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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
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第2話 先輩と言う名の阿呆

ぼくはバイクで、必死に赤霧咲斗先輩を追うことだけに集中しようとしていた。


 それが出来ないのは、生きたまま(?)生首が咀嚼される音が、ぼくの携帯電話から聞こえてきているのだろうことが、予想できるからだ。


 とは言っても、ぼくは幸運にも、きちんとヘルメットを着用していたので、例えどんなにその音が大きくても、携帯が音量どんなに大音量でも、ぼくの耳に届くことはない。


 だけど、その音が鳴っているのはわかる。

 なぜなら、ぼくの背中にしがみついて同乗する人物、ハミがしっかりと抱きつきながらも、わざわざぼくの身体にぴったりと頬を当てるようにして、もごもごと口を動かすようにしてそのことを親切にも伝えてきたからだ。


 実際に口の中に何か入っているわけではないので、本来なら口を動かす必要はないのだけど、親切なハミは、ぼくにわかるようにわざわざ声のいらない実況中継してくれている。


……一応言っておくけど、ぼくはそんなこと望んでない。

 むしろ、嫌がっている。

 

もちろん、それはハミも知っている。

 ああ……つまり、ようするにいやがらせだ。


延々と咀嚼がなされているのを、背中に字を書くよりもわかりやすく伝えてくる。

 

身体に伝わる動作だけで、状況を想像できてしまうぼくにすれば、その場にいなくてよかったと思わざるを得ない。

万一、現場にいたらどんな衝撃映像を見せられたか。


 いや、その場にいたら、目を逸らして、耳を塞げばいいだけなので、むしろ現場にいた方が良かったような。


 次第に、咀嚼する物体も細かくなって来たのだろう。だんだん動きが小さくなってきた。

 実際に口に入っている訳でもないのにご苦労なことだ。


 そして、彼女の咀嚼が完全に止まった頃、赤霧先輩の所に着いた。

 バイクを止め、ヘルメットを両手で外す。


「先輩、おつかれさまで……」


 何かを指差す先輩。


 ぼくの真後ろ?


 その方向へと顔を向ける。

 そこには大きく口を開けている、アップされたハミの顔……とバイクの真後ろにそびえる黒い何か。


 同世代の女の子、それも至近距離の顔にドキドキするよりも、その黒い物体の方へ自然と意識がいく。 


 なぜなら、ハミが口を開けているのと同じように、黒い物体が大きく全身を見開いていたからだ。

 その見開いた黒い物体の中に垣間見えるのは、赤黒く、ところどころ白く、ぐちゃぐちゃでドロドロとした『もの』。気のせいかもしれないが、目玉が二つ、それと人間の舌らしきものがその中に見える。


 もし、咀嚼された後の生首、なんてそんなものがあるとしたらこんな感じだろう。いや、もう、ホントにそんな感じだろう。


 そして、ハミがゆっくり口を閉じると、黒い物体もゆっくり全身を閉じ。

 ハミがぼくの肩に顎を乗せると、黒い物体もぼくのバイクに僅かに身体を乗せ。

 ハミがなにかを飲み込むような動作を見せると、黒い物体もなにかを飲み込むような動作を見せた。


 にっこり笑ってハミは言った


「ごちそうさま」


 ぼくもにっこり笑う。


「ハミ?」

「なにぃ?」

「わざと目玉と、舌。形残したね」

「うん……がんばっちゃった」


 てへ、と言う感じでハミは言った。

 ……うん。全然、可愛くないよ。本気で。


 それを見て、赤霧先輩は頷いた。


「まぁ、あれだ。なにごともなくてよかった、よかった」

「どこがですか!」

「いやいや、一時は逃がすんじゃねえかとひやひやしたけどな。ま、あともう少し、遠野がバイクの運転上手けりゃ、余裕で確保出来たんだが」


 一応言っておく、遠野はぼくだ。

 それと、ぼくのバイクの運転技術に関して言えば、2人乗りが精一杯とだけ言っておく。そこまで一般より劣ることはない……はずだ。


 別に不当な発言を受けた仕返しではないが、一応、赤霧先輩に一言。


「そもそもの発端は先輩が出し抜かれたせいですけどね、先輩の油断さえなければ仕留めるのもだいぶ近場だったと思いますよ」

「ああ? そんなもん、俺が仕留めたからいいんだよ」


 そうわるびれずに先輩は言い、帽子を被りなおす。


 この学生服に暗緑色のコートをはおり、同じく暗緑色の帽子を被った人物。

赤霧咲斗先輩(こんなんでも年上で先輩なのだ)は魔術師でありながら、日本刀を扱う凄腕の狩人だ。ただし、魔術師としては3流らしい。


 しかも、この人、仕留めようとする獲物に口数が多くなるタイプの人間で、今回、非生命体(ノーライフ)を逃がしたのは「冥土の土産に教えてやろう」なんて余裕ぶって口走ったからだったりする。

 なぜかこの人は仕事で可能な限り全力でふざけるんだよな。


 そのうちそれが原因で殺されるんじゃないか、と思わなくもないけど。

その性格で修羅場を潜り抜け、今こうして生きていることに、むしろ実力を感じさせる結果になっていると言うばかばかしさ。


 そう、実力はあるけど阿呆、いや、もといアホなのだ。


「お前、なんか失礼なこと考えてるだろ」


 何気に鋭いな、この人。いや、よく考えたら先輩に関して言えば、だいたいいつも本人に言えないことを考えているので、そう言われればだいたい当たる。


 と、赤霧先輩との会話に、ハミがぼくに同意を示した。


 ……ただし、かなり言葉口調を崩して、だ。


「でもぉ、トオくんの言うとおりですよぉ。サクさんならぁ、もっと早く仕留めてれたんじゃないですかぁ? ハミの食事が遅くなっちゃいましたよぉ」

「別にいいだろ、そんぐらい。最終的には食えたんだし」


 ハミは赤霧先輩をサクさんと呼ぶ。

そして、ぼく以外の人前では、なぜかかなりアホっぽい口調で話すのだった。


「なに言ってるんですかぁ、就寝の2時間前に食事したら太っちゃうんですよぉ」

「いいじゃん、太っても。今日日、多少ポチャっとしてるほうが可愛いて」

「駄目ですぅ、別にサクさんの好みになりたくありませんからぁ」

「それ、何気にひどっ。……じゃあ、いっそ後2時間起きてればどうよ?」

「睡眠不足はぁ、お肌の敵ですよぉ?」


 ちなみにハミの方はぼくの同級生だ。

こうしてみると、緊張感のないまのび口調と会話の内容と合わさって、さっきまでグロイ食事風景を見せてくれた人物と同一人物とは思えない。


 実はその言葉遣いは彼女本来のものではないんだけど、このしゃべり方はその場の空気を常に柔らかいもの、を通り越して間の抜けたものへと作り変える。


 それでも彼女はさっき見たとおり、化け物だろうが、不死者だろうが、食べる能力者だ。

難しく言うと捕食、それもきっちり消化して栄養にする。

あ、栄養にするのは食べるんだから当たり前か? じゃなきゃ、食べると言わないのか?

 まぁ、そこはおいといて、そう食べるのだ。恐ろしいことに。


 相手が悪魔だろうが、悪霊だろうが、食人鬼だろうが、吸血鬼だろうが、一口だ。

信心深い人間には未だに怖れられる彼らも、ハミに遭遇すれば(それも不幸にも空腹時だとすれば)、彼らは彼女の口の中でグロテスクな液体と化すことになるだろう。


さらに言えば、その成果が、わざわざ、ぼくの目に見せられることになりかねない。


 まぁ、ハミが空腹じゃないって言うのも、実際の所なかなかない話だから、遭遇もなにもハミの方からこうしてそういった獲物に寄っていくわけで、一応相方のぼくは必然的にそれにお付き合いすることになる。


 赤霧先輩とハミ、こうして二人揃えば剣呑物騒極まりない人達な訳だ。ただ……。


「もう、だいたいもうここどこぉ? 歩いて帰る距離じゃないじゃないですかぁ。もお、どこまで走れば先輩ってば気が済むんですぅ? サクさんもしかしてダイエット中なのぉ?」

「ああ、ダイエットはスポーティなのが一番だろ?つかさ、結構大変なんだぞ。人間の身体で高速で走るのは。どれくらい難しいかお前わかるか?」

「さぁ~? どれぐらいですかぁ?」

「綱渡りしている状態で、1輪車に乗るぐらいは難しい」

「へえ~、すごいですねぇ。日光猿軍団ですねぇ」

「だろう? 中国雑技団だろう? その状態で敵を斬るってなったらどんだけ難しいんだ? ……あー、難しすぎて、もう例えれねえぐらいだな」

「あ~、そういうことってありますよねぇ」


 なんだろう、こうして見てるとその恐ろしさが全く伝わってこない。なんか、アホだなこの会話とか思ってしまう。


 むしろ、逆にそれが恐ろしい。


 そんな会話を聞きつつも、ハミから戻ってきた携帯で、所長に業務完了のメールをうつ。

 所長と言うのは、ぼく達の雇い主で……あんまり登場人物が一気に出てくると、憶えるのが大変なので紹介は後回しにしておく。


 と、先輩とハミの方へと目を向けると、話が見当違いの方向に飛びすぎて、ハミは怒りを忘れたらしく、嬉々として、食事の感想に入った。なぜか、ぼくの方を見て。


「まぁ~、贅沢は言わないけどぉ、味薄い気がしない? サクさんが身体焼いちゃうから、食べられなかったし、物足りないよぉ」

「いや、あれだけ美味しそうに食べてたじゃない」


 というか、ぼくに振られても困る。今忙しいし。味なんか知らないし。


「確かにぃ、味はそのものよかったんだけどぉ」

「ならいいじゃん」

「でもぉ、薄いしぃ」

「どうでもいいよ。なら、いっそ調味料足せば?」 

「えー、それでも感触とかがぁ……」

「そこは詳しくは聞きたくないから」


 む~、と納得いかなそうなハミ。


 本当にぼくはそんなグロ談義いらないし、興味ない。

 ようやく、うち終わった報告メールを所長に出した。というか、こういうのは本来、先輩の仕事じゃないだろうか?


 ぼく達の会話を聞いてか、赤霧先輩が言った。


「ま、にしてもハミのあれは何度見てもすごいな。ホントに」


 あれは、もちろん食事(あれ)のことだ。

 ハミはぼくに向かって腕を組み、そこまでない胸を張った。


「生き物の食事風景と言うのはぁ、もともと壮絶な(すごい)んですよぉ」

「なんで、そんな自慢気なの!?」


 ……別に褒めてないぞ。


「つか、生きたまま(?)食われたんだよな、今の」

「え~、まぁ~、本人達曰く、決して死なないんそうなんでぇ、食べられてる間もぉ、意識はあったんじゃないですかぁ? とりあえず、完全消化されるまでは意識はあるんじゃないですかねぇ」

「……マジでひどい死に方だな、俺はそんな死に方だけはしたくない」


 ぼくは赤霧先輩の言葉に頷く。


「……確かにそうですね」


 こればかりは同意せざるを得ない。

 すると、ハミはなにやら、とボソッと呟いた。


「違いますよぉ、死んだじゃなくて生き続けるんですよぉ」


 ……ハミの血肉として。


 そっかー、生き続けるんだ。なるほどなぁ。

 じゃあ、言い変えよう。

 そんな生き方したくない。


 そこで、携帯の着メロが鳴り、所長から返信に気付いた。

 元からで入っていたオルゴール調のメロディが鳴り響く。


 曲名は……なんだっけ?

 ……そう、確か、カノン、だ。


「うわ、地味だね。なにか着歌にすれば?」


 ハミに間延びしない声で、つまり素で突っ込まれた。しかも余計なお世話だ。

 返信の内容は短文でそっけない。ぼくはそれを読み上げる。


「了解、結界解除。帰宅可」

「あ、なに? 帰っていいんだ」


 先輩がコートを羽織り直しつつ、言った。


「あ~、じゃあ~、すぐに帰って寝たいからぁ、……まっすぐハミの家に送ってくれる?」

「最初からそのつもりだよ」


 時間は11時半、さすがに女の子を放り出しておける時間じゃない。

 いつもなら、赤霧先輩と一緒に置いて帰ろうと思うけど(思うだけだ、本当に帰るなんて命知らずなことはしない)


「なぁ、遠野」


 先輩が真剣な顔をしてぼくに言った。

 ああ、きっとまたアホなこと言い出すんだなぁ。とぼくは思った。


「なんか失礼なこと思ってるよな? お前?」

「そんなことはいいからなんですか、先輩」


 しぶしぶ向き直る先輩。

 余程、大事な(アホな)用らしい。


 先輩は言った。


「バイク乗せて」

「駄目です」


 思ったよりたいしたことじゃなくて、拍子抜けした。これくらい予想の範囲内だ。いや、 これくらいなら逆に範囲外か?


「そお、駄目なんですぅ、ここはハミの指定席ですぅ」

「……別に指定じゃないよ」


 というか、ハミは黙ってて欲しい。会話がややこしくなる。

 赤霧先輩は舌打ちした。


「仕方ねぇな。じゃ、バイク貸して」

「なおさら嫌ですよ。それだと、ぼくどうやって帰るんですか」

「歩けばいいんじゃね?」

「アンタが歩け!」


 ついつい取り乱してしまった。

 この人は本気で当たり前のようにこういうことを言ってくるからやだ。


「……と言うか、走って帰ればいいじゃないですか。走ってきたんだし」

「馬鹿か! しくじったら死ぬんだぞ、金ももらえねぇのに出来るか!」

「……じゃあ、魔術使わないで普通に走ればどうですか?」

「お前、ここから徒歩ってどんだけかかると思ってんだよ。 うっかり帰るまでに日の出が見えるわ!」


 どう考えてもそこまで時間かかんないよ、……たぶん。


「じゃあ、もうわかったよ!なら……バイクちょうだい」

「悪化してますよ、それ」


 ぼくは可能な限り冷ややかに突っ込んだ。


「なら、最初は歩いて、途中からタクシー乗ればいいじゃないですか。結界も消えて車も通り始めるだろうし。それに元はと言えば先輩のせいですから、きっちり責任とって帰って下さい」


 赤霧先輩は不服そうな目でコッチを見る。

どうあっても、バイクに乗って帰りたいらしい。


 ぼくはため息をついた。


「じゃあ、先輩。聞きますけど、バイクの免許あるんですか?」

「は? お前、なに言ってんの? 知らないの?」

「え?」 


 ぼくは考え込む。

 そんな堂々と言われても、先輩がバイクの免許を持っている、と話した記憶はない。


「ああ、知らねぇんだ」

「……免許、持ってるんですか」

「は? 違げぇよ。免許、持ってなくてもバイクは走れんだよ?」


 ああ、なるほど。

 ぼくはヘルメットを被り始めた。


「いや、ちょっと待てって。俺の話を聞けって」

「歩いて帰ってください」

「な、あれだろ。お前、俺の腕前知らねぇんだろ?」

「……腕前ですか」

「お前そんなに運転上手くないじゃん、二人乗りなんだから危ないぞ? 運動神経いい俺の方が安全だって」

「余計なお世話です」


 ぼくが断固折れようとしないのを感じたのか、今度はハミを目標に説得する赤霧先輩。


「なぁ、ハミ。俺の運転の方がいいだろ? 遠野じゃ不安じゃね?」

「ん~、でもぉ、サクさん。運転荒そうだよ? 確かにトオくんも、たまにけっこうわりと頻繁に危なっかしいところあるけど」


 ハミ、文句言うなら下りて欲しい。

と言うかいっそ遠まわしに言わないで、はっきりと下手だと言え。


「わかってねぇな。俺の運転が荒い? 今まで一度も事故を起こしたことがないのが自慢なんだぜ」

「へぇ~、じゃあ~、基本、安全運転なんですねぇ」

「当たり前だ」


 いばる赤霧先輩。

 それに感心しているハミを無視して、ぼくは先輩に聞いた。


「……ちなみに、バイクに乗り始めてどれくらいですか?」

「は? お前ばっかじゃね? 免許ない奴は運転しちゃいけねぇだろ?」

「ここでのたれ死ね!」


 ぼくはハミを乗せてバイクを走らせた。


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