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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第二章 感染拡大
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第10話 布石という名の置石

 一ヶ月ぶりの更新になりました。戦闘描写は苦手で好きじゃないのでどうも、筆が遅くなってしまいました。

 今回はまたも人外バトルです、いったいどうなることやら。

 またわたしは繰り返す。

 あの時の出来事を。

 やり直すことの出来ない、もう既に終わってしまうことを。

 直さないままに、わたしはやり直す。


また彼女は呟いた。

 ……まるで凍えているかのような、寂しそうな目で。


「あなたがいなければ、気が付かなかったのに」


 それがどういう意味なのか、まだ私にはわからない。

 

 ねえ、それはやっぱりそういうことなの?

 全部、私のせいでこうなっているってことなんだよね?

 私のせいであなたは死のうとしている?

 私があなたになにかをしたせいで、今あなたはここにいる?

 なら私を恨んでいるよね? あたりまえだよね?

 

 ……ねえ、わたしがいなければよかったでしょ?

 ……ねえ、わたしは傍にいなければよかったんでしょ?

 ……ねえ、本当はわたしはずっと邪魔だったよね?

 ……ねえ、わたしは本当に重荷だったでしょ?

 ……ねえ、答えて。わたしがあなたを殺したんでしょ?


 ああ、違うか。

 わたしはこれからあなたを殺すんだ。

 何度も何度も、殺すんだ。

 これからずっと殺し続けるんだ。

 

 私はこのあと、何が起こるか、それを知っている。

 私は彼女に向けて、一歩を踏み出そうとする。

 でも、足が動くわけはない。

 あの時、私は動かせなかった事実は揺るがない。

 だから、どんなに頑張っても足は動かない。

過去はもう動かない。


 彼女は言う、一切の虚構を含まない声で。


「私はアンタを許さない」


 そうしてわたしに決別するかのように背を向ける。

 もうわたしなんて要らないと、もう背負ってなど行けないと。

 おそらくその目が見つめるのは、自分がずっと暮らしてきたこの町。

 わたしといたこの町。


 ただその目が、どんな風にこの町を映し、どんな想いを抱いてそこに立っているのか、わたしにはわかりようもない。

 だから、彼女はここにいる。

 わたしが理解出来なかったから、彼女はこれから死ぬ。

 わたしが彼女を殺すんだ。


 それでも、わたしは。

 どんなに罪深くても、何百何千何万やり直しても同じなのだとしても。

 ――わたしは。


 その時、一歩を踏み込もうと僅かに彼女の重心が傾いた。

 それに気付いたわたしは、頭の中が真っ白になったまま。

 『何か』を叫ぶ。

 反射的に『何か』を叫ぶ。

 それに気付いた、彼女はゆっくりと振り向く。

 その表情は見る前から知っている。


「アスカ」


 涙が溢れそうな目と、溢れんばかりの感謝と喜びに満ちた笑顔。

 わたしが今までで見た中でも、最高だった笑顔。

 わたしが今まで見ることの出来なかった、引き出すことの出来なかった本当の。本物の。

 止められない。

 止められはしない。

 私は手を伸ばせない、だってそんな顔をされたら。

 まるで、私が……。

 彼女は謳うのだ、そう感謝を。


「ありがとね」


 そう、自ら心の底から望んでそうするかのように。

 初めて鳥が羽ばたくように、もうこの大地になど用はないというように。

 力強く一歩を踏み出し、そのままの笑顔でゆっくり崩れ落ちていく。

 わたしは手を伸ばせない。

 彼女を掴むことが出来ない、そうすれば助かったかもしれないのに。

 だって、彼女が……。

 彼女がっ!


「手を伸ばしてっ!」


 え?


「掴むの! 勇気を出してっ!」


 わたしは自分の後ろからそんな叫び声を聞いた。

 どこまでも必死な、その声を。

 わたしはそれに振り返ることも出来ず、彼女が墜ちていくのを見る。

 ああ、また、だ。

 また……だ。


 そして、またわたしは繰り返す。

 あれ? なにかがおかしい?

 なにが、だろう?

 でも、わたしは……意識が遠くなるのに身を任せた。



 *


 

 ぼくは一歩づつ、家の奥へと歩みを進める。

 家の窓と言う窓はすべてカーテンによって締め切られ、明かりは何一つ灯されてはいない。朝にもかかわらずかなり暗い室内。

 ぼくはその中を、一人……いや、二人で進んだ。

 

 そう、今ぼくは一人じゃない。

 ぼくの背後を続くように歩む、女の子。

 大神アスカの二重身。

 左腕に痛々しい、血の滲んだ包帯を巻いたこの娘。

 例え、彼女がぼくの味方でなく仲間でなく、その力が状況になんら変化をもたらさない程に微少だとしても。

 ――ぼくは一人じゃない。


 さて、ぼくはどこまでやれるのだろうか。

 決して、幸福な結末が想像出来ないけれど。

 もし、ぼくたちの未来が明るいものでないのなら、ぼくたちが生きている価値がないのだろうか。

 

 ――その答えは、もう出している。ぼくはそれでも今、生きているという形で。

 さあ、悪あがきを始めよう。

 残酷な終わりが来る時間を引き延ばそう、この現実に解決なんてないし、今さら全てをなかったことになんて出来ない。

 だいたいぼくは正義の味方じゃない。みんなを幸せになんかしない。

 どこまでもどこまでも先延ばしにして、なにかがどうにもできないぐらいそれで歪んでしまったとしても、それでも生き続けよう。

 大丈夫、ぼくはそれでも一人じゃない。

 誰も彼もを道連れに、地獄よりも最悪な世界を鼻歌交じりに闊歩しよう。

 みんなみんな一緒なら、どんな道のりも悪くない。


ぼくはメールを打ち始める。

 どうにもならないこの状況、とりあえずカードを切り始める。

 切り札はまだ、それはぼくのためにとっておこう。

 メールだけで十分のはずだ、通話はしなくていいだろう。

 今の状況なら、それだけで食いついてくる。来ないのならそれまでの執着と想いだったってことだ。それなら、ぼくが一緒にいる価値なんてない。


 さてさて、まずは運命を変えてみよう。

 行き止まり(デッドエンド)から、崖底にある暗い泥沼へ。

 もう先がないレールから、もう少しだけ長く続く未完成のレールへと乗り換えよう。

 

 ふふっ……キツキさん、毎回思うんだけど。

 貴女が読んでいると胸を張った、そのぼくの思考はほんとうにそれで全てですか?

 だとしたら大笑いです、今あるぼくの全てがその手のひらのうち?

 『今ある全て』ならば、それは『全て』には不十分です。


 全てというのはね、キツキさん。

 現在のだけでなく、過去も未来のも含めるんだよ、キツキさん。

 これからぼくがなにを考えるか、読んでいるのかな。キツキさん。

 これからぼくがなにをするのか、わかっているのかな。キツキさん。

 人の全てを総る、なんて不可能なんだよ。思考する存在である以上は。


 メールを打ち終え、ぼくはゆっくりと振り返る。

 虚ろな闇を(まなこ)にぼくを見つめる目。どこまでも付いてくる、共に歩むモノ。

 ぼくはそれに笑いかける、その光景を母を慕う幼子を見ているかのように微笑ましく思い。


 ぼくは手を伸ばす。

 無反応なその女の子。


 ぼくは手を伸ばす。

 それでも動かない、その血まみれの右腕。


 ぼくは手を伸ばす。

 光のない漆黒の目は物言わぬ。

 なんの想いも感情も伝えてはくれない。


 じゃあ、ぼくが話そう。

 じゃあ、ぼくが伝えよう。

 ぼくがなにを考えて生きているか。

 ぼくがなにを想い生きているか。

 ただの人間でしかないぼくが、ただの人間のまま、どうやって生きているのか。


 頼りない小さなその手。見ているだけで、痛みを幻覚してしまいそうな、目を背けつむりたくなるようなその手。

 それをぼくは握りしめた。

 一方的に手を繋いだ。


「一緒に行こう?」


 返答はない。

 それでもぼくは笑う。

 ぼくには道連れが少なくとも一人いる。

 なら、どこの地獄も怖くはあるまい。


 ぼくは沈黙したままのその娘に語りかけながら、歩みを進めた。

 決して離そうとしない固くしっかりと握りしめるその手は、彼女ではなくぼくの方の手だった。



 *



 有卦キツキは白衣の袖を再び硬化させた。

 鋭利には程遠い、鈍く重たい鈍器のように。

 鉈か斧、固い物体を勢いで叩き割る物へと、その性質を変化させた。


「それが全力か、魔術の化身(マジックアバター)

「これで十分だ、朽ちた処刑刀(エクゼキューシュ)


 そう言い放ち、有卦キツキは一歩を踏み込む。

 人の身には成し得ない、遙か遠き一歩。

 人の十の歩みを、軽々と彼女は二倍三倍と超え、たった一歩で踏み込んでみせる。

 その距離を移動する勢いのまま、振るわれ叩きつけられる右腕。


「たかだか化け物が、人に勝てると思うなよ」


 それをいなす、刃。

 まるで金属同士がぶつかったような衝撃音は、キンッと小さく心地よく響いた。

 自らが放った大振りの一撃が空撃った感覚に襲われ、上半身を前のめりにバランスを崩す有卦キツキ。


「五分と五分の同じ条件ならば、人間の方が貴様らよりも圧倒的に上だ」


 いなした刃は返される。

 容赦なくそれはなぎ払われる。

 それは昔から行われてきたことの繰り返し。

 荒ぶる怪物達に対し、人が容赦を加えたことはない。


 目を見開く、有卦キツキ。

 反射的に頭を庇うように左で覆うも――。


「ぐっ――」


 硬化させた袖が僅かに、刃を逸らす。

 左手の平と指の肉、そして骨がそがれ。額の肉が刃に削りとられ、遅れて出血する。

 有卦キツキにとって、力の源である血が失われる。 


「まだだ」


 赤霧のどこまでも冷静なその声。

 しかし、どこかそれは狂気と熱意に彩られている。

 さらに含まれるのは踊るように弾む喜びと……。


 ほんの僅かな期待。


 有卦キツキは身体を反らし、宙で身体を倒し回転させるように背後へ飛んだ。

 それを追う、一閃。

 物理強化された白衣はそれに触れるも、ぎりぎり通すことなくその役目を果たした。


 有卦キツキの目は捉える。

 赤霧 咲斗の目を。

 遠野が狩人の目と評した、その冷徹なまなざしを映し返す。


 嗤っている。

 赤霧咲斗は嗤っている。


 化け物である有卦キツキが戦う光景を。

 嘲笑しているのだ。

 

 羽をもぎ取られた蛾が羽ばこうとする様を見る。

 羽ばたけるはずもなく、それでもなお蝋燭に灯された火を目指そうとするその光景を。

 惨たらしい死に向かって、まるでそれが希望であるかのように無意味に足掻く、無知で

白痴な虫けら。

 今の有卦キツキに、赤霧咲斗はそれを重ね合わせ見ている。


「巫山戯るなっ!」


 穿つような怒声。

 宙に回転する一瞬に有卦キツキはそれに至り、同時に反撃した。

 その体勢で殴ることなど出来はしない。

 そこから射たれるのはつぶて。

 左の手から、小さな石のような塊が赤霧咲斗のその目に向かって放たれる。


 その塊は先ほどそがれた骨と肉を、自らの筋力によって凝縮した物体。

 自らの身体の一部であるが故に、それもまた呪物。

 

 肉は血の塊。

 血は我が力の源なり。命なり、祈りなり。

 血塊よ、『焼き尽くせ』。


 念じられた通りに、有卦キツキの身体の一部はその役割を果たす。

 全身が魔術の触媒となりうる、彼女だからこそできる技。


 その瞬間、血塊は破裂する勢いで自らの敵を焼き尽くす。

 ――はずだった。


「甘い」


 振るわれる三度目の刃は。

 巨大な烈火の炎を纏い、その寸前につぶてを焼き払い。

 そのまま焔は意思ある大蛇の如く、有卦キツキに襲いかかった。


 落下の中、右手を地につき怪力によってさらに後方へと飛ぶ。

 炎の大蛇をどう退けるか。

 その判断は速い、白衣をつかみはぎ取る。

 足が着地する前に、術式を描き成立させる発動まで1秒とかからない。

 代償は不要、その白衣は既に契約が成立したもの。

 身に纏っている物は、全ていつでも自らの身代わりとなりえるようにその準備が成されている。


 着地と同時に創り出されるのは、白い魔物。

 大きな口と黒目が存在しない、顔だけの怪物。

 それは巨大な大蛇をいともたやすく飲み込んだ。

その魔物が燃え出すような気配はない。


 思わず感心したような声を漏らす、赤霧咲斗。


「……ほう。思ったよりやるじゃないか、もう終わると思っていたけどな」

「我を舐めるのも大概にするんだな、失敗作」

「だが、その失敗作に随分追い詰められているようだな?」


 それを聞いて、有卦キツキは愉快な冗談だと高笑いを始める。


「お前にはそう見えるか?」


 傍らに浮かぶ、顔だけの白い魔物。

 鼻がなく、白目と口だけのその存在は自らを創りだした主と共に、空気を震わせることなく笑う。


「次の一手で終わりだ、貴様はその出自に相応しく今度こそ焼却処分にさせてもらう」

「なにをする気は知らないが、自らの手の内を晒すなんてな。愚かしいにも程があるぞ、どこまでもお前達は人類の上にいる存在だと思っているのか?」

「ふん、人類? 笑わせるな、貴様は人ではあるまい。人でもあらず、化け物となるにもなれない出来損ない。まだ半妖の方が真っ当だ」


 その言葉を鼻で笑う、赤霧。

 あまりにも場違いだと、そう一笑にふす。


「俺が人間かどうかはどうでもいい話だ、少々特殊なだけの人間。それ以上の力は保有していないと言う事実だけが、闘争において持つべき視点だろ? その点で言えば、俺はお前らよりも人間と戦う方がまだおもしろいね」

「なんだと?」

「誕生してから600年の月日が経とうとも、この程度。――実にがっかりだ、人はその間に闇という闇を照らすどころか、焼き付くさん程に研究と研鑽を、その種をあげて重ねてきたというのに、お前達は未だあくまで化け物止まりだ」

「……黙れ」

「お前達はいつまで経っても変わらない、次々に生まれ出でる癖に成長もなくそこで終わる。生まれた時から死んでいるようなもんだ、生きている理由なんざ与えられた性質を全うするだけ。それを生涯を賭けて覆すこともないし、そうしようともしない」

「黙れっ!」

「哀れだよ、化け物。お前達はどこまでも化け物にしかならない。……人間とは違ってな」

「……イルキントゥシュ、殺せっ!」


 白い魔物にそう呼びかける有卦キツキ。

 主の声に呼応するように、魔物はその姿を瞬く間に変えて見せる。その姿は真っ赤な炎の塊、強大な熱気が風となって周囲に吹き荒れる。そして、獰猛な敵意を両の眼光から叩きつけるように赤霧に浴びせた。

 同時に有卦キツキはそのカジュアルな服の性質と形状を変化させ、袖から鎌のような刃を出して見せる。

 赤霧咲斗は呆れた、とばかりにため息を吐いて見せた。


「随分とデタラメな能力だ、確かに夜間に勝負を挑めば勝てなかったかもな」

「今なら勝てると言うのが思い上がりだ、狩り手ぇっ!」


 焔の化身と化した魔物、イルキントゥシュと呼ばれたモノ。その主である有卦キツキは同時に赤霧に向かって駆けた。

 さらに有卦キツキは自らの姿を透過させ、その動向を悟られづらくする。


 正面から迫る、炎の塊は赤霧が出して見せた大蛇よりも圧倒的な火力を纏っている。先ほどのように、かき消すことは不可能。

 影に隠れるように進む、有卦キツキはもし赤霧咲斗がイルキントゥシュなんらかの対応を見せたとき、その隙を突くように伏兵としてあった。

 現在、有卦キツキが戦闘を演算(シミュレート)した中で出来る最高の火力を持ち得る戦術。どちらの攻撃も直撃すれば、簡単に赤霧を殺せる。

 そして、これ以上のことは今の自分には出来ない。と言う限界でもあった。


「源は魔血解放、役は属性反転・極大解釈、果は烈火炎刃(フレイムタン)


 赤霧は呟いていく。

 自らの親指を、剥き身の日本刀の姿をした魔剣『血汐閖咲』に擦りつけ、自らの出血を促す。

 魔術を扱うのに、詠唱が不可欠なわけではない。

 だが、詠唱すると言う行為そのものが、自らの成したい事柄、望みを言葉によって形にしてみせると言うことが、儀式として成立しうる。

 

 誰にでもなく、自分への宣誓。 

 これから自分はこれを現実にしてみせる、と言う宣言。

 それこそが儀式。誰もが行え、また行ってきた言葉という魔術。


「……行くぜっ!」


 迎え撃つ、と言わんばかりに魔物とその主に向かい走り出す赤霧。

 暗緑色のコートはまるで、マントのようにはためく。

 その走りは飛ぶようにと言う形容詞が相応しいほどの凄まじい速度に見えるが、それは一歩間違えれば五体がバラバラになりかねない危ういもの。

 あくまで人の身程度の身体能力しかない彼にとって、それ以上の力を振るうことは大きなリスクだった。しかし、そのリスクを負うことを喜びとするようにその表情に浮かぶのは笑み。

 今目の前にいる敵を食い破らんとする獣のような笑み。


 それに相対する有卦キツキとその従者である魔物が浮かべるのは、自らに愚かにも相対した出来損ないに対する嘲りと入り交じった強烈な怒り。

 人にさえなれないモノ如きが、絶対の王者である自分に牙を剥いたと言う事実に対する憤怒。


 その両者がぶつかる。

 

 火炎を纏った刃を魔物に赤霧が振るい、赤霧に食らいつくように口を見開いて迫る魔物イルキントゥシュ。

 影に潜む、有卦キツキは己の勝利を確信した。


「消え失せろ《解放しやがれ》」


 赤霧の一声。

 共に、急速に減退しついに消失するイルキントゥシュの焔。


 有卦キツキが創りだした魔物、イルキントゥシュの能力。

 それは自らの許容量を超えない分だけのあらゆるモノを飲み干し、対象の性質を自らのモノにし、さらに予め主によって与えられたエネルギーを上乗せする能力。さらに言えば、その許容範囲は川を飲み干すとも言われる恐るるべきモノだ。

 しかし、その飲み干せる回数は一度きり。再び、飲み干すには自らが飲んだものをはき出す必要がある。


 赤霧のしたことは単純だ。

 イルキントゥシュの焔を、自分のものであると即見抜き、最も効果的なタイミングでその炎をその源へと……つまり、触媒となった自分の血へと戻したのだ。

 

 ほとんど無力な、元の白い姿になった魔物。

 その刹那に、振るわれる刃。


「なっ――」


 なんの抵抗もないかのように、その大きなイルキントゥシュの身を貫通する猛る炎と刃。

 それはそのままの勢いで、有卦キツキへと振り下ろされる。

両腕で刃を振るう赤霧の身体からは、赤い鮮血のような霧状の煙が上がる。


 人間には反応し得ないその速度に対し、それが予測出来なかったのにも関わらず、有卦キツキは反射的に両手の鎌と化した刃で護りに入る。

 しかし、それもたいした意味をなさない。

言外に密かに激突の間際に発動していた魔術は、鮮血沸騰(オーバーブラッド)

 その血と引き替えに、人を超える身体エネルギーを得る魔術。


 魔術を同時に二重以上で組み、発動する多重術式(デュアルマジック)は本来なら不可能と言われるが、魔術師としては2流、時に3流以下と言われる彼には可能だった。

 赤霧は喉の奥から全身から絞り出すように叫ぶ、空気を震動させる絶叫。


「うるぅぅぅああああっ!」


 単純な加速と力による一撃と炎の火力。

 有卦キツキの華奢な身体は押しつぶされんばかりの勢いで、地面に叩きつけられ、発動していた透過の魔術が解除される。

 ブチブチブチッと筋肉の繊維がちぎれる音が、赤霧の両の腕から響く。

 同じく奏でられるのは斬撃の音ではなく、地面を揺らすような衝撃。

 

 ――振り抜かれる刃。

 

 刃を振りぬかれたその瞬間、即座に立ち上がる有卦キツキ。その頭を赤霧の額へと叩きつけカウンターを行う。

 身体を灼かれ、両腕を完全に破壊された有卦キツキは、自らの身体をあえて地面に押し込めることによって、その攻撃を凌いだ。

 その状況下でもなお、戦う闘志と反撃する思考を忘れない有卦キツキ。

 それは長き戦いの歴史とも言っていい、今まで存在してきた経験による反射動作。


「ふざけんなぁっ!」


 舌打ち混じりに叫ぶ赤霧。

 ぶらんと腕が垂れ下がる、有卦キツキはその足を振るう。


 ――血は肉、肉は血なり。

 事前に準備された魔術によって、隙なく自ら(・・)の攻撃によって負った筋肉繊維やダメージを回復しながらも、魔剣を持たぬ左腕でその蹴りを受け止める。

 当然のように砕かれる腕。

 赤霧は自らの身体を守るために、背骨などの戦闘の続行に重要な骨を守るために、あえて腕の骨だけを砕かせた。

 

 ……それに痛みはない、赤霧は魔術を行使するために自らを極度の興奮状態、狂的覚醒(トランス)させ、常人ではなしえない集中力を得ている。

 それは痛みなど自分が不必要と判断した感覚を一切麻痺させるものだ。

 赤霧は戦うために元から、その肉体を魔術や魔薬(ポーション)によって改造しているが、それでも扱う魔術による強化には本来痛みを伴うはずなのだ。

 ――場合によっては死にさえ至るような痛みを。


 腕を楯にし攻撃を凌ぎ、赤霧が繰り出すのは魔剣『血汐閖咲』の刃。

 しかし、その烈刃にはもはや炎はない。

 赤霧咲斗に強力な炎を維持する才能は存在しない。

 ただ、既に解かれつつある鮮血沸騰(オーバーブラッド)によって発生した腕力によってのみ振るわれる刃。


 剣術そのものに関して、卓越した技術を持つわけではないその剣撃は。

 いとも簡単に経験という一点に勝る、有卦キツキが見切り。

 自らの足先を蹴り出すように使って、刃の裏を掬うようにして捉えて、その圧倒的な勢いを利用して地面にめり込ませた。

 身体を半回転させる有卦キツキ、深く深く、地面に突き刺さる魔剣。


 赤霧咲斗が持つ、唯一の武器らしい武器といえる血汐閖咲の刃は封じられた。

 ……そう、刃は。


 赤霧咲斗は平然と魔剣を手放した。

 何一つ、問題ない。

 魔術の行使に、魔剣を持つことは重要ではない。魔剣と自分との間に血を付着させたことによって、繋がりがあると解釈出来る事実だけが重要なのだ。

 強いて言うのなら、術者赤霧咲斗と魔剣との関係としての距離が重要なのだ。


 相手が得物を失ったのを好機とし、全力で連撃をたたき込もうとする有卦キツキ。

 だが、それは足技のみに限定される。

 近接した戦いを得意とする赤霧に対し、いくら歴戦と言えどもそれは不足。

 足に加速がかかる前に、その足の膝に叩きつけられるのは赤霧の拳。

 

 ただの拳ではない、光を反射しない真っ黒に変色した腕による打撃。

 素手の攻撃のはずなのになぜか鈍器のように重く強烈な一撃、それを連続でたたみ込む赤霧。自分が攻撃される前に潰す、怒濤の乱打。

 膝を破壊された有卦キツキは、その勢いによって足を戻さざるを得ない。致命的な隙。

 嵐のような乱撃にバランスを崩し、その瞬間撃たれた。


 ただの左によるストレートに見えた。

 それが左胸に向かっただけのように。

 しかし、直撃と同時に火薬がはじけ飛ぶような破裂音。


 無様に有卦キツキは転倒し……。

 とうとう立ち上がることはなかった。


 *


 朦朧とする意識の中、有卦キツキは赤霧咲斗を見上げる。

 回復……は出来そうにない。

 左胸に突き刺さる、3つの異物の感触。

 それは小さな、杭のようなもの。


 時間さえあれば、手足はどうにかなるかもしれない。

 今すぐには血が足りないが、時間さえあればどうにかなる。


 しかし、自分にはもう無理だ。

 杭を抜かない限り、その部分は回復出来ない。

 ヒュー、ヒューと呼吸音だけが聞こえる。


《ああ、うちもここまでかなぁ……》


 地面に刺さる血汐閖咲を平然と抜き、ゆっくりと近づく赤霧咲斗。

 もう身体から赤い霧が迸ることはない。


「意外にやられたな、俺も」


 そう笑いながら魔剣を鞘に収め、微妙に曲がる左腕を音を立てながら強制していく。


「どうした、化け物? すっかりさっきの勢いがないだろうが」

「……くぅ……っ」

「おい、いいからなんか話せよ」


 腕を強制し終わった赤霧はなにか丸薬をいくつか口に放り込む。

 それをかみ砕くようにして、飲み下し。

 有卦キツキの左胸を踏みつける。


「ぐ…――かはっ……」


 この状況下でもなお、有卦キツキは誇りをその目から無くさない。

 それをまったく気にせず、足の裏をすりつけるようにして出血する傷口を開きのぞき見る。

 血を源にする有卦キツキは、自らの血の状態をある程度を制御出来る。止血は意図しなくてもなされるものだが、死の寸前では違った。

 このまま放っておけば、彼女は死ぬだろう。

 それに満足がいかない、ように呟く赤霧咲斗。


「ああ、駄目だな。一撃で殺すための技なのに、全然出来てねえ。マジ、クソだな」

「なに……を…?」


 有卦キツキの目に疑問の光が浮かぶのを察する赤霧。

 自分の言葉へ返答らしい返答が来たことに笑顔を返す。


「いやな、お前も気になってんだろ、自分がなに喰らったか」

「……ぁ……」

「さすがにしゃべれねえのか? まあいいか、俺は今までてめえらみたいな化け物を殺しまくってきたわけだ。その中には当然、吸血鬼(アンデット)殺しみたいな技術(テク)もあんだよ」

「……ぁぇ………ぉ…っ」

「なに言ってんのかわかんねえよ、化け物。……でな、今俺が余興に見せたのは炸裂杭撃ち(パイルバンカー)って言う、まあ、遊び半分の技でよ。撃ったら、自分の拳も逝くって言う笑える技なんだがな」


 パイルバンカー……火薬式の杭打ち機。

 ……有卦キツキは聞いたことがあった。

 吸血鬼への止めである胸への杭打ちを、現在では杭と槌ではなく効率よく機械で行う場合もあるのだと。

 まるで釘打ち機で作業をするかの如く、動きを止めた吸血鬼へ順番にとどめを刺していく。

 抵抗する暇もなく、一方的に虐殺されていった不死者アンデット達。

 泣き叫ぶ、女子供の姿と自我を持った不死者を想像して、有卦キツキは怒りを胸に抱いた。フェアでない、一方的(ワンサイド)な殺しの光景。


「詳細は省くけどよ、俺の人体の部品を生かした理屈でやる『硬化』と『火薬生成』。 んで、同じく俺の隠し武器でもある『金属生成』の形状指定との組み合わせなんだが……おおざっぱなやり方は今のは全部同じなんだけどな」


 赤霧の右手にある、なにか小さな金属製の塊。

 それは杭と言うより、暗器武器である『寸鉄』と言う道具に酷似していた。

 それを見せつけて、説明してみせる。


「とにかくこういうものを作って、持っとくわけだ。んで、指に挟んで単純に爆発させて、殴る勢いと爆発による推進で撃ち込むと。 簡単だろ? てめえらみたいなタイプは心臓止められたぐらいで死ぬんだから、まあ、当りゃ一撃必殺即死ってわけだ」


 そこまで説明してばつが悪そうに頭を掻く、赤霧。

つまらない恥を掻いた、と言わんばかりに。


「ただ、その爆発で腕の表面を硬化させていても、中身の方が無事じゃないし? 今回は拳の骨にひびは入っただけだったから楽だけどよ、肝心の当たりが悪い。

 ほら、狙った場所に寸分違わず殴るなんて、フツー出来ねえだろ。俺はカンフー映画の主人公じゃないんだからな、ジャッキーみたくはいかねえさ。 しかも、爆発の衝撃で結構、ずれるんだよ。 そこまではどうしようもねえ、な」


 巫山戯た、事を抜かすガキだ。

 有卦キツキはそう毒気づこうとするも、気の抜けた音が口から出るだけなのを確認して、諦める。

 どうやら、もう挑発することも罵声を浴びせることも出来ないらしい。


「さて。さてさてさて? そろそろ止めと行こうか、俺、よく余計なおしゃべりをして相手を逃がすんだけどよ、今回はいいだろ。 アンタだってもう抵抗どころか身動き一つ出来ないしな」


 作りだした、その小さな金属製の杭を指に挟み、持ち直す。


「今度はきっかり殺してやるからよ。なんか言い残すことは?」


 ゆったりとした動きで、しゃがみ込む赤霧。


「ああ、しゃべれねえか。 うるせぇのは嫌いだが寂しいもんだな、アンタなら余計な命乞いもしないでさっさと覚悟を決めて、殺せって言ってくれんだろ?」


 顔を有卦キツキに近づけ。

 その目を覗き込む。


「悪くない、まだ俺を殺したいって目だ。……そういうのは嫌いじゃねえんだ。 殺しあいってのは殺して殺されてなんぼだろ?」


 そうすることが当然のように語りかける、赤霧。


「そういう覚悟がない奴とはやりあいたくねえんだよ、興醒めするからな」


 少しでも、動けるのならその鼻を食いちぎり、唾でも吐きかけてやるのにな。

 有卦キツキはそう思いながら、赤霧を睨み付ける。

 最後の一瞬まで目をつむるつもりはなかった。


「OKOK、思ったよりは悪くなかった……前座にしてはな。 これで一人目だ……いや一匹目だな」


 そういって、その手を改めて有卦キツキの左胸に添える。

 にやにやと笑いながら、赤霧咲斗はもう一度必殺であるべき一撃を穿つつもりで。


「んじゃ、一名様ごあんな~い。お先にど」


 その時だった。

 赤霧の目がこぼれ落ちるのではないのか、と言う程に開かれ。

 突然、飛び退いてそのマントのような暗緑色のコートを翻し、楯としたのは。


 飛び退いた赤霧を追うように現れたのは、真っ赤に猛る大蛇。


「くそっ」 


 全身を炎に包まれる赤霧は、そのマントで防ぎ。

 いともたやすく、炎を完全になぎ払った。


 足音。

 一歩一歩、近づいてくる足音。

 有卦キツキはそちらを向こうとするが動けない。

 

(――誰だ?)


 覚えてはいた、遠野が呼ぶといった援軍。

 しかし、期待はしていなかった。巫月が来るはずはない、ハミを呼ぶのでなければ後は事務所に戦える人材はいない。

 肝心な残りの一人は、今こうして自分と敵として対峙して……。


「おいおい、そのコートまで俺と同じ仕様かよ。狡くねえか?」


 この声は……。

 いや、そんな馬鹿な。


「まあ、血汐閖咲まで持ってんだから、それくらいの装備は当然か。そっちの方がコピーしやすいだろうし、このコートは別に俺の専売特許じゃねえしな」


 視界の端に現れたのは。

 暗緑色のコートと、それに合わせた帽子を被る学生服の男。

 日本刀の姿をした魔剣、剥き身の『血汐閖咲』を持つ、もう登場する(あらわれる)はずのない人物。


 ――赤霧咲斗、その人だったのだから。



 色々、連載を抱えてはいますが、出来る限り頑張って執筆するので気長に待っていただけると嬉しいです。

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