第14話「提案書」
提案書を作るのに、蓮は一晩かけた。
深夜二時まで画面と向き合った。でも苦ではなかった。頭の中にある情報を、整理して可視化していく作業は、どこか心地よかった。
完成した提案書は二十三ページだった。
課題の整理、原因の分析、具体的な改善策、期待される効果、スケジュール。全てに数字の根拠がついている。マルシン印刷の社長が話した言葉を随所に引用した。自分たちの言葉で課題が整理されている提案書は、クライアントに刺さる。それを蓮は前職の三年間で学んでいた。
翌朝、桐島に見せた。
桐島はページをめくりながら、黙っていた。坂本も横から覗いた。
五分ほどして、桐島が顔を上げた。
「一つだけ聞く」
「はい」
「十六ページのここ、先代営業部長が築いた取引先との関係を再構築するアプローチとして、OBへのヒアリングを提案しているな」
「はい」
「先代のOBに会いに行く提案を、なぜ入れた。ヒアリングで出てきたか?」
「出ていません」
「じゃあなぜ」
「社長が先代の話をする時だけ、声のトーンが変わりました。尊敬と、少し後悔が混じっていました。先代との関係を今も大切にしていると判断しました」
桐島は少し間を置いた。
「声のトーンで判断したのか」
「記憶しているので、比較できます」
沈黙。
坂本が静かに言った。「これ、通りますよ」
桐島は提案書をテーブルに置いた。「持っていけ。丸山社長に直接プレゼンしろ」
「一人でですか」
「俺も行く。ただプレゼンはお前がやれ」
「わかりました」
プレゼンは三日後だった。
応接室に通されると、前回と同じ顔ぶれがいた。丸山社長と岸部長。それから今回は経理担当らしき女性が一人増えていた。
蓮はプレゼンを始めた。
最初の三分で結論を述べた。「御社の売上が落ちている根本原因は、先代営業部長の退職に伴う取引先との人間関係の断絶です」
丸山社長の顔が少し動いた。
岸部長が居心地悪そうにした。
蓮は続けた。感情を込めず、ただ事実と数字で話した。どの取引先がいつから離れたか。その時期と岸部長の着任時期の相関。先代が築いた関係性の資産価値。
十五分のプレゼンが終わった。
沈黙の後、丸山社長が口を開いた。
「……よくわかりましたね、これだけで」
「社長が話してくださった内容を整理しただけです」
「岸くんのせいじゃないと言ってくれているわけですね」
「はい。岸部長は真面目に取り組んでいます。ただアプローチを変える必要があると思います」
岸部長がわずかに表情を緩めた。
丸山社長は少し考えてから言った。「前向きに検討します。具体的にどう進めますか」
桐島が蓮の隣で静かに笑っていた。
帰り道、桐島が言った。
「お前、プレゼン上手いな」
「そうですか」
「感情を入れないのがいいんだ。変に熱くなると押しつけがましくなる。お前は事実だけ言う。だから信用される」
蓮は少し考えた。
感情を入れない。それは意識してやっているわけではない。ただ、事実以外に言うことがないだけだ。
「一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「俺を採用した時、こうなると思っていましたか」
桐島は少し笑った。「思ってた。ただ想像よりずっと上だった」
それだけだった。
でも蓮には、十分だった。
第14話 了
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