6:それは、まるで…
堅牢な防壁の門をくぐると、そこには領都に勝るとも劣らない街並みが広がっていた。
領都には木造の建物が多かったが、ここ王都のメイン通りには石やレンガの建物が建ち並び、歴史を感じさせる重厚な雰囲気が漂っている。
もしかしたら百年前の人々も、この風景を見たのだろうか。そう思うと感慨深いものがあった。
そして…。
「はい! 安いよ! 安いよ!」
通りの商店からは威勢のいい呼び込みの声が聞こえ、行き交う人々の顔は一様に明るい。
辿り着いた王都は、二人の予想に反して平和そのものだった。
「平和そう…、だね」
「…うん、賑わってるね」
悪い予想をしていたクロードとしては、やや拍子抜けではあったが、何もないならそれが一番である。
もっとも田舎育ちの彼から見れば、とても拍子抜けなどと言えるほど見慣れた光景でもなかったが。それこそこんな時でもなければ、アイネと二人でゆっくりと見て回りたかったところだ。
(…いや、果たしてそうだろうか?)
領都では彼女を探してそれどころではなかったが、彼女とも無事に再会が出来て、悪い予想も外れた今、そのくらいの余裕はあるのではないか。
「悪魔王はアイネが半殺しにしたんだろう? 自分も転生の魔法を使って、今はこの世に居ないんじゃないかな?」
そんな気持ちで口にした彼の希望的観測に、しかし彼女は首を傾げた。
「どうかな? 私に使ったのは、あくまで実験だったと思うから。今は悠々結果待ちって方が、よっぽどありそうだけど…」
悪魔王フォルマは怠惰ではあったが、無謀な考えなしではない。結果の分からない魔法を、自分に使うとは思えないらしい。
それでも結果待ちで百年など、やはりクロードにはとても理解出来なかったが。
ひとまず宿をとって馬を預けた二人は、軽く町の中を見て回る事にした。
中央には広場があったりと、町の構造自体は割と領都に近かった。と言うより領都が、王都を模して作られたのだろう。違うところと言えば、領主邸のあった場所に王城がある事くらいか。
(…何の匂いだろう?)
中央広場を歩いている時、ふと気になる匂いが鼻をついた。
見れば広場には屋台が出ていて、そこから彼の知らない良い匂いが漂って来る。
「何か食べる?」
彼が匂いに釣られた事は、すぐに気付かれてしまったが、そう聞いてくるアイネは久し振りに屈託のない笑顔だった。
「…うん」
その事を嬉しく思った彼は、ちょっと恥ずかしそうにしながらも、はっきりと頷いた。今は少しばかり悪魔の事を忘れても良いだろう。
クロードが気になった匂いの正体は、串焼きの屋台だった。焼かれている肉から嗅いだ事のない匂いがするのは、香辛料のせいだろうか。
屋台では男が肉に手をかざして焼いていた。どうやら魔法を使っているらしい。
「…おじさんも、魔法が使えるの?」
それを見ていたアイネが、屋台の男にそう尋ねた。
「ん? おう、よそから来たのか? この王都じゃ、ほとんどの人間が使えるから、珍しくもないけどな」
クロードには思い付かない使い方だったが、まあ燃料の心配がいらないのは便利かもしれない。
取り敢えず彼は素早く二本注文し、わずかばかり早く生まれた事を笠に着て、彼女の分も支払った。
「…美味しい?」
アイネの質問に、クロードは素直に答える。
「食べた事のない味」
彼女には笑われてしまったが、彼女が笑顔なら彼は満足だった。
しかし、とクロードは考える。
彼女の用が済んで村へと帰ったら、アイネは村長の息子と結婚するのだろうか。元々はあの日、そんな話をしていたのだ。あの時は、彼女の背中を押すような事を言ったけれど。
(この時間が、ずっと続けばいいのに…)
前からそういう思いは、ずっとあったのだが。アイネが突然いなくなってしまって、一人で必死に探し回り、ようやく領都で再会してから、一層強くそう思うようになった。
「…どうかした?」
彼の表情の変化を目ざとく見つけた彼女は、不思議そうに聞いてくる。
「いや、何でもない。…アイネこそ、何か気になるものはあった?」
それは誤魔化す為の言葉だったが、その質問で彼女の表情は曇ってしまう。
「そうだね。取り敢えず…、悪魔がいない」
それによって話は、本来の目的へと立ち返る事になってしまった。その事を残念に思いつつも、クロードは彼女が深刻になる理由が分からなかった。
「…でも、それはまあ、良い事じゃない?」
領主の時といい、どうやらアイネは悪魔を見分けられるらしいが、しかし居ないに越したことはないのではないか。
けれど彼女は、首を横に振った。
「今この王都の住人は、そのほとんどが半魔なの。それなのに、ここには悪魔がいない。…じゃあ、ここの人たちはどこから来たの?」
(!…確かに…)
アイネは例外としても、クロードの出自を考えれば、半魔の子は半魔になるのだろう。
しかし、どうしたって最初の一人は必要だし、人々に偽ってこれだけ半魔を広める、そんな秘密裏に世界を作り変えるような事をするにしては、悪魔が居なさ過ぎる。
これでは、まるで…。
(人間自身が、そう望んだみたいだ…)
違和感はある。けれど彼もまた、それが持つ本当の意味を知らなかった。
「…仕方ない。ここはやっぱり、一番知ってそうな人の所へ聞きに行こうか」
少し考えた後で、彼女はそう結論付けた。
「知ってそうな人って?」
そんな彼女の言葉に、今度はクロードが首を傾げる。こんな事を知っていそうな人物など居ただろうか。
「もちろん、王様だよ」
アイネは事も無げに言った。その表情には、何の感情も浮かんでいなかった。
夕暮れ時。人通りが落ち着くのを待ってから、二人は王城へ向かった。
王都の中心近くにある石組みの立派なお城。王都に足を踏み入れた時から、ずっと視界に入っていたものだ。クロードがこれまでに見た中でも、最も大きな建造物である。
多少圧倒されながらアイネに付いて行くと、彼女は物怖じする事なく門番に声をかけた。
「すいません、王様に会いたいんですが」
そのあまりのストレートな要求に、門番は面食らった様子だったが、当然のように門前払いを受けた。
「国王様は会いたいと言って会える方ではない。帰りなさい」
あまりに当然の対応である。
しかしアイネは引き下がる事なく、今度は少し語気を強めて言った。
「名無しの半魔が会いに来たと伝えて」
彼女がそう言うと門番は一瞬驚いたような顔になり、今度はすんなりと彼女の要求を受け入れた。
「…分かった」
そう答えつつも門番は何故かしきりに首を傾げていたが、代わりの騎士にここを任せて城の方へと歩いて行ってしまった。
「…今の、何?」
英雄である彼女だけが知る、合言葉か何かだろうか。
しかしそれを聞いた彼女は、苦笑いを浮かべるだけだった。
「私の事だよ。…言ったでしょう? 私は英雄リオンと呼ばれた事はないって」
「?」
以前にも聞いたその言葉の意味を、クロードは未だ理解していなかった。




