表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
動物の声が聞こえる追放女王クレオパトラ ── 五度目の追放ですが、今回はローマ人がついてきました ──  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/5

Ⅲ 盗賊の鍋とローマの影




 盗賊の野営地というのは、想像より雑で、想像より生活感がある。

 砂丘と岩に囲まれた窪地に、テントが数張り。

 焚き火がちりちりと音を立て、鍋の中では何かがぐつぐつ煮えている。


 ……この「何か」が問題だ。

 砂漠で煮えるものは、だいたい“美味しさと安全性の境界線”を軽く踏み越えてくる。

 香りは悪くないのだが、誰も内容を明言しないのが恐ろしい。


「クレオパトラさんよ。兵が身代金を持って来るまで、ここにいてもらうぜ」


「私のぶどうは?」


「ねえよ。食った」


「食べたんだ……」


『そりゃ盗賊だもの。食った者勝ちだと思うよ』


 盗賊の世界の“道理”には、いろんな命が泣いている気がする。


 私はがっくりと肩を落とした。

 ぶどうを失った喪失感は、王族の威厳より重かった。


 その時──

 野営地の外から、砂を巻き上げる音が聞こえてきた。


「誰か来る!」


 盗賊たちが一斉に身構えた。

 砂煙の向こうに、十数人の兵が現れた。

 蹄が「ドドドドッ」と乾いた大地を叩く。軍隊独特の、規律ある響きだった。


『……おいクレオ。あれ、ローマ兵だぞ』


「ローマ兵? なんで砂漠に?」


『知らん。けどローマ兵が群れで動いてるってことは、近くに“あの男”がいる』


「誰?」


『ローマのトップオブトップ。カエサルだよ。君でも噂くらい聞いたことあるだろ?』


「ほぇ、名前だけなら……」


『“ほぇ”じゃない! 歴史変えるやつだ!』


 ローマ兵は整然と盗賊たちを囲んだ。

 盗賊たちは慌て、手近なもの──つまり私──を引っつかんで後ろに下がる。


「動くな! この女は王族だ!」


 短刀が首筋に触れる。

 冷たさが肌を上滑りしていくが、不思議と怖くはなかった。


『クレオ、あんま落ち着いてると刺されるぞ……』


「あの人たちは刺さないよ」


『なんでそんな自信あるんだ……』


「私が死んだら弟が喜んで、盗賊はローマにもエジプトにも追われる。誰も得しないよ」


『……君の冷静さ、たまに氷砂漠みたいだな』


 やがて、ローマ兵の中央から“赤いマント”がゆっくり進み出た。


 馬上の影が、砂の向こうでゆっくり形になる。

 赤い布は焼けた砂漠の背景で異様に目立ち、その人物だけが世界の中心にいるようだった。男が馬を降りる。動きに無駄がない。


 皺だらけの顔は、戦場で何度も陽に焼かれたように濃い影を刻んでいる。


『……あれが、カエサルだ』


 バステトの声が、珍しく震えていた。


 カエサルは盗賊の叫びも、短刀も、私の境遇も一切意に介さない顔で、ただ私に近づいてきた。

 一歩ごとに砂が「ざっ、ざっ」と音を立てる。


 盗賊頭領が声を張った。


「く、来るな! ほんとに刺すぞ!?」


「刺すなら刺せ」

 カエサルの声は低く、乾いた風と同じ温度をしていた。脅しではない。事実を述べているだけだ。


「王女を危険にさらした罪を、ローマはエジプトに問う。お前たちは真っ先に処刑されるだろうな」


「ッ……!」


 短刀がぽとりと落ちた。


 砂漠の風だけが律儀に吹き続ける。

 盗賊たちはすぐにローマ兵に押さえ込まれた。


『……ひえぇ……ローマ、怖……』


「でも理にかなってたよ」


『君も似たような脅しするくせに……』


 カエサルは私の前で立ち止まり、静かに言った。


「名乗れ」


「クレオパトラ七世です」


「なぜ盗賊に囲まれている?」


「ぶどう……食べたくて……」


『そこを省略しすぎるな!』


 カエサルは、静かに笑った。


 その笑い方は、砂漠に突然湧いた泉のように不意打ちで、

 なのにどこか人を選ばない。


「……悪くない」


 悪くないのか。

 良いのか悪いのか、判断基準がローマ式すぎて私はまだついていけない。


「クレオパトラ。追放されている理由は?」


「弟とケンカして」


「内容は?」


「互いに政治をやりたいという“ケンカ”です」


「弟は愚かか?」


「愚かだね」


「お前は?」


「まあ……そこそこ?」


『自分でそこそこって言い方、逆に信用できん……』

 カエサルの口元が、僅かに緩んだ。


 カエサルは私の目をじっと見た。

 視線の奥に、こちらの心を試すような曇りがあった。


「気に入った」


「へ?」


『判断早すぎるだろ!?』


「私はガイウス・ユリウス・カエサル。ローマの将軍だ」


「ローマの……」


『シーザー! もっとリアクションをだな……!』


 カエサルはもう背を向けかけていた。


「お前は、私と共にアレクサンドリアに戻る」


「王宮に?」


「ああ。弟との会談がある。お前が立ち会わねば意味がない」


「へぇ……」


 私は思わず口元がゆるんだ。


 砂漠の風の中で、赤いマントがひらりとなびいた。

 その瞬間、胸の奥で確かに感じた。物語が動き出す音を。


『ねえ、クレオ』


「ん?」


『君の人生、これから本気で変わるぞ』


「うん、多分ね」


 私はバステトを抱き、カエサルの背中を追った。


 砂漠は今日も容赦がない。

 でも、運命はもっと容赦がないのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ