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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第六章「新しい記録」

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第85話「高梨の帰還、あるいは四人の座標」

メッセージが届いたのは、昼過ぎだった。

高梨からだった。

「出張で東京に行く。今夜空いているか」

それだけだった。

蓮は少し止まった。

手紙を送ったのが四日前だった。

返信は、七十二時間で届くと計算していた。

でも返信は来ていなかった。

来なかった理由が、今日わかった。

本人が来る、という形の返信だった。

「手紙は七十二時間かかると思っていた」蓮は陽菜に言った。「でも本人は数時間で来た」

「それが高梨さんらしいですね」陽菜は言った。「文字より、移動する方を選んだ」

「移動のエネルギーが、文字以上の熱量を持って近づいてくる」

「詩的ですね」陽菜は笑った。

「事実の記述です」

陽菜はスマホを取り出した。

「桐島さんに連絡します。今夜来てもらいましょう」

「顧問は不定期出勤では」

「今夜は特別です」

陽菜が電話した。

出た瞬間に「高梨さんが来ます、今夜」と言った。

電話の向こうで桐島の「わかった」という声がした。

それだけだった。

「来るそうです」陽菜は言った。

「予想通りです」

夜、事務所の近くの店に四人が集まった。

テーブルが少し狭かった。

でも、それがよかった。

高梨が来た時、蓮は玄関で待っていた。

「久しぶりだ」高梨は言った。

「はい」

「元気そうだな」

「高梨さんは少し痩せましたか」

「地方の飯が合わなかった。でも慣れてきた」高梨は蓮を見た。「お前は太った」

「一キロ増えました」

「それは健康の証拠だ」

二人は店に入った。

陽菜がいた。

「高梨さん、お久しぶりです」

「陽菜さん、綺麗になったな」

「ありがとうございます」

「いや、本当に。何かいいことがあったか」

陽菜は少し間を置いた。

「はい。いいことがありました」

高梨は蓮を見た。

蓮は正面を向いていた。

高梨は全部を察した顔をした。

何も言わなかった。

でも、目が少し笑っていた。

桐島が来た。

「遅れた」

「三分です」蓮は言った。

「それが遅れたということだ」桐島は高梨と握手した。「地方はどうだ」

「静かだが、仕事は多い」

「そうか」

四人が座った。

グラスが来た。

「乾杯しよう」高梨は言った。

「何にですか」陽菜が言った。

「全員が、今日ここにいることに」高梨は答えた。

グラスを上げた。

四人が合わせた。

音がした。

料理が来た。

話が続いた。

高梨が地方での仕事を話した。

建設談合の捜査が、少しずつ進んでいること。

まだ時間がかかること。

でも、糸口があること。

「篠原くんの記録が、今も使えている」高梨は言った。「一見無関係に見えたデータが、別の案件と繋がった」

「役に立てているなら」蓮は言った。

「役立っている。十分すぎるくらいに」

桐島が「篠原が地方の事件を解決しているのか」と言った。

「直接ではありません」蓮は答えた。「記録が使われているだけです」

「同じことだ」高梨は言った。

酒が進んだ。

桐島が「こいつら最近、仕事中も変な雰囲気がある」と高梨に言った。

「変な雰囲気、というのは」高梨は言った。

「言葉で言えないが、結界のようなものが張られている」

「結界」高梨は蓮を見た。

「俺は何もしていません」蓮は言った。

「お前が何もしなくても、そうなっていると言っている」桐島は言った。

「それは」

「いいことだ」桐島は続けた。「俺が三年間見てきた結果だ」

高梨は陽菜を見た。

「篠原くんのことを、よろしくお願いします」高梨は言った。

頭を下げた。

まるで身内に頼むように。

陽菜は少し目を見開いた。

「高梨さん、頭を上げてください」

「お願いしているんだ」

「わかりました」陽菜は答えた。「でも私の方が、蓮さんにお世話になっています」

「そうか」高梨は頭を上げた。「二人で頼み合っているなら、それが一番いい」

桐島が「本当にいい話だな」と言った。

「笑っていますか」蓮は言った。

「感動している」桐島は言った。

「笑顔で感動しているんですか」

「俺のやり方だ」

店を出た。

夜の空気が冷たかった。

桐島と陽菜は先に歩き始めた。

蓮と高梨が少し後ろになった。

「話があった」高梨は言った。

「はい」

「君の記録に救われた、と手紙に書こうと思っていた。でも書く前に、直接言いたくなった」

「それで来たんですか」

「それだけが理由ではない。でも、大きな理由だった」

蓮は少し間を置いた。

「高梨さん」

「なんだ」

「一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「高梨さんは、今も正義を追いかけていますか」

高梨は少し止まった。

それから笑った。

「追いかけている、という感覚は薄くなった」高梨は言った。「今は、ただ、目の前にあることを記録している感覚だ」

「記録」

「お前から学んだのかもしれない。事実を丁寧に積み上げることが、一番確実だということを」

蓮はその言葉を聞いた。

「高梨さんの正義が、俺の記録と繋がっていた」蓮は言った。「俺も、高梨さんの正義に救われました」

「お互い様だな」

「今の俺の記録は」蓮は続けた。「誰かを救うためにあります。追い詰めるためではなく」

高梨は蓮を見た。

「変わったな、篠原くん」

「はい、変わりました」

以前なら、否定していた言葉だった。

今夜は、真っ直ぐに受け取った。

変わったことは、事実だった。

事実は、否定しない。

「いい変化だ」高梨は言った。

「はい」

「陽菜さんのおかげか」

「陽菜さんと、高梨さんと、桐島さんのおかげです。あと、三年前の俺のおかげです」

「三年前の自分のおかげ、というのは」

「あの頃、全部記録していなければ、今日はありませんでした」

高梨は少し頷いた。

「そうだな。あの頃のお前が、今のお前を作った」

前を見ると、陽菜と桐島が先を歩いていた。

二人の声が聞こえた。

笑っている声だった。

「では、また」高梨は言った。

「はい。地方での捜査、進んでください」

「進む。君の記録が、また役立つ日が来るかもしれない」

「いつでも」

高梨が手を差し出した。

握手した。

力強かった。

「次は俺が会いに行きます」蓮は言った。

「そうしてくれ。地方の飯も、悪くないぞ」

高梨が歩き出した。

駅の方向に向かった。

背中が遠くなった。

蓮は見送った。

【記録:202X年4月〇日 21:58】

高梨誠一、一時帰還。

四人の再集結、確認。

世界は変わった。でも、俺たちの座標はズレていない。

「蓮さん」陽菜が戻ってきた。

「はい」

「高梨さんと、何を話していましたか」

「変わったな、と言われました」

「何と答えましたか」

「はい、変わりました、と」

陽菜は蓮の隣に来た。

高梨の背中が、見えなくなった。

「次は、会いに行くつもりです」蓮は言った。

「地方まで」

「はい」

「一人で行きますか」

蓮は少し考えた。

「陽菜さんが来るなら、一人ではありません」

陽菜は少し笑った。

「では、二人で行きましょう」

「はい」

次の目的地が、決まった。


第85話 了


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