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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
3/23

プロローグ

朝のいつもの風景。

 駅に向かい、目を刺す朝の光に苛立ちを覚えながら歩く。


 そこにあるのは日常。


 その日常の中で、ゆっくりと腐るのを待つように。

 それでいて、足早に、生き急ぐようにして過ごしていく人々。


 その中の一部となって、時間とともに進む。

 ダイアルを見れば、乗るはずの電車はとうに過ぎ。

 遅刻だな、とそう確認した。


 ――いつもどおりの朝だった。


 そう、その日はいつものように始まった。 

 設置されているベンチに腰掛け、なにを見るでもなくただ前方へと視線が向く。


 その視線は線路を挟んだ向かい側のホームを通るが、特になにに意識が向くわけでもない。


 ただ、前を見ているだけ。


 そのまま眺めていると、気を抜いたわけないのにため息が出た。

 疲れているということだろうか。


 時間を待つだけで、疲れるのか。


 人の中を過ごすだけで、疲れるのか。

 別にどちらでもいい話だ。


 あまりになにもないと、自然に視線はなにかに注目しようとする。なにもなくとも、それが日常の景色でしかなくとも、何か注視できるものを無意識のうちに探そうとする。


 目に留まったのは、偶然向かいのホームにいた男。


 年は自分と同じくらいだろう、どこかの学校、おそらくは高校の、制服を着ている。

 特に、制服というものに思い入れはなかったので、そのまま目線を外した。 

 ……この時間なら、あそこにいるヤツももしかしたら遅刻なのかもしれない。


 それも、どうでもいい話だ。


『まもなく電車が入ってきます、足下の黄色い線より……』


 そう女性のアナウンスが聞こえた。

 自分の乗る方面の電車ではないので、興味はなかった。


 そう――なかった。


 なかったはずだったのだが、向かい側の男がまたなんとなく気になってしまった。

 別になにがと言うわけでもない。


なんとなくだった。

 どこからどう見ても、日常の風景の一部。


 それが気になった。


 いざ、見てみれば、何が気になるというのでもない。どこにでもいるような学生だ。

 そこに妙な部分があるとすれば、男の顔に浮かんでいるのは笑顔以外のなにものでもないということぐらいだろう。


 朝からにこにこと、と言う形容詞のつくような表情をしているなんて珍しい、というだけだ。

 それだけだ。

 ホームに電車が入ってくる。


 男はこっちを見て。

 確かにこっちを見て。


 何か口を動かした。


 ……聞き取れない。


 ――瞬間。

 形容しがたい音。


なにかが潰れるのとも違う、殴られるのとも違う、現実の光景事態を形容するしかないような音。


 そのまま、電車が目の前を流れる。


 ブレーキの音が響く。

 それに悲鳴が追従する。


 それはちょっとした演劇の冒頭を演じているかのようだった。これからなにか、派手で重工な物語が開始されるかのような、そんな予感をさせるような合図。


 そんな願望を感じながら、ふと、頬を拳でこすると、真っ赤な何かが付着している。

 それを見て、俺の口からなにかがこみあげる。


 口に手を当てるも、それはもはや自分自身に押さえきれるものではなく。

 そして……。


 ……あくびが出た。

 ため息混じりの、あくびだった。


 *


 ぼく達の世界はひどくごちゃごちゃしているらしく、肌や人種の問題よりも隔絶した生き物同士の関係っていうのがあるらしい。


 ぼくはどちらかと言えば現実主義者な人間で、神様も悪魔も天使も鬼も妖怪も幽霊も宇宙人も……その辺の存在は一切信じていなかった。

いや、今でもそんなに信じていない。


 強いて言えば、UFOは本来の意味として、『未確認の飛行物体』ってことなんだから、宇宙人の乗り物じゃない意味でなら、そりゃありえるだろうな、と思うぐらいだ。


 それも日常的にたくさん『確認』できるだろう。

未確認の飛行物体なんて、ぼくらにとってはたくさんある。ただ確認してみたら実は人工衛星だった、とか言うだけで。


 でも、考えてほしい。そんなものを信じるとか、信じないとか言うのはおかしくないだろうか?


 例えば、もし誰かから「科学の存在を信じる?」とか「猫の存在を信じる?」などと質問されたら、違和感を覚えるはず。 


 実際にあるものに、信じるも信じないもない。

 仮にないものなら……やっぱり信じるも信じないもない。


 現実問題として実際にあるものはあるし、いる。


 科学や猫、人間だってこの世に存在する。

信じるとか信じないとかの問題じゃないのだ。


 ……まぁ、人間や猫は存在を認められても、信じるには値しない存在と言われればそうかもしれないけど。


 だから、ぼくがこんなことをしているのは、正直、自分でも信じられないことだ。

例にならうなら、ぼくは「現実を信じるか?」って感じだ。


 もちろん、その答えはNOである。

 まぁ、それでも間違いなく、こんなバイトをぼくはしている。それは現実だ。


 さて、肝心な話そんなぼくのバイトがどんなバイトなのか、それは言葉にするのは難しい。


 それでも、ない知恵を絞ってわかりやすく言えば、そう、その隔絶した生き物同士の関係の……いざこざや問題を解決・処理するってこと。


 わかりにくければ、そう、あれと同じだ。


 スズメバチの駆除。人里に下りてきた猿を山に返す。人を噛んだ犬を保健所に送る。熊を射殺する。人の社会に、人間に害を為したものを、人間の都合のいいように処理する。


 実際には、彼らの方に保護団体みたいなものとかがあって、その権利がどうとか、命がどうとか……時には権力と言う力関係が関わって複雑な様相を見せているけど、それはぼくには関係ない。


 ただバイトそのものは今言ったように剣呑なものであるけど、ぼく個人の業務内容は、基本的にはただの雑用にしか過ぎない。


 バイトの事務所でゴミ捨てたり、掃除したりと地味なものだ。他には、死体の処理とかを業者に連絡したり、ハミを現場にバイクで送ったり、現場の報告係とか……その他諸々、地味なものだ。

その他諸々の方が、頻度が多すぎて、説明に困るほど雑多ではあるけど。

とにかく地味なのだ。


 時間帯は基本的には夕方から。ただし、これは学校へ行っているからという都合上のもので、休日なんかは朝から働くこともある。


 時間だけなら、そこまで長くないし(昨日はいつもよりずっと長くてだいたい8時間の労働だったけど)別に毎日バイトをしているわけじゃない。まぁ、その密度は半端じゃなけど。


 外で行う仕事は、基本的に今回のような狩りよりも、その獲物を調査したり、探し出して追い立てる作業が多い。といえば聞こえがいいけど、ぼくがするのはバイクの運転と聞き込みのようなものだ。あと、そうだな、地図とにらめっこしたりする。


 戦闘以外の支援、情報から雑処理その他すべて、ぼくが出来る限りすることになっている。

 忙しい時には忙しいが、暇な時はとことん暇なのがぼくのバイトだ。給料は狩り1回につき、1万5千円~2万円ぐらい。事務所の雑用だと、時間給で最低賃金になる。


 ……もっともこれは、ぼくの場合だけで、実際に戦う先輩とハミはもっと金額が上だろう。



 個人的な観点で悪いけども、同い年の同級生、しかも女の子よりも低金額(この点には実は文句はない、年齢とか性別とかは気にならない)その低い収入も月によって幅が広く、全然安定したバイト先とは言えない。


 それでもあえて金額を平均するなら、コンビニのアルバイトをみっちりやった時の金額を倍にしたくらいになるだろうか。

 ただそれも、きちんと仕事が入ればだ。実際、いつ仕事があるかわからないので、とりあえず毎日事務所には行かなくてはならなかったりする。

連絡だけして行かないでもいいけど、行動が遅いと急な仕事に出れない時があるから、お金と仕事が欲しいなら、顔だけは出しておかないといけない。


 ……あとなんだろ?


 あ、その上、たまに怪我をする。もしかしたら、ちょこっと死んじゃうこともあるかもしれないという可能性もないわけではない。


 ……冷静に考えたら厄介な職場だ。


 それでも、特にバイトに不満があるわけでもないのだ。


 ここまで、言っておいてまたなんだけど、ね?


 どこに不満があるかはそのうちおいおいわかるだろうから、割愛しておく。


 バイトにおけるそれ以外の問題と言えば、うちの学校は表向きバイトが禁止なので、ちょっと骨折とかなんとかなったりしたら、まずかったりする。


 そりゃ、いくらでもいい訳はきくのかもしれないんだけど、そんな頻繁に怪我なんてことになったら、言い訳することにつらさを感じる。


 実際のところバイトぐらい、先生方も普通は見てみぬフリしてくれるけど。

 ……さすがにこんなヤクザな商売、学生がやってたら問題だと思う。


 常識を疑われる内容でもあるしね。


 ようするにその程度の理由と常識的判断というもので、ぼくは人にこのバイトを言えない。それがぼくにとっての不満点と言うか問題と言える。


 まぁ、言う相手なんてほとんどいないんだけども。


 その数少ない相手、これは言う必要のない相手でもあるのだが、よくバイトで組むことになるハミはぼくにとって、友人と呼ぶのにも近しい相手だった。


 休み時間や授業中にしゃべるくらいに。


 授業中に一緒にいるとしゃべる、と言うのは、なかなかの親しさを判断する一つの基準にある。とぼくはそう考えている。これは日常の中で周囲の様子が目に入る中で、得た結論の一つだ。


 本来、私語が禁じられている時間なのにも関わらず、しゃべりたくなる相手、というのは希少なものだと思う。


 ここで一つ、私語が禁じられていると本人が感じているか、知っているかは重要な点だ。

もしもそういうことを知らない、感じていないのなら、死んだ方がいい。社会的に。


 それか、誰か教えてあげるべきだろう。友達が。

それが出来ないのなら、友達ではない。


 ただ、ここまで言っておいてなんだが、あえてこのぼくの人間関係における友達の判断基準が周囲を観察して得た結論ではないことは言っておきたい。


 なにかを観察するほど、ぼくはそこまで暇でも悪趣味でもない。

ぼくはそれが悪いことだとは言わないが、悪食と同じであまりいい印象を与えないものだとは判断している。

 

そう、悪食と同じだ。

 悪食……と話に出ればハミのことを紹介しなければならない。


 ハミといえば、悪食と暴食。

 悪食と暴食、と言えばハミ。


 ……それぐらいの存在なのだ。


 まあ、そこまで言っておきながらハミは女の子だ。見た目には悪食も暴食も彼女には相応しくないように思うだろう。


 むしろ美麗で可憐、が相応しいくらいだ。ごめん、それはいい過ぎだ。


 よくいるくらいには美少女だ、に留めておこう。

テレビでよく見る程度の美少女だと。


 そんなハミはぼくの同僚だ。

それも、初めてぼくが会った非日常。現実に存在する非現実だ。彼女を夢で見たらそれは悪夢だと断定できるほどの。


 まあ、単純にハミが非常識なまでに常識に欠けた人間性の持ち主だから、って言うのもあるけど。


 ハミを紹介するとしたら、ぼくは一言こういうだろう。

 ハミは、それはもう、悪食だ。と。

 それがなんであろうが食べてしまうほどに。


 いや、むしろ悪食と評する以上は、なんでも食べること自体がどうとと言うよりは、美味しそうだと判断する基準が人並み外れていることか、逸脱していることが悪食と判断される所以なのだろう。


 まぁ、あれでも本人曰く、なんでも美味しい訳ではなく、きちんと好みがあるそうなのだが。


 ああ、確かにハミは好き嫌いは多い。

 ……と言うか、あんだけ食べておいて好き嫌いを言えば作った人にも、食べられる食材にも怒られると思うんだけど、それは別にいい。


 好き嫌いは食べるものを選別してる、と見れば食べたものをある意味で評価してるってことだろうし、物事に評価を下すことは無関心よりも好ましく、生産的だ。また、そもそも今回は彼女の話ではないからそこにこだわるべきでもない。


 今回の話は……誰、と言うべきか、なに、と言うべきか。

 とにかく別のモノの話、なのだ。


 なんだろう、あえて言えば。


 なんの話だったのか、誰の話だったのか。

 むしろ、本当はいったいなにをしたいのか、と言うような。

 ……そう言ったモノ、いやコトのお話だ。


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