第39話「帝都の断末魔、最期の賭け」
取調室は静かだった。
テーブルを挟んで、三島が座っていた。
スーツが乱れていた。昨日まで整っていた髪が、今日は乱れていた。目が赤かった。
高梨が向かいに座った。蓮がその隣にいた。
「話せますか」高梨が言った。
三島は少し間を置いた。
それから口を開いた。
「永瀬の隠し部屋がある」三島は言った。「本社ビルの地下二階。記録上は資材倉庫になっている場所だ。そこに、二十年分の証拠が全部ある」
「暗証番号は」高梨が言った。
三島が数字を言った。
八桁。
蓮は聞いた瞬間に、照合を開始した。
【記録照合:三年前のシュレッダー資料、未解読データ参照】
三年前、資料の中に意味不明な数字の羅列があった。他のデータと照合できず、保留にしていた数字だった。
今、それが光った。
「その数字」蓮は言った。「三年前の資料に、未解読のまま残っていました」
三島が顔を上げた。
「……三年前から、あったのか」
「当時は意味がわかりませんでした。今、繋がりました」
三島は少し笑った。
泣き笑いだった。
「三年間、俺たちはあの数字が漏れていることすら知らなかった。廃棄したはずの資料の中に、全部入っていた」
「廃棄したつもりだっただけです」
三島は目を閉じた。
「他に何がありますか」高梨が言った。
三島が話し始めた。
政界への工作ルート。架空法人の実際の口座。二十年分の帳簿が保管された場所。担当者の名前。連絡方法。
全部が出てきた。
蓮は聞きながら、照合し続けた。
三島が述べるたびに、三年前の記録と一致した。
【記録:一致率98.7%】
蓮の記憶という証言と、三島の証言という証言が、一点一点、重なっていった。
高梨が記録を取る手を止めずに言った。「蓮さん、相違点はありますか」
「今のところ、ありません。全て俺の記録と一致しています」
高梨は頷いた。
「では、令状を取りに行きます」
その夜、テレビで緊急記者会見が放映された。
帝都物産、本社。
永瀬が壇上に立った。
七十代の老人が、マイクの前に立っていた。背筋が伸びていた。震えていなかった。
「本日は、弊社に関する一連の報道について、事実をお伝えしたいと思います」
永瀬の声は落ち着いていた。
「先日より、篠原蓮という人物による一方的な主張が、一部メディアで取り上げられています。彼は自身の『完全記憶』なる能力によって、弊社の不正を告発できると主張しています」
記者たちがメモを取っていた。
「しかし、私に問わせてください。証拠はどこにありますか。一人の若者の頭の中にあるという『記憶』だけで、創業七十二年、従業員三万一千名を抱える我が社を裁けると、本当にお思いですか」
永瀬は続けた。
「精神医学の観点から言えば、超常的な記憶能力への固執は、解離性障害や妄想性の病理の一形態として知られています。私は篠原氏を責める気はありません。ただ、彼の主張は、医学的に精査されるべきものです」
ネットが動いた。
「帝都物産は被害者だったのか」
「完全記憶って本当に存在するの?」
「精神疾患の人間の証言が証拠になるの?」
蓮を取り巻いていた「無敵の記録者」という空気が、揺らぎ始めた。
桐島コンサルのオフィスで、蓮はテレビを見ていた。
陽菜が隣にいた。
桐島が腕を組んで立っていた。
「世論が動いています」陽菜が言った。「一時的ですが、蓮さんへの疑念が広がっている」
「わかっています」
「対策は」桐島が言った。
「一つあります」蓮はテレビを見たまま言った。「永瀬会長は今、俺の記憶を『妄想』と定義しました。つまり、俺が記憶の正確さを証明すれば、永瀬会長の発言は虚偽だったことになります」
「証明する場所は」陽菜が言った。
「同じ場所で証明するのが最も効率的です。メディアです」
陽菜は少し間を置いた。
それから、不敵に笑った。
今夜一番の笑顔だった。
「相手がメディアを使うなら、こちらも最高の舞台を用意します」
「手配できますか」
「明日の生放送枠、一つだけ動かせるコネがあります。朝の情報番組、視聴率は業界二位」陽菜はスマホを手に取った。「出てもらえますか」
「はい」
「何を話しますか」
蓮は少し考えた。
「永瀬会長が隠し持っている口座の、全履歴を暗唱します。それが妄想かどうか、国民に判断してもらいます」
桐島が額に手を当てた。「口座の全履歴って、どこから」
「三年前の資料と、三島さんの証言で、全部繋がっています」
陽菜は電話をかけ始めた。
蓮はテレビを見た。
画面の中で、永瀬が記者の質問に答え続けていた。
堂々としていた。自信があった。
自分がまだ、安全だと思っているのだろう。
蓮は静かに思った。
あなたは俺を妄想と呼んだ。
でも俺にとって、あなたの嘘こそが、消去できないノイズだ。
二十年分の、全部が。
深夜、陽菜が電話を終えた。
「手配できました。明日の朝八時、生放送です」
「わかりました」
「本当に大丈夫ですか。全国放送です。視聴者数は百万を超えます」
蓮は少し考えた。
「人数と記憶の精度は関係ありません」
陽菜は蓮を見た。
「緊張しないんですか」
「記録が走っている間は、他の処理が後回しになります」
「終わったら?」
「終わってから考えます」
陽菜は小さく笑った。
「一つ、頼んでいいですか」
「何ですか」
「終わった後、私に真っ先に話しかけてください。どんな感情でも、どんな言葉でも」
蓮は少し間を置いた。
「……わかりました」
【記録:202X年10月10日 23:57】
明日、生放送。視聴者数:推定百万以上。ターゲット:永瀬修三の口座全履歴。
陽菜への約束:終了後、最初に話しかける。
約束を、記録した。
第39話 了
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