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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第二章 感染拡大
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第2話 食事という名の虐殺

ヤンデレVSヤンデレはこの小説のテーマです。

いや、嘘です。いや、嘘でもないんですけど。

 軋呑ハミは自らの背後に立つモノに話しかけた。


「ハミになんのようかなぁ、『すとーかー』さん?」


 それは気配も足音もなく、ただそこに立っていた。

 突然、そこに現れたかのように。


「――へえ、気づいていたんだ」


 その声に驚きの色はない、あるのは侮蔑と怒り。さらに添えられるのは重々しい何か。

 それは大神アスカだった。どう見てもそれ以外の何者でもなかった。

 いつも校内で見るような姿、とは言い難い。だがソレは大神アスカだった。

 

 例え、その愉しそうに歪めた口の端から、真っ赤な液体を一筋垂れ流していたとしても。

 例え、その右腕が獣のような毛深いゴツゴツした異形となり、その爪が剣のように鋭い凶器となろうとも。

 例え、その瞳がドロドロとした漆黒なにかに比喩ではなく、現実に染まっていたとしても。

 ソレは見る者全て(・・)にとって、間違いなく大神アスカだった。


 軋呑ハミはその目を射抜くように見る、それは目というよりもまるでただの黒い二つ穴のようだった。


「気づかないわけないよぉ。 ハミの身近に起こるありとあらゆることでぇ、ハミにわからないことなんてほとんどないんだからさぁ」

「……へえ、たいした自信ね」

「まぁでもぉ、誰だって気付くと思うよぉ、こんなに犬臭いんだもんねぇ」

「犬、ね。 ……なら、わたしが何を言いたいかも理解してるんでしょう?」

「そりゃねぇ……『すとーかー』さんの言いたいことなんてそう多くはないよねぇ」


 その言葉を聞いた大神アスカは眉間にしわを寄せ、軋呑ハミを睨みつける。

 殺意と憎しみを叩きつけるかのように。


「これは最後の警告よ、遠野に近づくのをやめなさい」

「まぁ……そんなことだろうねぇ」

「貴女がいるせいで、彼は周囲からもよく思われず立場を悪くしている。 ……彼は孤立はしていても誰かから疎まれたり、中傷されるような対象では決してなかったのに!」

「だろうねぇ、それはハミも自覚してるよぉ」

「彼自身も迷惑しているわ、絶対に!」

「うん、確実に……そうだねぇ」


 軋呑ハミは穏やかに笑う。

 余裕を見せつけるかのように、あるのは溢れんばかりの自信と優越感。

 大神アスカの形をした何かは、それに苛立ちを隠さない。


「だったら、さっさと彼から離れなさい! 彼は……」

「それはぁ、トオくんに直接言ったらぁ?」

「っ!」


 そこで、初めて大神アスカの形をした何かは口を噤んだ。

 言葉を返し、(そこ)なった。


「ああ。言ったんだもんね、それも2回も。 ふふっ、それも無視されちゃってぇ、2回目なんか忠告してすぐその相手に電話なんかしてるんだからぁ、ムカツクよねぇ?」

「……くっ」

「トオくんが迷惑に思ってるのは知ってるよぉ? でもぉ、じゃあ、なんでトオくんは自分からハミから離れないんだろうねぇ」

「……それは彼が!」

「優しいからぁ? そんなこと本気で思ってるぅ?」

「……」

「彼は冷たくて残酷だよぉ、どうでもいい人間は『別に死んでもいい』くらいにどうでもいいしぃ、それ以外の人間でもぉ、自分に関係ない事柄に関してなら『別に殺されていい』くらいにどうでもいい」


 それは軋呑ハミにとって、本気の言葉だった。

 軋呑ハミから視た、遠野と言う人物像そのものだった。


「まるで彼を最低の人間みたいに言うのね、貴方は」

「いいやぁ、彼はフツーの人間だよぉ」

 

 軋呑ハミは当たり前のことを当然のように言う。


「フツーにこだわる彼はぁ、どこまでもフツーの人間だよぉ? フツーの人間はフツーであるということに拘わらない、って言う本質的な事実に気付いていない天然さんだけどぉ、まあハミ的にはぁ、ソレは魅力なんだけどねぇ」


 普通の人間は自らを、ありとあらゆる意味で特別にしたがる。


他とは違う人生を歩んでいる人間である、他とは違う才能がある、自分は誰かから特別な一人だと思われている、そんな思いを現実にしたい欲求がある。

 もしそうでないのなら、普通の人間でいたい、なりたいと言う人間がいるとすれば、それは単純に潜在的に自らを普通でないと思っているからに他ならない。


「でもねぇ、『人と違うのがイヤ』だとか『フツーでありたい』なんて少数派(マイノリティ)ではあるけど、結局はまともな人間の発想なんだよねぇ。 そう考えていくと、ちょっと度が外れているだけで、彼はフツーの人間だよぉ。

 他者に無関心で活動には無気力な彼、自立精神旺盛に見えるのは他者から干渉されたくないからに過ぎないし。 人と関わりたがらないのは責任と言う重みに耐え切れないからだし。 活動に無気力なのは敗北や失敗を知りたくないからだし。 本音をあまり言わないのは人に自分を知られるのが怖いからだし?

 どれもぉ、フツーの人間なら誰しも持ってる弱さだよねぇ、その度合いは別にしてだけどさぁ」

「……まるで、自分が一番彼を知ってるかのように言うのね」

「そうだよぉ、ハミはトオくんを一番よく知ってる。 ……誰よりも」


 それを聞いて大神アスカである何かは、歯を強く噛み締めた。

 だが、気付かない。

 ハミの雰囲気が徐々に変わりつつあることに。


「だから、遠野は本当は私を恐れてる。 いや、遠野は自分を知ろうとする人間全てを恐れてる。 彼は繊細すぎる、もろすぎる。 だからもう傷つきたくない。 責任の重みを知っているのは彼が責任感が強すぎるから。 彼は虚言を嫌うけどそれは彼自身が嘘や偽りに傷つけられたから」

「なにを知ったような口を!」

「彼は人間ってものにだいぶ絶望してて、人間を人間としてまともに視ることさえままなってないけど」


 軋呑ハミはその口の内側だけで呟く。

 人外を人外として認識することすらままならないけど、と。

 それを無言の間として、言葉を紡ぎ出す。


「それでも彼がこの世界にいるのは……世界に未練があるから。 それでも彼が私といてくれるのは私に、私自身に……」


 その続きを彼女が紡ごうとした時、大神アスカは飛び掛った。

 瞬く間にその距離を詰め、獣のような腕を振るい、剣のようなその爪の切っ先で軋呑ハミを切り裂こうとした。

 だが、それは叶わない。


 大神アスカである何かは腕を振るおうとしたその刹那に気づいた。

 それは人間的な判断力ではなく、その性質ゆえの獣のようなその本能で知った。

 

 目の前にいるのはヒトではなく、獣と呼ぶことすらおこがましい化け物、いやそれすらをも蹂躙し一方的にその命を略奪できる絶対的な捕食者である、と。

 彼女は知性ではなく、獣としての本能にてそれを知った。

 故に、彼女は生き延びる。

 

 ――その右腕を代償として。


「――――っ!?」


 それは影。

 それに属する存在であるはずの彼女自身が恐れた、影。

 

 当然ならば自らの延長線上、同類であるはずのソレは、今、恐れるべき天敵でしかなかった。

 そう、軋呑ハミの影はその身体を伸ばすかのようにして、大神アスカの身体へと凄まじ い速度で伸びていく。

 そして、自らの後ろ飛びのこうと身体を反らした大神アスカの獣のような右腕を、その肩の肉ごと貪り捥ぎ取っていった。


「――くはっ」


 鮮血を辺りに撒き散らしながらも、大神アスカは地面に着地する。

 とっさに左腕で、食われた右腕のその断面を抑えるがその出血はその勢いを落とすことはない。全身が血に染まっていく。


「ふうん、生まれたばかりにしてはいい動きするんだねぇ。『すとーかー』如きのくせに」


 軋呑ハミはその笑顔を崩さない。

 自らの圧倒的優位を知っているからこそ。


「ああ、安心してくれていいよぉ、アンタなんか食べる気ないからさぁ。今のはただの味見ぃ。いいでしょ、すこしくらい」

「……貴女、何者なの?」


 大神アスカは自らの身体の震えを抑えつつ、軋呑ハミに問う。

 いつでもその場から逃げられるように、いつ……軋呑ハミの周囲に表出した蛇のような影達に襲われても、すぐに動き出せるように。


「なにって、ただの女の子だよぉ? 普通の、ね」


 くすくすくす、と無邪気に悪意の欠片もなく軋呑ハミは笑う。

 大神アスカは知る、目の前にいる存在は悪意なく、害意も決意すらもなく、ただの戯れでいつでも自分を殺せるのだ、と。


「ハミはぁ、トオくんと違ってあなたがどうなろうが『知ったことじゃない』の。 例え、知ってしまったとしても『知ったことじゃない』のね? むしろ、彼が気にしてるのが腹立たしいくらい。 だから、その点では私はあなたと同じだよ?」

「貴女は……」

「だから死んで? いいでしょ、それぐらいなら」


 食べる内には入らないし。

 次の瞬間、大神アスカの全身を寒気が駆け抜けた。

 軋呑ハミの影は分化して、大神アスカへと迫る。迫り来る影は8本。それは槍のように、大神アスカを貫こうとその切っ先を向け、空を駆け抜ける。

 

 ……このままでは逃げ切れない。

 そう判断した大神アスカは自らの傷口に指を突き刺し、奥深くを探る。


「……おいで」


 辺りの獣の臭いが強さを増す。

 軋呑ハミはその変化を探知した。

 その腕の傷口から次から次へ生まれ出る、鮮血を身に纏い生まれ出るのは犬。


無数の犬の群がほんの僅かの間に何十匹と生み出され、大神アスカの周囲を埋めていく。その全てが軋呑ハミをかみ殺そうと牙を剥いた。


「へえ、かなり人間離れしてるじゃない!」


 軋呑ハミは8本の槍はさらに細かく枝分かれさせ、確実に群を仕留めていく。

 圧倒的なまでなその力は相手が何であろうと、相手がどれだけいようと覆されることはない。

 

 ありとあらゆる怪物の天敵、絶対の捕食者である『軋呑ハミ』にとって力の大きさなどたいした意味を持たない。

戦いとは同じ次元に存在するモノ同士で成り立つものなのだから。

 次々と生み出された犬が討たれていく中、大神アスカは群に言葉に出さずに命じる。

 それと同時に、1カ所に集まっていた犬達が散開し始めた。


「ふうん、バラバラに撒いて注意を分散させようって?無駄だと思うけど」


 あくまで軋呑ハミは大神アスカを狙う。頭を潰せば残りの犬に脅威などない。

 なにより、軋呑ハミが死んでほしいのは大神アスカだけなのだから。

 一定の距離をとって家屋の屋根へと飛び移り続け、逃げ回る大神アスカを影で追撃する。


「私はね、トオくんと違って『どうでもよくない』の。 死んでくれないなら『殺したい』程度に『どうでもよくない』の、よ」


 殺すと決めた以上は、確実に殺したい。

 だが、広く散開した犬達は1カ所に固まらずに、多方向から軋呑ハミを襲い始めた。


「ああ、なるほどね。あくまでそういうつもりなんだ。 ……だよねぇ、気持ちはわかるよ、私にも」


 私があなたに死んでほしいように、あなたも私を殺したいんだもんね。

 軋呑ハミは自らの獲物に妙な共感と喜びを覚えていた。

 彼女にとって殺したい、と思うことはその程度のことだった。彼女にとって、『殺す』と言うことは、殺すまでのその過程に楽しみや好奇心、そんな不要な感情を抱ける程度のことだった。

 子供や猫が、虫を遊びながら殺すように。


 だから彼女は気付かない、あることに。


 軋呑ハミは同時に多方から襲い来る犬達を、影を操りいともたやすく討つ。

その軋呑ハミ自身の動きはあくまで素人を超えるものではない、彼女はあくまで一介の女子高生に過ぎず、そこには鍛え抜かれた技や経験などは一切存在しない。


 だが、それは相手も同じ。敵は獣にしか過ぎない。鍛え抜かれた技や経験などは存在しない、本能のまま牙を突き立てるだけの獣。


 ならば、同じく本能のまま獲物を喰らい破るモノが喰らい合えば、そこにあるのは力の差のみ。否、次元の差のみ。蟻の群が象を仕留めることはあっても、海を飲み込むことなどありえない。


 糸を繰るかのように影を操り、舞うかのように獣を貫く。

 その影と影との間を縫うようにして、大神アスカは現れた。

 軋呑ハミが自らの周囲の犬に意識を向けている間に、大神アスカの姿をしたモノは現れた。


「調子に乗るなっ、化け物!」


 失った右腕の代わりに、左腕を獣の姿に変え再び軋呑ハミへと爪を振るう。

それは吸い込まれるように、軋呑ハミへの首筋へと……。


「調子に乗る? ……違うよ」


その腕は1ミリの隙間もなく、しかし、軋呑ハミの首に触れることもなく止まった。


「あなたに噛みつかれたぐらいたいしたことじゃない、せいぜい痛くて泣き喚くくらいなの。 わかる?」


 大神アスカの姿をしたモノはまったく身動きがとれなかった。


なぜならその全身には、10を超える影が地面とを縫い止めるように、突き刺さっていたのだから。

軋呑ハミはその姿を舐めるかのように見る、自ら仕留めた獲物を鑑賞するように。


「結構、良い足してるね。ちょっと羨ましいかな」

 

 その左足にはその靴を貫くようにして1本、その太股を貫くように2本突き刺さっていた。影を伝い流れ出る血。


「綺麗な足に血って映えるもんだねぇ」

 

 それを見て、軋呑ハミは綺麗ね、と微笑む。

 その目には忌々しげな表情をした獲物が映っていた。


「……やっぱり貴女が」

「ん?」

「廃ビルの大量失踪事件、貴女がやったのね?」

「そうだよ」


 軋呑ハミは当然のように言った、なにを今さら言っているのか、とでも言うように。

当たり前でしょう、と言うように。


「気付いていたんでしょう? 怪しいと思うだけじゃなくて、実際私がやったんだと思ってたんでしょ? それともじゃないのに、トオくんにあんなこと言ったの?」


 ん? と軋呑ハミは不思議そうに尋ねる。

 ――返答はない。


「まあ、いいか。いいよね、もうどうでも」


 軋呑ハミは玩具に飽きたと言わんばかり、つまらなそうに呟いた。


「いいよ、死んでも」


 大神アスカを庇うかのように飛び出す、4匹の犬。

 軋呑ハミは呆れたような、同時に、微笑ましいものを見たかのような表情を浮かべる。


「無駄だって」


 さらに表出してきた影は、庇うように飛び出してきた犬達ごと貫いて、獲物にとどめを刺した。

 

 それと同時に痙攣する身体。

 それを機嫌良さそうに、眺める軋呑ハミ。

 

 ……その表情が一気に困惑するように曇る。


「……ん?」


 ――違和感。

 そう、これはあえて言葉にするのなら。


「空っぽ……中身が、ない?」


 貫いていた、獲物が全て消えていく。

 跡形もなく、血の跡すら消えていく。

 残るのは、最初に腕をもぎ取ったときの血の跡。

 その後を視線が追う。どこまでも、遠くへと向かっていく血の跡。

 

 そして思い出す、先ほど戦った獲物は途中から、その右肩から出血などしていなかったことに。


「ああ、そういうこと」


軋呑ハミはようやくここで気付いた。

自分が獲物を逃がしたらしい、と言うことに。



 *



 一匹の犬が林の中へと現れる。

 

 その犬には、前足が一本だけない。そう、右の前足が。

 犬は全身を震わせるとその姿形を変えていった、肉が盛り上がり、皮がその色を変え、骨格がその姿を変えるためにバキバキと音を立てる。10秒と立たずに皮は服となり、その身体は完全に人へと形を変えた。

 

 その人物――大神アスカ、はそのまま地面に倒れ込んだ。

 服が汚れても構わない、もう既に全身が血で汚れているのだから。


「なんなの、アレは……」


 化け物、だった。

 間違いなく、それ以外の形容など出来なかった。

 どう考えても殺せる気がしない。


 なぜあんなのと、遠野が普通に一緒にいられるのかまったく理解が出来なかった。

 なぜあんなのを、遠野が「迷惑な奴だ」と笑って傍に置いているのかまったく理解出来なかった。いや、理解したくなかった。

 それ以上に理解できないのは、自分が感じているのが軋呑ハミという化け物に対する恐怖よりも、自分が遠野の隣にいないということと、アレがその位置いると言うことの怒りだった。


 アレが狂っているのなら。

 私もたいがい狂っている。


 大神アスカはそう思う。

 そんなことを言っている場合でも、考えている場合でもないと、そう理解できるのにそのことを考えずにはいられない。


 なぜ、あんな奴が遠野の隣にいるんだ、と。


 もはや、それ以外に自分を支配しているモノは存在しなかった。

アレをなんとかしなければならない。

 幸いにも、アレにもつけ込む手はある。


 自分に知らぬことは何もないなどと嘯いていたが、実際、あの場で思いついただけのつまらぬ手に引っかかった。


 どんな手を使っているのかは知らないが、確かにアレは周囲で起こっていることを把握する能力があるらしい。


 だが、その肝心な注意力は常に周囲全域に向いているわけではない。

 そんな能力があっても、あくまで使うのは一個人にしか過ぎない。


簡単な誘導にも引っかかるし、いくらその能力の範囲内でも注意が向いていないのならこうして、逃げることも出来る。


 大神アスカは犬を生み出すときに自らをその中に紛れ込ませ、そして犬達を散開させたときにそのまま逃走したただそれだけのことだった。


だが、囮としてダミーとしての自分と犬の大半を戦わせ、さらに散開する際に他にも逃げ出すよう一部の犬に命じてもあった。

 例え、逃げたのがばれたとしても、逃げた他の犬のうちどれが自分なのか、相手が気付いた頃には把握しようはない。


 何より、アレ自身には機動力などさしてないようだった。

 臭いからアレがたいしてあの場から動いていないことはわかる。今後、アレに自分から近ず距離をとれば、足の速い分対応は出来る。


 大神アスカは再び、自らの傷口に左手を突っ込む。


「うっ……くっ……」


 何かを探るかのように、指を動かし……。

 掴む。


「――ああっ!」


 そして、なにか引き抜いた。

 引っ張り上げるようにして、傷口から生えてくるのは新たな右腕。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 左手で触るようにして、右腕の状態を確かめる。手を開き、握る。その動作を繰り返し、反応の遅れと自らの命じた動きとの差異を確認する。


 許容範囲、だ。違和感はあるが、時間が必要な事柄だろう。動かしながら、すこしづつ最適化していくしかない。

 ただ、どちらにしても。


「全力で動くには時間が必要かな、少しまた力を集めなきゃ」


 でも、それもたいした時間は必要ないだろう、そう大神アスカである何かは考える。

 今は昔と違って人間も多い。ひどいくらいに、だ。

 そのくせ、念は強く重い。表に出せぬ、思いのなんて多いことか。

 

 その上、この街はなぜか思いの1つ1つが強い。現実に力を持ち、形になるほどに。


 恐らくは何者かの意思と意図がそこにある、そう考えざるを得ない。

 それほどにこの街の思いに与えられた力は、強い。

 思い、が形になる街。


「奇妙ではあるけど、わたしには関係ないね」


 でも、不思議だ。

 なぜ、わたしはこんなにも遠野を思うのだろう。


 確かに大神アスカは遠野を思ってはいた、だけどここまで狂おしいほどに慕っていたわけではない。自分は確かに大神アスカから生まれ、自分は確かに大神アスカであるわけだけど、なぜこの気持ちは強く自分を支配するのだろう。


 もしかしたら、この思いは。

 わたしだけの、ものなのかもしれない。

 

「そうだったらいいのに」


 憎しみでしか動けないはずの、わたしの……。

 思いだったら、いいのに。

 そう思いながらも、大神アスカは犬達を解き放つ。

 自らの望みを叶えるために。


作者の中では、カニバリズムデレというのは一つのカテゴリーなんですが、どうなんでしょう?ヤンデレとは違うんですよ、ヤンデレとは。

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