第1話 報告という名の雑談
それはきっとくだらないもの。
世界には、何もかもを解決してくれるものなんてないから。
世界には、みんなを困らせる殺して褒められるような都合のいい怪物や、悪党以外のみんなを救ってくれる正義の英雄とか、ありとあらゆる闇を打ち破ってくれる光の剣、誰もを恐怖に落とす醜く恐ろしい化け物を殺す銀の弾丸、そんなものなんてないから。
好きな人も、嫌いな人も、親友も、見知らぬ人も、みんなが幸せなってくれる。
そんな都合のいい結末はないから。
みんな何かを願い、苦しむ。
何一つ叶わなくて、叶ったところで世界は何一つ変わらなくて。
だからこそ、みんな悩む、考える。
どうやったら幸せになれるのか。
だから、みんな放棄する、閉じこもる。
なんでこんなにも自分は不幸なのか。
ぼくは思う。
どんなに悩みも、もしもその悩んでしまう理由、原因というものを言葉にしてしまうことが出来てしまったら。
それは誰もが認めるような、きっとくだらないもの。
でも、ぼくはきっとそれを笑えないのだ。
その理由はきっと。
――それはきっと、くだらないもの。
事態はまだその全貌どころか、爪の先すらも見せていない。
「それでキミはいったい私にどうしろと?」
巫月所長はぼくにそう聞いた。
ぼくは困った顔で首を左右に振る。
「いえ、ただ報告しただけですよ」
樋口カナの事件の真相と、結末。
そして、この事件の行き先がどんなものになるのか、それを考える材料を所長に提供しただけだ。
ぼくにとってはそれ以上でもなければそれ以下でもないし、それ以上の効果があるとまでは期待していない。
「なぜ、連続自殺が起こるのか。……その要因はおそらく二重身にあるんでしょう」
二重身が自殺者の共通点になっていることと、今回の件の真相からしてそう判断できる。
あれはなんらかの形で、本人に死をもたらすモノだ。
本人がどんな選択をしても、死をもたらす病。
それが、二重身。ドッペルゲンガー。
「……事件の共通項に原因を求めるのは、わかりやすい思考の帰結だが少々危険でもあるな。 自身の二重身を目撃した者が自殺すると?」
「……さらに言えば、自分の二重身を目撃した人間は、自分以外の二重身をその前に見ています。 所長の言ったとおりです」
おそらく、他の人間の二重身を見ることで、二重身発生してしまう。
そういう条件ではないか、ぼくはそう考えたわけだ。
ただの目撃者でしかなかった人間が、次の瞬間自身もその事件の中心人物となる。自分と同じうり二つの二重身を出現させる形で。
……それは見るだけで感染していく超常現象、自分で考えておいておいて「まるでウィルスみたいだなぁ」という他人事のような感想を持ってしまった。
所長がぼくの言葉を聞いて、どうでもよさそうに言う。
「……そんなホラー映画があったな、元は小説だったが」
「ええ、ぼくは好きじゃなかったですけど」
ぼくからすると、まずたかが見た人間が死ぬ程度のことは怖さに値しないと思う。死ぬだけなら、怖くない。問題はそれ以上のおぞましい結果があるかどうかだ。
「だが、君の意見は樋口カナに関してはそうだったと言うことにしかならない。だが、他の人間はどうだろうか?」
「……それは、確かに確信は持てませんね」
「さらに言わせて貰うと、今回の場合の目撃者は相当な数になる。 少なくとも樋口カナのクラスメートはほぼ全員だろう。 全校生徒の中にも数多くいるのかもしれない。 その全員が『連続自殺』の被害者になると?」
「……可能性はないわけではないでしょう?」
「その通り、可能性は零ではない。 まあ、それ以前に君なんか直接会って会話までしてるんだ。 その場合、君自身がただでは済まないだろうけどな」
「ぞっとしませんね」
ぼくは言葉の上でだけ、そう呟いた。
それは、ぼくが犠牲になる程度の問題でたいしたことではない。
ぼくは、まったくそれを怖いと思わなかった。
問題なのはさらに感染が広がる可能性だ。
なんらかの手を打たないと、多くの被害が出る可能性がある。
「よく考えろ、目撃した人間全てに感染するとなると被害者が少なすぎる」
「どういう意味です?」
「そもそも、今回多くの第三者が二重身を目撃したわけだが、今までにそんなことがなかったとなぜ言えるんだ?」
「何を言ってるんですか、今回が初めてでしょう。 もしそんなこと今までにあったら二重身を見たと今頃大勢の人間が大騒ぎしてますよ」
「いや、ならない」
「なぜですか?」
「今回がそうだろう、騒ぎになってない」
何を言ってるんだ、この人は今まで話を聞いていなかったのか?
「騒ぎにならなってますよ、学校中ね」
「ああ、そうだな。 だが、目撃者は二重身を本物だと思っている。二重身を見たと言う騒ぎにはならない。ただ、何時自殺したのかわからないと言われているだけだ」
確かに、その通りだ。
異形の化け物が現れた訳ではないのだ、同じ容貌の人間が動き回っているだけで何の騒ぎになるっているんだろう。
人間とまったく別の存在である非生命体が入れ替わっても、誰も事実に気づかないんだぞ。ほとんど本人に近い二重身が出たからってどうなる?
「所長としては、今までに似た事態は起きていたと?」
「二重身をまったく第三者が目撃していないというのは、逆に不自然だろうな。 本人に間違われながらも、『自殺』が起きるまでに目撃されていた方が自然だ」
「その根拠は?」
「他人の二重身を見た時点で、二重身が生まれると仮定するなら。 『自殺』が発生する以前から、どこかをうろついているはずだからさ」
確かに、そう仮定すると『自殺』が起きるまではどこにいるのか、と言う話になる。
「……なら感染する要因に適性が存在する、とかはどうでしょう。 特定の素質がある人間しかかからない」
「それはありえるな、そもそも二重身自体が特殊な事例だ。 世界各地で見られるものの、そう簡単に起こることじゃない。 それに古来より、霊的存在に触れた者はその影響を受けるものとされている。 感染はありえなくもない」
それはつまり……。
「呪い、とかですかね?」
「それが一番わかりやすいか? あるいは、穢れともいう。 接触と言うなら、触れるだけで病や怪我を治す地蔵や泉とかもあるんだが。 ……現れ方が違うだけで呪いには違いないか」
病を治すのが呪い、よくわからない考え方だ。
ぼくの表情から何を読み取ったのか、所長は言う。
「……いいか、遠野。 魔術や霊には善も悪もない、あるとすれば意思と意図だけだ。 それがなにかに害をもたらそうが利益をもたらそうが、それはそれを受けるものの立場から見た意見でしかないんだよ」
相変わらず、所長の話はつかみ所がない。
確かに害や利益。つまり、損得というものはその人の勝手な価値観で判断されるものだ。だから事象に善も悪も存在しない、というのならそうなのだろう。
台風が人間の文化にどんな被害をもたらそうが、台風が悪と言う事実には必ずしもなり得ない。それはあくまで人間の一方的、都合見解でしかないからだ。
それは理屈としてはわかる、でも実際に被害を受ける方としてはどっちでもいい話だ。どっちにしろ納得いかないのだから。
「ぼくにとって、いや、普通の人間にとってはそんなことどうでもいいんですよ。 生活していく上で何の意味もないことですから」
「普通の人間? キミが?」
「当たり前です」
ぼくはあくまで、普通の人間の範疇だ。
所長は釈然としない様子だったが、すぐに思い直したのか、
「ああ、もっとわかりやすい例があるな。 吸血鬼の血の接吻を受けたものは吸血鬼になる、あれこそそのものだろう。 あとは、身近な例で言えばそれこそウィルスだよ、感染病なんて呪いの性質そのままだしな。 いや、逆か? 病や毒が呪いの原型の場合すらあるからな」
所長の話を聞いて思う、この話は長くなりそうだ、と。
なんとか、話の修正を試みてみる。ぼくは別にわかりやすい例を聞きたいわけでない。
「それよりも感染の仕方が二重身の目撃なら、可能性はもう一つありますよ」
「なんだ?」
「潜伏感染の存在です。これなら個人差があってもおかしくないでしょう?」
そう、この事態をウィルスのようなもの、とそう考えた時自然とその考えはこの答えへと繋がっていく。
潜伏期間という、身体に潜むウィルスが表立っての活動をしない時期。
「潜伏期間ね、確かに効果が現れるまで時間のかかる魔術はあるがな。 それはともかく、感染効率から言えば二重身の出現は早ければ早いほど感染が広がるのでは?」
「いえ、それは違いますよ。 他の二重身との接触から感染するんだったら、その本人が生きているうちは非効率的です。 いずれ死ぬんですから」
「つまり、感染させた方の人間が死ぬまでの潜伏期間であって、その感染させた方の人間が死んでから発症すると?」
「ええ、長めに時期をとっている可能性はありますから、潜伏期間はおおよそ一週間ぐらいでしょうか。 それで、発症から一週間以内で死ねる、とか?」
「その数字予測はかなり根拠が気薄だな」
「まあ、根が適当ですから」
そもそもぼくはオカルトに関して、専門家でもなんでもない。
はずれていても恥じる必要も、責任を感じる言われもないのだ。
「潜伏期間という考え方はともかく、確かに発現まで時間がかかる可能性は低くない。 魔術としても現象としてもかなり大がかりなものだしな。 何者かがこの事態を魔術によって引き起こしているとしたら、一応の説明にならないこともない。ただ……」
「ただ?」
「発想が飛躍しすぎだ」
「まあ、そうですね」
「さらに被害者が今後多くなるということと、キミが危険だと言う可能性を補強するものであると言うことを理解しての発言にしては軽すぎる」
「……ですね」
自覚がないわけではない、が気にしてもいない。それがぼくだ。
所長は呆れたように、しかしどこか楽しそうに口を開いた。
「遠野、キミはずいぶんと私をこの事件に関わらせたいらしいな」
「別にそう言う訳じゃ……」
「……私は基本的に誰かの依頼でない限り動かない。 なんの対価もなしに動かない。 なぜだかわかるか?」
「なぜ、って」
金にならないのなら、働かないのが普通じゃないだろうか。
人はなんらかの形で対価が無ければ動かない。ボランティアなんて、感謝と自己満足と言う対価のために働いているようなものだ。
まあ、ぼくからすれば金と時間に余裕のある奴の贅沢な遊びに見えるけど。
「……またなんとも言い難いようなことを考えているんだろうな、キミは」
「別に普通のことだと思いますけど?」
「それはともかく」
ともかくってなんだ。
「キミがなにを考えているか知らないが、私が動かない理由はたった一つだ」
所長の目に若干の寂しさが宿るのをぼくは見た。
「――制約だ」
……少なくともぼくはそう感じた。だが、ぼくはその言葉の意味を知らない。
言葉そのものの語意は知っていたとしても、それがどんな重みを持つのか、それは知りようのないことだ。
ぼくは所長に聞き返す。
「制約ですか?」
「ああ、強すぎる力は対象に必要以上の影響を及ぼす。 私がへたに関われば、本来は助かったはずの人間を消しさり、成長するはずだった経験をなくし、個々の結末を最悪なものにしかねない」
「……はあ?」
「病に薬を与える時、その症状にあったものにするべきだ。 意味もなく強すぎる薬を与えたり、痛んでもいない臓器を摘出する必要はない。 私の力は人間一人ひとりの物語に関わるには少し強力すぎる」
「ぼくはなんにしても解決は早いほうがいいと思いますけど? 腐りが完全に全身に回る前に病んだ患部は切り落とすべきでしょう。 そう言って様子を見ている間にどんなひどいことになるかわかりませんよ?」
「……少々過激で身勝手な発言だ。 と言いたいところだが、キミの場合自分自身がその切り落とされる腕の側だったとしても同じことを顔色変えずに言うんだろうな」
「当たり前のことを言わないで下さい」
ぼくは、自分が犠牲になる程度で事態が解決するなら、ためらいはない。
誰だって最悪の事態になる前に手をうちたいと思うだろう。
それが普通だ、とぼくは思う。
だいたい自分が、他の何かを犠牲にしてまで生き延びる価値があると思っている人間が、どれだけいるっていうんだろう。
……見る限り、そうそう自信過剰な人間はいないように見えるけど。
まあ、普通はそれでも自分が犠牲になるのは嫌がるんだろうけどね、自分にそれほどの価値がないと思っているくせに。
「一応、聞いておきたいんだがキミは『他人を傷つけるなら、まず自分が傷つけられる覚悟を持て』と考えているか?」
「いいえ、それは馬鹿の科白ですよ」
「……ならいいんだが」
それは自分の都合や理屈を他人に押しつけているに過ぎない、それは愚かな幼い子供のすることだろう。他人に都合や理屈を押しつけるのは根本的に甘えだ。
どれだけ規模を変えて考えても、それは同じ。
罵倒される覚悟があるなら、人を罵倒していいはずがない。
殺される覚悟があるなら、人を殺していいはずがない。
「なるほど、規模をどれだけ変えても根本は同じか」
「ぼくはそう思いますね」
「……物理学的な話になるとそうはいかないんだけどね、人間程度の力なら関係のない話か。 小さすぎる力と大きすぎる力は同一には働かない、だが私達が遭遇する程度なら同じようなものだ」
……人間程度ってアンタ。
「キミにわかりやすく話そうか、キミは西遊記を知っているかな」
「そりゃ、まあ」
三蔵法師が三人(?)の供を連れ、天竺までお経の書かれた経文を取りに行く話だ。
中国に仏教が伝わるまでの話を、ファンタジー仕立てで描かれた物語と言い換えてもいい。
道中、三蔵法師一行は妖怪退治などをして人々を救い、多くの試練を乗り越えて長い旅の末、経文を持ち帰る。
このストーリーは今あるマンガや小説などの様々な物語の原型として今なお存在している。ドラマなどとしての放送も何度かあったくらいにメジャーな話だ。
「ちなみに三蔵法師は実在の人物なのだが……まあ、それくらいは知っているね」
「ええ、たぶん常識と言ってもいいじゃないですか」
「さらに話すと中国ではこちらの話は比較すると人気がないそうだ」
「……比較すると、ですか?」
「ああ、本場では後半の物語である三蔵法師一行が旅をする話よりも、前半での斉天大聖の反抗の物語の方が有名らしい」
「前半?」
「登場人物で言えば斉天大聖よりも、それを名乗る際に戦う梛托太子の方が人気が高いように思う。私見だが」
すみません、それなんの話ですか。
「とりあえず、その西遊記を例に出してみよう。 彼らの物語は壮大で冒険心をくすぐられるものだが悲劇がなかったわけではない、そもそも彼らが通りかかる前に妖怪に食われてしまった多くの犠牲者とも言える人々が物語の裏には常にいたわけだ」
それはそうだろう、でなければ三蔵一行が戦う必要もない。
悪事を妖怪が働くからこそ、妖怪退治が正義として行えるのだから。
ならその妖怪を供、実質配下に付けている三蔵はいったいなんなんだ、とは思わなくもない。
「まあ、退治を頼まれた妖怪でも猪八戒は例外だが。 あれは別にあの時点では、悪事を働いていた訳ではない、人間の勝手な都合で始末されそうになったと言い換えてもいいくらいだからな」
「……よくわからないんですけど西遊記好きなんですね」
「さて、ではここでもし三蔵一行を超える存在がいたらどうなっていたか」
「……はあ?」
「それはどんな妖怪すらも消し飛ばし、ありとあらゆる困難を物理的に排除し、ありとあらゆる悲劇をも破壊し尽くし、この世に存在する残酷な矛盾だらけの出来事すら飲み込み解決出来るような存在。……そんな怪物がもし物語にいたとしたらどうなる?」
「そんなもの決まっているじゃないですか」
考えるまでもなく物語が成り立たない。
誰も犠牲にならず、戦いも起きず、試練など存在せず、何事もない旅路を三蔵一行は行くことになる。
成長することも、徳を積むこともなく、人々の歓迎と笑顔を見て回るのだ。
「でも、現実にそんなことがあるとしたら、その方がいいとは多少は思わないか。 悲劇などない方がいい。 困難な試練などない方がいい、と」
「……それは」
ぼくはその言葉に、素直に頷けなかった。
悲劇などない方がいい、普通はそう思う。
仮に悲劇がない方がいいのだとして、本当にそうなのだとして、誰も死なない、誰も悲しまない、みんなが笑顔で生きられる世界があったとして。
なぜ、僕は頷けないのだろう?
「さて、話を戻そう。 その物語を現実の人の人生に置き換えよう。 現実に起きる事件とは全て、人間の人生の一片にしか過ぎないわけだから」
「人生にですか」
「そう、想像するといい。これから今後起きる全ての怪事件は全てなくなる、被害者も加害者もその想いも。背負ってきた理不尽な境遇すら、存在丸ごと全てだ」
「――っ!?」
鳥肌が立った。
全身が拒否をした。
完全なる、不幸がない世界。
それに対し、想像するだけでぼくの全身が拒否反応を示した。
そんなもの、あってはいけない。それはこの世にあってはいけない。
「そういうことなんだよ、強すぎる力は全てを破壊する。 破壊したと言う事実自体を誰にも知らせないほどに。 つまり、破壊したと言う事実すら破壊するわけだ」
悲劇など初めからないことになる。
だが、悲劇というのは今突然現れる訳じゃない、その前にその原因と成るような環境や過去、人物がいて初めて成り立つ。
では、成功や幸福というものはどうだろう?
同じだ、何一つ変わらない。どれも人生における出来事に過ぎず、それを主観的な価値観で呼び方を変えているだけだ。どれか一つでも欠けたら、それはその人の人生でも何でもなくなってしまう。
……物語が物語でなくなってしまう。
「物事が解決するにはね、要因が必要なんだよ。 人間は原因があるから結果がある、と認識している生き物だ。 故にそこに至るまでの不幸な出来事すらを含めた道筋が、必要不可欠なんだ。 それを無くせば、事件は解決ではなく消失することになる」
それでも、ぼくは思う。
それでもいいから、人間は悲劇を回避したいと思うのだろう。例え、全てが壊れてしまってもいいから。
自分の一番大事なものがその悲劇でなくなるくらいなら、その方がいいと思えるんだろう。
「確かに救える被害者を救わずにいることになる、と言う考え方には一理ある。 だが、それは常識の範疇での話だ、これから起きてしまう殺人事件があったとしてね、それを事前にことが起きる前に無くすのなら、なにに原因があるにしろ、その原因が犯人の思考にしろ、被害者の振る舞いにしろ、環境そのものにしろ、全てを作り替えてしまうか、なくしてしまうのが最も簡単で早くて確実で絶対なんだよ」
この人はそれが自分に可能なんだと、いいたいのか。
そんなそれこそ、カミサマみたいなこと。
「いや、これはあくまで例え、だ。私の力はそこまで反則でも理不尽でもないよ、ただキミが言ったとおりなら規模が多少変わっても本質は変わらない、そういうことだ」
「だからこそ、の制約ですか」
「そうだ、求められたとき、求められた分の最低限の力を持って働く。その分の対価を要求することで調整を図る」
「なんだか、上手く誤魔化されている気分なんですけど」
「そうか?」
「ええ、なんかスケールのでかすぎる御伽話を聞いているような……」
もしくは詭弁そのものを聞いている気分だ。
「気持ちはわからなくもないよ、私もそうだった」
懐かしむように所長は言う。
「でも、今はこう思う。 全てを解決してくれるものなんてありはしないが、あるとしたら間違いなくない方がいいのだと。 無償でしてしまえば、誰もがそれを頼る。 頼らなくてもいざとなれば、無償で頼れるものが在ると知ってしまうだけで、その人間に影響を及ぼす」
「その理屈はわかりますけどね」
さっき言われたことよりはよっぽどね。
強すぎる力どうこうよりは、必要以上に頼られないように自らは動かないとか、報酬を要求するとか言ったほうが、ぼくにとってはわかりやすい。
人間は便利だと思えば、何にだって頼るものだから。
――ただし、都合のいい間だけのことだけど。