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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
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第1話 不死と言う名の生餌

 ……それは幾織と重ねられた日常の裏地。

 幾度となく続けられる夜と狩りの物語。


 よくある日常の一欠片。


「いい加減、飽き飽きだ」


 彼はそう毒気づきながらも、深夜の町を走る。


 魔術によって強化された肉体を行使したその走りは、走るよりも駆けるに近く、駆けるより飛ぶに近い。その速度は人と言うくくりを遙かに超える。


 高速で走れば走るほどに薄手のコート、というよりもマントに近いそれは、激しくなびき、まるで疾風が吹き続けているかのような様を見せていた。


 だが、それでもなお彼の目の前には、疾駆する影。

 そう、彼はその影を追う狩人だった。


 しかして、彼が未だにその目標に追いつけないというこの事実は、その目標も同様に普通の人間を超えた『何か』であることを意味している。


 その『何か』の速度は予め立てられた予測よりも僅かに速く、追い手である狩人にとって、少々面倒な事態だった。もっとも、事態は既に少々面倒な事態から、少々面倒な失態に変化しつつあったが。


 狩人にとっての救いは、事前に張られた結界によって、周囲に自分達以外の人影が見えないということである。


 結界の範囲内ならば一般人に被害が及ぶことも、事件に気付かれることもない。


 だが、それももうすぐ……彼の計算と記憶が正しければ、30秒後にはその有効範囲を超える。


 ちっ、と狩人は舌打ちした。


(これ以上手間をかけさせてくれるなよ、出来損ない。)


 速度を上げても影を見失う可能性と、残り時間が迫ることに焦る。


 さらに言えばどこまでいっても人間でしかない肉体を持つ彼が、これ以上の時間を走ることは危険でしかなく、死の重圧がさらに彼の心に圧し掛かり始めていた。


 万一、この速度で無様にも転倒するなり、身体制御、魔術制御双方への集中を少しでも欠くようなことがあれば、衝撃によって問答無用で五体がバラバラになるだろう。


 選択肢が頭の中にちらついた、それも己の危険性を高める選択肢。


 と、さらに彼を影は引き離す。


 それを確認する寸前に、魔剣をするり、と彼は引き抜いた。

 影の速度を増すことを予期したためか、それとも単なる焦りのためかは彼自身にもわからない。


 引き抜かれたのは、日本刀の姿をした魔剣……血汐閖咲(ちしおゆりざき)


 僅かな月明かりと、断続的に浴びる街頭の光により、鋭利に輝く刀身は、鍛え上げられた巧みなる刀匠の技と魂、そして数百数十万もの魔術の結晶。


 それを持って、自らに身体に眠る、魔術を呼び起こす。

 禍々しき、我が血統。呪われし凶血。狩られし魔血。

 魔が封じられた鮮血により、魔を、異なる理を呼ぶ。


 即ち、鮮血魔術。


「……なんて、格好付けてみたり」


 と、ここまですべて俺の脳内思考。

 ようするに、格好付け。


 ここまでミスったら、格好を気にしても無駄なような気もするけどさ、そこは男の性というものだよな。


 んー、どこでもいつでも格好付けたいんだよ、俺は。


 緊張感なく、そんなどうでもいいことを考えながらも、俺の速度と肉体を制御する魔術には一点の乱れはない。

もっとも、もし思考に乱れがあれば、考える以前に俺は肉塊へと変わってただろう。


 というか、そんなことを考える暇があるのなら決着をつけるべきだ、と思わないでもない。

 ふ、とわざとらしく笑い(無論、俺はそれが格好いいと思っている)、手の甲を僅かに出血する程度に傷を付けた。


 出血の量は問題ではなく、魔剣に血液が付着することによって、魔術的に繋がりを得たことが重要だ。


 それによって、描く。

 為したい魔術、その式を。そして、構築する。


 源は魔血解放、果は鮮血沸騰。目的が明確ならば、その力によって働く存在も、呼び起こされる結果も、能動的、受動的、瞬間的に働いてくれる。


 それは一瞬で幾重にも紡がれる式。願い。想い。呪い。


 そして、解く。今我が力の全てを統べ、その全てを……。


「解放しやがれ!」


 途端に全身に燃えるような熱さを感じ、赤い霧、蒸気が身体からほとばしる。

 目の前が一気に赤く染まる。同時に言いようのないほどに高まる高揚感。


 その自らの身体の高ぶりに任せ、俺は飛翔()んだ。

 その衝動的な感情に全てを委ねた。


 何かを察し振り返る影。


 そいつの瞳に写ったのは、死神の鎌のように冷たく輝く刃だった。


 *

 

時間帯は健全な青少年はあまり外を出歩かないであろう、深夜。

 今宵も紅く染まる月夜は美しく、熱い身体に風は心地良い。


 そう、月は紅く空に映える。


 だが、それは自分だけに見える光景、魔術による狂的覚醒(トランス)作用によるもの。


 魔術は自らを、強制的に極度の興奮状態へと――覚醒させることにより、常人ではありえないほどの集中力を得るによって始めて発動させうるもの。俺には、その興奮作用が視覚に強く影響するタイプの人間だった。


 つまり、月が紅く染まるのは、俺の中だけの出来事。


 紅く、全ての視界が染まり、その刃を、身体を、獲物を、そのすべてが、勿論身も心すらも鮮やかに彩る。それは俺にとって、甘美に酔いしれることの出来る光景。


 危ういほどに、いや、一時期は正気を失うほどにその世界に狂喜せずにはいられなかっ

たものだ。


 今では、残念なことに。心の底から残念なことに、鍛え上げられている精神は自らを律し、その情熱を制御してしまえる。


 もはや、その紅い世界へと心躍らせることは難しい。

 確かにそれでも魔術を行使することには、一種の麻薬的快楽を覚えることには変わりないし、今でさえその紅い世界には思いを馳せたくなるものだ。


 だがそれも、連日連夜の繰り返しとなっては感じ飽きてしまう快楽、見飽きてしまう光景にしか過ぎない。


 同じ、刺激の繰り返しは飽いてしまう。

 ……乾いてしまう。


 それを癒すには、さらに強い刺激でなくてはならないのだ。


 そんなくだらない思考を反芻していく中で、自らを興奮から冷ましていく。

 思考によって、感情を鎮静させるのは癖であり、習慣であり、必要な儀式だ。


 時間をかけ、徐々に身体と頭が冷え、紅い月の色が白く輝くように見え始めた頃。


 ようやく俺は一見して日本刀のようなソレを鞘に収め、自身の姿を省みる。


 日本刀片手に暗緑色のコートを身に纏い、コートの下は学制服(返り血付き)と言う、怪しいことこの上ない深夜徘徊常習犯の高校生がそこにいた。


 どう考えても、ろくな大人に成れそうもない。


「しっかりと健康的に生きていきたいもんだなぁ……」


 やっぱ、(バイト)を変えるしかないものかね?


 このままじゃ俺の人生の目標。「70まで生きよう。とりあえず」が達成できないかもしれない。

 この70と言う数字にまったく意味はないけどな。


 と、ようやく俺は自分の思考の回路が、いつものような適当でくだけたものになったのを自覚する。


 これが、本来の人前での俺、いつもの俺、と呼ばれる姿だ。

 どっちが素なのか、とはよく聞かれるが、そんなものも決まっていない。


 どうあっても自分は自分だ。性格と言うか、その場の雰囲気とかノリで人間は変わるものだろう。

 ……って、元に戻ると、いきなり疲労感が来るんだよな。


 身体が鉛、とは行かなくても、ビールケースぐらいにはなった気がする重量感。

 きつすぎるだろ、明らかに。寿命が縮みそうだよ、このバイト。


 ……出来ればやめたいな。


「でもよ、ほら、払いはいいわけよ。他のバイトと比べればな。でも、命がけだって考えるとな。3、4万のために死ねるか?」


 無理。そんなの無理。

 命は一度賭けたら、払い戻しは利かないんだぞ?

 ほぼオールリスク、極一部リターンだろ。割に合わないだろ。


 ……しかし、金は欲しい訳で。


 切実な問題だ、生活は自分で支えないと生きていけない。

 しかも、俺には金だけじゃなく、やらねばならないさらに切実な理由がある。

 まったく、どうしたもんかね。


「なぁ、アンタ。どう思う?」


 俺はそう足元に転がっている首に話しかけた。

 返事がないので、つま先で小突く。


「やっぱ、それでも他の職探した方がいいかな」

「キサマ、ふざけるなよ? 人間風情が」


 ようやく首は返事をした。


 自分で返事を強制しつつ、感心する。

 すごいな、俺だったら返答なんかしようとすら思えねぇよ。


 ……首と胴を切り離されたらな。


「俺はかなり本気なんだけど? 人間風情というけどさ、化け物と比べたらよっぽど生きていくことに努力が必要だと思わないか。だったら、こう……ねぎらいの気持ちとか生まれてくるんじゃね?」


 首は牙をむき出しにして笑う。


「ふん、阿呆もここまで来ると見事なものだ」

「……ほぼ初対面の相手にひでえこと言うな」


 そういうのは言われなれてるけどな。言われても、断固として認めないが。


「あ、そういや体の方はどこにあんの? 探すのめんどいんだけど」


 実は首と胴はそれぞれ慣性の法則に従い。その出していた速度によって宙を舞い、どこか飛んでしまっていた。

 首がここにあるのは、わざわざ自分で斬り飛ばした首を自分でキャッチなんて、ちょっと一人でバッターとピッチャーを同時にやったみたいなありえない技を披露したからであって。


 そうでない胴体はどこへ行ったのか見当もつかなかった。


「つか、よくしゃべれるよな、それで。肺も横隔膜もないのに」


 生命の不思議発見。

 いや、生きてるのかは知らんけど。


 そんな状況にも関わらず、首はなぜか俺をヤル気(殺る気?)マンマンにらみつける。


「……貴様がどうしようが、我らが人間風情に殺されるなどありえん」


 未だに自分に敗北が訪れる、もしくは、とっくに訪れているとは思っていないらしい。

 調子こいてんな、コイツ。


 ……首の分際で。


「……我らに敗北はありえない。 なぜなら我らは生きてないからだ」

「不死者。 非生命体(ノーライフ)。 魔術仕掛けのガラクタ。 つまりはそういうことなんだろう? 生きているの定義は知らないがな」


 知らなくても、残念には思わないけど。

 というか、白けているこの空気に気付け、首。


 首は首しかないのにも関わらず、まだ自分の勝利を疑わない。首の分際で。

 生首はにやり、と歯を見せて笑う。


「なら、わかってるのだろう。穢れた魔術師よ」

「なにを?」


 いや、本気でなにを?

 むしろ、お前がわかれ、むしろ気付け。


「ふん、阿呆にはわからんか?それはな……」

「いいから勿体ぶんなよ」

「……我らに逆らった人間(クズ)は」


 首が不敵に笑みを浮かべる。


「死ぬしかない、と言うことだ!」


 振り向きざまに、烈火の炎を纏う魔剣を振りかざし。

 背後から、ご苦労にも奇襲しようとしに来た首なしの身体に、(それ)をお見舞いした。


 そう、こいつの身体は、背後から慎重に忍び寄り俺を殺そうとしていたのだった。


 焼かれ、燃え、斬られ、無残にも燃えるゴミから燃えたゴミになる物体。

 そのまま、身体を一回転させ、刀を鞘にしまう寸前に、刃の炎を消す。


 ……ちょっと火を消すタイミングを外して手が痛んだ。


 でも、俺は痛くない風を装う。

 だって、格好悪いじゃん?


 涙目の状態で目線を下ろすと、開いた口がふさがらない様子の首。

 さっきまでのモヤモヤが若干スッキリした。


「で、なにが?」


 帰ってくるのは沈黙。


「俺が独り言を言ってるみたいじゃん。返事しろよ」

「キッ」

「き?」

「キサマ! 人間の分際で!」


 首がなんか叫びだした。


「……キーキーわめくな、うっとうしい。男だろ。いいだろ身体が燃えたぐらい。俺だって、微妙に熱い思いしてんだからよ」


 つか、本当に熱かった。いやマジで。

 ……水ぶくれ出来てんじゃね?


 と、途端に静かになる首。

 いきなり冷静に戻りだした。なにそれ、一瞬(プチ)ブチ切れ?プチ切れ?


「つか、一人百面相? いや、首しかないんだから、出来ることが表情変える(それくらい)しかないのはわかるけどさ。周りから見ると、マジでうっざいよ?」

「……だが、全身を焼き尽くされ、灰になろうとも。いくら刃で細切れにされようとも。首だけと成り果てようが、我らが死すこと決してない。身体の再生を待ち、必ずキサマを喰らい尽くしてくれるぞ!」

「いや、人のはなし聞けよ」


 ……というか、まぁ、そうなのだ。コイツ、魔術だけで生きてる(?)ようなものなので、魔術が解けるまで死なない。

解くのは、ちょいと面倒な手順が必要だし、この場じゃ出来ないので事実上ここでは殺せない。


 あと考えられる方法は、コイツを作った術者に解かせるか、そいつを殺すぐらいのものだ。

 決して直接的な物理的手段じゃ殺せない。


 それが魔術仕掛け機械である不死者の一種。非生命体(ノーライフ)と言う存在。


「確かに俺には殺せないんだよな」

「ようやく理解したか、そうともキサマに勝ち目などない、ん……なんだっ、何をするっ離せ!」


 俺はその首のやや長めの髪の毛を右手で掴み、持ち上げる。

 なんか髪の毛がやけに汚らしい気がするが、他に持つとこもない。

 下手に持つと噛みつかれそうだしな。


 で、携帯を左手で出してぽちぽちっと。

 ……なんか左手じゃ使いづらい。つか、火傷? でうちにくい。


 通話ボタンを押して……お、早いな。待ち構えてたか。


「あ、ハミ? 今どの辺」

「ハミ? 今どの辺……じゃないですよぉ、なんでさっさと仕留めないんですかぁ」


 ハミがちょっと上手いモノマネを披露しつつ答えた。

 っていうか、今の「ハミ、今どの辺」は本気で俺に似てたと思う。


「たまにすごいな、お前」

「なにを褒めてるんですかぁ! いま、トオくんのバイクで追いつきますからぁ……ん? なんかうるさくないですかぁ」

「いや、バイクの音じゃね。と言うか、よく俺の声聞こえるな、エンジン音で聞こえないだろ?」

「いや、ハミの場合は意外と平気ですぅ。じゃなくて、なんか聞こえますよぉ?」

「あ?」


ふと、見てみると、首がまたキーキーわめいていた。


「のんきに仲間に連絡か、小僧! 何人来ても同じことだぞ。いい加減、この手を離せ!」


 どうやら再生が始まっているようで、大分首が長くなって来ている。このままじゃ、名称を『首』から、『首から鎖骨』に変更する必要性が出てきそうだ。

 ……どおりでなんか重たいと思った。


「クククッ、もうすぐだ。もうすぐキサマの命運も尽きっ」


 膝を曲げ、腕を振り上げ、一気に首をアスファルトに叩きつける。

 ぐひぇっ、と聞こえて静かになった。


「これで大丈夫」

「ぜんぜん大丈夫じゃないですよぉ! あんまり汚しちゃ駄目ですからねぇ!」


 なんか、電話の向こう側から怒られた。

 いや、そんな間延びした声で怒られても。


「でも、うるさいんだろ? 仕方ないじゃん」

「もお、他人事だと思って……汚いじゃないですかぁ」

「そう言われてもな」


 だいたい元から汚いと思うぞ、この『首から鎖骨』は。


「……これ、頭洗ってなさそうだしな」

「って、なに食欲失くすようなコトいってるんですかぁ!」

「いけね、言っちゃった」


 ま、見たらわかることだしな。

 それでも、ハミは「もお」と一見、いや一聞するとあんまり怖くない感じで怒る。


「そのまま大人しく持ってて下さいよぉ? 地面にたたきつけるなんてしないで」

「わかってるって……」


 って、おい。

 なんで俺がなにをしたのかわかるんだ?


 ……まさか俺が見えてるのか?


 そう思い、振り向く。

 バイクの音がどこからか聞こえてきた。

 遠くにライトをつけたバイクが走ってくるのが見える。


 だが、肉眼で確認できる距離じゃない。

 俺のように魔術で強化してたら別だが。


「……なぁ、お前、視力いくつ?」

「いいから、大人しく持ってて下さいねぇ?」


 ようやく俺は気付く、ああ見えてるんじゃないんだった。

 まぁ、ご愁傷様だな。


 携帯から聞こえる嬉しそうな声。


「そうじゃないとぉ、腕ごと食べちゃうかも知れないですからぁ」


 ハミは無邪気に宣告するだろう。

 それは死刑宣告と言うよりも、ちょっとした礼儀だ。


 その寸前で意識を取り戻した首が呟く。


「なんだアレは……アレは……」


 バイクから伸びる漆黒のモノ。

 獲物を求めて、迫り来る触手のように、漆黒は迫る。


 ……実際、あまり触手と変わらないだろう。


 彼女にとってはこれは処刑ではなく、日常。

 宣告の前に首に言っておく。


「……死ねたらよかったのに、な。自称不死」


 つまり、彼女の宣告は。


「いただきます」


 と、ただそれだけのことだった。


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