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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第一章「搾取の記録」

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第7話「波紋」

退職届を出した翌日から、オフィスの空気が変わった。

変わったのは蓮ではなく、周囲だった。

同僚たちがちらちらと蓮を見るようになった。昼休みに声をひそめて話しているのが見えた。内容は聞こえなかったが、話題が自分であることはわかった。

麻衣は朝の挨拶の声が少し大きくなった。愛想がいい。こういう時の麻衣の行動パターンを蓮は知っている。何かを探っている時、麻衣は距離を縮めようとする。

黒川は逆に無口になった。蓮に仕事を振る時も、以前より言葉が短い。

(焦っている)

蓮はそう判断した。田端商事の引き継ぎがある。他にも蓮が抱えている案件は複数ある。黒川はそれを誰に回すか、まだ決めていないはずだ。

蓮には関係ない話だった。引き継ぎ資料は既に作り始めている。完璧な資料を、誰が読んでもわかるように。それだけが今の仕事だ。

昼休み、珍しく同僚の田中が話しかけてきた。

「篠原さん、本当に辞めるんすか」

「はい」

「どこ行くんですか、もしかして同業他社?」

「違います」

「え、じゃあ異業種? 思い切りましたね」

田中は悪い人間ではない。ただ噂好きだ。この会話の内容は今日中に社内に広まるだろう。

「転職先は言えません。ごめんなさい」

「そっか、まあそうですよね」田中は少し残念そうにした。「でも正直、篠原さんがいなくなったら困りますよ。黒川部長、絶対パニックになると思う」

蓮は苦笑した。「田中さんがしっかりしてれば大丈夫です」

「無理っすよ」田中は苦笑いした。「俺、篠原さんみたいに記憶力よくないんで」

記憶力。

何気ない一言だった。でも蓮はその言葉を聞いて、初めて気づいたことがあった。

周囲の人間は、蓮の記憶力を「少し良い程度」だと思っている。異常だとは思っていない。蓮が全ての会話と数字を一言一句覚えていることを、誰も知らない。

それはつまり、誰も警戒していないということだ。

夕方、麻衣が蓮のデスクに来た。

「ねえ、少し話せる?」

「何ですか」

「ここじゃなくて、外で」

蓮は少し考えた。断る理由はなかった。

近くのコーヒーショップに入って、向かいに座った麻衣はしばらく何も言わなかった。

「……後悔してる」

「何を」

「別れたこと」

蓮はコーヒーカップを持ったまま、麻衣を見た。

「部長と、上手くいってないんです」

「そうですか」

「蓮くんって、なんで怒らないの」

「怒る理由がないので」

「……普通、怒るじゃん。私のこと」

蓮は少し間を置いた。

「麻衣さん、俺が全部知ってると思いますか」

「え?」

「黒川部長との関係。お母さんとの連絡。俺のアイデアのこと」

麻衣の顔が、少し青ざめた。

「全部、覚えています」蓮は静かに言った。「でも怒らない。怒っても何も変わらないので」

沈黙。

「じゃあ、なんで」

「俺が動くのは、怒りのためじゃないので」

それだけ言って、蓮はコーヒーを飲んだ。麻衣は何も言えなくなっていた。


第7話 了 


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