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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第三章「逆襲の三者連合と頂上決戦」

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第43話「断罪の再会、人事部長の悲鳴」

 帝都物産の本社ビルは、静かだった。

でも静かさの種類が違った。

以前の静かさは、秩序の静かさだった。今日の静かさは、崩壊の静かさだった。

廊下を歩く社員の足が速かった。視線が泳いでいた。エレベーターを待つ間、誰も話さなかった。

シュレッダーの音が、あちこちから聞こえた。

経理部、法務部、総務部。

紙を刻む音が、ビルに響いていた。

大河原常務の部屋でも、シュレッダーが動いていた。

大河原は自分で紙を入れていた。部下に任せなかった。これは、自分の手でやらなければならないものだった。

人事部長だった十七年間の記録。

派遣会社との覚書。金額が書かれたメモ。愛人のマンションの契約書のコピー。

一枚ずつ、刻んでいった。

「俺は事務的に動いただけだ」大河原は独り言を言った。「永瀬の命令だった。全部、上から言われた通りにやった。俺に責任はない」

シュレッダーが紙を飲み込んだ。

「あの解雇だって、人事の方針に従っただけだ。個人的な判断じゃない。あの時の篠原だって、俺を恨む筋合いはない」

紙が消えた。

大河原は次の書類を手に取った。

その時、部屋のドアがノックされた。

エントランスに、車が止まった。

蓮が降りた。

三年前、この場所から警備員につまみ出された。

「お荷物をお持ちください」と言われて、段ボールを持たされた。そのまま外に出た。

今日は違った。

高梨の捜査官が二人、先に入った。

陽菜が隣を歩いた。

「大丈夫ですか」陽菜が言った。

「何がですか」

「ここに来るのは、三年ぶりでしょう」

蓮はエントランスを歩きながら、記録した。

【記録:202X年〇月〇日】

このエントランスを最後に歩いた日。段ボールを持っていた。警備員が後ろについていた。外は雨だった。

【記録:202X年10月13日 11:02】

今日は晴れている。

「問題ありません」蓮は答えた。「場所は場所です」

廊下に出た。

かつての同僚たちがいた。

全員が蓮を見た。

一人が「篠原さん」と言いかけた。止まった。

別の一人が会釈した。

蓮は見なかった。

ただ、前を向いて歩いた。

【記録:廊下右側、三番目のデスク】

かつて田中が座っていた席。今は別の社員がいる。

【記録:廊下突き当たり、第四会議室】

あの部屋だ。

蓮は歩き続けた。

ドアを開けると、大河原がいた。

六十代、白髪、腹が出ていた。三年前と変わっていない顔だった。ただ、三年前より目が小さく見えた。追い詰められた目だった。

「篠原、君か」大河原は立ち上がった。「久しぶりだな。元気そうで」

蓮は椅子に座った。

高梨が隣に立った。

「大河原常務、いくつか確認したいことがあります」高梨が言った。「本日は任意の協力をお願いしたい」

「もちろんだ」大河原は笑った。愛想のいい笑顔だった。人事畑の人間特有の、表情の作り方だった。「何でも聞いてくれ。俺は何も隠していない」

「ありがとうございます」高梨は手帳を開いた。「まず、三年前の派遣契約について」

「それは」大河原は少し間を置いた。「事務的な処理をしただけだ。永瀬会長の方針に従って動いた。個人的な判断ではない」

「方針というのは」

「派遣会社の絞り込みだ。コスト削減のための。俺は人事として、言われた通りに実行した」

「なるほど」高梨はメモを取った。

大河原が蓮を見た。

「篠原君」大河原は声のトーンを変えた。柔らかくなった。「実は、ずっと君のことが気になっていたんだ。あの時の解雇、俺も心が痛かった。君の才能はわかっていた。だからこそ、社外で活躍してほしかったんだ」

蓮は大河原を見た。

「本当だ」大河原は続けた。「あえて冷遇することで、君に外の世界を目指してほしかった。人事として、それが最善だと思って」

部屋が静かになった。

高梨が蓮を見た。

陽菜がドアの近くで聞いていた。

蓮は少し間を置いた。

「再生します」

「え?」

「【記録再生:202X年〇月〇日 十四時十二分】」

蓮は淡々と言った。

「場所:この会議室。出席者:大河原人事部長(当時)、篠原蓮。大河原さんの発言を再生します」

大河原の顔が変わった。

「こんなゴミ、さっさと放り出せ」

蓮は声のトーンを変えなかった。ただ、当時の大河原の言葉を、そのまま出力した。

「記憶力だけの欠陥品だ。数字は覚えられても、人の気持ちが読めない。そんな人間は組織には要らない。出ていけ」

大河原が立ち上がった。

「ちょっと待て、それは」

「続きがあります」蓮は続けた。「その発言の後、あなたは書類をデスクに叩きつけました。その際、唾液が三滴、俺のデスクに飛びました。一滴目は書類の左上、二滴目は俺の手元の資料、三滴目は俺の左手の甲の上です」

大河原が止まった。

「……そんなことまで」

「全部、記録されています」蓮は言った。「一秒も、一滴も、欠けていません」

高梨が咳払いした。

「大河原常務、本題に入りましょう」

大河原は座り直した。顔が白かった。

「派遣会社との取引について」高梨は続けた。「具体的には、株式会社〇〇との間で、派遣契約の打ち切りと引き換えに金銭の授受があったという記録があります」

「そんな記録は」

「あります」蓮が言った。「202X年三月、派遣社員三十二名の一斉契約解除が行われました。その十日後、大河原さんの奥様の旧姓を使った口座に、百八十万円の振り込みがあります」

大河原の手が、テーブルの上で動いた。

「振込元は、派遣会社の系列法人です。口座番号の末尾は二二一四。振込名義は、食品会社の名前になっていますが、その会社の代表者は派遣会社の専務と同一人物です」

「……それは」

「202X年七月にも同様の取引があります。金額は二百四十万円。今度は愛人名義の口座です。〇〇区〇〇のマンション、月額家賃十八万円の物件の入居者と一致します」

大河原は立ち上がろうとした。

高梨が手を上げた。「座っていてください」

大河原は座った。

膝が、テーブルの下で震えていた。

「大河原さん」蓮は言った。「あなたは三年前、俺を『欠陥品』と呼びました。記憶力だけで感情が読めない人間は組織に要らないと言いました」

大河原は答えなかった。

「あなたの言う通り、俺は感情を処理することが得意ではありません」蓮は続けた。「でも記録は得意です。あなたが三年前に俺に言った言葉も、あなたが三年間でやったことも、全部得意です」

大河原の膝が折れた。

椅子から、床に向かって崩れていった。

膝をついた。

「待ってくれ」大河原は言った。「頼む、何とか」

蓮は立ち上がった。

大河原を見下ろした。

「高梨検事、お願いします」

高梨が前に出た。

「大河原常務、令状があります」

大河原は床から、蓮を見上げた。

三年前、蓮は同じ場所に立っていた。

立場が、完全に逆転していた。

廊下を歩きながら、陽菜が言った。

「唾液が三滴、と言った時の大河原さんの顔、見ましたか」

「見ていません。記録していただけです」

「見ていた方がよかったわ」陽菜は少し楽しそうに言った。「最高の顔をしていたから」

蓮は少し間を置いた。

「次があります」

「わかっています」陽菜は続けた。「でも今日は、少しだけ」

陽菜が歩きながら、蓮の隣に近づいた。

「お疲れ様でした」

静かな声だった。

業務的ではなかった。

蓮はそれを記録した。

【記録:202X年10月13日 12:44】

瀬川陽菜、「お疲れ様でした」。声のトーン、業務外。

心拍数:88。

分類:整理中。

エレベーターのボタンを押した。

扉が開いた。

三年前、段ボールを持ってこのエレベーターに乗った。

今日は、何も持っていなかった。

持っているのは、記録だけだった。

それで十分だった。


第43話 了 


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