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夫婦の神生活  作者: 皐月猫
学習と経験
32/33

無意識の空間

頬に冷たい感触がある。全身を支える硬い感触は一種の安心感を与えてくれる。

瞼が軽い。ゆっくり目を開けると赤い空が見えた。

腕を曲げて視界に入れる。

指は僕の思い通りに動き、手のひらに爪痕を残せるほどに力を入れることができた。

鈍っていた肉体が正しく動き始めたんだろう。

頭を動かすとに赤い鳥居と斜面が見える。もう戻ってきたのか。

上体をあげて周りを見る。

供え物として集めた食べ物は無くなっていた。桶は置かれていたが逆さにされ地面は濡れていない。

空は赤くなり、太陽が地平線の向こうへ沈みつつある。


イザナミがいない。先に小屋へ行っているのか。膝と足首が動くことを確認してから立ち上がる。

桶を手に持ち、小屋までの道のりを進んでいく。

眠っている間に体力は回復したのか、歩く程度はできている。神力は…難しそうか。

転ばないように一歩一歩を確実に進んでいく。

空が赤から蒼に変化しているのが時間の経過を教えてくる。

鳥居から小屋まではこんなにも長かったか。疲れている僕の体のせいか。

地面は動いている。体が足の動きに遅れつつも前進している。歩けているはずだ。

振り返る。鳥居は数歩先に健在だ。全く進んでいない。

僕の口からは透明の空気が循環し続けている。この距離で疲れているのか。

無理に帰るよりも、ここにいたほうが良いのか。


……そもそも僕がここにいる理由はなんだ。おもだるが置いていったのか。

限界だと自分で言っておいて。いや何かがおかしい。

実際はどうなっている。イザナミとおもだるは鳥居へ戻れてのか。くぐれたのか。

僕は抱えられていたのか。運ばれていたのか。置いていかれたのか。

立ち止まりあたりを見渡す。違和感を覚える部分を見つけよう。

………。

桶か。

中には水が残っているはずだ。清めた後、すぐに雪にかこまれた世界に僕たちは行った。

桶を逆さにしたのは誰だ。水はどこに、捨てたとしても乾ききることがあるか。

自然に水が減ることはあるが、帰ってきてから捨てたとしても乾きはしないだろう。

ここの気温は長袖でも暑くなく、半袖でも寒くないくらいだ。

鳥居をくぐってから何日たっていた。帰ろうと提案した時に1日だとして、2日か。

その間に誰かが桶をひっくり返したのか。あの山羊か。

そういった行動をすることはあるだろうが、何のために。問題はあるか。

桶が無いことで何が起こるんだ。清められなくなるだけか。

食べ物もなくなっている。あれは天之常立への供え物のようなもの。

普通に考えれば天之常立が持って行ったか、食べたか。あの神は食べなさそうだが。

空の色は変わっていることから時間は経過している。ただ、動物の声がしない。

動きもみられない。森を見るが一切の動きがない。いなくなっているのか。

ここまでの異変を今まで気付かなかったのか。起きたばかりとは言え問題しかない。

鳥居まで歩くことは出来る。速さも体感と同じ。離れることができないのか。

鳥居の先は山道が続いていた。雪の世界ではなくなっている。供え物が無くなったからか。

疑問が増えていく。何から手を付けるべきだ。

イザナミの顔を思い出す。脳裏に浮かぶ妹の顔は雪が頬についていた。


『イザナミ、聞こえるか。』


『どこにいるんだ。』


『イザナミ。』


反応は無い。聞こえていないのか。こちらに届けられないのか。

出来るかはわからないが、おもだるの顔も思い出す。

変色をしていたが、茶髪の印象が強い。

緑の目は若葉のように輝かしいものであったはずだ。

僕よりも背は高く、服越しでもガタイの良さがわかる。

このくらいか。生物や雪でしっかりとは見られなかった顔を思い浮かべながら話しかける。


『おもだる、聞こえているか。』


『イザナミはどこにいるんだ。』


『聞こえていないのか。』


声は返ってこない。

想像よりもまずい状況なのだろうか。

仕方ない。まずは鳥居をどうにかしてみよう。

赤い鳥居は元の大きさに戻っている。

僕が通れるほどの大きさは前に見た時と同じだ。壊れている個所もない。

食べ物と祈願をしてみるか。しかしここから離れることは出来ない。

僕の肉でも捧げてみるか。イザナミは果実と肉を持ってきていた。できなくはないか。

腕か足か中身か。どこを引きちぎるか考えていると崖の下から山羊がやってきた。

山羊は僕と鳥居を交互に見て、ため息を吐く動作をする。

僕に近づき手に角を擦り付ける。

何をしようとしているかは分からないが、角を握ると声が聞こえる。


[なにしてんの]

「…目がさめたらここにいて。離れることもできない状況です。」

[あいつは]

「あいつ、ですか。」

[淤母陀琉]

「おもだるの居場所は分かりません。修行の場所にいるのか、小屋に戻ったのかすら。」

[しゅぎょーの場所ってどこ]

「雪が多い寒い場所です。大きな山脈もありました。」

[がいとーする場所がおおい。ほか、なんかみた?]

「他は…動物の死体が雪の下にありましたが、生きている動物は見ませんでした。」

[ふーん]


どうでもいいと伝えたいのか角に触れていた手を振り払われる。

この山羊は、いや神は何がしたいんだ。接触してきたということは手伝ってくれるのか。

鳥居の周りを鼻を地面に近づけながら歩き続ける。

山羊は下からやってきた。動物は見えないが、果実はあるだろう。

取ってきてもらうか。素直に持ってくるとは考えづらいが。

山羊に近づき角に触れようとすると、僕から離れ距離をとる。

驚かせてしまったか。僕の声はこのままでも伝わるだろうと距離を保ったまま話す。


「僕は鳥居から離れることができない。ひとまず修行の場所と繋ぎたいから果実を持ってきてくれませんか。」

[やだけど]


声は聴こえたが、断られた。

供え物が無くとも繋げてくれるか。天之常立は練習として祈願をさせようとしていたらしいから可能性はある。

山羊の尾を頂けないか。いや、さすがに抵抗されるだろう。

歩き続ける山羊を見つめていると後ろから大きな音が聞こえる。

小屋の方向か。白い煙が空へ登っていく。

イザナミがいるかもしれない。小屋へ走っていこうとするが、途中から縄でつながれているように鳥居から離れられない。

足は動く。地面を蹴っている感覚もある。

周りの景色も後ろへ流れているように見えるが、振り返ると鳥居との距離は変わらない。

もしもイザナミがあそこにいたら危険だ。すぐに向かうべきなのに。

何だ。神の力なのか。それとも僕が何か間違いを犯したのか。

頭の中に嫌な考えばかりが増えていく。


何をするべきか。いや、何をしてはいけなかったのか。

肺の動きが加速する。喉に空気が詰まるようだ。全身が熱くなる。

頭に熱が集中して頭痛が起こる。痛みのせいか熱のせいか、目の前がにじんでいく。

もう何も無いはずの胃の中から何かが沸き上がってくる。

足が震え手に力がこもる。あの場所に行きたいのに、動くことができない。

近づいてはいけないと、ありもしない本能が働き始める。

なんだ。なにがおこっている。

その場にうずくまり右手を心臓のあたりで握りしめる。

悔しさと憎しみがあふれ出す。

体を支えていたはずの左手には剣が握られている。

見たことのない剣だ。でも手になじんでいる。

僕のために打たれたかのような剣はどんなモノも斬り裂けそうだというのに。

背後にある邪魔な鳥居を破壊する。これで自由になれたのか。

煙の方角へ飛んでいこうとすると山羊に話しかけられる。


[それでいいの?]

「何がですか。あそこには妹がいるかもしれないんです。」

[そうじゃなくて]

「何を言いたいんですか。僕は」

[これは意外][このままじゃいけないね][アレを優先してはな]

[でも悪くは無いよ]

「…誰ですか。」

[ああもう。隠すことをしらないの?]


山羊は粉々にされた鳥居を見る。

[ここまでかな]

[じゃあね]

[良い目覚めを]

[じゃあ解散!]

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