先生のもとへ
「では、あの男神が先生代理になるということですか?」
「そうなったらしい。他の神も何も言ってこないから本当の事だろう。」
おもだるが帰り、数日たった後、自分たちは高天原に向かっている。
前回同様、橋の半ばにたどり着いた。
ただ橋から地球を見ていた国之常立はどこにもいない。
珍しいとも思ったが別にそういう仕事ではないため、気にすることではないだろう。
橋の上を歩き白い地面へ足を付けたが近くに神の気配はしない。
あの場所での問題は気にするほどに値しないのか、問題ですらならないのか。
模擬自然へ向かいつつ、建物の方へ意識を向けていたが御中主も他の神も呼び止めることは無かった。
一切の障害がなくあの場所へたどり着くことができた。
茶色の地面へ足を踏み入れると周りも様々な植物でいっぱいになる。
「不思議な空間ですね。不自然でありながら安定してる。」
「……もしかして、入ってすぐに連れていかれたのか。」
「連れていかれたと言いますか、足を踏み入れたと認識したら…あの中に…。」
「角杙と活杙はここに入れないようにされているらしい。安心して楽しもうか。」
「お前らな。その前に修行だ、修行!」
周りでおもだるの声が響いていく。その姿は見当たらない。
どうするかと考えているとあの力について思いついた。
目を閉じてあの時の感覚を思い出そうとする。
…ただ目の前が暗くなっただけだ。
「その様子をみるに駄目だったみたいだな。」
「何をしているの?」
「君がいなくなったときに僕の力で見つけたんだ。今回も出来ると思ったんだが。」
「失敗してしまったと。では何故できなかったと思う。」
「何故…。」
「……これは私の考えだけど、イザナギは男神を探そうと思っていないのでは?」
「探そうと思っていないだと。」
「ええ。今のあなたからは探し出そうとする…意思?願い?が感じられなくて。」
「まさか、前はそれを感じられたのか。」
「うん」
イザナミの言葉に内臓を撫でられた感覚になる。
別に知られても問題は無いはずだ。だが、落ち着かない。
気まずい空間で過ごしているとおもだるの声が響く。
「間違ってはない。それがすべてってわけではないがな。これは簡単な試練だ。俺を見つけ出すこと。な?簡単だろう?」
「あの力は使ってもよいのですか。」
「構わない。ああ、ここを壊そうとはしないでくれよ。探すことにのみ力を使え。あとはー、その都度きいてくれ。」
「探し出すことが試練?」
「そのようだ。はぁ、ここは探し物ばっかりだ。」
「…イザナギ?」
背後から草をかき分ける音がする。
後ろを向くと腰丈ほどの四足歩行の獣がいた。
前に会った生物よりは骨格が地球のものと近い。猪の類だろうか。
鼻を地面に押し付けながら僕たちに近づいてくる。
イザナミも獣に近づき頭に手をそえる。
獣は目を大きくかっぴらき全身を大きく震わせながら後退していく。
口から泡を、皮膚から煙を出したかと思えばその場に倒れこんだ。
倒れた後も全身が痙攣しており、かすかに焦げたにおいがする。
その様子をイザナミを遠ざけながら見ているとやがて動かなくなった。
動かないまま煙を出している獣を見ているとイザナミがそれに近づいていく。
「イザナミがやったのか。いったい何を。」
「軽く電気を流しただけです。いつものやり方ではイザナギを汚してしまうと思って。」
イザナミが死体に触れると死体から透明感のある獣が出てくる。見た目は獣と同じだが宙に浮いており、反対側も見えるほどに色素が薄い。
獣は周りを見渡した後、イザナミに近づく。
再び獣の頭に手をそえると2体はかすかに光を帯びる。
光っている獣はどこかに走り去っていき、イザナミはその後ろ姿を見つめていた。
「他にも生き物がいないか探せますか?」
「…そ、れはできるが。あれは、あの獣はどうなったんだ。何をしたんだ。」
「肉体がある状態よりも魂だけの状態の方が適していると考えたんです。そのためにあの生き物を殺して魂を取り出しました。ですが、あの1匹だけでは時間がかかってしまうでしょう?ですからもっと生き物を探してほしいんです。」
「そうか。」
この方法はおもだるも想定していたのか。しかし、止めてこないならば問題は無いだろうと近くにいた生物のもとへイザナミを案内する。
陸上の生物を59体、水中の生物を67体、飛行できる生物を41体…
地球上の生物に似ているそれらを魂の状態にしていくとイザナミのそばへ最初の猪に近い獣が近づいてくる。
僕たちの顔を見た後、来た道を戻っていった。見つけたのだろう。
イザナミに手を取られ獣の後をついていく。
あの方法は苦しくはないのか、もっと簡単にできないのか、君はつらくはないのか、僕は、僕は納得しているのか。
途中から放心状態ではあったがイザナミについていくだけでよい現状におぼれそうになる。
あの魂はどこへ向かうのだろう。
今は僕たちをおもだるへ導いている。では、そのあとは。
このありふれた自然で誰とも干渉せずに過ごし続けるのか。
この広大すぎる自然で理由もなく漂い続けるのか。
この魂はなんとかできるのかもしれない。では、他の魂は。
今更、さっきまでの行動について疑問があふれ出していく。
…僕とイザナミの力はどう違うのだろう。きっと、おそらく、根本的に違う気がする。
おもだるの捜索を頼むだけら生きている状態でもいいはずだ。殺す必要があったのか。
…いや、そもそも、何故、イザナミは
「あっ!みつけましたよ!」
イザナミの声が聞こえる。僕の目の前には白い肌を光で照らされた明るさと、色とりどりの自然を遮断するほど黒い髪がなびいている。
目の奥を焦がされてしまいそうな鮮度の落差に思考を遮られながらイザナミの顔をみる。
左手は前方を指し示し、右手で僕の袖を引っ張っている。口角を上げて、瞳に薄く僕を映している。
イザナミの示す方向には確かにおもだるがいた。
衣服を近くの岩に置き、胸のあたりまで水たまりに沈んでいる。周りは白い霧に包まれており、白髪のおもだるは同化している。
この時点で疑問だらけだが、一番おかしいのはおもだるから神気を感じられない。
本体ではないのか。それとも
「ただ隠しているだけだ。薄める、ひそめる、まあ何でもいいか。」
白い頭がこちらへ顔を動かす。黒い眼がこちらを見据える。
どこか不服そうな様子で僕たちへ話しかけてくる。
「想定よりは速かったが、お前な。もっとやり方あったろ。」
「本物を探し出せたのですからよいでしょう?」
「駄目とは言ってないからな。まあいいさ。よく見つけられたな。」
「おもだる、この魂はどうなるんだ。」
僕の足元には魂だけとなった猪のような生物がいる。他にもおもだるを探すために多くの魂がこの神域をさまよい続けているだろう。
魂の状態では物質世界に干渉できない。この果てのない空間でどのように過ごしていくのか。
「…ある程度たったら肉体が形成される。幼体としてな。魂の輪廻ともいうか。」
「肉体が形成されるまではこのままということですか。」
「そうなる。」
この状態も終わりがあるのであればまだ良い方か。それが何時かはわからないが安心できるだろう。
魂と顔を合わせ森へと帰るように促す。走り去っていく後ろ姿は先ほどよりも勢いがあるように見えた。
「さあ!修行だな。その前に体を清めるぞ。」
「そのために水に浸かっているのですか。」
「水じゃなくて温水だけどな。服を脱いだら入ってこい。」
「えっ!私も、ですか?」
「ああ…お前はあの岩の向こう側でいい。いざなぎはこっち側な!」
「はあ、わかりました。」
イザナミは霧が濃く大きな岩の向こう側へ歩いていく。
その姿を見送った後、天之常立から頂いた服を脱いでいく。
着始めてから色んな出来事があったが傷1つどころか汚れてすらいない。どんな素材を、そのように織ったというのか。先代たちの土俵の違いを感じながら水に足を入れていく。
霧から水中まで温かく、水も体と融合しそうなほどに柔らかく質もよい。
「体が温められます。」
「それは良かった。本来は体を洗うんだが、まずは慣らす必要があると思ったんだ。オーイ、そっちはどうだ?」
「きもちいでーす!」
「そりゃあ良かった。手を丸めて湯水を掬い肩や顔も温めとけ。少しは疲れもとれるだろう。」
「わかりました。ところでおもだる。神気を何故隠しているのです。僕たちの力を知るためですか。」
「それもあるが、まあそうだな。修行の最終目標を言っておくか。」
「最終目標…。」
「まずは力の向上だ。今以上の力を引き出し、より繊細なものにしていく。そして、その力を自身で抑えられるようにする。今の俺のように神気を隠したり、力を弱めたりするんだ。」
「力の向上は分かりますが、抑える必要はあるのですか?弱める理由は無いでしょう?」
「そうとは限らない。いざなぎが前にやった爆発のようなものだって地球でやるにはもっと弱めないといけない。お前たち本来の誘う力もだ。それも危険性はある力だからな。」
「誘う力が危険ですか。」
「ああ、お前たちの力は相手の意思を無視して導いているようなもんだ。他にも道はあるのに崖にしか進めなくすることも、後戻りさせて帰れなくすることもできる。使い方次第では神すら簡単に殺せる。」
「神は難しいのでは。」
「まさか!相手の意思を奪い、力の権限を導いたらいいだけ。本来の役割を大きく逸脱し、その理由もないとしたら御中主が処分するだろう。それを狙えばいい。」
「御中主がそんな間違いをするとは思えませんが。」
「そうだな。あの神はお前たちのせいだと見抜くだろう。だが、その力にあらがえないのも、役割を放棄したのも最終的には相手の意思にある。やめられなかったんだから今後のために処分する。間違ってはいないさ。」
「…その使い方を話してよかったんですか?」
「逆に話しておくべきだと思ったんだ。俺が先に話すことでこの手は使ってもばれるってわかるだろう?」
おもだるは隣にいる僕の顔を見て歯をみせて笑う。




