修業の区切り
「いざなぎは疲れがみえてきたな。そのままでは持たないぞ。力の流し方や受け止め方を変えてみろ。左右だけではなく、上下やそもそも避ける動きも重要だ。…そうだ、良くなった。まあ日が暮れるころにはズタズタになっているだろうが。」
「い、いや。つらい、でしょ、う。そも大き、大きさ、や、こうげ、攻撃のし、仕方も違う、んですよ。しかも殺、殺意に迷いがない。どうして僕を殺そうとしてくるんですか。」
「嫌いなんじゃないか?」
「おもだるが仕組、んだのでは。」
「間違ってはいないが、全部俺ではないからな。あの紐もそうだが、他の神も手伝っている。」
「この生き物は何ですか?何て言いますか、その、触り心地が良くて…。」
「コアラだ。待て、何故ここにコアラが居る。生息域は山の向こうの…はずだ。どうやって捕まえた?」
「紐の気配を追っていたら捕まえました。」
「このあたりに居るわけがないコアラを?ある意味ではすごい力、なのか?」
「紐は追えていますかね?」
「全然。そっちで大事なことは見えない状態でも動きを見ることだ。」
「見えませんよ。」
「言葉通りに受け取らないでくれよ。紐の位置や動きが分かっているなら動物事態の形や動きもわかるはずだ。そこから予想していけば遅くとも十日で捕まえられるはずだ。」
「イザナギの方はそんなに待てない状況なのでしょう?私には助言できることは無いのですか?」
「俺はお前たちの力を使えるわけでも全てを知っているわけでもない。いざなぎの肉体的な動きは指導できるが、いざなみの神力を鍛える方面はお前自身で考えてみろとしか言えないな。」
「それは先生としてどうなんでしょう。神力を教える事が得意な神もきっといるでしょう?」
「居るが、やめた方がいいぞ。色々と問題がある奴だからな。」
おもだるは僕たちから離れた場所で助言をしている。岩に座りながら左手で顔を支えている様子は真剣ではあるが、どこか遠くを見ている気がする。
風でなびいている白髪を横目にイザナミへ目を向ける。
目隠しをした状態で青い紐を追っているが、動物の紐の渡し合いにより届いていない。おもだるの言ったとおりに十日もかかってしまうのであれば僕は耐えきれないだろう。僕を攻撃する動物も食事も睡眠もせずに十日はいないだろうが、森にはより多くの動物がいる。それに加え、夜に活動する動物もいる。このままではいけない。どうにか終わらせられないか。
おもだるは日が暮れる頃に僕が力尽きると言っていた。その観察眼が確かなら、時間はほぼ無い。空は橙色になりつつある。他の2柱の顔も見えずらくなっているため体力がつきかけているのかもしれない。
何がある、何ができる、何をすればいい。
一つ目は動物は僕に敵対的なものと紐を渡し合っているもの。
前者は急所にあたる首や頭、大きさ次第では腹部も含まれているが、そこ以外は無敵かつ防御不可の攻撃をしてくる。後者のイザナミの方にいる動物もこの効果があるかは知らないが、そもそも殺す必要性が無い。イザナミを襲っているわけでもなく、僕の方に来る様子もない。この違いは何なのだろうか。
二つ目は青い紐。
僕の力が含まれているらしくイザナミもその気配を辿って見えない状態でも終えているのだろう。わざわざ僕の力を含めた理由は何だろうか。イザナミに追ってもらうならイザナミ自身でも、紐を作った天之常立の力でもいいはずだ。僕でなければいけない理由があるのだろうか。
三つ目はおもだる。
しかしあの男神は見ているだけで、たまに助言をしてくる。間違ったものでもなく、助言通りにすると動きが洗礼され体力の消費も抑えられた。イザナミは不服そうであったが、使えない力の説明にしては出来ている方だと思う。先生として行動しているぐらいであり、変なところは無い。
あとは何だ。他に何がある。
…なぜここで修業を始めたんだ。
僕もイザナミも森の中での活動にはまだ慣れていない。木々に覆われた場所では攻撃を避けることも動き回る動物も捉えられないだろう。
わざわざ視界の開けた場所に、この平原に連れてきた意味は何だ。
僕とイザナミを離れさせた理由はイザナミを巻き込ませないためか。
ただ、やるべきことは分かった。
イザナミに青い紐を取らせ、僕も動物から逃げ切れる方法を。
そのためにはイザナミに考えを伝えなければいけないが、今の状態では正しく伝えられない。
どうすればイザナミに近づかずに言葉を届けられるのか。
上手くできるかはわからないが、やってみるか。
『イザナミ。聞こえるか。君に頼みたいことが』
「この動物は何ですか?」
「狼だな。呼んでいないはずだが、どうやって捕まえたんだ。」
「足元にいたから拾い上げました。」
「いや、そうじゃなく…うん、そうか。」
駄目か。
分かってはいた、では先生に聞けばいい。
「おもだる、…聞きた、たいことが、あるんっだが。」
「…ほお、なんだ。言ってみろ。」
「あの、頭にっは、話しかける…あれは、どうやっ、っているんですか。」
「なるほど。まずは相手の顔、姿、なんでもいいから相手について考える。その次に心から繋がりがあるように思いこむんだ。想像してればこれは勝手にできるさ。最後に相手に話しかける。片方からでも繋がっていれば、相手からの反応を待つだけになる。相手が話しかけてくれば会話を続ければいい。」
「あり、ありがとう、ございます。」
攻撃への反応を最小限に抑えてからイザナミの顔を思い浮かべる。
ー黒い髪、白い肌、黒く澄んだ瞳。
ー腰丈ほどある髪は彼女の動きだけでなく風や水の流れと共になびいている。
それでは空気のように存在感が薄いように感じるが実際に見ると圧倒される。
指で掬い上げると手の中に夜空ができるように、空中で広がる様子は天の側のようだった。
黒髪に反射された光が点々と星を作り、間から通る光が星の繋がりを作っている。
ー全身を覆っている柔く滑らかな肌は彼女の表情に合わせて色と形を変えている。
白いとは言うが、頬は淡く赤くなっていることが多い。
首や手で顔を囲っていると朝日のように眩い状態になる。
それに加え、髪や服も含めたすべてで美しさを体現しているようなものだ。
黒いカミに包まれた白・赤・黒の色はこの短い神生の中でも
全く色あせない暖かさだ。
ー俺を引き込んでくる澄んだ黒い眼は深海そのものだ。
白い肌を押し上げて光を吸収する様子は季節の変わり目のように緩やかで激しく、
その目に映る全てが彼女に見られていると思うと同じ世界が見たくて仕方がない。
そして何にも染まらない芯の強さを感じられる。
捉えては離さない波のように、意志一つで動く目は彼女の心を露わにしている。
自由な動きを見ていたい、だが、何も映してほしくない。
俺だけを認識してほしい、だが、もっと新鮮な反応を知りたい。
体全体でいうと少ない割合の瞳から意識を逸らすことができないだなんて、
ほんとうに俺の妹は可愛いんだ。
覚えている範囲でイザナミの顔を思い浮かべる。
ずっと見ていた顔も思い出すとなると難しい。僕自身の認識で考えているからだろうか。
あの子はどんな顔だったか、これでいいのか、いや違うような…。
違うと思う点を修正しながら正確な顔を考える。
納得は出来ていない。どこか違う、何かがズレた顔を考えながら声をかけてみる。
『……イザナミ。聞こえているかい?』
「っえ?イザナギですか?」
『ああ、そうだ。僕だ。』
「何かあったのですか?私にできることならなんでもしますから!」
『大丈夫。僕は無事だ。ただ、お願いがあるんだ。頼んでもいいか。』
「ええ。できることなら何でも。ただ、目隠しをしているのでうまくできるかは…。」
『いいよ。君なら出来る。まずは温泉の時のように周りを霧で埋めてほしいんだ。手段は問わないから。』
「霧?……地中の水を使えばできるはず、でも、イザナギへの攻撃は!」
『大丈夫、僕を信じてくれ!』
イザナミへ声を届けることができた。
話しかけた瞬間にイザナミの肩が大きくはねたから聞こえているはず。
後はイザナミの用意ができればいいのだが。
そう考えているとイザナミは地面に手を置いた。
岩に座っていたおもだるが立ち上がるのを見ていたらイザナミと地面の間から白い霧が発生する。
霧は瞬く間にイザナミを覆い、僕と動物、そしておもだるを視認できなくさせた。
3回ほど攻撃を防いだ後に周りの風の流れを変えていく。
僕を中心に円を描くように、層になって匂いを辿れないように。
傍にいた動物の頭を潰してからイザナミのいた場所へ視線を向ける。
見ることは出来ないが、気配は感じる。
手についた土をはらっているイザナミと周りを飛ぶ動物、歩く動物、地中に潜っている動物。
その中でも目立つ気配を口に咥えた動物がいる。
体格から考えるに猫だろうか。イザナミは猫に目を向けているようだが、上から鳥が降りてきている。
このままでは紐は鳥に渡され、イザナミは何も咥えていない猫を捕まえてしまうだろう。
猫がしゃがみ、イザナミが手を伸ばし、鳥が猫を捉えた瞬間に僕は声を出す。
「イザナミ!頭上だ!」
「はいっ!?」
突然の大声に驚いたのか普段よりも高めの声とともにパァンと叩いたような音が聞こえる。
イザナミの手には鳥の頭があるだろう。
跳ねた猫から受け取った青い紐を咥えた鳥の頭が。
イザナミが手の中を確認したことを見てから再び近づいてきた動物を遠くへ投げる。
何度も触って気付いたことだが、勢いや力が無ければ反撃の威力も弱まっている。
先ほどまでは力加減を調整できなかったため、意味は無いと思っていたが攻撃が無くなった今では捉えて投げる方法が安全だろう。
視界は悪く、風もあれているとはいえ血の匂いは強い。嗅覚に優れた動物であれば真っすぐ突っ込んでくる。
イザナミが目隠しを外そうとしていたため素早く近づき彼女を右腕で抱える。
また驚いた声を出したイザナミを右側に抱えなおし、赤い手の中に青い紐があることを確認する。
こちらに近づいてくる神格の位置を特定し左腕で腹を抱き持ち上げる。
空気を吐き出すような苦し気な声が聞こえたが気にも留めずに森へ走り出す。
平原にいた動物が追ってくる気配はしないが、森の中には待ち構えていたのか多くの動物が出迎えてきた。
草木を揺らし僕の姿を目で追えないようにする。土や石を蹴り音を立てることで位置を特定させない。風は常に上空へ送り匂いを辿れらせない。
力を使えるだけ使い続けること数時間、大きな山の麓までたどり着いた。
後ろを見たが追ってきている動物は一体もいない。
左右と頭上を確認してからイザナミとおもだるを降ろす。
「イザナミ無事か。どこか怪我はしていないか。」
「何もありませんよ。私よりもイザナギの方が心配です。動けてはいましたけど怪我は無いのですか?」
「何もない。君が無事ならそれでいい。」
「お前たちよくやったなー。いざなみは紐を持っているし、いざなぎは動物から逃げ切れている。今日はこのくらいにしておくか。」
そういうとおもだるは森へ戻っていく。
しかし、僕たちには山を登るように指示を出してきたためイザナミと山頂を目指して歩き出した。
「私は見えてなかったんですけど、イザナギはどのような修行をしていたのですか?」
「……。えっと、多くの動物から逃げていたんだ。」
「逃げていた?」
「ちょっと襲われていただけさ。イザナミの修行はどうだった。難しいのか、あれは。」
「紐を追うことはできますよ。ただ、動物の動きも含めて考えるのは難しいですね。見えていないので反応も鈍くなりますし。」
イザナミの歩く速度がいつもよりも速い気がする。
修業の成果とはこうもすぐに出る物なのか。もしそうなら修業はすぐに終わってしまうな。
自分の弱さに笑っていると数歩だけ前を歩いていたイザナミが振り返る。
遅れている僕に近づき手を取ってきた。
「今日の修行はイザナギのおかげで終わらせられた。次は私が助けるから。」
そう笑うと僕の横に立って体を支えてくれた。
流石に全身を預けれられないが精神的な寄りかかりができた、気がする。
イザナミが僕の速さに合わせてゆっくりと山を登っていく。
平坦な道はイザナミが僕を支え、坂になっている道は僕がイザナミを引っ張り上げた。
互いにできることをやって、できないことを補い合っていると小さい建物が見えてきた。
木でできた建物で片方のみの扉。窓は大きい枠組みで両脇にあり、屋根の半ばにもついている。
謎の建物を見ていると後ろから声をかけられた。
「ああ、着いていたんだな。先に入っていてよかったのに。」
「おもだる此処は。」
「修行中のお前たちと俺が住む家だ。先に言っておくが、俺は別の方がいいって言ったんだ。俺には文句を言うなよ。」
果実を抱えたおもだるは器用に肘を使って扉を開ける。
中は机が一つに座布団が3枚、布団が3つに水瓶が1つ。他にもいろいろあるが生活に必要であろう物は大体そろっていた。
おもだるは抱えていた果実を机において木で作られた道具で皮を剥いていく。
入り口近くにある水瓶の中に貯められている水を使い、ひとまず手を洗っておく。
おもだるの座った反対側にイザナミと並んで座ると皮を剥いた果実を渡される。
「今日だけで力をたくさん使っていたからな。無心で休むよりも食事と睡眠をとる方が早い。」
「おもだるも食べるのですか。」
「これでもお前たちの力の仕組みや流れを観察していたんだ。能力の使用はしていないが、観察や思考に集中していたせいで疲れてはいる。」
「有難く頂きますね。」
イザナミが果実を齧りうれしそうにしているのを見ながら、渡された果実を食す。
甘味があり、魚を食べたときよりも食いやすい。
今回の修行ではおもだるも食事をするのであれば魚や獣の食べ方を教わるのもよいかもしれない。
次の修行についてや今回の動物について考えながら、渡された果実を黙々と食べ続けていった。




