表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第二章「静かな助走」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/34

第26話「診断と宣告」

 母の家は、カーテンが閉め切られていた。

昼間なのに薄暗い部屋。テレビが低い音で流れている。ソファに母が横たわっていた。顔色が悪い。目の下にクマがある。

やつれている。

ように見えた。

「蓮、来てくれたの」

か細い声だった。

麻衣が台所から出てきた。エプロンをしていた。手にタオルを持っていた。

「蓮くん、良かった。おばさん、ずっと体調が悪くて。私、心配で毎日来てたの」

二人の視線が、一瞬だけ交差した。

【記録:202X年9月16日 17:02:14】

母と麻衣、視線交差。持続時間:0.05秒。その後、二人とも即座に蓮へ視線を向ける。事前に示し合わせた行動パターン。

蓮は部屋に入った。

上着を脱がずに、椅子に座った。

部屋の中を、ゆっくりと見回した。

【記録:17:02:31】

テレビ台の左端、観葉植物の鉢。不自然な角度。内部に録音機器の可能性。

【記録:17:02:33】

カーテンレールの右端、小型カメラの反射光。

【記録:17:02:35】

ソファ横のサイドテーブル、雑誌の下。形状から判断して録音機器の可能性、高。

合計三箇所。

二人は準備していた。

蓮は表情を変えなかった。

「お茶、飲む?」麻衣が言った。

「結構です」

「そんな他人行儀に」母が起き上がった。声が少し元気になった。「久しぶりに会ったのに」

「体調が悪いんでしょう。横になっていてください」

母は少し詰まった。また横になった。

麻衣がソファの隣に座った。蓮の方を向いた。

「ねえ、蓮くん。最近どう? 仕事、大丈夫?」

「問題ありません」

「なんか、すごく忙しそうで。無理してない?」

「していません」

「でも」麻衣は少し声を落とした。「最近、数字ばかり見てておかしくなってない? 前から思ってたんだけど、蓮くんって記憶のこと、ちょっと普通じゃないじゃない。それって、精神的に負担じゃないの?」

蓮は麻衣を見た。

「おかしくはありません」

「でも」母が割り込んだ。「お母さんも心配してるのよ。あなた、私のことも本当は恨んでるんでしょ? だから連絡もしてこないし、仕送りも減らすし」

「恨んでいません」

「じゃあなんで」

「感情の話をしたいなら、先に数字の話をします」

母が眉をひそめた。

「数字?」

「はい」

蓮はゆっくりと息を吐いた。

「202X年4月、22,000円」

「母さんの口座に振り込んだ後、俺の財布から現金がなくなっていました。翌日、母さんの部屋に新しい化粧品が増えていた。ブランドのもの。値段は覚えています」

「そんな昔のこと――」

「202X年8月、12万円」

蓮は続けた。

「俺が帰省していた三日間で、俺のキャッシュカードが一度使われています。ATMの利用記録、202X年8月14日、午後二時十七分。引き出し額、十二万円。俺はその時間、友人と外出していました」

母の顔が変わった。

「麻衣さん」蓮は視線を移した。「202X年11月、あなたは俺が貯めていた旅行用の封筒から三万円を抜きました。俺の部屋で二人でいた夜です。翌週、あなたは新しいバッグを持っていた」

麻衣の顔が青くなった。

「な、何を言ってるの」

「事実を言っています」

「そんなの覚えてるわけないでしょ!」

母が叫んだ。

蓮は静かに答えた。

「俺は一秒も忘れていません」

部屋が、静かになった。

テレビの音だけが、低く流れていた。

「202X年から202X年の三年間で、母さんに支払った仕送りの総額は五百四十六万円。そのうち、明らかに生活費以外に使われた金額の推定は九十三万四千円。日付と用途の記録、全てあります」

母が何か言おうとした。声が出なかった。

「麻衣さん。あなたが俺から直接あるいは間接的に得た利益の総額は、金銭だけで四十一万二千円。俺のアイデアを黒川部長に横流しすることで得た昇進・待遇改善の利益は、別途計算中です」

麻衣が立ち上がった。

「なんでそんなこと言うの。私たちのこと、本当に恨んでるんじゃない」

「恨んでいません。記録しているだけです」

蓮はスマホを取り出した。

画面を操作した。

【記録:202X年9月16日 17:19】

ジャミング開始。室内の録音機器三点、電波遮断完了。自分の記録デバイス、クラウド転送開始。

母が首を振った。「何してるの」

「あなたたちが仕掛けた録音機器を止めました」

二人の顔が、同時に固まった。

「室内に三箇所。テレビ台の左、カーテンレールの右端、サイドテーブルの雑誌の下。入室した瞬間に確認しました」

「……なんで」麻衣の声が掠れた。「なんでわかるの」

「反射光と配置の不自然さです。記録しています」

「でも」母が立ち上がった。「あんたがおかしいって証明するために必要で――」

「今日の会話は、全て俺のデバイスで録音されています。クラウドに転送済みです」

母が止まった。

「あなたたちが後見人制度の申請のために集めていた『偽の診断データ』。そのために今日、俺を呼んだ。その計画を話し合った通話記録を、俺はすでに入手しています」

麻衣がソファに崩れ落ちた。

「今日の会話の内容は、詐欺罪および名誉毀損の証拠として成立します。用意していた診断書は、虚偽診断書作成罪の対象になりえます」

「そんな、そんなつもりじゃ――」

「つもりの話はしていません。事実の話をしています」

ドアが開いた。

桐島が入ってきた。隣に、スーツ姿の男性がいた。

「陽菜さんが手配した弁護士さんです」桐島が言った。「今日の件、法的な手続きはここから先はこちらの方に」

弁護士が名刺を差し出した。

母が名刺を見た。麻衣が壁に手をついた。

蓮は立ち上がった。

上着を手に取った。

麻衣が気づいた。立ち上がろうとした。蓮に向かって手を伸ばした。

「蓮くん、待って、話を――」

蓮は麻衣の手を見た。

一秒、見た。

汚れ物を見る目ではなかった。感情のない目だった。記録する目だった。

【記録:202X年9月16日 17:24】

水沢麻衣、接触を試みる。

蓮は一歩、横にずれた。

麻衣の手が、空を切った。

「さようなら、お母さん」

母が蓮を見た。何か言おうとした。

「さようなら、麻衣さん」

蓮はドアに向かった。

振り返らなかった。

外に出ると、夕方の空気が冷たかった。

陽菜の車が、道の端に停まっていた。

助手席の窓が開いた。

「掃除は終わりましたか」

「はい」蓮は答えた。「データは全て揃いました」

「二人の様子は」

「想定通りです」

陽菜は少し間を置いた。

「辛くなかったですか」

蓮は助手席のドアを開けながら、少し考えた。

「辛いという感情が来る前に、記録が走ります」

「それは」陽菜は静かに言った。「辛いということかもしれない」

蓮は座席に座った。ドアを閉めた。

窓の外に、母の家が見えた。カーテンの閉まった窓。

【記録:202X年9月16日 17:27】

旧世界との接触、完全終了。更新予定:なし。

車が動き出した。

母の家が、後ろに遠ざかっていった。

蓮は前を向いた。

次がある。

まだ、終わっていない。


第26話 了 


この作品が少しでも気になったら、★評価とブックマークをいただけると励みになります。次回更新の力になります。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ