そういう可能性がわからない人には、ぼくには思えないけど。


「それは……」

「それは?」


 一瞬、目を泳がせて、大神さんは言った。


「危ない、と思ったから」

 危ない?

 どういうことだろう。


「実は……前に失踪事件があったのは知ってる?」

「……ああ」


 それは知っているどころの話じゃない。

 この街で起きた大量失踪事件。


 その人数は計30人を超え……失踪者に特に共通点はないと言われている。


 ただ、失踪者の衣類が現場に残されていた、という一点を除いて。


 まぁ、失踪と言うよりは、消失の方がまだ近いか。


 なぜか、まともにニュースにこそほとんどならなかったが、人間の関係って言うものはどこかで必ず繋がっているものだ。

30人以上の人間が消えれば、知り合いの誰かが面識しているぐらいは普通にある。


いくらまともに日常的に話し相手の、いや、まともな話し相手もいないぼくでも、知らないはずのない事件だった。


 ……しかし。


「でも、それがなんの関係があるの?」

「その時の事件の一つに、10人くらい人の服とかが、まとめて廃ビルに残されてたことがあったでしょう?」

「……ああ、あったね」

「その時のビルでね、見たの」

「……なにを?」

「軋呑を」


 もちろん報道される前に、ね。と大神さんは続けた。

 ああ……それは、衝撃的だったろう。


 つまり、大神さんよれば、偶然、その廃ビルの前を通った時に、ビルから外を見下ろすハミを目撃した。


その時は不審に思ったものの、別にわざわざビルに入ってまで注意する気もなく、そのまま通り過ごした。

しかし、ニュースを知った後から気付いたのだ。あの自分の目撃したビルで事件が起こったのだと。


 そう、あの廃ビル集団喪失の件だけは、ある雑誌に取り上げられたのだ。

ただし、眉唾と言う意味でまともじゃないタイプの雑誌な訳だけど。


 ただそれでも、……驚くにも恐れるにも値する。


「それはビックリしたんだろうね」

「だからって彼女が事件に関係あると決まったわけじゃない。でも、その頃彼女は」

「ああ、確かに……事件のあった時期、ハミは登校してこなかったね」


 少なくとも、それは間違いのない事実だ。


 それはハミを警戒してもおかしくない。

 考えてみれば、大神さんの性格なら、授業中うるさいならハミにその場で直接注意してもおかしくないくらいだ。


 いや、後から注意するにしても、小声で聞こえないように話しているぼくよりも、普通におしゃべりして食事までしでかしているハミのほうが、よっぽど一言言ってやりたい相手だろう。


 でも、それよりも大神さんは、ぼくがそのことと関係しているのかどうか知りたかった、のだろうか。

だからこそ、ハミの居ない時にぼくに声をかけた。

 それなら、なんとなく辻褄が合うような気がする……かな。


「……まぁ、なるほどね、だね」

「だから、なにがあったかは知らないけど、遠野くんが軋呑と関わるようになったのは最近でしょう? それなら、手遅れになる前に……」

「もしかしたら、たぶんもう手遅れかもね」

「え?」


 大神さんはぼくの顔を凝視した。

 ぼくはとりあえず笑って、言う。


「なんか心配してくれたみたいで、……えと、その、どうもありがとう。 ……でも、どうでもいいんだ。そういうのは」

「どうでもいい?」

「そう。ハミはさ、もうぼくが知ってることで、すべてなんだよ。 えーと、なんて言ったらいいかな。 難しいな、説明するのは……まぁ、そういうことを別にしてもね。 これからどんなことが発覚しても、もうそんなの関係ないんだよ」


 大神さんは、言葉に詰まっていた。

 ぼくは、気にせずそこで会話を終わらせようとする。


「とにかく、そういうことなんだ」


 いろいろと言いづらいことだらけだけど、これは、そういうことなんだと、思う。

 ぼくが知らなかったとしても、知っていたとしても、もう関係ない。

 ハミは……とにかく迷惑な奴だ。それがぼくにとってすべて、なんだ。


 そう、どこまで言っても、迷惑な奴なんだ。


「……そう」


 大神さんはため息をついた。


「なら、わたしに言うことはないから。悪かったわね、余計なこと言って」

「いや、心配して言ってくれたんでしょう?」


 大神さんは首を左右に振ってから歩いていった。

 最後に、そうなのかな、と小さく呟いたのが聞こえた。


 変らず、なにかに腹を立てているような、なにかに緊張しているかのようなその目の印象だけを残し、大神さんは去っていく。


 ぼくはそれを見送って、教室に戻りチャーハンを食べ始める。

 そういえば、大神さんは教室でごはん、食べないんだな。


 ……女子って、みんなクラスの中に自分のグループを作って食事するものだと思ってたけど。

 まあ、いいか。他のクラスで食べるのかもしれないし。

 ぼくには関係ないからね。


「トオくん」


 どこか嬉しそうにハミが教室に入ってきた。


「だいぶ時間がかかったもんだね」

「まあねぇ……ちょっと混んでたからかなぁ」


 そう言って、正面の机を動かして、ぼくの机とくっつける。


「だいぶ買ったね」

「うん。もしかしたらぁ、放課後にも食べるかもしれないしぃ」


 机の上にハミが並べていくのは、コロネ、チョコドーナツ、シュガードーナツ、クリームサンド、プリンパン……。


「甘い物だらけだね」


 見てて、だいぶ気持ち悪くなった。


「それはそうだよぉ、頭使ったらお腹すくしぃ」


 いや、きみ、授業中、おしゃべりしてただけだから。ノートすらとってなかったから。


「ところでぇ、トオくん」

「パンならいらないよ」

「そうじゃなくてぇ、ハミ、だいぶ時間かかったと思うんだけどぉ」

「まぁ、そうだね」


 10分どころじゃないかもしれない。

 お昼休みは1時間あるわけだけど、おしゃべりでもなんでもしてたら、すぐに終ってしまう程度の長さだ。


「なんなら早く食べ始めた方がいいと思うよ?お昼休みの時間がもったいないし」

「うん、食べるよぉ。トオくんもぉ、早く食べた方がいいんじゃない?だってぇ、全然、チャーハン減ってないよぉ?」


 それはもちろん、大神さんと話していたからだ。


「ああ、そうだね、ちょっと急いで食べようかな」

「そうだねぇ、ちょっと早く食べた方がいいかもぉ。いつもなら、食べ終わってる量なのにぃ」

「……少しぼおっとしてたのがよくなかったかな。ちょっと眠くてさ」

「ああ、確かに、授業中眠そうだったねぇ。 ……でも、食べ遅れたのはその理由なの?」


 なるほど、さっきからそれが気になっているわけか。


「見てたね?」


 にへら、とハミは表情を崩す。


「……うん。まぁねぇ」

「さっさとそう言ってくれたら話が早かったのに」

「それはこっちのセリフでもあるよぉ?」

「そう言われてもちょっと言いづらい話題だったからね」

「どんなぁ?」

「言いづらいから、言わない」

「言いづらいことってなに?」

「ハミの話でもあるよ、でも内容は言わない。……大神さんのことでもあるしね」


 そうなるとぼくだけの問題じゃないから、とぼくはハミに言った。

 それを聞いて、ハミは目を開いたまま動きが数秒止まった。


「はっきり、言うね?」

「まぁ、ね」


 むぅ、とハミがうなる。


「トオくんはそういうところはいいと思うんだけどぉ。もう少し、こうハミに気を遣うと言うかぁ、そういうのはぁ?」

「……気を遣う、ねぇ」


 気を遣った結果これなんだけど。

 隠したり、嘘を吐くのは誠実じゃない。公正でもない。


 ……狡賢いことは出来るならぼくは極力したくない。


「ぼくは隠しごとは嫌いだけど、嘘も嫌いなんだ。ごめんね?」

「うーん、でもさぁ、嘘ついて追求されて、もっとぉ、隠してひねって、こいつ、さっきからなんだ? とか、なんでそんなことを知ってる? とか疑ったり戸惑ったりしてくれてもいいと思うんだぁ」


 なんだ、それ。

 なにが言いたいのかわからないが、刑事ドラマの見過ぎか?


「いいよ、めんどくさいし。 そうなったら、なにかいいことあるの?」

「イラついて、追い込まれていって、疑心暗鬼に取り付かれたあげく、日常的に凶器を持って路上を歩いている。……そんなトオくん見ていく楽しみが生まれる?」

「いらねぇよ! そんな薄暗いサスペンス!」


 最終的にホラーな結末を迎える自分が容易に想像できるよ。このメンツなら。

 疑心暗鬼になって正常な判断が出来なくなり、自暴自棄で金属バットかなにかを持って暴れまわった挙句、赤霧先輩に斬り殺されるか、ハミに喰い殺される自分がよ!


 ……もしくは病院の一室で「助けてくれぇ!」と叫んで謎の死を遂げる自分の最期が容易に想像できます。


「んー、トオくんなら、いい感じで周囲と孤立してるからちょうどいいんだけどなぁ」


 なににちょうどいいのかは聞かない。断固として聞かない。


「トオくんの鳴く頃に?」

「なんだ、その縁起の悪そうなフレーズは!?」


 ぼくをどうしたいんだ、お前は?

 それはそれとして、置いといて、とハミは言葉を続ける。いや、置くなよ。捨てろよ、無くせよ


「……でもぉさぁ。なにを大神さんと話してたのぉ?」

「内容はもう知ってるだろ? 無駄なこと聞くなよ」


 どうせ、聞き耳立ててたんだろうし。

 耳、とは限らないのがハミだけど、さ。


「最初から最後までじゃないもん」

「……最後を聞けば十分だよ」


 ふうん、とイチゴオレを飲み始めるハミ。


「そんなに気になるのか?」

「気になるよぉ? そりゃさぁ」

「気にするなよ。 今さらなにがあったって、変わらないから」

「それは……ん~……それとぉ、これとはぁ、べつだから?」


 そうですか。

 そう言われても、ぼくはしゃべる気は最初からないので、なんと言われても他人との会話の内容について聞かれて答える気はない。


 口が堅いつもりはないけど、軽いつもりもない。

他の人と話した内容は、基本的に雑談であっても、個人的なことに関しては話さないつもりだ。


 今回の内容は、その点では当てはまるように思う。


「いいじゃん、もう聞かれてるんだしぃ」

「……それとこれとは、別だから」

「ちょっとぉ、パクんないでよぉ」


 むっと膨れるハミをみて、なんとなく言い直す。

 こう、間延びした感じで。


「……それとぉ、これとはぁ、べつだからぁ」

「ハミ、そんな言い方してないし!」

 いや、してるよね。


 ふーん、だ。と、ハミはそっぽを向いた。


「べつにいいも~ん。じゃあ、ハミの方もちゃんと言ってあげないからぁ」

「……え? なにかあったっけ?」

「あれぇ、聞いてなかったのぉ?」


 ハミは薄く形ばかりの笑みを浮かべる。


「ちょっと早く食べた方がいいかも、ってハミ、言ったよね?」


 その時、窓に一瞬だけ影がさし。鈍い音がして……。


「え?」


 しばらくして悲鳴が上がった。

 窓から覗くと、血だまりの中に女の子が一人。足と腕がありえない方向に曲げて倒れていた。


 なんとなくその女の子が。

 大神アスカに見えた


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