聖女に転生しましたが、妹の「スキル喰い」のスキルで「聖女」のスキルを奪われました。でも枢機卿たちは私を保護するようです?
前世の私は、天涯孤独の身の上で日々残業に追われる限界社畜OLだった。
唯一の心の癒やしは、スマホの画面の向こうにいる花騎士の最推し…シエルとジルとクリスティアン。
そんな私が過労死してファンタジー異世界に転生し、「聖女」のスキルを持って生まれたまではよかったのだが。
「お姉ちゃんのスキル、ぜーんぶもーらい!」
生まれつき「スキル喰い」のスキルを持つ強欲な妹に、私の聖女スキルはすっかり奪われてしまった。
けれど、前世が社畜だった私にとって、聖女の重責から解放されるのはむしろ好都合。
「あー、これでスローライフが送れるわ」
そう言ってけろっとしていた、その日までは。
「『聖女』がいるという村はここかい?随分と、貧相で泥臭い場所だねぇ」
村にやってきたのは、中央教会の最高権力者である三人の枢機卿。
笑顔で妹を差し出す両親を押し除け、馬車から降りてきたその姿を見た瞬間、私の脳内は爆発した。
(…は!?シエル!?ジル!?クリスティアン!?!?)
純白の豪奢な神官服を身に纏い、胡散臭い極上の笑みを浮かべるシエル。
少女のような美貌に悪戯めいた光を宿すジル。
神官服を少し着崩し、鋭い眼光で周囲を威嚇するクリスティアン。
前世の最推しが、まさかの枢機卿三人組として目の前に現れたのだ。
(聖女のスキルなんてどうでもよかったけど、枢機卿がこの三人なら、絶対に奪われたくなかったー!!!)
心の中で激しく身悶えし、血涙を流す私。
しかし、自称「新・聖女」の妹がシエルに擦り寄ろうとした瞬間、シエルの目が冷酷に細められた。
「おっと、汚らわしい手で僕に触らないでくれるかな?…君が、本物の聖女だね?」
シエルの細い指先が、妹ではなく、後ろで硬直していた私を指す。
「あはは!本当だ、あの子は忌々しいスキル喰いだね。中身がスカスカで、他人のものを掠め取っただけの泥棒猫だ。そんな奴を聖なる教会に近付けるわけにはいかないよ」
クスクスと愉しげに笑うジルが、妹を一瞥して吐き捨てる。
「…うん、聖痕も首筋にあるきに。間違いない、本物の聖女はおまんじゃ。来いや、一緒に教会に行くきに」
クリスティアンが私の手首を優しく掴み、ぐいと引き寄せた。彼らの目は完全に、偽物の妹とそれを庇う両親をゴミのように見ている。
「な、何をおっしゃるのです枢機卿様!聖女のスキルを持っているのはこの妹で…!」
「黙れよ、下衆。聖痕がある以上、スキル喰いに一時的に奪われても、時がくれば聖女のスキルも戻るからね」
「そうそう!それまでに、僕たちがこの子を大事に大事に、聖女教育しなくちゃいけないんだから」
青ざめる両親と妹を置き去りにし、私はクリスティアンの大きな腕に抱き上げられて馬車へと運び込まれる。
「よしよし、もう怖くないきに。スキル喰いの悪魔はいずれ時がくれば、きっちり罰せられるきね」
ガタゴトと走り出す馬車の中、最推し三人にこれでもかと顔を覗き込まれ、私の心臓はキャパシティをオーバーして停止寸前だった。
中央教会に到着した私を待っていたのは、さらなる衝撃だった。
教会の頂点に君臨する聖王猊下…その正体は、なんと「花騎士」の花の乙女、マリアだったのだ。
「よく来たね、ミーティーちゃん!辛い目に遭ったね、もう大丈夫だよ!」
前世で世界を救った花の乙女は、この世界でも聖王として全人類に愛されており、私のことも初日から孫のように猫可愛がりしてくれた。
こうして、聖王猊下に甘やかされ、三人の枢機卿に溺愛される私の新生活が始まった。
しかし、一応は「聖女」として連れてこられた身。
当然、厳しい聖女教育が始まるのだろうと身構えていたのだが…。
「ええと、まずは歴史と地理、それから経済と算術の講義だけど…」
「あ、それなら分かります。この地域の特産品と流通経路から見るに、関税のバランスを変えれば、平民の生活は…」
「…へ?」
現代日本の知識、ひいては限界社畜として叩き込まれた実務経験を持つ私にとって、異世界の教養などお遊びに等しかった。
スラスラと完璧な回答を導き出す私を見て、教育係の神官たちは「完璧を超えた天才だ…!」と腰を抜かした。
結果として、教養の時間はほぼスキップ。
私が学ぶべきことは、この世界の特殊な「神学」と、夜会用の「ダンス」くらいになってしまった。
つまり、一日の大半が【余暇】になったのである。
「ミーティー、そんなに退屈そうな顔をしないでよ。僕たちの前では、何をしたって許されるんだから。好きに遊んで良いよ」
「そうだよ、ミーティーちゃん!何か欲しいものがあるなら、僕が何でも用意してあげる!」
「おまんがやりたいことなら、ワシが何でも手伝うきに!」
三人がそう言ってくれるので、私はお言葉に甘えて「好きにさせてもらう」ことにした。
聖女のスキル(治癒や結界)は妹に吸い取られたままだが、私自身の最大魔力量は一切減っていない。
そして私には、イメージした事象を魔力で組み立てる「構築魔術」の適性があった。
(よし、まずはナーロッパの不便な生活をどうにかしよう)
私は自室に引きこもり、構築魔術を開始した。
前世の記憶を頼りに、内部の回路を魔術式で代用し、魔力を流すことで動く【現代日本の家電】を、あくまで「遊びの工作」としてバンバン作り始めたのだ。
数日後。私の部屋を訪れたシエルたちは、異様な光景に目を丸くした。
「…ミーティー、これは何だい?」
「あ、シエル。これは『全自動洗濯乾燥機(魔力式)』です。衣類を入れて魔力を込めれば、洗浄から乾燥まで終わります。あっちにあるのは『温水洗浄便座』と、いつでも冷たい飲み物が飲める『冷蔵庫』です」
「はあ!?」
ジルが目を輝かせて冷蔵庫に飛びつき、中から冷えた果実水を取り出す。
「すごい!氷の魔術を固定化して、さらに内部の気流を循環させているのかい!?ミーティーちゃん、君はなんて面白いおもちゃを作るんだ!」
「おいミーティー、この、ボタンを押したら温かいお湯が勢いよく飛び出す便座はなんなんじゃ…!聖王様が『文明の利器だ!』って大泣きして喜ぶぞ!」
クリスティアンがガタガタと震えながら私を抱き上げる。
聖女のスキルを奪われ、可哀想に怯えていると思っていた少女が、まさかの国家転覆レベルの発明を「暇つぶし」で量産しているのだ。
シエルは呆然とした後、フッと、いつもの胡散臭い、けれどどこか愛おしげな笑みを浮かべた。
「…なるほどね。きっとスキル喰いで聖女のスキルを奪われた代わりに、神が与えたもうた才覚だ。やっぱり君は、僕たちの特別だね」
「そうじゃ!ミーティーはワシらの天才聖女じゃ!」
クリスティアンが私の頬をすりすりと自分の頬に寄せてくる。
「あはは、あの泥棒猫の妹がこれを見たら、悔しさで泡を吹いて倒れちゃうね!」
ジルも大はしゃぎだ。
それからというもの、私の異世界改革は加速した。
魔力式ヘアドライヤーで髪を乾かしてあげれば、シエルが「僕の髪もやって」と甘えてくる。
即席で作った魔力式ゲーム機を渡せば、ジルとクリスティアンが夜通しで対戦して叫んでいる。
聖王マリアは「ミーティーちゃん、次は部屋を温めたり冷やすもの作って!」と予算を湯水のように投じてくれる。
聖女のスキルなんて、もう誰も気にしていない。
だって私は、最推し三人と聖王猊下に世界一猫可愛がりされる、唯一無二の「天才」なのだから。
「ミーティー、次は僕のために、どんな面白いものを見せてくれるのかな?…まぁ、君が隣にいてくれるなら、何だっていいんだけどね」
シエルが私の髪にキスを落とし、ジルが腕に抱きつき、クリスティアンが嬉しそうに背後から抱きしめてくる。
前世の限界社畜だった日々が嘘のような、甘くて騒がしい異世界の日常は、まだまだ始まったばかり。
私が「遊びの工作」として作った魔力式家電は、その後、聖王マリアと枢機卿三人の手によってとんでもない規模で量産されることになった。
私が魔力の許す限り、構築魔術の術式を刻んだ核を増産すると、中央教会はそれを高級な外装に組み込み、「これぞ本物の聖女がもたらした、神の奇跡の利器である!」と大々的に喧伝したのだ。
これが、王都の貴族連中に爆発的に売れた。
「素晴らしいよ、ミーティー!君のおかげで教会は湯水のように儲かるし、家電を買った貴族は生活が良くなる。さらに、貴族に雇われている使用人たちは洗濯や掃除の重労働から解放されて仕事が楽になる。まさに、誰も損をしない三方向良しだね!」
シエルが、金貨が詰まった帳簿を片手に、胡散臭さ100パーセントの極上の笑みを浮かべる。
「本当にミーティーちゃんは最高の発明家だね!聖王猊下も『これで教会の財政は安泰だー!』って大喜びでダンスしてたよ」
ジルが私の頭をなで回し、続いてクリスティアンが私の前に膝をついて、大きな手で私の両手を包み込んだ。
「ミーティー、ありがとう。本当に助かるきに。…なぁ、これだけ教会に貢献してくれたんじゃ、ご褒美に何が欲しい?なんでも買っちゃるぞ!宝石か?ドレスか?ワシに言ってみぃ!」
最推しに「なんでも買ってやる」と詰め寄られ、私は少し考えてから、前世からずっと食べたかった『あるおやつ』の材料を口にした。
「じゃあ…牛乳と、卵と、バニラエッセンスと、砂糖。それから、硬めのパンが欲しいです!」
「「「…そんなものでいいの?」」」
三人は完全に拍子抜けした顔を見合わせた。宝石や領地をねだられる覚悟をしていたらしい。
しかし、クリスティアンは「すぐ用意させるきに!」と部屋を飛び出していった。
数十分後。
私の前に届けられたのは、新鮮な卵や牛乳、貴重な砂糖、そして…「ガチのカチカチ音がする、鈍器のような保存食用パン」だった。
(あ、硬めのパンって言ったら、フランスパン的なものを想像してたけど…そういえばここ、中世ファンタジー風の異世界だったわ…)
机に置くと『コンッ!』と硬質な音が響くパンを前に、私は少し戸惑った。
これ、フォークを刺したらフォークが折れるやつだ。
心配そうに覗き込んでくる三人に見守られながら、私は調理を開始する。
まずは構築魔術で即席の『電子レンジ(魔力式)』を作り、カチカチのパンを少し温めて包丁が通る程度に柔らかくする。それを厚めにスライス。
次に、卵、牛乳、砂糖、そしてバニラエッセンスを混ぜ合わせた卵液を作る。
バニラの甘い香りが部屋に広がると、ジルが「わあ、いい匂い!」と鼻を鳴らした。
そこに、あの硬いパンを投入。
じっくり、じっくりと時間をかけて、中まで卵液を染み込ませていく。
仕上げに、魔力式ホットプレートにバターを溶かし、弱火で両面をきつね色になるまで焼き上げた。
焼き上がったのは、外はカリッと、中は驚くほどふわふわでジューシーな、完璧な『フレンチトースト』だ。
「お待たせしました!硬いパンを美味しく食べる方法です!」
胸を張ってお出しした皿を、まずはクリスティアンが恐る恐る口に運ぶ。
一口噛んだ瞬間、彼の目がこれ以上ないほど見開かれた。
「…っ!?なんじゃこれは…!ふわふわで、口の中でとろけるきに!あの、歯が折れそうなくらい固かった保存食が、ちゃんとした日常の食べ物…いや、高級宮廷菓子になっとる!」
「どれどれ…んんっ!?本当だ、美味しい!卵と牛乳のコクが、あのパサパサだったパンの芯まで完全に染み込んでる。これは革命だね!」
ジルが目を輝かせてフォークを進め、最後にシエルが一口食べ、ふっと息を漏らすように笑った。
「参ったな…。ミーティー、君は本当に僕たちの想像を簡単に超えていく。レシピ、書けるかい?これを『教会発・聖女様の奇跡のレシピ』として、冬の前に領民たちにお出しするから」
クリスティアンが興奮気味に私の肩を揺さぶる。
「この国は、冬になると雪でほぼ家に引きこもりになる連中が多いき。そんな厳しい冬を越す時の、何よりの楽しみに、救いになるきに!」
「あはは!スキル喰いの妹ちゃんは『聖女の力で奇跡の癒やしを〜』なんてお高くとまってるみたいだけど、ミーティーちゃんは家電と料理で、文字通り世界を救っちゃいそうだね」
ジルがクスクスと笑う。
奪われた聖女のスキルなんて、今や誰も覚えていない。
私はただの限界社畜の知識と、最推しへの愛だけで、この異世界をどんどん快適に、そして美味しく作り変えていくのだった。
フレンチトーストのレシピが大ヒットし、中央教会での私の地位は「お菓子も作れる天才発明家」として不動のものになっていた。
そんなある日、私は教会の広大な裏庭の隅で、見覚えのあるハート型の葉っぱを見つけた。
(あ、これドクダミじゃん!結構たくさん自生してるなぁ)
前世の実家で、祖母がよく「十薬」と呼んで重宝していたドクダミ。
私はさっそくそれをむしって収穫し、自室に持ち帰ってすり鉢で丁寧にすり潰し、魔力で少し成分を安定させて「ニキビや傷口の化膿止め」の軟膏を作ってみた。
そこへ、いつものように私を愛でるために枢機卿三人がふらりとやってきた。
「おや、ミーティー。部屋の中が随分と…いや、はっきり言ってひどい悪臭だね。何をしているんだい?」
シエルが鼻を美しい指先でつまみながら、怪訝そうに机の上の緑色のドロドロを見つめる。
「本当だ!これ、裏庭の日陰に勝手に生えてる嫌な雑草じゃないか。引き抜くと手がすごく臭くなるやつだよ」
ジルも顔をしかめる。
この世界では、ドクダミはただの不快な雑草として扱われていたらしい。
「ミーティー、これなに?あの雑草から作ったの?」
「はい!ドクダミの軟膏です」
「軟膏?何に効くの?本当に効く?毒の間違いじゃないかい?」
シエルが胡散臭そうに目を細めるが、私はめげずに説明した。
「肌のブツブツや、傷口がジュクジュクして膿んじゃうのを止める効果があるんです」
すると、私の言葉を聞いたクリスティアンが、グイと腕を突き出してきた。
「モノは試し、さっそくワシが試してみるきに貸してみぃ。ちょうど昨日の任務で、腕に少しジュクついた切り傷が出来ちょったんじゃ」
「あ、クリスティアン、ちょっと臭いますけど…」
「構わんきに!」
クリスティアンは平気な顔で、緑色のドロドロを傷口に塗りたくった。
そして数日後。
「…すげぇ。なぁミーティー、これを見てみぃ!」
興奮したクリスティアンが、バッと袖をまくって部屋に飛び込んできた。その後ろからシエルとジルも入ってくる。
クリスティアンの腕を見ると、数日前まで赤く腫れてジュクついていた傷口が、綺麗に乾いて塞がりかけていた。
「聖水を使わないポーションじゃ。ポーションほど即効性はないが、ポーションが高くて買えない平民向けの薬として十分じゃ!」
クリスティアンの報告に、ジルが目を丸くする。
「まじ?生産体制整える?あれ、ただの雑草だから原材料費タダだよ!?」
今までは、この世界での怪我や病気の治療といえば、教会が管理する万能薬「聖水を使ったポーション」での対処しかなかった。
しかし、聖水ポーションは非常に高価。平民が簡単に買えるものではなかったのだ。
シエルは顎に手を当て、いつになく真剣な、そして底知れない笑みを浮かべた。
「平民向けの安価な薬か…。面白いね。教会に反感を持っている一部の平民や貧困層も、これを出されたら手のひらを返すかもね。高価なポーションを出し渋る貪欲な教会、という悪評をひっくり返せる」
「そうだよ!しかもこれ、ミーティーちゃんが作ったってなれば、ますます『本物の聖女の奇跡』の説得力が増すよね!」
ジルが私の肩を抱いて大はしゃぎする。
高価な魔法や聖水に頼るしかなかったこの世界において、そこら辺に生えている雑草から薬を作るという発想そのものが、完全な【革命】だった。
「ミーティー、おまんはやっぱりワシらの女神じゃ!平民の命まで救うてまうとはな!」
クリスティアンが嬉しそうに私を抱き上げ、ぐるぐると回る。
「やれやれ、僕の可愛いお人形が、どんどん世界を優しく変えていっちゃうな。…まぁ、君のその賢い頭も含めて、全部僕たちのものだけどね?」
シエルが耳元で甘く囁き、ジルがクスクスと笑いながら私の手を握る。
私の気まぐれな民間療法の知識は、今度はいよいよ、この世界の医療の常識すらも根底から覆し始めていた。
ドクダミ軟膏の生産体制が整い、平民たちの間で教会の評価がうなぎ登りになっていた頃。
私は次なる「雑草」に目を付けていた。
教会の馬車道の脇や、人がよく踏みつける踏み固められた地面に、しぶとく生えている楕円形の大きな葉――オオバコである。
(前世で、オオバコの種や葉は『車前草』っていう立派な生薬だって習ったっけ。咳止めや痰切りにすごく効くんだよね)
異世界の厳しい冬は、乾燥と寒さで気管支を痛め、激しい咳に苦しむ平民が後を絶たない。
高価な聖水ポーションを買えない彼らは、ただ耐えるしかなかった。
私は収穫したオオバコの葉を乾燥させ、魔力で成分を濃縮して抽出し、飲みやすいように蜂蜜で甘みをつけた「気管支炎の特効薬」を作り上げた。
そこへ、いつものように私の様子を見に、神官服を翻して枢機卿三人がやってくる。
「へえ、これもお薬?今度はなにに効くの、ミーティー」
シエルが、琥珀色のシロップが入った小瓶を光に透かしながら興味深そうに尋ねる。
「これはオオバコという雑草から作ったシロップです。酷い咳や、胸の痛みを伴う気管支の病に効くんですよ」
「オオバコって、あの道端に生えてて、みんなが踏んづけて歩いてる頑丈なやつかい?あはは、ミーティーちゃんの手にかかれば、文字通り『道端の石ころ』すらお宝に変わっちゃうんだね!」
ジルが楽しそうにのけぞって笑う。
「平民たちがまた喜ぶね。ポーションも使わないでよくここまで…」
シエルが満足そうに微笑んだ。
「おい、さっそくこれも大増産の体制を整えさせるきに!」
クリスティアンが嬉しそうに私の頭をガシガシと撫で回し、すぐに手配のために部下を呼びに走った。
オオバコのシロップが増産されてから一週間、私たちの元へ、バタバタと忙しない足音が近づいてきた。
「ミーティーちゃーん!」
神聖な白と金のローブをはためかせ、あまりの忙しさに目を回しかけていた聖王猊下…マリアが、わざわざ私の部屋まで駆け込んできたのだ。
「聖王猊下!?お忙しいのでは…!」
「ミーティーちゃんの新しい奇跡の噂を聞いたら、じっとしていられなくて!ほら、これ、街の診療所からの報告書だよ!」
マリアが差し出した紙には、オオバコのシロップを飲んだ平民たちの、涙ながらの感謝の言葉がびっしりと綴られていた。
「ミーティーは天才だ!信者たちも本当に喜ぶよ!君がもたらしてくれた知識のおかげで、この冬、どれだけの平民の命が救われるか分からない。本当に、本当にありがとう!」
マリアに両手を握りしめられてキラキラした笑顔で褒めちぎられ、私の限界オタク脳は嬉しさと尊さでキャパシティを超えそうになる。
「ちょっと、聖王猊下。僕たちのミーティーを、あんまり気安く触らないでくれるかな。嫉妬しちゃうじゃないか」
シエルが胡散臭い笑みを浮かべながら、そっと私をマリアの手から引き離し、自分の背後に隠す。
「そうだよー、ミーティーちゃんをあまり働かせすぎないでね?僕たちの可愛いお人形で、教会の宝なんだから」
ジルもくすくす笑いながら私の肩に顎を乗せてくる。
戻ってきたクリスティアンも「ミーティーはワシらが護るきに!」と腕組みをしてマリアを牽制した。
マリアは「あはは、相変わらず過保護だなぁ」と苦笑しながらも、温かい眼差しを私に向けてくれた。
このオオバコの特効薬が国中に広まると、平民たちの間で、ある「噂」が爆発的に広がり始めた。
高価な魔法ではなく、誰もが見向きもしなかった道端の草から奇跡の薬を生み出し、人々の生活を豊かにしていく少女。
『知恵の聖女』
誰が言い始めたわけでもない。けれど、救われた平民たちが親しみと最大の敬意を込めて、そう勝手に呼び始めたのだ。
妹に奪われた「聖女」のスキルなんて、今や誰も必要としていなかった。私の持つ前世の知恵こそが、この世界を救う本物の奇跡なのだから。
オオバコのシロップが国中を救い、平民たちから『知恵の聖女』と崇められるようになった私。
ある日、私は教会の倉庫で、三裂した葉を持つ見慣れた乾燥草を見つけた。
(あ、これ『ゲンノショウコ』だ。前世の日本でも有名な三大民間薬の一つだよね。使い道を知らなくて放置されてたのかな)
私はさっそく、いつも私を執務室に囲って離さない枢機卿三人に、この薬草の驚くべき効果を説明することにした。
「これは『ゲンノショウコ』という薬草です。煎じて飲むと、便秘解消と、激しい下痢止めの二つの効果があるんですよ。煎じ方次第で相反する二つの症状に効く、すごく優秀な草なんです」
私の説明を聞いたジルが、ふと顎に手を当てて、真面目な顔で呟いた。
「下痢止めか…。ねえ、それって冬に流行る『なんかすごいお腹の病』にも効くんじゃないかい?あれにかかると、みんな上から下から大変なことになって、最悪の場合、脱水で死んじゃう平民もいるんだよね」
「そうじゃな!あれをその草でピタリと止められたら、それこそまた大革命きに!」
クリスティアンも身を乗り出す。しかし、私は慌てて二人の前に両手を振って、それを制止した。
「あ、待ってください!その冬の流行り病には、すぐに下痢止めを使ってはダメです。それは体が毒を外に追い出そうとしている状態なんです。無理に止めると、お腹の中で毒が暴れて、逆に病状が悪化しちゃいます!」
私の強い口調に、それまで静かに聞いていたシエルがピクリと眉を動かした。
「じゃあ、どうするの?毒を出し切るまで、ただ指をくわえて見ていろと言うのかい?それじゃあ、平民たちは脱水で干からびて死んでしまうよ」
シエルの指摘はもっともだった。この世界には点滴なんて便利なものは存在しない。
「だから、まずは『経口補水液』を作って飲ませるんです。水分と塩分を効率よく吸収させて、脱水を防ぎながら毒を出し切るのを待ちます。その後、体調が落ち着いて、毒の峠が引いた後にゲンノショウコを服用して腸の調子を整えるんです」
「けいこう…ほすいえき?」
三人が揃って首を傾げる。
前世の日本では誰もが知っている熱中症・脱水対策の飲み物だが、この世界の医療知識には存在しない概念だ。
「作り方は簡単なのでお伝えしますね。水に、決まった割合の砂糖と塩を混ぜるだけです。これで普通の水を飲むより、ずっと早く体が水分を吸収できるようになります。冬の胃腸の病気だけじゃなくて、夏の暑い日に倒れる『熱中症』にも劇的に効くんですよ!」
私がさらさらと紙に『水1リットル:砂糖40グラム:塩3グラム』の黄金比率を書き出すと、シエルがその紙を奪い取るようにして凝視した。
「…信じられないな。水と、塩と、砂糖だけで、あの恐ろしい脱水の死病を防げるというのかい?魔法のポーションですら、失われた水分を直接補給する概念なんてないのに」
シエルの目が、驚愕と、それ以上の深い感銘に揺れている。
「まじか…ミーティーちゃん、君の頭の中はどうなっているんだい?医療の常識を根底からひっくり返す天才だよ、本当に!」
ジルが興奮のあまり私の背中に抱きつき、私の首筋に顔をすり寄せてくる。
「塩と砂糖を混ぜるだけなら、どんなに貧しい平民の家でも用意できるきに…!ミーティー、おまんはまた、ワシらの想像もつかん方法で何千人、何万人もの命を救う気か!」
クリスティアンが感動に瞳を潤ませながら、私を壊れ物のように優しく、けれど強く抱きしめた。
「よし、この『知恵の聖女の補水液』の作り方を、今すぐ国中の教会と診療所に布告しよう。ミーティー、君のその知恵は、もう誰の手にも負えないほどの奇跡だね」
シエルが私の髪にそっと触れ、愛おしそうに目を細める。
現代の正しい医学知識と民間療法の組み合わせ。それは高価な魔法を遥かに凌駕する「本物の救い」として、またしてもこの異世界に激震走る大革命をもたらすのだった。
『知恵の聖女』がもたらした家電、料理、そして医療の奇跡。
その噂は、ついに私が生まれ育ったあの辺境の村にまで届いていた。
中央教会の厳重に警護された応接室。
そこに、みすぼらしい身なりで青ざめた両親と、かつて私の聖女スキルを全て奪い去った妹が、教会の聖騎士たちに連れてこられていた。
「ミーティー!お前、教会でそんな大層なものを作っているんだってな!?」
「お姉ちゃん!また新しいスキルが生えたんでしょう?隠してないで、それも全部私にちょうだいよ!」
妹は部屋に入るなり、相変わらずの強欲な笑顔で私に掴みかかろうと手を伸ばしてきた。
その瞬間、彼女の「スキル喰い」の能力が発動し、私の身体から何かを吸い取ろうとする不可視の衝撃が走る。
…しかし、何も起きない。
「え…?嘘、なんで…!?何も、何も吸い取れない…!?」
妹がパニックを起こして何度も私に手をかざすが、当然ながらスカスカの手応えしかない。
私の異世界改革の源は、神から与えられた「スキル」などではなく、前世の限界社畜時代に培った【現代日本の知識の貯金】だからだ。
プログラムされた能力ではないものは、スキル喰いといえど奪えるはずがなかった。
「どうして!?どうして奪えないのよぉ!」
狂ったように叫ぶ妹の前に、立ち塞がるようにして冷徹な影が三つ、滑り込んできた。
「やれやれ…。だから最初から、こんな下衆どもに会わなくてもいいって言ったろう?ミーティー」
シエルが、底冷えするような冷たい瞳で妹を見下ろしながら、私を優しく背後に庇う。
「でも残念。ミーティーの知恵は神が与えたもうた『知識』だ。君の汚らしい能力なんかじゃ、触れることすらできないよ。スキルだとまた君みたいな泥棒猫に奪われると、神様が考えたんだろうね」
ジルが、クスッと邪悪で愉しげな笑みを浮かべ、妹の心を抉るように言葉を紡ぐ。
「神もおまんの所業に腹を立てた証拠じゃ。他人の努力も奇跡も掠め取ることしかできん出来損ないめ。…そのうちきっちり、恐ろしい神罰があるきに。覚悟しておくことじゃな」
クリスティアンが腰の剣の柄に手をかけ、殺気混じりの低い声で吐き捨てた。
枢機卿三人の圧倒的な威圧感の前に、両親は恐怖でガタガタと震え、床にへたり込んでいる。
「そんな、嘘よ…!私が本物の聖女のはずなのに!お姉ちゃんの能力は全部私のものなのにぃ!」
「往生際が悪いね。…聖騎士、この悪魔とその片棒を担ぐ罪人どもを連れて行け。聖女の奇跡を不当に奪い、神の秩序を乱した罪だ。地下の監獄で、一生かけて神への懺悔をしてもらうよ」
シエルの冷酷な合図とともに、聖騎士たちが叫ぶ妹と両親の身体を容赦なく拘束し、引きずり出していく。
「お姉ちゃん!助けて!嘘でしょお姉ちゃん!」という妹の悲鳴は、重厚な扉が閉まると同時に完全に遮断された。
静まり返った部屋の中、私はほっと胸をなでおろした。
もはや未練もない家族だったけれど、これで完全に縁が切れたのだ。
「怖かったかい、ミーティー?よく頑張ったね」
ジルがすぐに私の前に回り込み、私の頬を両手で包み込んで優しく微笑む。
「これで邪魔者は消えたきに。もうおまんを脅かす奴は誰も居らん。…これからは、ワシらの隣で、好きなだけ面白いものを楽しそうに作ればええんじゃ」
クリスティアン私の頭を大きな手でぽんぽんと撫で、その瞳には深い慈愛が満ちていた。
「さあ、不愉快な時間はおしまいだ。僕たちの可愛い『知恵の聖女』様。次は何を作って僕たちを驚かせてくれるのかな?」
シエルが私の手を取り、その手の甲に甘く深い誓いのキスを落とす。
奪われたスキルなど、最初からいらなかった。
私にはこの現代日本の素晴らしい知識の貯金があり、それを何よりも愛し、世界から私を護ってくれる最強の推したちが味方にいるのだから。
冬も真っ盛り。
外は吹雪で一歩も出られない中、私こと『知恵の聖女』ミーティーは、暖房魔術が効いた中央教会の最奥にある快適な私室で、完全に引きこもっていた。
「あー、暇。家電も薬も一通り作ったし、本当にやることがない…」
そこで私は、手元にあった高級な羊皮紙と、魔術で色を定着させる即席のマジックペンを使い、暇つぶしに絵を描くことにした。
題材は、教会の壁に飾られている、少しおどろおどろしいタッチの『大天使の降臨図』。
それを、前世の記憶を頼りに「現代日本のアニメチックな画風」…きらきらした大きな目、繊細な髪の毛の束、立体的なアニメ塗りでさらさらと描き上げてみた。
そこへ、いつものように私を愛でるために部屋に雪崩れ込んできた枢機卿三人が、机の上の紙を見るなり、一斉に硬直した。
「…ミーティー、これは何だい?我が目を疑うよ。大天使が、まるで今にも紙から飛び出して、本当に僕たちに語りかけてきそうなほど美しい…!」
シエルが演劇的な仕草で額を押さえ、その瞳を驚愕に輝かせる。
「わあ、新しい画法だね!輪郭線がはっきりしていて、色彩がすごく鮮やかだ。今までの古臭くて暗い宗教画とはまるで違う、光に満ち溢れた芸術だよ!」
ジルが紙を奪い取るようにして覗き込み、大はしゃぎする。
「すげぇ…!この大天使、めちゃくちゃカッコいいきに!なぁミーティー、もっと色々なシーンを書いてくれ!大地母神の国産みのシーンは!?あと、ワシが好きな初代国王の神からの戴冠式のシーンは!?」
クリスティアンが大型犬のように目を輝かせ、私の肩をガシガシと揺さぶってきた。
最推し三人にここまで食いつかれると、オタクとしての創作意欲に火がつかないわけがない。
「うーん、それならいっそ…文字と絵を組み合わせて、お話を時系列で追える『漫画』で神話を書いちゃいましょうか。労力はすごいですけど、冬は暇ですし!」
「まんが…?」
三人が揃って首を傾げる中、私はコマ割りをし、セリフの吹き出しを作り、効果音(ドゴォォン等)や集中線を描き込んだ「神話の漫画」を執筆し始めた。
集中する私をあえてそっとしておいてくれる枢機卿三人。
そして、とりあえず一話分描けたところで三人に見せに行く私。
初めて見るその表現技法に、三人はまたしても文字通り腰を抜かした。
「なにこれ!すごい!絵と文字が繋がって、まるで頭の中で物語が動き出すみたいだ!」
ジルがコマを指で追いながら叫ぶ。
「ページをめくる手が止まらんきに…!文字が読めない平民でも、この絵の流れを見れば、神様がどれだけ偉大か一発でわかるぞ!」
クリスティアンも大興奮だ。
シエルは出来上がった原稿を大事そうに揃えながら、不敵に笑った。
「これは宗教画の革命、いや、布教の歴史そのものを覆す神の道具だね。ミーティー、今年の冬は、僕たちと一緒にこの『まんが』とやらを書き貯めようか」
こうして、知恵の聖女による冬の漫画大作戦が始まった。
私はネームと作画を担当。
シエルは「このセリフはもっと劇的にしよう」とストーリー構成に口を出し、ジルは「ここの背景の魔術エフェクトは僕が塗るよ!」とアシスタントを自ら名乗り出て、クリスティアンは「ミーティーの手が疲れたらワシがマッサージするきに!」と夜食の差し入れと健康管理に徹した。
たまに聖王マリアもやってきて「えっ、私も参加したい!」と大騒ぎして手伝ってくれた。
外が冷たい雪に閉ざされている間、私たちは一つのこたつを囲み、夜通しでワイワイと漫画を描き貯めまくった。
限界社畜時代には考えられない、大好きな推したちと過ごす楽しすぎる修羅場(?)だった。
そして、長い冬が終わりを告げ、うららかな春先になった頃…。
「さあ、冬の間に貯め込んだミーティーの『神の書』の出番だ。印刷魔術の準備は万端だよ。国中の信者たちに配りに行こうか」
シエルが、刷り上がったばかりの大量の『漫画・創世神話(第1巻)』を抱え、最高に胡散臭く、そして誇らしげな極上の笑みを浮かべた。
冬の間に引きこもって趣味で描いたオタクの産物が、春の訪れとともに、この世界の宗教とエンターテインメントの歴史を根底から塗り替える大旋風を巻き起こすことになる。
春の訪れとともに、冬の間に私たちがこたつで描き貯めた『漫画・創世神話(第1巻)』が、ついに中央教会から発売された。
「これは『神の奇跡の書』だからね。文字が読めない子供でも神の教えが分かる、素晴らしい救いの書だ。できるだけ安価で、すべての信者の手に届くように売ろう」
シエルの発案により、限界まで価格を抑えた「薄利多売」の形式をとったのだが、これが大爆発。
安さゆえに一人で何冊も買う熱狂的な信者や、国中の教会へ卸す分が相次いで完売し、結果として薄利多売は大成功を収めた。
安い値段でお出ししたはずなのに、教会の金庫には数え切れないほどの大量の金貨がなだれ込み、床が抜けそうなほど肥え太ってしまったのだ。
これに焦ったのが、国を治める王家や俗世の貴族連中だった。
「教会がこれ以上財力を持てば、国が乗っ取られるのではないか」
そんな疑心暗鬼に苛まれた彼らは、何やら不穏な牽制の使者を送ってくる。
そんなめんどくさい政治の匂いを察知した私は、執務室で紅茶を飲みながらあっさりと提案した。
「なら、教会の運営とか建物の維持に必要な資金だけ残して、あとは貯め込まずに、パッと慈善活動に使っちゃいましょう!」
私の言葉に、その場にいた聖王マリアが「それ最高!」と真っ先に飛びついた。
「お金をため込むから睨まれるんだもんね。だったら全部、困っている人たちのために使っちゃおう!」
「ふふ、なるほど。王家が文句を言う隙すら与えない、完璧なクリーン作戦だね」
シエルが、王家を出し抜く楽しさに極上の笑みを浮かべる。
「いいね!だったら、王都の端にある貧困地区での炊き出しとかしようか。あそこは冬の寒さで、みんなまだ凍えているしね」
ジルが提案すると、私は待ってましたとばかりに、その場でぴょこぴょこと手を挙げた。
「じゃあ!私、その炊き出しのメニューを考えたいです!」
「「「「可愛い…」」」」
マリアと枢機卿三人の心の声が完璧にハモった。
やる気満々で小さな手を挙げる私を、四人はこれ以上ないほど微笑ましげな、そしてデレデレの視線で見つめている。
「よしよし、ミーティーがそこまで言うなら、メニューはおまんに全面委任じゃ!何が食べたいが?」
クリスティアンが私の頭を優しく撫でる。
私は腕を組んで、前世の知識の引き出しをひっくり返した。
「ええと、この国は主食がお米じゃなくてパンだから、パンに合う栄養満点のおかず一品がいいですよね。…王道ならホワイトシチュー?でも、それだと芸がないし、冷えた体にガツンと栄養をあげたいから…『シュクメルリ』!シュクメルリにしましょう!」
「「「「しゅくめるり…?」」」」
またしても聞いたことのない単語に全員が首を傾げる。
シュクメルリ。
それは前世の日本でも某牛丼チェーンなどで一世を風靡した、鶏肉を大量のニンニクとクリーム、チーズで煮込む、世界一にんにくを美味しく食べるための料理だ。
さっそく教会の巨大な厨房を借りて、炊き出し用の大鍋で調理を開始した。
まずは鶏肉を構築魔術で一気に熱した大鍋でこんがりと焼き、そこへこれでもかとすり潰した大量のニンニクを投入する。
厨房中に、理性を狂わせるほどの香ばしい暴力的な香りが立ち込めた。
「うわあぁ…!なにこれ、ものすごくお腹が空く匂い!」
マリアがよだれを垂らしそうな顔で鍋を覗き込む。
そこに牛乳と、たっぷりのチーズを削り入れ、コトコトと煮込んでいく。
そして。
貧困地区の広場には、突如として現れた「聖王猊下と枢機卿たちの炊き出し」に、おずおずと集まった平民たちが長蛇の列を作っていた。
配られるのは、焼きたてのパンと、器から溢れんばかりに盛られた熱々のシュクメルリ。
「さあ、知恵の聖女様がみんなのために考えてくれた、特製のスープだよ。温かいうちに食べてね」
ジルが笑顔で器を配り、クリスティアンが「ほら、しっかり食うて元気出すきに!」と大きな体で平民たちに気さくに声をかける。
一口食べた平民たちの間に、電流のような衝撃が走った。
「な、なんだこれは…っ!体の芯からカッと熱くなって、力がみなぎってくる…!」
「うめぇ…!こんなに濃厚で、ニンニクが利いてて、とろとろのスープ、今まで食べたことねぇよ!」
「聖女様…!『知恵の聖女』様の手作り料理、万歳!」
ニンニクとチーズの旨味が染み込んだスープに、カチカチの保存食ではない、教会の柔らかなパンを浸して食べる平民たち。
その目からは、感動の涙がボロボロと溢れていた。
冬の寒さと飢えで荒んでいた貧困地区が、一瞬にして歓喜と熱狂、そして強烈なニンニクの幸せな香りで沸き立ったのだ。
「ふふ、大成功だね。王家は教会の財力を削るどころか、これで民衆の心が完全に僕たち教会…いや、君のものになったと知ったら、どんな顔をするかな」
シエルが、私のすぐ後ろからそっと腰に手を回し、耳元で愉しげに囁いた。
その瞳は、貧困地区の平民たちではなく、ただ一人、嬉しそうに微笑む私だけを熱く、独占的に見つめている。
奪われた聖女のスキルなんて、やっぱり欠片も必要なかった。
私の前世の知識は、今度は国を揺るがすほどの民衆の支持と、最推したちからのさらに深い狂信を勝ち取ってしまうのだった。
シュクメルリの炊き出しから数週間。
王都に完全な春が訪れた頃、私の身体に劇的な変化が起きた。
ある朝、目が覚めると、全身が温かく神聖な力で満ち溢れていたのだ。
胸の奥から湧き上がるその力は、間違いなくかつて妹に奪われたはずの『聖女のスキル(真なる癒やしと結界)』だった。
シエルたちが予言していた通り、私の前世の知識が人々の心を救い、信者の祈りが極限に達したことで、神の聖痕が本来の持ち主へとスキルを強制還流させたのだ。
「シエル、ジル、クリスティアン!聖女のスキルが、本当に戻ってきました!」
嬉しさと驚きで報告する私に、執務室にいた枢機卿三人は、まるで最初から分かっていたかのように、この上なく優しく愛おしげな笑みを浮かべた。
「ふふ、おめでとう、ミーティー。僕の言った通りになっただろう?神様だって、君みたいな可愛い天才を放っておくはずがないんだ」
シエルが私の手を取り、そっと手の甲にキスを落とす。
「本当によかったね、ミーティーちゃん!これで名実ともに、君がこの世界の唯一無二の聖女様だ」
ジルが嬉しそうに私の肩に抱きついてくる。
「ワシは信じておったきに。おまんが本物で、あいつらが偽物じゃということは、ワシらの心が一番よく知っとった」
クリスティアンが大きな手で私の頭を何度も何度も、宝物を扱うように優しく撫でてくれた。
ふと、私は気になっていたことを口にした。
「あの…私のスキルが戻ってきたということは、実家の…妹はどうなったんでしょう?」
その瞬間、三人の美しい顔から一瞬だけ、スッと温度が消えた。
けれど、すぐにいつもの甘い微笑みを浮かべて、シエルが私の目を覗き込む。
「ん?ああ…何も心配ないからね、ミーティー。他人の努力も奇跡も掠め取ることしかできなかった出来損ないだ。自分が犯した大罪の重さに、今頃地下の監獄でじっくりと直面しているだけさ」
「そうそう!奪ったものが大きすぎたからね。それが一気に引き剥がされたんだ、今頃心も体もスカスカになって、二度と這い上がれない奈落に落ちてるよ。君が気にする価値もない生ゴミだ」
ジルがクスクスと、恐ろしくも愉しげに笑う。
「…ミーティー、おまんはそんな奴らのこと、一ミリも考えなくてええんじゃ。おまんを傷つけた罰は、ワシらが一生かけてあの家族に償わせるきに。おまんはただ、ワシらの前で笑っていればええ」
クリスティアンが私の視界を遮るように抱きしめ、背中をポンポンと叩いてくれる。
彼らが妹たちに下した「神罰」の全貌を、私はあえて深く聞かないことにした。
ただ一つ分かるのは、最推しを敵に回したあの家族の未来に、救いは絶対にないということだけだ。
「みんな、お待たせーっ!」
そこへ、豪華な白と金の礼服に身を包んだ聖王猊下…マリアが、部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。その手には、何やら巨大な羊皮紙の計画書が握られている。
「ミーティーちゃん、スキル回収おめでとう!これで正式に、国中の信者たちに『本物の聖女様』としてのお披露目ができるね!教会の予算、パッと思い切って使っちゃうよ!盛大なパレードを開催しよう!」
マリアの弾けた笑顔と、枢機卿三人の「おやおや、派手にやるねぇ」という不敵な笑みとともに、国を挙げた大パレードの幕が上がった。
パレード当日。王都の大通りは、地平線の彼方まで埋め尽くされた信者たちの熱狂で震えていた。
青空から色とりどりの花の紙吹雪が舞い散る中、金色の装飾が施された巨大なオープン馬車が進んでいく。
中心に立つのは、最高級の聖女のドレスに身を包んだ私。
「ミーティーちゃん、ほら、みんなが君を待ってるよ!一緒に手を振ろう!」
隣に立つ聖王マリアが、私の手を取って元気に民衆へと掲げる。
「聖女様ーっ!」
「俺たちの命を救ってくれた『知恵の聖女』様だ!」
「漫画、最高に面白かったです!2巻も待ってますー!」
「シュクメルリ美味しかったよー!」
民衆からは、聖女としての祈りだけでなく、私が暇つぶしや工作で作った「家電」「料理」「漫画」「薬」への、親しみと感謝に満ちた規格外の声援が飛び交っていた。
「やれやれ、これほど民衆を狂わせるなんて、本当に僕の可愛いお人形は罪深いな。…でも、そんな君を最初に見つけて、ここまでエスコートしたのは僕たちだからね?」
純白の神官服をなびかせたシエルが、馬車の上で私の腰を引き寄せ、民衆に見せつけるように髪へ甘く口づけを落とす。
「あはは!見てよミーティーちゃん、王家や貴族たちの青ざめた顔!君が一歩進むだけで世界がひっくり返っちゃう。僕、君の隣に居られて本当に楽しいよ!」
ジルが私の左腕にぴったりと抱きつき、蕩けるような笑顔で民衆に手を振る。
「ミーティー、ワシはもう、おまんを誰にも渡さんきに。世界中が何と言おうと、おまんの最初の騎士はワシじゃ。これからも、ずっとワシが隣でおまんを護っちゃる!」
クリスティアンが私の右手を力強く、けれど酷く愛おしげに握りしめ、周囲の有象無象の貴族たちを鋭い眼光で牽制しながら、私にはとびきり優しい笑みを向けた。
前世は、天涯孤独の身の上で、誰に看取られることもなく擦り切れていった限界社畜OL。
そんな私が異世界に転生し、最推し三人に狂おしいほど溺愛され、頼れる聖王猊下に可愛がられ、世界中の人々に祝福されている。
(ああ、私、この世界に転生して…本当に幸せだな)
降り注ぐ花の雨の中、私は大好きな三人とマリアに囲まれながら、最高の笑顔で信者たちに手を振った。
『知恵の聖女』ミーティーの、甘くて騒がしくて、最高に無双な異世界ライフは、これからも愛する推したちと共に、永遠に続いていくのだった。




