生物の意思 中編
おもだるの話の続きを待っているとイザナミに袖を引かれた。
「イザナギ、どういうことですか?死にたがっているとは?」
「君が腹の中にいたときにあの生物たちを外へ誘ったんだ。あの時は僕の力によるものだからかと思っていたが、今日のおもだるの説明やあの2柱…角杙と活杙は呼び止めていたことから生物の、元人間の意志で僕について来ていたと考えたんだ。確信は無かったが、おもだるの反応を見るに合っているんですよね。」
「俺も全員に聞いたわけじゃない。絶対にそうとは言えないが、少なくともあの場にいた奴らは死にたがっていたんだろうな。」
「これは種の在り方に反しているのでは。あの場に子どもの個体はいませんでした。僕たちを殺すことも、そのせいで殺されることも存続や繁栄を考えると不利益にしかなりません。」
「そこが、元人間と呼ぶ理由さ。あれらは歪んでしまった。」
おもだるは強く息を吐き出し、僕の目を静かにみつめる。
瞬きもせずに見つめ返していると弱く息を吐いてから正面へ向きなおした。
「元人間は子どもの重要性を考えてしまった。自分たちだけでも過去を繋げていける。未来は自分たちで切り開ける、自分たちがいる未来が存在する。今を、自分たちを守れば種として問題が無い、とな。」
「言葉のせいですか。」
「ああ。記録していけば過去を忘れない、忘れても思い出せるし伝えていける。加護のおかげで死ににくい体になったから他の生物を狩るのも縄張り争いも負けることはない。だが、とても長い時間が経った時に自分たちの重要性について考え始めた。」
「自分たちの重要性?」
「なぜ生きているのか、なぜ生まれたのか、なぜ死にたくないのか、なぜ死ににくいのか。何のために生き続けるのか。」
遠くの方で鳴き声が響いている。風が上空へ登っていき木々が激しく揺れている。
自分の生きる意味さえ分からないとは難儀なものだ。
人間は生きるにも死ぬにも理由がなければいけないのか。
だが、逆に考えれば生きる意味があれば知識を使うということだ。国を作るには最適な生命体である。
種としての在り方は手を加えない方が良いのだろう。そう考えると別天津神が気にしなかったのも納得がいく。
…生まれたての神はこの結末を考えられなかったのか。他の神は止めなかったのか。この話は聞けば聞くほど疑問や不可解な点が増えていく気がする。
どこまで知っておくべきなのか。今回はおもだるが話してくれる分だけでも聞いておこうと目をつむっているおもだるの顔を見つめる。
「思考の末、人間は子どもを作らなくなった。しかし、それは無駄なことだと知ったのはさらに後の話だ。言葉によって、各々の記憶によって魂は形を覚えている。人間として生まれなくとも他の生物が子を産む限り、形ある魂は肉体を得る。逆に人間としての形が薄くなっていき、あのような混ざり合った形になっていった。」
「人間は死ににくい体になって、子孫の必要性が分からなくなったと。でも、残された記録や自分たちの記憶によって、魂は生前の形を忘れられずに今も変化し続けている。では、イザナギの言っていた死にたがっているとはどのように繋がるのですか?魂になるとは死んでいるのでしょう?」
「神以外は魂の理屈を知らないからな。忘れることが条件とは分からないんだ。人間としての意思を持ちながら、かけ離れた肉体と生態を続けるのは精神的にも苦痛なのだろう。死にたいと言ったが正確には解放されたいだろうな。」
「だから僕の誘導が効いたのか。」
「あの時のいざなぎは殺意や怒りで満ちていたからな。見た目は似ていても人間ではないと悟ったんだろう。この檻から解放してくれると本能的に理解したんだろうさ。」
「でも、分かりません。人間らしくなくなった事が不快であるのは理解できますが、死にたいと率先して考えるのは種どころか生命として歪んでいるのでは?」
「それは体験してみないと分からないんだろうな。その理屈で行くと魂は、意志は残れど人間としての種は途絶えるも当然になるからな。」
「わかっていないのですか。」
「ああ、分ってない。力を使えば知ることができる神々がほとんど興味の無い話題だからな。」
「興味の無い話題。」
そう聞いて今までの神との会話を思い出すが、僕たちが国を造る仕事を受けたというのに元人間の話をした神はいなかった。
それにこの疑似自然も大した話はされてない。
天之常立の神域であること、角杙と活杙がいたこと、おもだるが頻繁にくること。このくらいだろうか。
自然に興味がありそうな国之常立も話していなかった。
他の神はこの場所にどういった認識を抱いているのか。おもだるは詳しいのは今日だけでもわかる。ただ、この場所に来る理由も頻度も知らない。
この話題は本当に謎が多すぎる。ひとまず、元人間について知ることができた。
……いや、1つだけ聞いておいた方が良い質問があるか。
「おもだる。」
「何だ。説明できそうなとこは話しただろう。」
「人間に加護を与えた生まれたての神とは誰のことですか。」
後ろで息を呑む音が聞こえた。イザナミの両手が僕の右腕を握りしめている。
おもだるは先ほどとは異なる目線を僕に向けている。
心の中を覗き見るような、視線だけで死を感じそうなほどに冷めた鋭い目線だ。
だが、ここで引くわけにはいかない。後先考えずに生命を苦しめた存在は危険分子にあたる。
知っておかなければいけない存在だ、力だ。何より頑なに名を言わないのも気がかりだ。
始めは僕たちが合っていない神だからかと思っていたが、秘匿するような話し方をされては不安になる。
不安なのは僕たちに危険があるかどうかじゃない。仕事の邪魔にならないかだ。
僕たちは人間の国を造って繁栄を見届けなければいけない。憐れだなんだと加護を与えることで破綻してしまうと知ったからには地球への対応を制限させる必要がある。
おもだるは僕を見続けていたが木々の合間から山羊が姿を出したことで視線を動かす。
ここに来るまでに出会った個体と同じなのだろうか。のんびりとした足取りでこちらに近づいてくる。
横に伸びた瞳孔は淀んでいるように見える。頭上で曲がる角は細く、目元へ向かっている。
おもだるの背後に立ち5回ほど蹄を地面へ打ち付けるとそのまま頭突きをした。
顔の向きは僕に向いたままであったおもだるは顔を水面に打ち付ける。大きな水しぶきを上げたのを見届けると山羊は長い舌を使い水を飲み始める。
イザナミを山羊から遠ざけていると水中からおもだるが出てきた。おもだるは顔面に張り付いてくる髪をたくし上げて山羊に声をかける。
「おいおい、突然どうしたんだよ。やっぱり山から突き落とされたかったのか?」
山羊は水を飲み続けている。
「お前が誰かは分かっているんだぞ。自分から名乗り出たらどうだ。」
山羊は顔を上げておもだるを見る。下から睨みつけるように見続けた後、さらに頭を上げて見下すように鳴き始める。
「おまえなぁ、ほんっとうになんなんだ!この間の事をまだ怒ってんのか!?」
山羊の声に負けじとおもだるも声を張り上げる。
何を見せられているのか。おもだるの話し方的には知り合いなのか。
よく疑似自然に来ているとは言われていたが山羊とも知り合いになるとは、おもだるの友好関係は広いのかもしれない。
そう考えていると山羊の顔が僕たちに向いた。




