生物の意思 side story
星々の明かりが森も山も海も砂漠も照らしている。距離は遠く触ることさえ出来ないというのに星とはなんて素晴らしいものなんだろう。しかし小屋の周りは中からの強力な光によって明るくなっている。おかげで星が霞んでる。こんなに明るくては動物も寄ってくるだろう。イザナギは深く考えていなかったが、これは罠にしか考えられない。あの神は信じられるのか。イザナギは信頼しているように思えるが、まだわからない。あの星に突き落としたのも、初めて模擬自然に案内したのも、いま力について教えているのも、全部あの神だ。殺そうとはしていないのかもしれない、でも助けられている気もしない。この夜の間に話をしておくべきだろう。
布団の上で天井に顔を向けているイザナギに目を向ける。意識が無くなる寸前まで私の声に耳を傾けてくれた、他者を思いやれる神。春風のように暖かい色の髪を掬い上げる。あの神は血の色は動物の気を高ぶらせてしまうと言っていた。ならばこの髪はどうなの?存在を分け合った男神は淡い血の色をしている。きっとあなたは気にしないのでしょうね。自分自身への関心が低いことはこの短期間でもわかってしまう。でもね、あの説明をされてから気がかりでならない。あの神は知っていても髪の色を染めようとはしなかった。できなかったのか、でも隠すことは出来たでしょう?
髪が布団の上に落ちる。服よりも柔らかい布団は音すらも吸収してしまう。深い眠りから戻らないイザナギの姿を背に私は小屋から出ていく。
小屋の外では約束通りあの神はいた。簡易的に作られた石の椅子に座っている。私に背を向けて山の下を見ているその姿は哀しみを帯びている。そこから少し離れた場所にも同じように石の椅子があったため私はそこに座る。隣にいる神を真似て山の下を見たが、木々が生い茂っているのみ。私は空の方が好き。ここの星は歪んでいるけれどあの星の夜空にも負けないくらいには綺麗にみえる。できればイザナギと共に見たかったけれど、あの一番大きく光っている星について語ってほしかったけれど、無理やり起こしては忍びないもの。今回は諦めるしかなさそう。
隣で頭を上げる気配がする。けれど顔は手で覆ったままであり表情は見えない。腕は震え、息遣いはか細いけれど荒い。怯えているの?私ではあなたに勝てるわけが無いのを知っているはずなのに?きっと別の神に殺されるのね。この場を見ているのは私とあなただけでは無いもの。これからの言動によっては死んでしまう可能性もある。自分でそう言っていたものね。
「あいつは寝たのか?」
「イザナギの事?もちろん寝たのを確認してから出てきたに決まっているでしょう。起きている状態で置いていったら、起きたまま待っていてくれるもの。」
「随分と可愛がられているな。」
「愛されている、よ。イザナギに自覚は無いでしょうけれど。それで私の質問には答えてくれるということで良いの?」
私の質問。『私たちをずっと見ているのは誰?』1つは山羊の姿をした神。1つはここの主。1つは無関心の神。それ以外にもたくさんの視線を感じる。でも実際にここにはいないんでしょうね。居るとしたらきっとイザナギは気づくでしょうから。隣にいる神は手を膝の上に動かした。表情が見えるようになったけれど少し青ざめているだけで特に変化は見られない。何のために隠していたのかな。感情さえも制限されていないといけないの?そんな場所で修業をさせる理由は力の種類を広めるため?この神に意志は無いのね。まだ自分で考えられる人間の方がいいじゃない。生きようとするのも、理由を欲するのも、種としての在り方を考えるのも、死ぬ方法を模索するのも、自主的に行っているの。種にあらがうほどの意思。きっと素晴らしいものでしょうね。イザナギはどう思うのかしら。褒めるの?貶すの?それとも何とも思わないのかしら。それでもいい。少なくとも人間がそういった生命体だから国を作れる。それを利用して私とイザナギは同じ仕事をしていられる。楽しい未来に思いを馳せていたら隣にいた神が答える。
「教えることがはできる。だが、知ったところで意味は無いだろう。知ろうとする理由を聞かせてくれ。」
「居心地が悪いから。地球でも、私とイザナギの神域でも。ずっと視線を感じてました。防ぎようがないなら、せめて誰に見られているのか知っておきたいの。」
「わかっている神は誰だ。」
「山羊の姿をした神、ここの主、高天原の最高神。この神々は隠す気もないからか神力を辿ればわかる。でも他の神は今日のあなたのように力をひそめていたり、薄めていたりしていてわからないの。」
再び俯いた神はため息をついた。理解できないと雰囲気で訴えている。わからないでしょうね。周りによってでしか自分を保てない神だもの。確かに私もイザナギもこれまでに会った神には勝てないでしょうね。でも、互いを強く思い合っているから他の神がいなくとも生きていける。色んな神に会えば会うほどそれを理解する。他の神は他者優先な存在が多い。その次に仕事なのかな。別に否定はしない。その在り方もいいと思う。でも、私にはイザナギがいて、イザナギには私がいる。この間に邪魔が入らないことのみが私の生まれた時からの願いなのだから。
「俺も見られているのは感じる。ただ理由は教えられていない。…お前が言っていた神は合っている。山羊、天之常立、御中主、ここは隠す気がないことも合っているだろう。その必要性がないからな。他に見ている神は活力の神と天の創造神だろう。あとは」
「待って。活力と創造は誰のことですか?」
「あー、別天津神には全員に会ったんだよな?その時に赤い神がいなかったか?」
「居ました。服をくれた神の目の前に立っていて、仲は悪そうな神の事ですね。」
「その神が活力の神。名を…あまり気に入っていないらしく、神名を呼ばれるのを嫌うんだ。だから神力の名で呼んでいる。創造神は造化三神の1柱だ。真ん中に御中主が座り、左右に1柱の神が居ただろ?」
「その中の1柱ですか。まあ姿を見るのはずっと先でしょうから説明はいいです。それよりも他にも見ているんですか。多すぎません?」
疑いの目を向けていると理由であろう1つを教えてくれる。
「生命を導ける神なんていなかったから、興味の対象になってもおかしくないだろう。それに力の使い方次第では他の神を操ることだってできるんだ。」
「それは難しいと言っていましたよね。気にする必要があるんですか?」
「その認識は変わっていないだろう。ただ、いざなぎが元人間を殺したからな。」
「殺してはいけなかったのですか?向こうはイザナギを殺そうとしていたのに?」
「殺したことはいいんじゃないか?問題は殺し方と躊躇いの無さだろう。」
「神域の一部を破壊して外に殺した。躊躇いが無かったのかは知りませんけど、どうでした?」
「無かったな。上からの攻撃も横からの攻撃もすべて防いだうえで反撃しようとしていたから、何もわかっていない状態でも動けていたな。」
それを聞いて少しうれしくなった。イザナギが話してくれたことは私が攫われたことと神域を破壊して外に誘導したことのみ。それ以上は私が怖がるだろうと教えてくれなかったが、そっか私が体内に囚われているときも急いでくれたんだ。今日のイザナギの修行を思い出していく。イザナギは多くの攻撃を受けていたが避けたり防ぐことに集中していた。あの時と違って殺すことが難しいというのもあるだろうが、殺そうと思うほどの理由が無いからかな。あのよくわからない存在にも立ち向かっていたんだ。心が暖まってくる。私が見ていない時でもイザナギは真剣になってくれていたんだ。それだけで救われる気持ちになる。それについてくるように憎しみが沸き上がる。イザナギの私をおもってくれた行動が他の神の関心をひいたの?その思いは感情は行動は言葉は私のためのもので私に向けたものの延長線なのに。自分のものにしようとする考えが嫌になる。すべて持っているのに知っているのにイザナギからもっと貰おうというの?そういった全てが嫌になる。私のイザナギなのに。
おもだるが私を見続けている。その視線すら煩わしい。イザナギだけの世界で生きていたいのに。
「神域を壊すことは異常と認識されるんですか?」
「異常…というか類を見ないやり方だった。神域はその神の土地だからな。入れてもらってる立場で壊そうなどとは考えることもしない。しかし、いざなぎは考え、実行し、結果を出している。」
「その神が何もしなかったからイザナギはその方法をとったのでしょう?何もおかしくないと思いますが。あなたならわかるでしょう?」
「……何の話だ。」
「ここの星はきれいですね。まるで実在するように。でも、距離がすべて同じで光り方も丁寧すぎる。作りものなんでしょう?」
「ここの空は上限がある。夜も明るいように空から光を当てているだけだ。それを自然らしくするために星の形をとっている。本物の星なんてここにはない。」
「神域というのに小屋のよう。いや檻とでも言うべきなのかしら?」
「それよりもさっきの話は何だ。俺なら何をわかると思った。」
「あなたか、それとも山羊の方か。…自分で創った星を壊したことがあるのでしょう?」
「……。」
この神は無言を貫くつもりなのかもしれない。でもわかるでしょう?守りが強力なこの神は、星の破壊ほどの力も防げていた。力がそもそも強いのかもしれない。でもイザナギがあれほどの攻撃をできるとは知らなかったはず。それをこの神は防ぎ切った。つまり神であればできると知っているのだ。神域を破壊されたことは無い。じゃあ実際にある星が壊れたんだ。神による力によって。それを知っている、それを防いでいる。目の前で起こった被害を見ているだけだったんだ。この神は誰かが起こした被害を抑えるだけで止めようとはしなかった。それは共犯と言えるのではないか。その負い目で他の神に従っているのではないか。まあ今すぐ追求するような話ではない。今知らなければいけないことは味方かどうか。それだけ。
「それで?これまでに無い考え方をしているから見ていると?」
「そうなるな。」
「ではあなたはどうなんです?訳も分からない存在と一緒にいていいんですか?殺されるかもしれませんよ?」
「…別にそれは怖くない。」
「そうですか、本当に?」
「ああ。だっていざなぎは俺を殺そうとは思っていないだろう。」
「イザナギを苦しめているからと私が殺すことがあるかもしれませんよ?」
「無いだろう。お前はいざなぎが最優先だと考えている。いざなぎが先生として俺を認識している限り、修行が終わるまではお前は俺を殺さない。修行が中途半端に終わることはいざなぎが気にしそうな出来事だからな。」
この神は知ったような口ぶりで話し続ける。だが否定できない。そうよ、あっているから。イザナギはあなたが神域に来るまで先生との挨拶を考えていたもの。あの出来事が起きるまでは2柱がどんな神なのか、どんな修業が待っているのかずっと楽しみにしていた。一切の変化を顔に出さなかったけどこの状況はイザナギにとって望んだもの、待っていたもの。私の思いだけで壊してはイザナギは後悔し続ける。縁を切るならともかく殺してはその分の知識と経験を失うものだから。特に神は各々に特化した力がある。失ったものはどれほど待っても戻ってこない可能性の方が高い。私が率先して殺すことは無い。絶対に。そこまで知られているとは思わなかった。生きた時間の差だろうか。心までは読めないはずだけれど。
「…あなたはいざなぎをどう思っているの?」
「どう、か。まだ具体的な形をしていないから教えることは出来ない。」
「そう。」
「逆にお前は、お前たちはどう思っているんだ。」
「あなたのこと?先生としか見ていないと思うけど。」
「いや、あの元人間のことだ。」
「元人間?」
「確かに彼らはお前たちを傷つけた。でも神に命令されてやったことであって彼らの意思はほとんどない状況だったんだ。」
「……。」
「お前たちを襲ったやつは全て死んだ。消えていった。彼らを赦してくれるか。」
まるで決まった答えをもとめるように問いかけられる。何を言っているんだろう。私を入れていた肉体は神域からでて塵になった。それを手伝い、守った存在も同じように消えていった。それ以前にあの2柱に言われたから行っただけであり、彼ら自身が傷つけたくてやったわけじゃない。ええ、ええ。知っているわよ。彼らに自主性は感じられなかった。おそらく楽にしてやるとでも言われたのか、さらに加護を与えるとでも言われたのか。彼らに罪は無い。神に逆らうことは難しいもの。目の前で顔を青くしていく神も、神にあらがえない存在。それは罪悪感からなのか、圧倒的な強者におびえる弱者の行動か。まあ、全部どうでもいい。
答えはイザナギよりも先に目覚めて、外から響いてきた悲しい声を聴いたときには決まっていたのだから。あの穏やかな寝顔を今でも思い出す。そして感情さえも蘇る。喉が焼けるように体温が高くなるのを感じる。意識せずとも目は細くなり、質問した愚かな神だけを捉える。手が震えるほどに力が込められているのが分かる。手のひらは汗がたまり爪が皮膚に食い込む。
夜風が髪を攫って行く。目の前が黒く染まり、開けた瞬間に私は返答する。
「ゆるすわけ ないでしょう。あんなに おろかな そんざいを」




