第40話「生放送:虚飾の帝都、真実の弾丸」
午前七時五十五分。
スタジオの照明が明るかった。
カメラが三台。モニターが四枚。スタッフが十二人。全員が蓮を見ていた。
見ているのに、誰も声をかけなかった。
司会の男性アナウンサーが、蓮の隣に座った。
「篠原さん、本当に大丈夫ですか」小声で言った。「うちのプロデューサー、かなり怖がっていまして。途中で止める可能性も」
「止めなくて構いません」蓮は答えた。「俺が話し終えるまで、五分かかりません」
アナウンサーが固まった。
「五分、で?」
「主要な口座の履歴だけに絞れば。全部となると三十分ほどかかります」
アナウンサーは何も言えなかった。
CM中に、プロデューサー室の電話が鳴ったと聞いた。帝都物産の広報からだった。「放送を止めろ」という内容だったと、後でスタッフが話してくれた。
陽菜がプロデューサー室に入った。
一分後に出てきた。
「全責任は瀬川商事が持ちます。続けてください」
それだけだった。
プロデューサーは何も言えなかった。
午前八時。
赤いランプが点灯した。
「おはようございます。本日は特別なゲストをお招きしています。先日来、帝都物産との関係で注目を集めている、コンサルタントの篠原蓮さんです」
アナウンサーの声が、少し緊張していた。
カメラが蓮を映した。
蓮はカメラを見た。
「篠原さん、まず昨日の永瀬会長の会見についてお聞きしたいのですが」
「会見の内容は確認しました」蓮は答えた。「会長は俺の記憶を妄想と呼びました」
「その点について、何かおっしゃることは」
「これから読み上げるのが、妄想かどうか、視聴者の方に判断していただきたいと思います」
蓮はカメラを見たまま言った。
「これから読み上げるのは、永瀬修三氏が『存在しない』と言い張る、国民の財産を吸い上げた記録です」
スタジオが静かになった。
「20XX年四月三日。振込元、株式会社アドバンスドメディカルリサーチ。振込先、永瀬修三名義、〇〇銀行〇〇支店、口座番号〇〇〇〇。金額、四百八十万円」
アナウンサーが何か言おうとした。
蓮は続けた。
「20XX年七月十七日。振込元、同法人。振込先、同口座。金額、三百二十万円。摘要欄、顧問料」
「20XX年十一月二日。振込元、帝都物産子会社、〇〇インターナショナル。振込先、別口座。〇〇銀行〇〇支店、口座番号〇〇〇〇。金額、一千二百万円」
数字が、スタジオに降り続けた。
ネットが動いた。
『これ本物か?』
『口座番号まで言ってる……』
『待って、最初の法人名、先週の流出資料に出てきたやつだ』
『金額が一致した。マジで一致した』
『篠原蓮、なんなんだ……』
SNSのトレンドに「篠原蓮」が入った。
三分で一位になった。
スタジオでは、スタッフがモニターを見ていた。
ネットの有志たちが、蓮の読み上げる数字を、リアルタイムで照合し始めていた。
「一致しました」誰かが叫んだ。「五件目の口座番号、一致しました」
「九件目も」別のスタッフが言った。「高梨検事が提出した物証と、金額が一致しています」
「全部本物だ」
アナウンサーが蓮を見た。
蓮はカメラを見続けていた。
淡々としていた。
声の速度が変わらなかった。感情が動かなかった。
ただ、数字が続いた。
【記録:12,433件目。処理速度正常。誤差ゼロ】
「20XX年十二月二十五日。振込先、宮下礼子名義口座。金額、五万円」
スタジオがざわついた。
宮下礼子。その名前が、ネットで即座に検索された。
帝都物産と無関係に見える、一般人の名前だった。でも、五万円という、巨大な不正の中では異様に小さな金額。
「個人的な送金ですか」アナウンサーが聞いた。
「はい」蓮は答えた。「二十三年前から、毎月同じ日に、同じ金額が入っています。受取人との関係は、公的記録には出てきません。ただ、帝都物産の内部資料に、一度だけその名前が出てきます。永瀬会長の娘さんの名前です」
スタジオが静まり返った。
「公にされていない、認知されていないお子さんです」
帝都物産の社長室では。
永瀬がテレビを見ていた。
グラスを持っていた。
画面の中で、蓮が数字を読み続けていた。
口座番号。金額。日付。
全部、本物だった。
「宮下礼子」という名前が出た瞬間、永瀬の手が止まった。
それだけは、知っている人間が三人しかいなかった。
三人のうち二人は、帝都物産の中でも特別な立場の人間だった。
三人目は、その子供だった。
グラスが、床に落ちた。
砕けた音が、静かな部屋に響いた。
永瀬は立ち上がろうとした。
その時、ドアが開いた。
「永瀬修三さんですね」
高梨が立っていた。
後ろに、数人の人間がいた。
「任意同行をお願いします。拒否される場合は、逮捕状があります」
永瀬は高梨を見た。
それからテレビを見た。
画面の中で、蓮が最後の数字を読み終えていた。
「以上です」蓮は言った。「これが、妄想の内容です」
スタジオで、赤いランプが消えた。
静かになった。
スタッフが動き始めた。でも誰も大きな声を出さなかった。
蓮はイヤホンを外した。
陽菜が近づいてきた。
蓮は陽菜を見た。
約束があった。
「陽菜さん」
陽菜が足を止めた。
「終わりました」
陽菜は何も言わなかった。
でも目が、潤んでいた。
隠そうとしていた。隠せていなかった。
「怖かったですか」蓮が聞いた。
「……私が怖かったんじゃありません」陽菜は静かに言った。「あなたが、この後どこか遠いところへ行ってしまうような気がして」
蓮は少し考えた。
「どこにも行きません」
「約束できますか」
「はい」
陽菜は少し間を置いた。
それから、一つだけ息を吐いた。
「……ありがとう」
スタジオの照明が、通常に戻っていった。
スタッフが動き回っていた。
蓮と陽菜は、そのざわめきの中で静かに立っていた。
【記録:202X年10月11日 08:47】
永瀬修三、任意同行。帝都物産、強制捜査開始。
瀬川陽菜との約束、履行完了。
「次」陽菜が言った。「何がありますか」
「帝都物産の解体と、残った不正の処理が十話分ほどかかる見通しです」蓮は答えた。「その後、落ち着いたら」
「落ち着いたら?」
蓮は少し間を置いた。
「整理が、終わるかもしれません」
陽菜は蓮を見た。
今度は泣いていなかった。
笑っていた。
本物の笑顔だった。
「待っています」
第40話 了
【第三章前半「帝都の包囲網」35〜40話 完結】
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