8:王との謁見その2
「何事ですか!」
悲鳴を聞きつけた騎士たちが、広間へと踏み込んで来る。元々どこかに控えていたのか、それとも人払いされた事で念の為に人を集めたのか。十人ほどの騎士がなだれ込んで来た。
(…まずい!)
魔法の使えるクロードが、国王に向かって利き腕を突き出している。こんなの客観的に見れば、まるで彼がやったみたいではないか。
「! …お前たち!」
さあ早く弁解しなければ。そう思うのに、体は動かなかった。
代わりに、彼の口から…。
彼の声で…。
彼のものではない言葉が放たれた。
『…控えよ』
その言葉を聞いた騎士たちは入口付近に整列し、跪いて首を垂れた。
「!?」
騎士たちは全員、自分が何故そんな事をしているのか分からない顔をしていたが、それでも誰一人として言葉を発する事すら出来なかった。
今この場で立っている者は、クロードとアイネの二人だけである。
クロードは振り返る事なく、国王の座っていた玉座へ向かって歩き出した。
(…何で、僕は…?)
そして黒焦げになった国王の死体を投げ捨てて、自らが玉座に着いた。
だらしなく寄りかかり、足を組んだその姿は、まるで怠惰な王のようであった。
「…悪魔王、フォルマ…」
それを見たアイネは表情を歪め、玉座に座る者の名を呼んだ。
『久しいな、我が娘よ。百年がこんなにも長いと感じたのは、我が長き生においても初めての事だ』
クロードを操って国王を殺害した者。今また彼の口を使って話す者。それこそは怠惰なる悪魔の王、フォルマであった。
『どうした、驚いているのか? お前なら戻ったらここへ来るだろうと思って、この城に細工をしておいたのだ。この城の中の事なら、魔界からでも手に取るように分かる』
魔界。地の底にあると言う、悪魔たちの住む世界である。フォルマの本体は今、魔界にいるようだ。
だが、それも今はどうでもいい。
「っ…」
正直このような形での遭遇は、アイネとしても完全に想定外だった。
彼女は動揺を面に出さないよう、ゆっくりと息を吐いた。
前世においては道具扱いを受けたが、それ故に誰かに愛着を持つ事もなかった。彼女はただ、自らを生み出した化け物を殺す事だけを考えていられた。
だが今世では、家族がいる。
彼女は前世では味わった事のない、言いようもない恐れを感じていた。フォルマにこのような事が出来ると分かっていれば、ここにクロードを連れて来たりはしなかった。
しかし逆に操られているこの状況では、彼は悪魔王の視界に入っていないとも言える。彼が思わぬ行動をして悪魔王の気を引く心配もない。ある意味で今の彼は、この場で最も安全な立ち位置のはずだ。
「…このタイミングでの登場。この状況には、やっぱりあなたが関係していたの?」
それはないだろうと思いながらも、アイネは時間稼ぎの為に敢えてそう尋ねた。
『ん? お前が戻ったら知らせるよう、手駒のどれかに命じたが、地上の事など知らんな』
そう言ってから悪魔王は、耳を澄ませるように一度目を閉じ、そして急に笑い出した。
『ハハッ、これは面白い! 百年足らずでこれほど手駒を増やしてくれるとは、地上の人間たちは上級悪魔よりも優秀ではないか!』
一瞬で城内の状況を把握したのだろう。フォルマはクロードの顔で醜悪に微笑んだ。
地上と魔界。これほど距離が隔たっていては、少々時間稼ぎをしたところで、打てる手などあるはずもなかった。今ここで転生の魔法を使われても、彼女にはそれを止める術がない。
であれば、決断しなければならない。悪魔王との決着を諦め、家族の安全を優先する。
「…そう、だったら私から言う事はないわ。見ての通り、転生の魔法は大成功。さっさと自分に使って傷を治したら?」
彼女は前世で自分を生み出した化け物への執着よりも、今世で得た家族の方を選んだ。
フォルマが転生の魔法を使えば、クロードは解放される。そして、もう家族が生きている間に戻って来る事はないだろう。
しかし悪魔王は驚いたかのように、クイと眉を跳ね上げた。
『ふむ、お前は何か勘違いしているな? 転生の魔法など、とっくに完成させている。元々は戯れに創った魔法だ』
その言葉に、今度はアイネの方が驚いた。
「え? じゃあ何で、私に転生の魔法を使ったの?」
そんな彼女の反応が余程おかしかったのか、悪魔王の顔に笑いが戻った。
『あの時は確かに自分に使い、傷を治すつもりだったが…。ふと思ったのだ。ただ一度の対局で終わらせるのは惜しいと』
「惜しい…?」
彼女には悪魔王が何を言っているのか分からなかった。
『お前は、我を傷付ける事が出来る特権を理解していない。お前は我が、ようやく手に入れた対局相手だ』
アイネは、フォルマもまた彼女へ執着している事を、理解出来ていなかった。
『魂はともかく、お前の体は人間だ。百年後では既にお前はいなくなっているだろう。だからお前の方を転生させ、百年後にもう一度遊ぶ事にしたのだ』
悪魔王は楽しげにそう語った。事実、悪魔王にとって百年前の戦いなど楽しい遊びだったのだろう。
「…それじゃあ、この百年、あなたは何をしていたの?」
アイネは戦慄する。まさかとは思うが。もしかして、この化け物は百年もの間…。
『もちろん、お前が戻るのを、次なる対局が始まるのを、心待ちにしていたのだ』
魔法の実験でも何でもなく、ただアイネが戻るのを待っていた、と。
『さあ、第二局を始めよう。今度は魔界で対局と行こうではないか!』
悪魔王は笑う。
『ああそうだ、地上の半魔はどれだけ連れて来ても構わない。互いに駒を操り、群れで戦うのも面白かろう!』
アイネは改めて、フォルマを化け物だと思った。そして、そんな化け物が自分に執着している事を、心の底から恐ろしいと思ったのである。
悪魔王が去った後、広間は静寂に包まれていた。
解放されたクロードは立ち上がる気力もなく、ただ黙って項垂れていた。騎士たちの方も姿勢を崩し、床に手を着いて息を整えている。
誰からも、一言もなかった。
自分たちが逆らう事の出来ない支配者の存在に、完全に打ちのめされていた。
「…取り敢えず、ここを出よう」
一番最初に動き出したアイネは、そう言ってクロードの手を引いた。
「………うん」
すると彼は命令された訳でもないのに、ただ黙って彼女の後を付いて来た。
「あなたたちも、ここであった事は忘れて、自分の持ち場に戻って」
途中でアイネは騎士たちへ向かってそう命じてから、足早に城を後にしたのだった。




