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【完結済】「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: 志喜  陽斗
第三章「逆襲の三者連合と頂上決戦」

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第31話「白い封筒、あるいは宣戦布告」

 封筒は、白かった。

差出人は法律事務所の名前だった。宛名は篠原蓮。

桐島のオフィスの受付に届いたのは、月曜日の朝だった。中村が「なんか、裁判所っぽい封筒が来てます」と持ってきた。

蓮は封を開けた。

一枚の書面が入っていた。

成年後見制度利用申立てに係る調査のお知らせ。

申立人:篠原久子(母)、水沢麻衣。

申立理由:被申立人(篠原蓮)は重度の記憶障害および強迫性障害の疑いがあり、正常な判断能力および財産管理能力を欠く状態にあると認められる。

蓮は書面を最後まで読んだ。

【記録:202X年9月25日 09:14】

成年後見制度申立て書面、受領。申立人:母・麻衣。根拠:完全記憶を精神疾患として医学的に認定させる計画。

照合を開始した。

【記録:202X年〇月〇日】

母の発言。「あんたは普通じゃない、子供の頃からそう思ってた」。通算二十三回。

【記録:202X年〇月〇日】

麻衣の発言。「蓮くんって、記憶のことちょっと普通じゃないじゃない」。26話の誘導尋問時の発言。

全て、この攻撃の伏線だった。

二人は最初から、これを狙っていた。

蓮は書面を折りたたんだ。封筒に戻した。

桐島が覗き込んだ。「何が来たんだ」

「成年後見の申立てです」

桐島の顔が変わった。「……本気か、あいつら」

「本気です」

「陽菜さんに連絡するか」

「はい」

蓮はスマホを手に取った。

表情は変わらなかった。

同じ頃、都内のビジネスホテルの一室では。

四人が集まっていた。

黒川、石倉、母、麻衣。

テーブルの上に、書類が広げられていた。

「申立書は出した」母が言った。「あとは精神科医の診断書があれば」

「その医師を紹介します」黒川が言った。

以前の傲慢さは、もうなかった。安い焼き鳥屋にいた時の惨めさが、そのまま残っていた。でも目だけが、違った。蓮への憎しみが、目の奥で燃えていた。

「帝都物産のルートで繋がった先生です。実績のある方で、特定の診断名をつけることに慣れている」

「特定の診断名、というのは」石倉が聞いた。

「強迫性障害、あるいは妄想性記憶症。完全記憶なんて能力は医学的に存在しない。あれは病的な記憶への固執か、あるいは妄想だという診断を下してもらう」

母が身を乗り出した。

「そうしたら、あの子の発言は証拠として使えなくなる?」

「裁判では、精神疾患の診断がある人物の証言は能力を問われます。これまでの全ての証拠が無効になる可能性がある」

「財産は」麻衣が言った。

「後見人が認められれば、財産の管理権限はあなたたちに移ります」

母と麻衣が顔を見合わせた。

歓喜、という言葉が近かった。でも醜い歓喜だった。何かを得る喜びではなく、何かを奪う喜びだった。

「いつ動けますか」石倉が言った。

「今週中に診察の予約を入れます。蓮を呼び出す口実は」黒川はスマホを見た。「母親が体調を崩した、でいいでしょう」

四人が動き始めた。

でも誰も気づいていなかった。

このホテルの隣の部屋が、陽菜の手配した調査会社のスタッフが借りていることに。

「受ける必要はありません」

陽菜がはっきりと言った。

桐島のオフィスの会議室。蓮と陽菜と桐島の三人がいた。

「精神鑑定の要請には応じなくていい。弁護士を立てて、申立て自体を却下させましょう。あなたに心理的・法的なリスクを負わせる必要はない」

「いえ、行きます」

陽菜が止まった。

「なぜ」

蓮は少し間を置いた。

「その医師について、調べました」

「……いつ」

「書面を受け取ってから、三十分で」

陽菜は黙った。

「帝都物産から多額の献金を受けています。201X年に学術論文の捏造が内部告発されましたが、もみ消されました。帝都物産の資金が動いた痕跡が、三年前の資料にあります」

桐島が額に手を当てた。「三年前の資料って、どこまで入ってるんだ」

「シュレッダーにかける前に読んだものは、全部です」

沈黙。

「つまり」陽菜が静かに言った。「その医師の不正を、あなたはすでに持っている」

「はい。精神鑑定の場で、その医師が『完全記憶は病気だ』と診断しようとした瞬間に、俺はその医師の論文捏造と帝都物産からの資金提供の事実を提示できます。医師の信用が、その場で崩壊する」

陽菜は蓮を見た。

その目に、知的な興奮が灯った。

「罠に、自分から入るつもりですか」

「罠と知っていれば、罠ではありません」

桐島が苦笑した。「お前、本当に怖い奴だな」

「もう一つあります」蓮は続けた。「四人が集まっている事実、今朝の時点で確認できています。全員が一堂に会したなら、一度に全員の共謀を記録できます」

陽菜は少し考えた。

「調査会社のスタッフから報告が来ています。昨夜のホテルでの会合、記録できました」

「知っています」

「知っていたんですか」

「ホテルの選択が、黒川部長らしい判断でした。安くて目立たない場所。でも隣室が取れる規模。予測の範囲内でした」

陽菜は少し笑った。

今日の笑顔は、鑑賞ではなかった。

共に戦う者の笑顔だった。

「準備します」陽菜は立ち上がった。「精神鑑定の場に、私も同席します」

「陽菜さんが来る必要は」

「あなたが戦う場所に、私がいない理由がありません」

蓮は少し間を置いた。

【記録:202X年9月25日 11:44】

瀬川陽菜、同席を宣言。

心拍数:86。通常値より11%上昇。原因:引き続き分析中。

「わかりました」

夜、一人でデスクに向かった。

精神鑑定に向けた準備を始めた。

鑑定で問われうる項目を洗い出す。記憶の再現精度を証明するための事例を整理する。医師の論文捏造の証拠をまとめる。

全部、頭の中にある。

整理するだけでいい。

俺が病気かどうか。

蓮は画面を見た。

その医師が、診察室で「これは病気だ」と言おうとする場面を想像した。

そして蓮は、静かに思った。

その脳の中身を、見せてあげましょう。

一秒の欠落もなく。


第31話 了


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