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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第三章「逆襲の三者連合と頂上決戦」

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第37話「聖域の綻び、正義の再構築」

 朝の九時、帝都物産の株価が寄り付いた。

前日比マイナス七パーセント。

チャートが垂直に落ちた。

ニュースサイトのトップに、昨夜のリーク記事が並んでいた。「死亡記録のある人物が企業コンサルタントを襲撃」「依頼元は大手企業か」。SNSでは帝都物産の名前がトレンドに入っていた。

帝都物産の広報部は朝から電話が鳴り続けていた。

三島は自室のモニターで株価チャートを見ていた。

コーヒーカップを持っていた。

画面の数字が更新されるたびに、指先が白くなった。

マイナス七・四パーセント。

マイナス七・九パーセント。

手が動いた。

コーヒーカップが机の端を滑った。

落ちた。

高価な絨毯に、黒い染みが広がった。

三島は見なかった。画面から目を離せなかった。

「広報から連絡が来ています。コメントをどうするか」部下が言った。

「ノーコメントだ」

「しかし」

「ノーコメントと言え」三島は怒鳴った。「それ以外の言葉を出すな」

部下が出ていった。

三島は染みを見た。

白い絨毯に広がる黒。

帝都物産が、汚れていく。

上階の社長室では、永瀬が窓の外を見ていた。

都心の朝の光が差していた。いつもの朝と変わらない景色だった。

「中条に連絡しなさい」永瀬は静かに言った。「山根を引き取れ。病院に入れて、口を封じる」

秘書が頷いた。

「早く」

それだけだった。

警備会社の拠点に、黒い車が二台止まった。

ナンバープレートは一般の車だった。でもドアから出てきた男たちの立ち姿が、一般人ではなかった。

中条達也が先頭に立った。

五十代、細身、眼鏡。スーツが整っていた。髪も整っていた。全てが計算された「エリート」の外観だった。

「検察です」中条は受付に言った。「山根大作の身柄を引き取りに来ました」

受付が陽菜を呼んだ。

陽菜が出てきた。

「令状をご確認させてください」陽菜は言った。

中条は書類を出した。

陽菜が確認した。形式は整っていた。

「山根は現在、弊社の保護下にあります。任意の協力関係です。強制力はないはずですが」

「令状があります」中条は静かに言った。「これは国家の捜査です。民間人が口を出す領域ではない」

「弁護士を」

「すでに連絡を取っています。しかし令状の効力はその前に発生します」

陽菜が口を開きかけた。

法的な正論だった。止める手段が、今この瞬間にはなかった。

中条が奥に向かった。

山根が座っている部屋まで、あと数歩。

「中条先生」

蓮が言った。

廊下の端に立っていた。

中条が振り返った。

「部外者は黙っていなさい。これは司法の手続きです」

「一つだけ確認させてください」蓮は言った。「201X年に先生が担当された〇〇事件。覚えていらっしゃいますか」

中条の足が止まった。

「何の話ですか」

「被害者の氏名は〇〇さん。当時二十三歳。証拠品はナイフ一本。そのナイフから検出された指紋データが、検察庁のサーバーに提出される前に一度削除されています」

中条の表情が変わった。

「何を根拠に」

「削除時刻は深夜二時十四分です。先生が残業されていた夜です。別の数値に書き換えられ、翌朝提出されました」

廊下が静かになった。

「そのような事実はない」中条は言った。でも声が、一段低くなっていた。

「帝都物産の資料の中に、検察内部への依頼リストがありました。三年前に読みました。そのリストに、先生の名前があります」

中条の額に、光るものが見えた。

「どこで」

「読んだものは全部覚えています。ページ数も、行数も、隣に書いてあった金額も」

中条は動かなかった。

その目から、余裕が消えていた。

エリートの仮面の下に、十年分の恐怖があった。

「法的手続きに従った正当な捜査に対し、妨害する気ですか」中条は言った。声が変わっていた。

「妨害しません」蓮は答えた。「ただ、一つ申し上げます」

蓮は中条を見た。

「先生が今日ここで山根さんを連れ出した場合、この会話の記録は、然るべき場所に提出されます。〇〇事件のデータ改ざんの事実と共に」

「脅しですか」

「事実の確認です」蓮は静かに言った。「法は上書きできます。でも俺の記憶は、上書きできません」

中条はしばらく動かなかった。

廊下の端で、陽菜が見ていた。

中条の部下の一人が、小声で何かを言った。中条が振り返らずに手を上げた。

静止の合図だった。

「……今日は、事実確認に来ただけです」中条は言った。「令状の適用については、再確認が必要なようだ」

書類をしまった。

振り返らずに廊下を歩いた。

部下たちがついていった。

受付を出た。

車に乗った。

去っていった。

廊下が静かになった。

陽菜が蓮の隣に来た。

「……やりましたね」

「事実を述べただけです」

「それが一番効くのよ」陽菜は少し息を吐いた。「中条については、以前から噂があった。でも証拠がなかった」

「証拠は三年前からありました」

陽菜は蓮を見た。

「あの資料、本当に何でも入っているのね」

「帝都物産が廃棄しようとしたものは、全部入っています」

陽菜は少し黙った。

「中条は今頃、永瀬に連絡しているでしょうね。山根を引き取れなかったと」

「そうだと思います」

「永瀬はどう動くと思いますか」

蓮は少し考えた。

「今まで使えていた駒が、一つずつ機能しなくなっています。次は外部ではなく、内部を動かそうとするはずです。帝都物産の中で、まだ動ける人間を使う」

「社内の誰かを」

「はい。ただ」蓮は続けた。「社内の人間も、記録されています」

陽菜は少し笑った。

「あなたと敵対するというのは、本当に割に合わない」

「中条先生も、そう思ったと思います」

二人は廊下を歩いた。

山根の部屋の前を通った。

ドア越しに、何も聞こえなかった。

「山根さんが正規の捜査機関に引き渡されるまで、保護を続けます」陽菜が言った。「汚れていない検察官を経由するルートを今日中に確保します」

「その検察官の名前も、候補がいくつかあります」

陽菜が止まった。

「……今のは事前に調べていたんですか」

「三年前の資料に、中条とは異なる形で動いていた検察官の名前がありました。帝都物産が警戒していた、つまり買収できなかった人間のリストです」

陽菜は少し間を置いた。

「買収できなかった人間のリスト、というのは」

「帝都物産は全員を買収しようとした。でも断った人間がいた。その人間の名前を、警戒対象として記録していました。俺から見れば、その人間こそが信頼できます」

陽菜はしばらく蓮を見た。

「あなたは本当に」陽菜は静かに言った。「敵の記録から、味方を見つけ出す」

「敵が誰を恐れているかは、敵の記録に書いてあります」

陽菜は少し笑った。

それから、ふと蓮の顔を見た。

「昨夜、整理中と言っていた件」

「はい」

「終わりましたか」

蓮は少し間を置いた。

「進行中です」

「進んでいるんですね」

「はい」

陽菜は前を向いた。

でも口元が、わずかに動いた。

【記録:202X年10月9日 10:44】

瀬川陽菜、微笑。持続時間:約3秒。

分類:試行中。


第37話 了 


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