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第4話 花が咲きました



 〝アルナ〟


 〝それは遠い遠い過去、世界を救ったある少女の名〟


 〝アルナ〟


 〝それは遥か遥か未来、恐怖を齎す殺戮の神の名〟


 〝アルナ〟


 〝それは果て無き旅路を歩む者が垣間見た希望の光〟


 〝アルナ〟


 〝それは全てを嘲笑う者が作り出した偽りの光〟


 〝アルナ〟


 〝それは果て無き旅路を歩む者と同じ答えに辿り着く者の名前〟






 *










「ククッ……〝アルナ〟か。いいだろう、今この時から我は〝アルナ〟じゃ」


 古城の中庭に築き上げられた血と泥と屍の山の上に座り、少女は血に濡れた掌を眺めながら自らを『アルナ』と名付けた。


 数刻前――古城を根城にしていた少女アルナの元へ、『魔族』と自称する者どもが訪れた。


 彼らは彼女と同じく頭に角の生えた姿をしており、少女は初めて己が魔族なのだと自覚した。


 そんな初めて邂逅した同胞だったが……彼らは少女アルナに刃を向けた。彼らの目的は古城に隠された、とある魔導書だったのだ。


 そこからは……ただの蹂躙だった。彼女にとって、同胞たる魔族も魔物と大した違いはなく、簡単に軛殺せてしまった。


『この力は魔王様よりも――まさか、あれが……〝殺戮の神アルナ〟――』


 築き上げられた屍の山は、日に日にどんどん高くなってゆく。


「おい、〝あるな〟とは何じゃ?」


 一匹だけ残しておいた魔族に、少女は問う。




 ――『アルナ』という名前は、魔族に伝わる〝伝説〟と〝予言〟が由来だ。






「そ、それは――」




 恐怖を齎す殺戮の神。偽りの光。


 こうして、少女は『アルナ』となった。


 それから、アルナは繰り返し攻め入る魔族どもを何度も鏖殺していった。何ヵ月も何年も、時に懐柔しようとさえする者すらも。


 そんなある日、アルナは偶然『魔導書』を見つけ出した。魔族どもが探し求めていた、不死の禁術の魔導書である。


 アルナはそれに記された術式を起動し……そして、不死となった。


 その後も魔族の――魔王軍の襲撃は続いたが、とうとう痺れを切らしたアルナは自ら魔王の元へと赴いた。


 そして、『魔王』を殺してみせた。


 数百年もの間人類と戦争を続けてきた魔族の傑物を、たったの一撃でだ。


「ぐふっ……我輩には貴様の未来が見える……。独り孤独に求めるモノが何なのかさえ解らないまま、果てることもできずに彷徨い続ける未来が――」


 知ったことか、とアルナは思った。面倒な害虫の親玉を駆除した、ただそれだけのこと。魔王の言葉に何も思うこともなかった。


 その後――魔王を倒された事で、配下の魔族たちはアルナを新たに『魔王』と呼ぶようになった。


 絶対的な力の化身、生物が到達しうる究極の暴力。力の強さが価値観の基準たる魔族にとって、アルナは絶対的な王なのであった。


 悪い気はしなかった。


 集団の頭に立つという経験は新鮮で、それなりに楽しめた。どうやらアルナにはカリスマというものもあったらしく、乗っ取った『魔王』の勢力はどんどん大きくなっていった。


 ……それでも、『渇き』は無くならなかった。





 *






「ほう、これが花か」


「まだ芽だよ?」


「これが花じゃな?」


「まだ若葉だよ」


「さ、さすがにこれこそが花じゃろ……!」


「惜しい! まだつぼみだよ」


 花壇に植えられた種たちはすっかり丈の高い草葉となり、真ん丸のつぼみをつけていた。


「つ、つぼみか……咲くのはもう少し先なのじゃな……」


「この感じだと、明日かな」


「明日?! ついに咲くのじゃな!?」


 毎日花壇に水をあげ、花が咲くのはまだかとフィリアに聞き続け……


 そんな生活を2ヶ月繰り返し、ついに正真正銘の開花直前となった。


「うれしいのう、まさかあんな小さな粒ごときにここまで心踊らされるとはのう」


「明日は僕、出かけないといけないんだ」


「せっかく花が咲くというのに、か?」


 首をかしげ、アルナは心底不思議そうにフィリアを見つめた。


「明日は平和の祝祭。勇者が魔王を倒してから、ちょうど100年の日なんだ。だから子孫の僕は出席しないといけない」


「難儀じゃな……」


 フィリアの表情は暗く重苦しい。


 100年……


 ――あれからそんなに経つのか。ルミレスとの戦いは今でも鮮明に思い出せる。


 そしてふと、『予言』についても思い出した。


「魔王討伐から100年後に、再び魔王が現れる……と言っておったな。もしや明日がそうなのではないか?」


「それは……わからない。100年後、としか言ってなかったから。明日かもしれないし、1年後の今日かもしれない」


「魔王が現れたら……お主は、戦うのか?」


「うん……。戦わなくちゃ、いけないんだ」


 フィリアの表情は更に暗く重くなってゆく。


 ……思えば、アルナはフィリア自身のことは何も知らない。


 共に過ごした2ヶ月、アルナの『渇き』はすっかり鳴りを潜めている。


 芽に、若葉に、じょうろで水を与える。アルナが世話をしなければたちまち渇き枯れてしまう、儚き存在。


 渇きを癒されているのは、アルナの方も同じなのかもしれない。


 ――我は魔王。これもほんの一時の戯れ……だったはずなのに。


 フィリアをこの手で殺そうと思うだけで吐き気がする。


 人も魔物も魔族も、己以外皆等しく塵芥。つつけばたちまち崩れてしまう土塊。


 他者などせいぜい『渇き』をほんの一時忘れさせる退屈しのぎの価値しかない。


 はずだったのに。


 殺さなければ。宿敵の末裔を。


 しかしできない。


『予言』は魔王が復活し災いを齎すと言っているのに。



 ……。



 ――そもそも、なぜこの我がわざわざ予言に従ってやる必要がある?


 ――そうじゃ、あえてこのまま何もせず正体も明かさずに過ごしてやろう。ルミレスの予言を覆せば、今度こそヤツに勝ったと言えるじゃろう。


 そうと決まれば何もしない。


 その答えに内心、アルナはほっとしていたのであった。




 翌日――


 街は朝からすっかりお祭り騒ぎで、大通りにはたくさんの屋台が出店を構えいい匂いを漂わせていた。


 そんなお祭りムードの街中に対し、アルナはフィリアと共に庭の花壇をしゃがんでほくほく顔で眺めていた。


「咲いたのう」


「咲いたねぇ」


 花壇一面に咲き誇る花々を眺め、アルナは今まで感じたことのない感慨に浸っていた。


「してフィリアよ、この花はどれだけ咲き続けるのじゃ?」


「4日くらい、かな。その後は萎れて枯れちゃうよ」


「た、たったの4日じゃと……?! これだけ時間をかけて、4日じゃと?」


 花の命が短いことも、美しさも、全てアルナにとっては新鮮な驚きに満ちていた。


 せっかく咲いたのに、たったの4日で枯れてしまう。けれどもアルナは、そのことに怒りを感じることはなかった。


「枯れてもそこで終わりじゃないよ。花は枯れた後に種をつけるんだ。その種からまた芽吹いて、花を咲かせるんだ」


「その繰り返し、なのじゃな」


 フィリアはゆっくり頷いた。


 そして、少し暗い顔を浮かべて切り出した。


「……僕、そろそろ行かなきゃ」


「何処へじゃ?」


「……お城」


 ――そういえば、今日は魔王討伐から百年の祭事であったか。勇者の子孫のフィリアが、主役となるというのだったな。


「そうか。では我は待つとしよう。早く帰ってくるのじゃぞ?」


「うん……またね(・・・)


 アルナは屈託の無い笑顔でフィリアの後ろ姿を見送った。


 ……フィリアの心に、暗雲が立ち込めている事も知らずに。

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いやなよかんしかしない……
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