第2話 予言の成就に向けて
「――食え」
ふっくらとしたふかふかな黄色の山が、皿の上で温かな湯気を纏っている。
質素な木のテーブルの一角が、そこだけ秋の晴山のような明るさを放っていた。
「これは……?」
「おむらいす、という料理じゃ」
「い、いただきます……?」
フィリアは恐る恐る黄色い山を匙で掬いとって、口に運ぶ。
口の中でふわふわの玉子が中のライスと溶け合って、信じがたいほど癖になる味わいを産み出している。
「味はどうじゃ?」
「美味しい……アルナちゃん、君すごいよ! お店で出せるよこれ!!」
「そ、そうか……。これでお主にも食の有り難みがわかったじゃろう? 妥協せず励むことじゃ」
眼を輝かせ感動を言語化するフィリアに対して、アルナはまんざらでもなかった。
(……って何を考えておるんじゃ我は!? )
自らの頬をぺちんと叩いて、アルナはフライパンの上でオムレツをひっくり返しながら我に帰った。
仇敵の勇者の末裔に塩を贈るどころか飯を作ってやったなどとんだ笑い話だ。
「僕が誘ったのに作らせちゃってごめんね……」
「ふ、ふん。懲りたならばきちんと料理の勉強をすることじゃ」
アルナは困惑を適当に誤魔化すと、出来上がった自分のぶんの料理を皿に盛り付け黙々と食べ始めた。
「しかし……お主、まだ子供じゃろ? 普通は〝親〟とかいうのと共に住んでおるのではないのか?」
「……両親なら5年前に事故で死んだよ」
「……そうか。勇者の血族はお主だけか?」
「そうだよ。もう僕しかいない。だから僕は5年前からずっと、お城で剣の稽古をつけてもらってたんだ。ひいおじいちゃんの予言が本当だった時、復活した魔王と戦えるようにって」
「……」
「朝から夕方までずっと稽古と鍛練で、料理なんてしたこともなかったんだ」
「……ならば何故ゆえ我に料理をしようと思ったのじゃ」
「なんでだろ? 僕にもよくわかんないんだ」
アルナは首を傾げ、何言ってんだコイツという表情を浮かべていた。
「ふん、カッコつけたかったと言っておったではないか」
「そうだっけ?」
やれやれとアルナはかぶりを振った。
「馬鹿馬鹿しい……」
ただ……そう呟くアルナの『渇き』が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
*
その日の晩――
誰もが寝静まる夜闇の中、フィリアの自宅に一人の影が忍び寄る。
「アニキぃ、ホントにこんな家にあるのかよ? 勇者の剣」
「黙ってろ、俺たちは依頼をこなすだけでいい」
2人の男はフィリアの家の鍵を針金でこじ開け、音が出ないようにゆっくりと扉を開ける。
――立ち去れ
「ん? なんか言ったかアニキ?」
「何も?」
「おっかしいなぁ、聞き間違いか? ……おぉ、あれじゃねえか?」
「情報通りだな」
玄関先に飾られた剣を暗闇に発見し、2人はそれに手を伸ばす。
「……アニキ、この依頼本当に大丈夫なのか?」
「深く考えるな。依頼主が何者かは知らないが、前金だけであの額だ。依頼を達成すりゃ一生遊んで暮らせる」
「それもそうだな」
そうして2人は勇者の剣に手をかけ――
――その時
『失せよ痴れ者』
「だ、誰だ!?」
『10秒やろう』
突然少女のような声が闇に響き渡る。
――その時、辺りの闇の中で無数の眼が浮かび上がり、2人を取り囲んだ。
『剣を置いて立ち去れ』
「ひっ、ひいぃぃ!!」
「おっ、置いてかないでアニキぃ!」
そうしてフィリアの家へ侵入した泥棒は、腰を抜かして走り去っていったのであった。
――やれやれ、世話が焼けるのう。
盗人を追い返したアルナは、闇の中で静かにため息をつくのであった。
*
勇者にのみ扱えるとされる、不死の魔王すら殺してみせた聖剣。
これは嘗て、勇者ルミレスが死兆星の神から授かったと言われている。
聖剣は強大な力だ。
魔王という敵がいた時はまだいい。
しかし平和になった世界では、無用の長物。
だが勇者ルミレスは、聖剣を手放そうとはしなかった。
強大な力は、時として人を狂わせる。ルミレスは、聖剣が悪用される事を恐れたのだ。
「――恐ろしいモノを見て逃げ出した、と言っていた」
「これが勇者にのみ扱える聖剣の力、か?」
「勇者の剣にそのような力があるとは聞いたことがないな」
カーテンで閉ざされた暗い部屋の中心で、彼らは円卓を囲み密談を執り行う。
「雇った薄汚い盗人はどうした?」
「無論、殺処分済みでございます。剣の奪取に成功の有無に関わらずの結果です」
「ならばよい。剣の奪取はあくまで保険、フィリアに勇者の剣の力は扱えないと聞いている」
「……勇者の血族は本当にフィリアで最後なのか?」
「確かに。フィリアの母親とその兄、従兄弟は5年前、事故に見せかけ殺しました」
「エンディス家は愚かよのう、勇者の血族なぞさっさと取り込んでおけば良かったものを」
「そもそも勇者の血族に権威はあれど特別な力は無いのだろう? 〝特別〟だったのは勇者ルミレスだけと聞く」
「ルミレスだけが受け取った神の祝福か……忌々しい。しかし我らの願いは間もなく叶えられる」
密やかに、彼らは語り合う。
「長かった。しかし間もなくだ
――かの〝予言〟の成就する日は」
「我らがオーニング家に、永劫の栄光があらんことを」
水面下で密かに、『予言』を成就させんとする陰謀は進んでいるのであった。




