小屋の掃除
頬に棘があるような表面で柔らく湿ったものが触れている。
不快感を覚え勢いよく目を開けて周りを見る。
僕のすぐそばには山羊がいた。長い舌をつかい僕の頬をなめていたのか。
赤い光に照らされた森を見ていると山羊に袖を引っ張られる。
振り返ると小屋の傍にいた。中からは物音が聞こえる。
ふらついた足取りで扉を開けると、おもだるが天井を拭き、イザナミが布団を運んでいた。
「…ん?いざなぎ起きたのか。」
「イザナギ!具合はどうですか?歩いても大丈夫なんですか?」
「寝ていたからか少しは動ける。いまは小屋を綺麗にしていたのか。」
「何故か血まみれだったからな。壊れてはいなかったが居心地が悪いと思い掃除をし始めた。」
「僕が見た時は小屋の中は真っ黒でしたが、木目が見えるようになりましたね。」
桶を取りに来た時のことを思い出す。
窓から見える中は真っ暗で壁も血が一面に広がっていた。
水瓶の中も濁っており何の液体か不明の状態であった。
今は元の木目は見えるようになり、水瓶の中も底まで見えるほどに透明な水に変えられている。
布団は汚れたままであるが、これから水洗いでもするのかイザナミは丈の短い服を着ている。
イザナミは布団を洗うために昨夜の水辺へ向かっていった。
机の上にあったイザナミが使っていたであろう布を使って床の汚れを拭っていく。
「しっかし荒らされていたとは言っていたが、ここまでとは思わなかったぞ。本当に何があったのか知らないのか?」
「僕が桶を取りに来た時点で血まみれでした。死体も傷跡もなかったので深く考えていませんでした。」
「その時点で死体は無かったのか。小屋に痕跡が無いなら血だけを運んできたのか。」
血だけを運んでくる必要性があるのか。
それに近い生態をしている動物はいるが、小屋の中で行う必要はないだろう。
神の仕業なのか。しかし理由がわからない。
嫌がらせというやつか。だが片付けてしまえば問題がないことをするだろうか。
おもだると共に黙々と作業を続けていると扉が開かれる。
外からは汚れが落とされた白い布団を抱えたイザナミが入ってくる。
「洗ってきました。えっと、どこに置いておきましょう。」
「ここを拭いておいたから置けばいい。」
「ありがとうございます!イザナギ!」
僕が拭いていた場所に布団を置いてイザナミは部屋を見渡す。
帰ってくるまでの間に天井は茶色になり、よりきれいになった。
おもだるも流石に疲れたのか机にのしかかるように体から力を抜いている。
僕が目覚めた時には太陽のみだった空も星がきらめいている。
しかし修業はともかく掃除している間に体や服が汚れてしまった。洗いに行かなければならない。
各々がゆったりとした動きで水辺へ向かっていく。
崖下に見える段々とした水溜りは相変わらず光り輝いている。
水が光っているわけではないが、そのように錯覚させるほどに今日の星は明るい。
体を軽く洗い流した後、水に浸かる。
水は冷たいが一面が雪しかない場所で過ごしていたためか温かく感じる。
崖の上で育っている木々は赤い葉を散らしている。
神域の中だというのに植物には終わりがあるのか。
模擬自然として正しい形ではあるが永遠は存在しないと体現させられている。
「明日は森での修行をやる。前に行ったものと同じものだから必要なものはない。」
「僕はまた動物たちに狙われるんですか。」
「……まあ、そうなるな。ただ一日だけにする。一晩休んだら雪山を目指す。」
「2つの修行を交互に行うのですか?」
「お前たちの力量は今回でだいたい分かったからな。今後は神力と体力の両方の底上げを目指す、って修行の初めの時にも言ったか。」
「言っていた。」
「言っていましたね。」
僕とイザナミが同時に言ったためか、おもだるは顔をしかめた。
水の音と枝がきしむ音が響いていると後ろから鳴き声が聞こえる。
イザナミと顔を見合わせてから振り返ると山羊がいた。
ここ最近みかける山羊だ。またおもだるに攻撃するのか。
おもだるからイザナミを遠ざけているとおもだるが振り返る。
山羊を視認したのだろう。大きな波紋を広げながら立ち上がる。
近くに置いていた桶を使い、山羊に向かって水をぶっかける。
しばらくは何もするべきではないだろう。
木々の間にいた月が頭上を通るまで僕たちは神と山羊の幼稚な争いを見ていた。
前回同様、山羊が森に去っていき僕は下の水溜りに落とされる。
これに関しては避けようとした。暴れていた。
ただ数秒と持たずに空中を舞い、水に叩きつけられた。
今日も怪我を確認するからと上下の服を脱いだが、動きが鈍る程の怪我は無かった。
イザナミも確認してもらったが、手に擦り傷があったぐらいだ。
彼女が言うには動物を狩ったときについた傷らしい。
おもだるも軽傷で明日には治っているからと深く追及はしなかった。
汚れを落とし、怪我の確認も済んだ。
明日も修行を行うため小屋に戻ることにする。
比較的きれいになった床に布団を敷き寝ることにする、つもりだった。
小屋の中に果実が積まれた籠が置いてあったため食事をすることになる。
置かれていた果実はおもだるが持ってきたような手で握る大きさではなく、指でつまむような小さな果実が一本の枝にたくさん実っている。
大きさや形に歪みがあるが、ほとんどは甘い味がする。
イザナミも嬉しそうな顔をしているため美味しいと感じているんだろう。
おもだるも何粒かつまみながら味を楽しんでいる。
僕たちと違い力をあまり使っていないからか、栄養補給に重点を置いていないんだろう。
5本ほどあった枝から粒が無くなったころ皆は満たされていた。
おもだるは籠を外に置いてくる。
戻ってきたことを確認してから全員が布団にもぐり始める。
ふかふかで温かい布団は、かすかであった眠気で僕の意識を落としていく。
明日はまた動物たちと殺し合うことになるのか。
今日はもう寝てしまおう。




