5:それは悪魔の邪法
クロードはアイネを後ろに乗せて、気持ちゆっくりと馬を走らせていた。
「クロードが馬を持ってて助かったよ。じゃないと王都まで歩かないといけないところだった」
アイネはクロードの肩に手を置いて、横向きに座っている。二人は今、アイネの希望で王都へ向かっているところだった。
「別に…、アイネだったら、魔法で行けるんじゃないの? あの時みたいに」
クロードは、アイネがいなくなった時の事を思い浮かべながら、そう尋ねた。
しかしそれに対する彼女の返事は、彼にとって予想もしないものだった。
「あれは奇襲用だから、そんなに移動出来ないよ。あの時も、お金を取りに自分の部屋へ跳んだだけ」
「え…?」
それは彼にとって衝撃の事実だった。あの時はまだ、そんな近くにいたとは。何だか地味にショックだ。
聞けばアイネは、徒歩で移動していたと言う。彼が近隣の村をしらみ潰しに探していなければ、彼女を追い越してしまい、ここで出会う事もなかっただろう。
結局あの後。大丈夫という言葉通りに彼女が追われる事もなく、どういう訳か領主は悪魔憑きだったという事になって、二人は門から堂々と領都を後にした。
「ん…」
前方に下級悪魔を見つけ、アイネが光る槍を創り出す。
王都も領都も栄えているが、その間の街道全てがきちんと整備されている訳ではない。中には森を縦断するような場所もあった。
「…アイネのそれって、魔法なんだよね?」
彼女の魔法を見て、クロードは改めて疑問を口にした。なぜ槍なんだろう、と。これまで魔法というのは、火を出すものだと思っていた。
「相手を燃やし尽くすってところが気に入ってるのか、悪魔は炎ばかり使うけど、目の前の敵を倒すのに、炎は効率が悪過ぎる」
まあ確かに彼も父も、トドメには剣を使う事が多かった。
「武器は、人類が長い年月をかけて洗練した、敵を倒す為の形」
アイネはそう言って、出した槍を下級悪魔へ目掛けて飛ばした。
「…まあ槍なのは、私が使いやすいから、かな」
槍は一直線に、悪魔の体を貫いた。確かにこの使い方なら、槍の方が便利だろう。
「ところで、まだよく分かってないんだけど…」
彼女は英雄リオンの生まれ変わりであり、あの日突如として記憶を取り戻した彼女は、百年前の戦いの顛末を確かめる為に王都へ向かうと言う。
「やっぱり信じられない?」
アイネはそう言って苦笑いを浮かべたが、クロードはそれをキッパリと否定した。
「いや、そうじゃない。僕が理解出来ないだけだ」
領主邸で戦う彼女の姿を見た後では、英雄でしたと言われた方が余程納得出来る。
しかし、何がどうしてそうなったのか、一応説明されたがどうにも飲み込めないでいる。
「んー、アレが怠惰な王と呼ばれているのは知ってるよね?」
アイネは頑なに悪魔王をアレと呼ぶ。何かこだわりがあるのだろうか。
「実際アレは侵略しに来たんじゃなくて、ただ地上の人間を使って、退屈しのぎをしに来たんだよ」
悪魔王フォルマは、怠惰な王だったと言われている。実際あまり戦いに熱心ではなかったようだが、では一体何をしに来たのかと言うと、詳細はあまり伝えられていなかった。
「その一つが、新しい魔法の開発。あの日、私がアレを半殺しにした時。トドメを刺そうとした私に、アレは見た事のない、新しい魔法を使った。その時は分からなかったけど、この結果を見れば、それが転生の魔法だったんだろうね」
転生の魔法は、攻撃魔法ではない。だから盾では防げなかった、とアイネは語った。
しかし、そもそもの話。悪魔王は何故そんな魔法を作ったのか。
悪魔は位が高いほど強靭であり、その王ともなれば不滅とも言われている。死のない者に、生まれ変わりなど意味がないだろう。
「それは多分…、回復魔法として考えていたんだと思う」
「回復魔法?」
それこそ悪魔には、必要ないものに思える。
「悪魔って強靭な代わりに、治癒力も繁殖力も低いんだよ。それも自称不滅のアレに至っては、ほとんど無いに等しい。たぶん百年経っても、かすり傷一つ治っていないはず。アレにとっては百年かかっても、生まれ直した方が早いんだよ」
「百年が、早い…?」
かすり傷を治す為に生まれ直すとか、不滅の悪魔が考える事は、彼の理解の範疇を超えていた。
「…でもまあ、そっちはどうでもいいの。ここで問題なのは、私はアレを倒していない、という事」
確かに。その話が本当なら、悪魔王は死んでいない事になる。そして不滅なら、たとえ半殺しであっても脅威には違いないだろう。
とは言え、だ。
「そんなに心配しなくても、いいんじゃないかな? 百年前と違って、今は魔法の使える人がたくさん居るんだから」
そう今は、彼女しか魔法が使えなかった百年前とは違う。
勇気づけようとした彼の言葉に、しかし彼女の表情は逆に暗くなった。
「…それが、最大の問題なんだけど。…そもそも何で、私は魔法が使えたと思う?」
何でと言われても彼には、魔法とはそういうものだとしか言えなかった。
彼自身も魔法は父の見様見真似でやっているだけで、転生の魔法なんて訳の分からないものでなければ、魔法はただ使うだけなら難しい知識も必要ない。
「誤解のないように、クロードにはあらかじめ教えておくけど。どんなに頑張っても、人間には決して魔法は使えないの。魔法は技術じゃない。魂に根差した悪魔の邪法だから」
「え…?」
それでは今、魔法が使える自分たちは一体何なのか。
「あのね、アレがやっていた実験の一つに、悪魔と人間の間に子供が出来るかっていうのがあるの。もちろん悪魔の繁殖力なんて無いに等しいから、魔法を使った方法だけど。それでもたくさんの女性たちと、たくさんの悪魔が犠牲になった」
悪魔王は、本当に人の命も配下の悪魔も、戯れに使い潰していた。
「そうして生まれた唯一の成功例が、私。悪魔の魂と人間の体を持った、半魔という存在」
半魔。それなら確かに、魔法が使えても不思議ではない。元々魔法は悪魔のものだから。
しかし、アイネは例として自分の事だけを口にしたが、それが事実なら彼や父も半魔という事になる。
(…僕らが、半分悪魔…? だからあの日、アイネは父さんを攻撃したのか?)
上級悪魔だという領主は人間そっくりだったが、クロードにとって悪魔と言えば、出来損ないの小人のような下級の事である。
そんなものと人間を掛け合わせようなどと、それはただ命を奪う事よりもおぞましく思えた。
「…何で、そんな…」
「それはもちろん、魔法が使えて人間並みの治癒力と繁殖力を持つ存在なんて、使い捨ての駒にピッタリでしょ?」
悪魔王フォルマは怠惰な王。そう聞いて、クロードはどこか甘く見ていた。しかし不滅の生に退屈し、戯れに命を弄ぶ悪魔が、今は心底恐ろしく思える。
「そんな半魔が今、地上にはいっぱいいる。一体誰が、どうやって増やしたのかな? アレはまだ生きているけど、今なにをしてると思う?」
彼女が王都を目指す理由が、ようやく理解出来た。
王都の事は彼も、又聞きのうっすらとした噂でしか知らない。ここよりも北に位置し、かつての悪魔との戦いで最前線だった王都は、今どうなっているのだろうか?
クロードには今向かっている王都が、悪魔の巣窟のように思えてくるのだった。




