第33話「崩壊の連鎖:三者連合の断末魔」
貸し会議室は、狭かった。
四人が押し込められたように座っていた。テーブルが小さく、互いの息がかかりそうな距離だった。
母が最初に口を開いた。
「あんたが紹介した医者が無能だったからよ」
黒川を見て言った。
「俺のせいか」黒川が言い返した。「帝都物産のルートで繋いだだけだ。その医者を信用したのは全員だろ」
「信用したのはあんたが太鼓判を押したから」
「押してない。使えそうだと言っただけだ」
「同じでしょ」
麻衣がテーブルに肘をついた。目が赤かった。
「私、ただバッグが欲しかっただけなのに」
三人が麻衣を見た。
「……何?」石倉が言った。
「だからバッグ。あのブランドの。それだけで、こんなことになって」
沈黙。
「お前のせいで俺の人生が終わりかけてるのに、バッグの話をしてるのか」黒川が低い声で言った。
「違う、おばさんが誘ったんでしょ。私を巻き込んだのはおばさんよ」
「私が誘った? あんたが最初に後見人の話を持ち出したんじゃない」
「違う」
「違わない」
【記録照合:202X年〇月〇日 21時17分】
母の発言:「麻衣ちゃん、蓮を訴えれば財産が手に入るかもしれない」。
麻衣の発言:「後見人制度、使えるかもしれません」。
発案者の判定:両者。
蓮の頭の中で、記録が静かに整列した。
彼らがいつ、どこで、何を言ったか。何を企んだか。誰が誰を唆したか。全部、ある。
でも蓮は今、そこにいない。
「久保先生、医師免許の調査が入るかもしれない」石倉が言った。「そうなれば、俺たちも共謀罪で」
「共謀罪?」母が立ち上がった。「私はただ息子の心配をしただけよ。共謀なんて知らない」
「知らないじゃ済まない」黒川が言った。「あの場に全員いた。録音されていた」
「なんで録音されてるの」麻衣が言った。「あの女が持ってた機械?」
「そうだ」
「じゃあ、最初からわかってて来たってこと?」
「わかってて来たんだろ、向こうは」
沈黙。
「……つまり」石倉が静かに言った。「最初から、俺たちは嵌められていた」
誰も答えなかった。
答えは全員わかっていた。
でも認めたくなかった。
母が椅子に崩れ落ちた。「蓮のくせに」と呟いた。「あんな子が、なんで」
その言葉に、誰も続きを言わなかった。
黒川のスマホが鳴った。
知らない番号だった。でも出た。
「黒川誠さんですか」
男の声だった。知らない声だった。
「そうですが」
「帝都物産の法務部です。本日、弊社のデータが不正に使用されたとする告発が、捜査当局に提出されました。それに関連して、弊社の調査によれば、あなたが独断でデータを入手し使用した事実が確認されています」
黒川の手が震えた。
「待ってください。俺は三島さんに言われて――」
「弊社に三島という社員は在籍しておりません。また、弊社があなたとの間で取引を行った事実も存在しません」
「そんな、馬鹿な」
「本件については、不正競争防止法違反の主犯として、あなたの名前を捜査機関に提供しております。ご協力よろしくお願いします」
電話が切れた。
黒川はスマホを見た。
画面に「通話終了」の文字。
石倉が黒川の顔を見た。「何だったんだ」
黒川は答えなかった。
スマホのメール画面を開いた。帝都物産の法務部を名乗るアドレスから、メールが届いていた。
添付ファイルがあった。開いた。
精巧な書類だった。黒川の署名入りの書類。黒川が独断でデータを盗み出したとする、偽造された証拠だった。
「そんな……俺は指示通りにしただけなのに」
黒川の声が掠れた。
「指示通りに、やっただけなのに」
石倉が書類を覗き込んだ。
その顔が、白くなった。
「俺の名前も入っている」
二人は顔を見合わせた。
帝都物産は最初から、全員を使い捨てるつもりだった。利用できる間は利用して、不要になれば切り捨てる。その設計の中に、全員が最初から含まれていた。
母が「どういうこと」と言った。
誰も説明しなかった。
説明できる言葉が、もうなかった。
同じ時刻、桐島コンサルのオフィス。
蓮はデスクでレポートを作成していた。
瀬川商事の改善提案の続きだった。数字を整理して、グラフを作って、次の打ち合わせの資料を組み立てる。いつも通りの仕事だった。
陽菜がコーヒーを持ってきた。
デスクの横に置いた。
「ありがとうございます」
「あの方たち、今頃大変なことになっているわね」
「そうだと思います」
陽菜は蓮の隣に腰を下ろした。
「気にならないんですか」
「記録はしています」蓮はモニターを見たまま答えた。「ただ、今の俺の仕事はこのレポートです」
陽菜は少し笑った。
その時、蓮のスマホが振動した。
田中からだった。
画面を見た。
【記録:202X年10月2日 16:12】
田中からの連絡:「篠原さん、警察が黒川部長の自宅に行ったみたいです。石倉さんの方にも同時に動いたという話が入ってきました」
蓮はスマホを置いた。
ペンを置いた。
時計を見た。
16時12分。
【記録:16:12:33】
黒川誠、石倉誠。捜査機関による強制捜査、開始。
蓮はパソコンのファイル管理画面を開いた。
フォルダが並んでいた。
「黒川誠」「水沢麻衣」「母・篠原久子」「石倉誠」
四つのフォルダを選択した。
右クリックした。
「アーカイブに移動」を選んだ。
確認ダイアログが出た。「移動しますか?」
「はい」を押した。
四つのフォルダが、アーカイブフォルダの中に消えた。
画面がすっきりした。
「彼らはもう」蓮は静かに言った。「俺の未来には存在しません」
陽菜がコーヒーカップを両手で持った。
「終わりましたね」
「中間の清算が、終わりました」蓮はモニターに視線を戻した。「次が、本体です」
「帝都物産」
「はい」
陽菜は少し間を置いた。
「怖くないですか。相手は二十年の歴史がある」
「怖いという感情が来る前に、記録が走ります」蓮はレポートの続きを打ち始めた。「ただ、一つだけ違うことがあります」
「何ですか」
「今回は、一人じゃない」
陽菜は蓮を見た。
その横顔を、しばらく見ていた。
【記録:202X年10月2日 16:19】
瀬川陽菜、発言なし。ただし、呼吸のリズムが通常より穏やかになっている。
心拍数:71。通常値より4%低下。
分類:安心。
「次は、帝都物産の本体ですね」蓮は陽菜を見た。「準備はできていますか」
陽菜は答えた。
「あなたがいるなら」
それだけだった。
蓮はモニターに向き直った。
コーヒーを一口飲んだ。
熱くて、苦くて、少し甘かった。
その温度を、記録した。
第33話 了
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