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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第二章「静かな助走」

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第25話「遺言の再現」

 田中からのチャットが届いたのは、午前十一時だった。

『篠原さん、大変なことになってます。部長が昨日の帝都物産との会合の後、何かヤバいデータを手に入れたみたいで。今日の午前中、田端商事に持っていって問題を強引に揉み消しました』

蓮は画面を見た。

『社内では英雄扱いです。「さすが黒川部長」みたいな空気で。でも篠原さん、あのデータ、絶対に普通じゃないです。どこから来たのか、誰も知らなくて』

蓮は返信する前に、記憶を検索した。

帝都物産が持ちうるデータ。競合他社の機密。田端商事の取引条件を揺さぶれる情報。考えられる入手経路。

答えは一つだった。

【記録:照合完了】

黒川部長、他社の機密データを不正に取得し営業活動に使用した可能性。不正競争防止法違反の構成要件、充足。証拠の確度:82%。帝都物産との共犯関係、成立。

蓮は田中に返信した。

『教えてくれてありがとうございます。田中さんは何もしなくていいです。ただ、今日のことを覚えておいてください。日付と、見たものを』

『覚えておく、というのは』

『記憶しておいてください。それだけで十分です』

しばらく間があって、田中から返信が来た。

『……篠原さんみたいには無理ですけど、やってみます』

蓮はスマホを置いた。

前職のオフィスでは今頃、黒川が祝杯を上げているだろう。麻衣が「さすが部長」と言っているだろう。

一時的な勝利だ。

そしてその勝利の瞬間が、最も深く罠に嵌まった瞬間でもある。

昼過ぎ、陽菜から連絡が来た。

『今から会えますか。父と話しました』

桐島のオフィスの会議室。

陽菜が向かいに座った。テーブルの上に、古い封筒を置いた。

「父から預かりました」

「いつ」

「今朝。父に直接、石倉の独走説をぶつけました。あなたの分析の通りに」

「お父さんの反応は」

「最初は黙っていました。五分くらい。それから引き出しからこれを取り出して、私に渡しました。『お前が動いているなら、これを使え』と」

封筒の中に、二つのものが入っていた。

古い鍵。そして、一枚のメモ用紙。

メモには数字が並んでいた。規則性のない、一見するとランダムな数列に見えた。

陽菜が言った。「私には意味がわかりません。父も説明しませんでした。ただ『わかる人間に見せろ』と」

蓮はメモを手に取った。

数字を見た。

一秒。

脳内で、何かが動き始めた。

【照合開始:202X年6月14日 16:02のデータ】

三年前の資料の数字が、頭の中で展開された。黒川にシュレッダーにかけさせられた書類。当時は意味不明だった数列。

メモの数字と、照合を開始した。

二秒。

パターンが見えた。

メモの数字は、三年前の資料の「解読コード」だった。換字式の暗号。特定の規則で数字を置き換えると、別の数字が出てくる。

三秒。

データが流れ始めた。

脳内の視界に、数万行の情報が滝のように落ちていく。三年前の資料の全ページ。口座番号、取引日付、法人名、金額。それが解読コードを通すと、別の情報に変換される。

口座の実際の名義。取引の実際の目的。法人の実際の所有者。

四秒。

全てが整列した。

帝都物産が二十年かけて構築した、競合他社潰しのスキーム。複数の架空法人を通じた資金還流。内部情報の売買。有能な社員の排除工作。その全体像が、一枚の地図のように広がった。

「……繋がりました」

蓮は顔を上げた。

陽菜が蓮を見ていた。

その目に、知的な興奮が灯っていた。蓮の表情の変化を、見逃さなかった。

「全部、見えたんですか」

「はい」

「どれくらいの規模ですか」

「帝都物産の不正は、少なくとも二十年前から継続しています。関与した法人が十七社。金額は概算で四十八億円以上。そして」

蓮は少し間を置いた。

「黒川部長が昨日手に入れたデータは、そのスキームの一部です。つまり黒川部長は今、帝都物産の不正ネットワークの中に自分から入っていった」

陽菜が息をのんだ。

「自分の首を、自分で」

「はい。そして今日、田端商事に対してそのデータを使った。不正競争防止法違反が成立します」

陽菜は少し目を閉じた。

「父が、これをずっと持っていたということは」

「七年前、帝都物産との会食で向こうから見せられたものだと思います。断った後も、証拠として保管していた」

「父は、使うタイミングを待っていたのかもしれない」

「あるいは、使う勇気がなかった」蓮は静かに言った。「どちらにしても、今が使うべき時です」

陽菜は目を開けた。

「わかりました。次は何をすべきですか」

「二つあります。一つは、このデータを適切な機関に提出する準備。もう一つは」

蓮はスマホを見た。

通知が来ていた。

母からのメッセージだった。

『蓮、体調が悪くて。一度会いに来てもらえない? 大事な話があるの』

続いて麻衣から。

『おばさんの様子が変なの。蓮くん、助けてあげてほしい』

二つのメッセージが、ほぼ同時に届いていた。

蓮は二つのメッセージの送信時刻を確認した。

【記録:202X年9月15日 14:33】

母からのメッセージ、送信時刻:14:33:12。

【記録:202X年9月15日 14:33】

麻衣からのメッセージ、送信時刻:14:33:47。

三十五秒差。

示し合わせて、ほぼ同時に送った。

蓮は昨夜、ファミレスでの二人の会話を想定していた。後見人制度。診断書。精神的に不安定という証言。

予測の範囲内だった。

陽菜が蓮の手元を見た。「何か来ましたか」

「掃除の仕上げが必要になりました」

その夜、蓮は自室の鏡の前に立った。

ネクタイを締めた。

鏡の中の自分を見た。

表情は動かなかった。怒りも、恐れも、期待も、表面には何もない。

ただ、準備ができている。それだけの顔だった。

スーツの胸ポケットに、小型の録音機器を入れた。シャツの第二ボタンに、極小のカメラを取り付けた。陽菜のツテで手配した、業務用のものだ。

母と麻衣が罠を仕掛けようとしている。

でも二人は知らない。

この場を設定したのが、最初から蓮だということを。

蓮はスマホを取り出し、母にメッセージを返した。

『わかった。明日の夕方、伺います』

送信した。

鏡をもう一度見た。

三年前、俺に捨てさせたのは資料ではなかった。

あなたたちの未来だ。

それが今、俺の手の中にある。


第25話 了 


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