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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第二章 感染拡大
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プロローグ

 彼女は呟いた。

 ……まるで凍えているかのような、寂しそうな目で。


「あなたがいなければ、気が付かなかったのに」


 それがどういう意味なのか、私にはわからない。

 ねえ、それはなに?

 つまり、私のせいでこうなっているってことなの?

 私のせいであなたは死のうとしているの?

 私はあなたにいったい何をしたの?

 私を恨んでいる、そういうことなの?

 ……ねえ、私がいなければよかったの?

 ……ねえ、私は傍にいなければよかったの?

 ……ねえ、本当は私のことずっと邪魔だと思ってたの?


 たくさんの疑問が頭を巡る。

 たくさんの後悔が世界を揺らす。

 そう、私はこの結末を知っている。

 私はこのあと、何が起こるか、それを知っている。

 私は彼女に向けて、一歩を踏み出そうとする。


 でも、足が動かない。

 あの時、私は動かせなかったから。

 だから、どんなに頑張っても足は動かない。


 彼女は言う、一切の虚構を含まない声で。


「私はアンタを許さない」

 

 そうして私に決別するかのように背を向ける。

 おそらくその目が見つめるのは、自分がずっと暮らしてきたこの町。

 ただその目が、どんな風にこの町を映し、どんな想いを抱いてそこに立っているのか、私にはわかりようもない。


 それでも、私は。

 ……なにか、彼女に声をかけようとして。私は口を開く。

 だけど、声が出ない。


 喉は震えたまま、なにも意味のある音を出せずにいる。

 なにを言ったらいいかわからない。

 どうしたら、声が出せるのかもわからない。

 伸ばそうとした指先が震える。

 ――呼吸が出来ない。

 息苦しい。


 それでも、なにかを言おうとして。

 ヒュ……と小さな音が喉の奥から聞こえ、また呼吸がままならなくなる。


(なにか言わなきゃ)


 その気持ちだけが、私の中で反響し続ける。

 なにを言ったらいいのか、その言うべき言葉は私の中からは出てこなかった。

 その理由は今ならわかる。だって、私は……。

 結局、私が考えていたのは――。


 その時、一歩を踏み込もうと僅かに彼女の重心が傾いた。

 それに気付いて、頭の中が真っ白になった私は『何か』を叫ぶ。

 反射的に『何か』を叫ぶ。

 それに気付いたのか、彼女はゆっくりと振り向いた。


「アスカ」

 

 涙目で彼女は私へ振り返る。

 その表情には決意と、笑顔。

 溢れんばかりの感謝と喜び。

 私が今までで見た中で、最高の笑顔がそこにあった。

 きっと彼女の、本当の笑顔がそこにあった。


 止められない。

 止められはしない。

 私は手を伸ばせない、だってそんな顔をされたら。

 まるで、私が……。

 彼女は謳う。


「ありがとね」


 そう、どこか嬉しそうに。

 まるで、自ら心の底から望んでそうするかのように。

 力強く一歩を踏み出し、そのままの笑顔でゆっくり崩れ落ちていく。

 そして彼女は、――樋口カナは学校という舞台から。

 世界という、現実という、日常という、小さな小さな舞台から。

 奈落の底へと、飛び降りた。




 私は思わず、飛び起きた。

 そこは私の部屋、ベッドの上、見慣れた世界。

 夢なのはずっと気付いている。

 

 繰り返し繰り返し、あの瞬間を見ては目覚めている。

 もうそれが何回目かなんてわからない。

 数えることに意味なんか無い。

 だって、私は同じことを同じように繰り返しているんだから。

 あの時に何度戻っても、私は彼女を止めることなんか出来ない。

 

 何度、チャンスを貰ったって私は何も出来ない。

 あれは紛れもなく現実で、間違いなく夢。そして、どうしようもないぐらいに真実。

 何度も、何度も私は私の罪深さを知る。

 自分の浅ましさを、愚かさ知る。

 

 もし、私があとほんの少し優しくて、ほんの少し誠実で、ほんの少し思いやりがあって、 ほんの少し自分に対して厳しくあれたなら、きっと何かが違ったはずなのに。

 そう、なにかがほんの少し違っただけで、彼女に声が届いたはずなのに。

 

 何度繰り返しても、同じ結果になるのは……。

 そんな結果になるのは……。

 きっと、それが――私の罪深さなんだ。

 私は決して、彼女に許されることはない。



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