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第1話 復活せし魔王

短編として投稿していましたが長すぎたので分割しました

 辺りの空気に土埃が満ちる。


 夕陽の朱色が土煙に溶け込み、焔のようなゆらめきを纏っていた。


 辺りに散らばる瓦礫の山は、つい数刻前まで魔王城を構成していたものだった。


「勝負あったな、魔王アルナ」


 立ち込める土埃の中でも、その男の黒い長髪はよく目立った。

 男は右手に握る剣を腰の鞘に収め、眼前に座り込む少女を見据える。


「我が、負けるとは……」


 銀髪の少女は膝をつき、子牛のような角の生えたかぶりを振った。


 魔王アルナ――

 数多の魔族を力で纏めあげた、人に仇なす魔物の頂点。

 少女の姿をしているが、その実力は単身で国家を滅ぼせるほどのものであった。


 しかし、その魔族の王はたった一人の人間――『勇者』に敗北した。


「どうして君が僕に負けたのか、知りたくはないかい?」


「黙れ! そんなものただのまぐれじゃ!!

 今回は勝ちを譲ってやろう。じゃが、我はいずれ復活する! その時こそが貴様の最期じゃからな……!」


 魔王アルナは自身を見下ろす勇者へ指を突きつけ、負け惜しみとも取れる言葉を吐き捨てた。


「そうか。楽しみに待ってるよ」


 魔王の身体が塵のように崩れ、土埃に溶けてゆく。

 勇者に心の臓を潰され致命傷を負っていたのだ。


「ふん……いけ好かない小僧め、勇者ルミレスよ」


 そう言い残すと、魔王は塵となり崩れてゆく。その身体はやがて、風に完全に掻き消された。

 消えゆく瞬間のアルナの表情は、夕陽の染み込んだ土煙に隠れて見えなかった。






 ……魔王アルナは、勇者ルミレスによって討たれた。


 こうして世界は平和になった……かに思われた。


 しかし、魔王を倒し帰還した勇者はこんな事を言った。




『今から100年後の未来、再び魔王が現れるだろう』



 ……と。









 そして魔王討伐から99年後――


 魔王城の跡地である荒野の中心に、黒い稲妻が迸る。




「くく……我はついに蘇ったぞ!」




 稲妻の落ちた場所には、独り高らかに叫ぶ一糸纏わぬ姿の少女の姿があった。

 銀髪に、子牛のような角。眼は血を思わせる朱色。


 それは、魔王アルナそのものであった。


「勇者め、今度は負けぬぞ……! 絶望の淵で恐怖に歪む貴様の顔を見るのが今から楽しみで仕方がない!!」


 魔王アルナは肉体に縛られない精神生命体である。物理的肉体が滅ぼうとも、魂を内包する星幽体(アストラルボディ)を離脱させることで絶命を逃れたのである。

 その後は99年という時間をかけて、肉体を再構築。


 そして今日、とうとう復活を果たしたのである。


「あやつの故郷を手始めに滅ぼしてくれようぞ!」


 魔王アルナがパチンと指を鳴らすと、真っ白な肢体や身体を黒い襤褸が覆い隠した。

 それからアルナの背に巨大な蝙蝠の翼が顕現すると、ばっさばっさと羽ばたき飛び立っていったのであった。






 *





 魔王は最強である。

 しかしその最強を倒した化物(ゆうしゃ)がいるのも事実。


「……ふむ」


 アルナは、幻惑魔法で頭部の角を他者から見えなくした。

 こうすることで、人間どもの中に紛れ込む事ができる。


 街も勇者も滅ぼすつもりだが、いきなり魔族とバレて勇者に遭遇する訳にはいかないのだ。


 そうこうしている内にアルナの眼前に勇者の故郷であるコルカナオン国の街が見えてきた。


「待っておれ勇者よ! 今度こそは我が勝つからな!」


 そう独り呟くアルナの顔はどこか無邪気で弾んでいた。


 しかし――



「……は? 神歴245年、没……?」


 新コルカナオン国、エンディスの街――


 その中央広場には、この街出身であり嘗て世界を救った勇者の銅像が建てられていた。



 ――勇者は既に死んでいる。


「そんなはずが……」


 その事実に、アルナはその場に立ち尽くすしかなかった。


「我を置いていったのか?」


 あれだけ高鳴っていた胸の鼓動が、今や凍てついたかのように鈍くなる。

 感じたことのない空虚が、アルナの意識を現実から引き剥がしていた。




 ――どうして君が僕に負けたのか、知りたくはないかい?




 嘗ての勇者ルミレスの言葉が脳裏を過る。


「我を待っておると、言ったではないか……」


 99年。

 再び肉体を得てルミレスと相まみえる日を待ち望んでいたのに。


 人間の寿命はとても短い。

 アルナはそれを知らなかった。


 この感情の名を、アルナはまだ知らなかった。


 それからどれだけの時間立ち尽くしていただろうか。アルナの意識は、独りの老人の悲鳴めいた声に現実へ引き戻された。


「うわああああっっっ!! 魔王がっ!! 復活しちまうっ!!!!」


「なっ……?!」


 それは昼間だというのに、顔を真っ赤に茹で上がらせた酔っぱらいだった。勇者の像にもたれ掛かり、発作のように叫びだした。


「あぁ……予言の日は近いっ!!! 君もそう思うだろう!? 俺たちはみんな死ぬんだっ!!!」


 両手でアルナの肩に掴みかかり、老人は突然泣き出した。


「知らん知らん! 予言とは何のことじゃ……!? ええい、離さんか!!」


 いっそ魔法で消し飛ばしてしまおうか?

 いや、この時代にも勇者ルミレスのような存在がいないとも限らない。もっと情報を集めるまで目立つのはまだ避けたほうがいい。


 男に揺さぶられつつそんな逡巡をしているアルナのすぐ横から、突然白い手が伸び男の腕を掴んだ。


「また昼から酔っぱらい過ぎですよゴルマさん」


 その少年……いや、男とも女ともつかないその者は、酔っぱらいの腕を掴んでアルナから引き剥がした。それから彼(?)の後ろで束ねた黒い長髪が風に揺れる。


「ヒック……でもよぉ」


「でもじゃありません。彼女怯えてるじゃないですか」


「は? この程度の下奴に我が怯えるなどあり得ないが?」


 さらっとアルナの逆鱗に触れた少年(少女)は、遠ざかる酔っぱらいを見送りつつアルナの頭を撫でた。


「よしよし、もう大丈夫だからね」


「な、不敬じゃぞ!!?」


 その時、そう嫌がるアルナのお腹がぐぅ~っと鳴った。

 肉体がある以上、腹は空く。至極当然の摂理である。


「僕はフィリア。君の名前は?」


「……アルナじゃ」


「ご両親は? ちゃんと食べれてる?」


「そんなものおらぬ! この街に来たばかり故金もないが、至高の生命体たる我はそんなもの必要な」


 ぐぅ~……


「とりあえずウチにおいでよ」


「……お、お主がどうしてもというなら行ってやらんこともない。お主がどーしてもっというならばな!!!」


 かくして、アルナは謎の性別不詳ことフィリアの家へついていくことになったのであった。





 *




 そこは街中でも少し変わった、大きな家だった。

 陽光に照らされた色とりどりの花たちが、家主の帰りを喜んでいるように見えた。


「少し散らかってるけれど入って」


 フィリアは扉を開けて、アルナに中へ入るよう促す。

 アルナは恐る恐るフィリアの家の中へ足を踏み入れた。


「……ん? あ、あれは……!?」


 フィリアの自宅に入るなり、アルナはあるモノから目を離せなくなった。


「あれはひいおじいちゃんの剣だよ。若い頃は勇者って呼ばれてたらしいよ」


 勇者の聖剣――

 アルコアという女神の祝福を宿した、魔王にとって天敵とも呼べる魔剣。


 無敵とも言える存在だったアルナの防御結界を破り、心臓を貫いた忌々しき剣。


 それが、なんか玄関先の壁に掛けられていた。


「ひいおじいちゃん……!?」


「うん。〝予言の勇者〟って呼ばれていたんだ」


「予言……あの者も言っておったな」


「〝魔王討伐から100年後。魔王が再び現れ、この地に災厄が見舞うだろう〟……というものだよ」


「なんと……」


 アルナは絶句した。

 勇者ルミレスは全て知っていたのだと。


 ルミレスは未来を見通す異能(チカラ)を持っていた。


 数秒先の未来を視れば、どんな攻撃にも対応できるのだ。

 これによりかつてアルナは攻撃の全てを見切られ、なす術もなく敗北した。


 しかしそれが、年単位……それも100年先の未来すら知る事が可能だった。


「まぁ、本当に起きるかどうかなんて分からないし心配し過ぎもよくないよ」


「そ、そうじゃな……」


 勇者ルミレスには、自身亡き後にアルナが復活することまでお見通しだった。


 アルナの胸の内に刺々した感情が生じる。


「そういえばお腹空いてるんだったね、今何か作るから待ってて!」


 アルナをソファに座らせ、フィリアはキッチンへと駆け足で向かっていった。


(――今この場でこやつを八つ裂きにすれば、ルミレスの血筋は途絶えるじゃろう。どうせこの街も滅ぼす予定じゃ、先に殺した所で何の問題もなかろう。

 予言通り、災厄を齎してやろうぞ……!!)


 アルナは魔王の超越魔法でこの地を灰燼に変えてしまおうと、体内で魔力を練り始めた。


 その時。


 ドッッカーーン!!


 キッチンから突然、破滅的な音が響き渡った。それと同時に、何やら火災現場のごとき焦げ臭さも漂ってきている。

 アルナは思わず魔法の発動をやめ、キッチンを恐る恐る覗き込んだ。


「何事じゃあ……?」


 もくもくと黒煙の漂うキッチンには、フィリアが黒こげで倒れ込んでいた。


 ……見間違いか?

 アルナは目を擦ってもう一度覗き込む。


 くもくと黒煙漂うキッチンには、フィリアが黒こげで倒れ込んでいた。


「な、何があったんじゃ……?」


「お料理しようとして……火力間違えて……」


「何故火力間違えただけで爆発が起こるんじゃ!? というかついさっき始めたばかりじゃろう!?」


「ごめん……あまり料理やったことなくて……でもカッコつけたくて……」


 思わず深いため息が出てしまう。

 この勇者の子孫の生活能力は、少なくとも料理に関しては最悪なようだ。


「代われ、我がやる」


「え?」


 アルナは雑にフィリアを押し退けると、食材や調理器具を取り出す。

 フライパンに油を垂らし、弱火で熱しながら薄く広げてゆく……。


「ぼ、僕にもできることはないかな?」


「ない!!」


「そんな……」


 アルナがビシッと言うと、フィリアはすごすごと台所から退散していった。

 その背中へ、アルナはため息をつきながらこう言った。


「食とは生の根源じゃ。食を蔑ろにする者に生を語る資格はない」


 この街も勇者の末裔も消し去るつもりだが、アルナとしてはそれより前にこの愚かな勇者の末裔に『食』の大切さを思い知らせてやらねば気が済まなかった。




 *




 数百年前――


 アルナが思い出せる1番古い記憶は、森の奥で屠った獲物の血の味だった。乾きを潤すために、生臭い赤い液体を必死で飲んでいた。


 きっと自分は両親に棄てられたのだろう。

 普通の人間を見かけた時に、角が生えていない事に衝撃を受けた。


 幼心に、自分は人間とは違う生き物なのだと悟った。


 ――ずっと1人で生きてきた。生きるために生きてきた。


 森の奥の打ち捨てられた古城を根城に、強力な魔物を狩っては喰らい、狩っては喰らう。

 時には泥水を啜り、枯れ木を齧って飢えを凌ぐことさえあった。


 ただ生きる事、それだけのために、戦う術を身につけ、古城の中の書斎から文字と魔法を覚えた。


 生きるために食べ、生きるために眠り、生きるために学ぶ。その繰り返し。


 生きる上で不自由はない。

 ただ……


「なんなのじゃ、この感覚は」


 渇いている。


 何をしても何を食っても、どんな書物を読み漁っても。


 この渇きは一体何なのか。


 正体の分からない渇きと虚しさが、後に『魔王』と呼ばれる少女の内で燻っていた。

お読みいただきありがとうございます。

面白い、続きが気になると思っていただけたら感想などで応援していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
性別不詳な勇者の末裔と、身体を襤褸で隠しただけの魔王様、どうなっていくのか楽しみですね。
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