4:太陽が輝く時
太陽を見上げる時
一旦は引き下がる事にしたクロードだったが、もちろん今の彼に諦めるという選択肢はなかった。
(諦めたらダメだ…)
となれば、とるべき行動は一つだけ。領主邸に忍び込むしかない。
そうと決まれば、彼の行動は早かった。まずは領主邸の周りを、ぐるりと一周して入れそうな場所を探す。
敷地内には建物が三つあって、最も大きいものはもちろん領主が住む本館だ。残りの二つには造りに明確な違いがあるので、豪華な方はまあ別館として、質素な方は騎士たちの詰所と言ったところだろうか。
裏手に回るとこちらにも門があって、やはり騎士が一人門番として立っていたが、それ以外は特に見回りなどもない様子である。
更に敷地の左右は、建物が門へ正面を向けて建っている事もあって比較的窓も少なく、侵入するならここしかないだろうと思われた。
(…よしっ!)
クロードは人通りが途切れるのを待ってから、迷う事なく柵を乗り越えた。
村では他の少年たちと一緒に、木にも崖にもよく登ったりしたものだ。この程度の柵を乗り越える事など、彼にとっては造作もない事だった。
そして領主邸の敷地内に入った彼は、素早く植え込みに身を隠した。
(…アイネは、どこだろう?)
次なる問題はアイネがどこへ向かったかだが、取り敢えず彼女が領主に用があるとも思えない。となると思い付くのは、悪魔憑きの少女くらいだろうか。
それはそれで別に彼女と関係がある訳でもなかったが、他よりはまだ可能性が有りそうに思える。
とすると今度は、悪魔憑きの少女がどこにいるか、が問題になってくる。
そう言えば先程の門番は「君も牢に入って貰う事になる」と言っていた。それはつまり、悪魔憑きの少女は牢に入れられている、という事ではないだろうか。
領主が寝泊まりするであろう本館や別館に、わざわざ牢屋など作らないだろうし、ましてや悪魔憑きを置いておくとも思えない。となると、やはり騎士の詰所あたりか。
クロードは植え込みから顔を出し、詰所らしき建物の様子をうかがっていた。
だから彼は…、その瞬間を見てはいなかった。
突然、大きな爆発音がして、本館の屋根が吹き飛んだ。
「な!?」
クロードが驚いて見上げると、本館の屋根には大穴が開いていて、中から火柱が上がっていた。
そしてその炎の勢いに乗って、建物の中から飛び出して来た人影が二つ。屋根の上に降り立ち対峙する。
一方は彼の知らない男であり、この町の領主だった。そして、もう一人は…。
「…アイネ!」
クロードは植え込みから飛び出して、その姿を確認する。男と対峙していたのは、他でもないアイネだった。
彼女はあの日と同じ魔法を展開し、屋根の上で領主とにらみ合う。
あの時の彼女は、やはり手加減していたのだろう。あの時は、ただの棒のようにしか見えなかったが、しかし今はハッキリと分かる。それは槍だった。それも馬に乗った騎士が使うような大型の槍だ。
かつて魔法を持たない人類は、大きな丸盾と槍を持って悪魔へ立ち向かったと言う。今のアイネは正に、古の戦士たちのようであった。
「………」
クロードは声もなく、ただそれを見上げていた。
「一体どうなってる! 領主様は何を!?」
騎士たちもまた屋根の上の戦いに注視し、彼へと目を向ける者は誰もいなかった。
領主は両腕から巨大な火球を放ち、アイネはそれを複数展開した盾で弾く。すると目標を見失った火球は下へと落ちて行き、領主邸はたちまち炎に包まれた。
「と、とにかく館の中の者たちの避難を!」
騎士たちが慌ただしく動き出すと、そこでようやく一人の騎士がクロードの存在に気付いた。
「ん? 何だ君、いつの間に入り込んだんだ。ここは危ないから、とにかく外に出なさい!」
それは先程の門番だった。門番はその、がっしりとした腕で半ば持ち上げるようにして、彼を門の外へと引きずって行く。
その間もクロードは、アイネから目を離す事が出来ずに、ただ黙って引きずられていた。
輝く槍と盾を携えたアイネの姿が、彼の目には何よりも眩しく尊く、そして遠く見えた。
手の届かない場所で行われていた戦いにも、ついに決着の時が訪れる。彼は炎に照らされたアイネの槍が、領主の体を貫く瞬間を見た。
「大変だ! 領主様の館が燃えてるぞ!」
野次馬たちが集まる中、門の外へと放り出されたクロードは、領主邸を振り返りただ呆然と見上げていた。
燃え盛る館。そこにアイネの姿は既にない。
それでも先程の光景は、クロードの目に焼き付いている。
「……アイネ…」
今までは何となく、アイネを見付けさえすれば何とかなると思っていた。しかし彼女が人を殺めてしまった以上、もう決して元には戻れない。ましてや相手は、この辺りの土地を治める領主である。
これから一体、どうすれば良いのか。
何も出来ずに、ただ燃えてゆく館を見上げていた彼へ、後ろから声がかけられた。
「…こんな所で何してるの?」
その声には聞き覚えがあった。
彼が驚いて振り返ると、そこには当たり前のような顔でアイネが立っていた。
瞬間、子供の頃の記憶が蘇る。まるで隠れて膝を抱えていた彼を見付けた時のように。いつも通りの彼女がそこにいる。
「え? …アイネ、どうして?」
それは状況がよく理解出来ず、何も考えずに出た言葉だったけれど、彼女は先程の領主殺しの事だと思ったようだ。
「ああ、さっきのなら大丈夫だよ。あれは上級悪魔だから。…まあ私も、悪魔が領主をやってるとは思わなかったけど」
彼女は何て事ないかのように、そう言った。
ここの領主が悪魔だったなんて、にわかには信じられない話だ。
けれど彼には、それを倒したのが彼女だという事の方が信じられなかった。彼女は父の稽古も受けた事のない、おっとりとしていて料理上手な、彼の双子の妹。そうである、はずだ。
そのはずなのに先程の彼女の姿は、今も彼の目に強く焼き付いたままだった。
「…アイネは、一体…?」
もう間違いようもない。彼女は悪魔憑きではない。あの悪魔憑きの少女とは、あまりにも違い過ぎる。しかし、だとすれば、一体何だと言うのか。
戸惑いのまま口にした言葉へ、アイネはどこか他人事のように、こう言った。
「…今の人たちが、英雄リオンと呼んでいる人物。…たぶん、それが私」
「え!?」
その予想外の答えにクロードは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
(…て言うか、たぶんて何なんだ…)
そして続く彼女の言葉も、随分と頼りなげであったが、しかし最後の台詞だけはハッキリと告げられた。
「まあ、私自身はそう呼ばれた事がないから、ちょっと自信ないけど。…でも少なくともアレ、悪魔王フォルマと戦ったのは私だよ」




