表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第一章「搾取の記録」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/33

第4話「母という檻」

月末が来るたびに、蓮の胃は少し重くなる。

理由はわかっている。母からの電話だ。毎月二十八日、前後一日の誤差で必ずかかってくる。時刻はだいたい夜の八時から九時の間。蓮はそれを三年分、全て覚えていた。

スマホが鳴ったのは、夜八時十七分だった。

「もしもし」

『蓮、今月の振り込みまだよね?』

挨拶はない。いつものことだ。

「今日振り込みます」

『助かるわ。あ、できれば少し増やしてもらえない? 先月エアコンが壊れて修理代がかかって』

蓮は少し間を置いた。

「今月は今まで通りの額で」

『え、なんで? 蓮は若いんだから稼げるでしょ。お母さんはもう働けないんだから』

母が働けない理由を、蓮は知っている。体が悪いわけではない。職場の人間関係が嫌になって辞めた仕事が、三年間で四つ。本人は「環境が悪かった」と言う。蓮はその全ての経緯を、電話で聞かされた全ての言葉を、一言一句覚えていた。

「エアコンの修理代の領収書、送ってもらえますか」

『……なんで? 信用してないの?』

「確認したいだけです」

沈黙。

それから母は声のトーンを変えた。泣き声に近い、柔らかい声に。

『蓮、お母さんがどれだけ苦労してあなたを育てたか、わかってる? 女手一つで、本当に大変だったのよ。なのにそんな冷たいこと言うの?』

(二〇〇〇年〇月〇日、午後九時三分。同じセリフ。二〇〇〇年〇月〇日、午後八時四十一分。ほぼ同じセリフ)

蓮の頭の中で記録が走る。このセリフは過去に何度聞いたか、数えたことがある。三十一回だ。

「わかっています」と蓮は答えた。「今月は今まで通りの額を振り込みます。増額は難しいです」

『もういい』

電話が切れた。

蓮はスマホを置いて、振込アプリを開いた。いつもの金額を、いつもの口座に送金した。

それから少し考えた。

来月から、減らす。

三万円。それが蓮の出した結論だった。感情ではなく、数字で考えた結果だ。自分の手取り、生活費、投資に回す額、桐島の会社に移った後の想定収入。全てを計算した上での三万円だった。

来月、伝える。

静かに、数字で。

翌日の昼休み、麻衣が蓮のデスクに来た。

「ねえ、最近ご飯行ってないね」

別れてから初めての、プライベートに踏み込む一言だった。

「そうですね」

「なんか、元気なさそうだから心配で」

蓮は麻衣の顔を見た。心配しているように見えた。表情は柔らかく、声も優しかった。

でも蓮は覚えていた。

二〇〇〇年〇月〇日、午後六時。蓮が残業で疲弊していた夜、麻衣が「大変だったね」と言いながらスマホで別の男とメッセージのやり取りをしていたことを。画面がちらりと見えた。名前は「黒川さん」だった。

「ありがとうございます。大丈夫です」

「……そっか」

麻衣は少し寂しそうな顔をして、自分のデスクに戻った。

蓮はパソコンの画面に視線を戻した。田端商事のプレゼン資料の続きを作る。完璧な資料を。誰がどう見ても文句のつけようがない資料を。

それが今、蓮にできる最善だった。

夜、蓮は投資の勉強を二時間した。

インデックス投資の基礎、個別株のリスク、税制優遇の仕組み。読んだ内容は全て頭に入る。一度読めば忘れない。それが蓮の記憶だった。

口座の残高を確認した。少しずつだが増えている。

桐島の会社に移れば最初の半年は収入が下がるかもしれない。でも一年後、二年後の数字を蓮は頭の中で計算していた。桐島の会社の成長率、業界の動向、自分が持ち込める案件の見込み。

数字は、嘘をつかない。

蓮は電気を消してベッドに入った。

明日も普通に出社する。普通に働く。普通に笑う。

でも頭の中では、静かに準備が続いている。


第4話 了 


この作品が少しでも気になったら、★評価とブックマークをいただけると励みになります。次回更新の力になります。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
舐められているというか隙が有ると見られている感じかなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ