近未来小説【国家常識判定アプリ】
「それ本気で言っているの? 」
「おまえ、常識ないな? 」
「じゃあさぁ常識判定してみようよ。」
アプリのアイコン
スマホに国家が創ったアプリに常識判定に入力する。
卒業式に国家を歌うのは常識?非常識?
【回答:常識です。】
【歌わないあなたは国民的にどうかしています。】
「ほら、当たり前じゃない。」
「こんな当たり前のこともわからない、なんてお前やばいぞ。」
「 じぁあさ。戦争に国家の兵隊として他国に人を殺しに行くのは常識?非常識?」
「えーそりゃ常識だろ」
「それは、色々問題があるんじゃない?」
【 回答:常識です。】
【自国のために他国の人を殺すのは当たり前です。】
【殺しにいかないあなたは国民として非国民です。】
スマホの画面が、やけに明るい。
白いはずなのに、どこか赤みがかって見える。
いや、違う。
自分の目が、疲れているだけだ。
「次、いくぞ」
俺は笑って、入力した。
戦争に行かないのは常識?非常識?
一瞬の沈黙。
ほんの“短い間”だった気がする。
やがて表示された。
【回答:非常識です。】
【国家の命令に従わない者は、社会の秩序を乱します。】
【あなたは危険思想の疑いがあります。】
「は?」
思わず笑う。
「なんだこれ、やりすぎだろ」
だが隣の友人は笑っていなかった。
じっと俺のスマホを見ている。
「……なあ、それ、本気で言ってる?」
「え?」
「行かないって入力したんだろ?」
「いや、普通に考えてさ——」
言い終わる前に、スマホが震えた。
通知。
【国家常識判定アプリからのお知らせ】
【あなたの回答履歴は記録されています。】
【最適な教育プログラムを開始します。】
「教育……?」
次の瞬間。
周囲のスマホが、一斉に鳴った。
ピロン、ピロン、ピロン。
教室中だ。
全員が同じ通知を見ている。
そして。全員が、俺を見た。
その目はさっきまでと違う。
妙に静かで、揃っていて、感情が薄い。
まるで、同じものを見て、同じ答えを共有している目。
「なあ」
友人が口を開く。
ゆっくりと。
噛みしめるように。
「国家を守るのは、当たり前だよな?」
「……ああ」
反射的に答えた。
違和感はあった。
でも、否定する理由も、見つからなかった。
スマホがまた光る。
【再判定】
戦争に行くのは常識?非常識?
指が、勝手に動いた。
迷いはなかった。
さっきまであったはずの“疑問”が、思い出せない。
入力。
“常識”
即座に表示される。
【回答:常識です。】
その瞬間。
胸の奥が、すっと軽くなった。
ああ、そうか。
これでいいんだ。
間違っていなかった。
最初から、
俺は、正しかったんだ。
周囲から、拍手が起きる。
誰も手を叩いていないのに、音だけが響く。
いや、違う。
みんな叩いている。
いつの間にか。
俺も、叩いていた。
パチ、パチ、パチ。
画面がさらに光る。
【あなたは優良国民です】
【国家への忠誠心が確認されました】
【次のステップへ進んでください】
「次……?」
小さくつぶやく。
だが声は、妙に大きく響いた。
教室が静まり返る。
全員が、待っている。
俺の次の行動を。
画面に、新しい設問。
国家に疑問を持つ者は常識?非常識?
一瞬だけ、何かが引っかかった。
さっきの自分。
違和感。
笑った自分。
「なんだこれ、やりすぎだろ」
あれは、間違いだったのか?
スマホが、わずかに振動する。
急かすように。
促すように。
理解しているだろう?と。
俺は、ゆっくりと入力した。【非常識】
【回答:非常識です。】
その瞬間。
世界が、完全に静かになった。
ノイズが消えた。
迷いも、消えた。
正しさだけが残った。
友人が、満足そうにうなずく。
「やっと分かったな」
「ああ」
俺は笑う。
心から。
さっきまでの自分が、少しだけ可笑しかった。
どうしてあんなことで迷っていたんだろう。
当たり前なのに、こんなに、簡単なことなのに。
スマホを握る手に、力が入る。
次の通知。
【近隣区域で不適合者が確認されました】
【通報にご協力ください】
俺は、顔を上げた。
教室の隅。
一人だけ、まだ、スマホを見ていないやつがいる。
そいつは震えている。
目が、合う。
そいつの目には、恐怖があった。
ああ。
なるほど。
あれが“非常識”か。
俺はゆっくりと、微笑んだ。
そして、入力する。
そいつの場所。
そいつの特徴。
目撃情報。
送信。
ピロン。
【ご協力ありがとうございました。】
【あなたは模範的な国民です。】
拍手が鳴る。
今度は、はっきりと。
全員が。
俺も。
強く、何度も。
パチ、パチ、パチ、パチ。
もう通報に迷いはない。だってこれは常識だから。
近未来小説【国家常識判定アプリ】 完




