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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第三章「逆襲の三者連合と頂上決戦」

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第42話「脳の誤算、記録の網」

 桐島が封筒を持ってきた。

「今日だけで十二通。取材依頼が七通、協力要請が三通、あとは個人からの贈り物の送り状が二通。百貨店の商品券らしい」

蓮は資料から目を上げなかった。

「全部お断りしてください」

「そうするけどな」桐島は封筒をテーブルに置いた。「あとこれ、別件だ。お前の母親と、妹と名乗る女性から会社に直接電話が来た。お前に取り次いでほしいと」

蓮は少し間を置いた。

「【アーカイブ:参照権限なし】」

桐島が眉を上げた。「何だそれは」

「その名前のデータは、俺の中では更新が止まっています。転送先もありません」

桐島はしばらく蓮を見た。

「……わかった。そう伝える」

陽菜が桐島の隣で、少しだけ表情を動かした。

嬉しそうではなかった。でも、安心に近い何かだった。

「では仕事に戻りましょう」陽菜は言った。「水野の動向は」

「昨夜から、本社への出社記録がありません」蓮は資料を指した。「三年前の記録に、水野専務が個人的に管理していた物件が一つあります。神奈川県の郊外、登記上は別の法人名義になっていますが、購入時の交渉に水野の名前が出てきます」

「別荘ですか」

「形式上は。実際には、書類の保管場所として使っていたと思います」

陽菜は少し考えた。「今日動く可能性がありますか」

「永瀬が確保されてから三十六時間が経ちます。水野の性格を考えると、これ以上待てないはずです」

「高梨さんに連絡します」

「お願いします」

蓮は資料に戻った。

水野誠一郎の名前が、また出てきた。

同じ時刻、都内のマンションの一室で。

水野は電話を切った。

帝都物産の顧問弁護士からだった。「永瀬は全面的に黙秘しています。ただ、捜索令状が拡大される可能性がある」という内容だった。

水野はスーツを着た。

ネクタイを締めた。

鏡の中の自分を見た。

三十年だ。

三十年、この会社のために動いてきた。

永瀬は「顔」だった。でも実際に全てを設計したのは自分だった。資金ルート、工作の手順、証拠の管理方法。全部、自分が考えた。

永瀬が捕まったのは、あの男が甘かったからだ。

「記憶能力」などという子供騙しに、動揺したからだ。

水野は違う。

証拠を物理的に消せば、あの若者の「記憶」などただの証言に過ぎない。証拠のない証言は、法廷では無力だ。

焼却業者に連絡していた。今日の午後、郊外の別荘で落ち合う手筈になっていた。

水野は鏡を見た。

エリートの顔だった。

三十年、そうであり続けた顔だった。

「記憶能力で俺を追い詰められると思っているなら」水野は静かに言った。「笑わせる」

神奈川の郊外。

山の中腹に、一軒の建物があった。

登記上は「山野商事」名義の保養施設。実際には水野が個人的に管理してきた場所だった。

最寄り駅から車で三十分。周囲に民家はない。

水野は専用の焼却業者、二人を連れてきていた。

「中に入れますか」業者の一人が言った。

「問題ない」水野は鍵を取り出した。

ドアを開けた。

照明がついた。

「こんにちは、水野専務」

蓮が椅子に座っていた。

テーブルの上にコーヒーカップがあった。飲みかけだった。

高梨が壁際に立っていた。

水野の後ろから、別の捜査官が入ってきた。

業者の二人が、すでに別の捜査官に挟まれていた。

「な」水野が言った。「なぜここが」

「三年前の資料に、この物件の所在地がありました」蓮は答えた。「正確には、土地の取得交渉の記録の中に、物件の住所と水野さんの名前が並んで記載されていました」

「それだけで、ここが俺の隠し場所だとわかるはずがない」

「他に二つ、確認情報がありました。一つは登記の経路。もう一つは」蓮は立ち上がった。「水野さん、三番目の引き出し、ご確認ください」

水野は動かなかった。

「奥にボイスレコーダーがあります。電池が切れています。三年前の六月、あなたが最後に録音した日から、一度も交換されていない」

水野の顔が変わった。

「なぜ」

「三年前の資料に、あなたが購入したボイスレコーダーの型番と使用電池の記録がありました。あの型の電池寿命は約三年です。今月が、ちょうど交換時期です」

水野は引き出しを見た。

動けなかった。

高梨が前に出た。

「水野誠一郎さん、令状があります」

水野は振り返った。

逃げ場がなかった。

後ろに捜査官。前に高梨。横に蓮。

「あなたは」水野は蓮を見た。「何者だ」

「篠原蓮です」

「何者か聞いている」

「記録する者です」蓮は答えた。「それ以上でも、それ以下でもありません」

水野の顔が歪んだ。

「証拠を焼けば勝てると思っていた」蓮は続けた。「でも水野さん、一つ誤算がありました」

「何だ」

「この別荘の火災報知器」蓮は天井を見た。「三年前、あなたが業者に頼んで感度を下げさせましたね。証拠を焼く際に、警報が外部に届かないように」

水野は天井を見た。

「そのおかげで、俺たちが一時間ここで待っていても、外部にアラートが行きませんでした。静かに準備できました」

水野はゆっくりと、壁に手をついた。

「あなたの知恵は全て」蓮は静かに言った。「三年前の俺が、読了済みです」

水野の膝が、折れた。

文字通り、床に向かって沈んでいった。

高梨が頷いた。

「確保してください」

捜査官が動いた。

帰りの車の中で、蓮は窓の外を見た。

神奈川の山道が続いていた。

陽菜が隣に座っていた。

「水野さんの反応、どうでしたか」

「想定通りでした」

「後悔していましたか」

蓮は少し考えた。

「後悔ではなく、驚きに見えました。自分が完璧だと思っていたことへの驚きです」

陽菜は窓の外を見た。

「三十年、組織のトップとして動いてきた人間が、三年前のシュレッダー資料に全部入っていた」

「はい」

「あなたって、本当に」陽菜は静かに言った。「三年前の自分すら、味方にしてしまう」

蓮は少し間を置いた。

「三年前の自分は、ただ読んでいただけです。ただ覚えていただけです」

「それが全てだったのよ」陽菜は蓮を見た。「あの頃のあなたが一生懸命だったから、今のあなたが強い」

蓮は答えなかった。

窓の外に、山の木々が流れていった。

【記録:202X年10月12日 16:44】

水野誠一郎、確保。帝都物産、実務責任者の身柄確保完了。

残存ターゲット:調査中。

「次は誰ですか」陽菜が言った。

「水野さんの証言次第ですが」蓮はタブレットを開いた。「押収した資料の中に、まだ名前が出てきていない人間が三人います」

「三人」

「一人ずつです」蓮は画面を見た。「彼らが組織という鎧を脱ぐまで」

陽菜は少し笑った。

「急がないんですね」

「急ぐ必要がありません」蓮は答えた。「逃げ場は、もうありません」

車が山道を下っていった。

夕方の光が、窓から差し込んできた。

蓮はタブレットの画面を見続けていた。

次の名前を、探しながら。


第42話 了 


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