微睡みの中
…声が聞こえる。
一定の高さが続いたあと高い音を響かせる。
ある程度まで上がった音は元の高さに戻される。
たった数秒間の同じ音を声色を変えて繰り返す。
時には喜びを、時には悲しみを、…かすかに吐息が混じる。
声は誰に届けるわけでもなく、音を遠くへと飛ばそうとしている。
意味もない、必要性のない音は誰も聞こうとはしない。
鳥は遠い空を渡り、魚は海底に沈んだまま。
それでも声は続いている。
どこから響いているのか。
とても近く、でも手の届きそうにない場所。
僕は目を開ける。
始めに認識したのは木製の天井。
地球には天候がある。水が降り、雪が降り、雷が降る。
それらを防ぐために空を覆うように作られた天井だ。
音を辿るように視線を右に動かす。
上半身を起こし外を見ているイザナミがいる。
横顔はひどく儚く、音とともに飛んで行ってしまいそうで、僕は床に残されていた手に触れる。
高い音を出そうと震わせていた喉は活動をやめて、頭をこちらに向けようと回り始める。
イザナミは僕と目を合わせると、身をかがめ笑顔をみせる。
「おはよう、イザナギ。」
「…ああ、おはよう。調子はどうだ。倦怠感や痛みはないか。」
「ええ、少なくとも自力で体を起こせるくらいよ。」
身を起こし、日の光に照らされるイザナミの顔を見る。
最後に見たときよりも赤みを帯びてはいるが、どこか無機質に思える。
「まだ、万全ではないんだ。もう少し寝ているといい。…それと先ほどは何をしていたんだ。」
「壁の向こう、海の中から聞こえたんです。すぐに止んでしまったので内容は分からないんですけど、哀しみを帯びていて。私の声に反応するかもしれないと真似していたんです。」
体を寄りかかれるように近づくと音について話してくれた。
その時に気づいたが外では雨が降っているようだ。
日の光はいつもよりも弱く、少量の水が空から落ちている。
されど、海の声は返ってこない。
声の主が遠くに行ってしまったのか、イザナミの発音が違ったのか。
しかし、イザナミは気にも留めずに目を閉じている。
湿った空気が肌にあたることもお構いなしに外を見続ける。
日が傾いてくると雨が強まっていく。
このままでは中まで濡れてしまう。
イザナミを横向きにして、戸を閉める。
そこで思い出したが、食事をさせたほうがイザナミの回復も早まるだろう。
イザナミに声をかけてから僕は外に出る。
「イザナミ、少しだけ外に出てくるよ。この風に流され鳥や魚が落ちているかもしれない。」
「…っえ?この強風の中ですか?」
「すぐに戻るよ。君は休んでいればいいから。」
戸を閉じて門へ向かう。
オオトノ女神のように自力で門を作れれば便利ではあるのだろうが、今の僕ではそんなことは出来ない。
始めに作っておいた門から出入りするのが、地球とこの神域を移動する方法となる。
神域では外の影響があまり受けないようにしているが、それでも服が引っ張られる感覚がある。
門から一歩出ると顔面を洗われるように水が当たる。
服に浸み込みはしないが風圧に押される勢いは防げない。
一歩一歩を踏みしめて海に近づくと小魚が数匹、息絶えていた。
陸に上がったせいか、風に上げられた勢いか。
理由は分からないが海に感謝を述べて神域へ帰る。
「海に生まれ、ここまで成長したこの魚を頂きます。無駄遣いせず、この身を使わせて頂きます。」
地球を創ったのが僕たちだとしても、魚たちが生まれ育ったのは地球の流れによるものだ。
間違っても僕が一番偉いとは思ってはいけない。
出来ることは違えど、その違いを認め受け入れることで関係は出来ていくのだから。
この魚を有効活用しようと考えていると、イザナミのいる部屋の前まで帰ってきた。
「帰ったよ、イザナミ。外はその…ひどく風が強いから出ない方がいい。」
「そんなにですか…。しばらくはここに居ることにします。その魚をどうするのですか?」
「食事のために持ってきたが…。」
僕たちと魚では体のつくりが違う。
消化は出来るだろうが、どのようにして食べればいいのだろうか。
小さめの魚ではあるが、口を大きく開けても飲み込めはしないだろう。
どこかでかみ切るしかないか。
イザナミからの不安を真正面から受けながら頭に噛みつく。
頭をすべて含んだ時点で口の中がいっぱいになり、かみ切ろうとする。
しかし、口を閉じようとすると頭がのどに刺さり息苦しくなる。
背骨が固く、簡単にはかみ切れない。
力を強めると頭と体を分けられたが、口の中は複雑な味でいっぱいだ。
骨や内臓で触感は固いものと柔らかいもので混ざり合っており、骨の無機質な味と内臓の苦みを含んだ味が不定期に感じるため筆舌に尽くしがたい。
それに加え、うろこが口全体に引っ付くようで違和感があり、海水の味でわずかに塩味がある。
少なくとも栄養補給以外で食べようとは思えない体験であった。
…しかし、イザナミにこれを食べさせるように強要してよいものか。
イザナミは今も僕の顔を見ている。
少なくとも、腹回りは身しかないため食べるのに嫌悪を覚えないだろう。
「食べられるよ。ただ…。」
「ただ?」
「頭の部分は僕の好みのようだから、他の3匹も食べていいかな。」
イザナミは驚いた顔をして僕の顔と魚を交互に見る。
疑った表情ではあったが、僕が口角を上げ、目を閉じていると、頭を食べられた魚だけを取る。
「別にいいけれど、無理はしていないのよね。」
「ああ、無理はしていない。君も量が多かったりしたらすぐに言ってくれ。残りは僕が食べるから。」
そう言って他の魚の頭も食べる。
イザナミは手に取った魚を少しずつ食べ進めていく。
口の中は複雑な状態になっていくが、確かに体が軽くなり、意識が覚醒してくる。
イザナミは2匹ほど食べると満足したらしく、残りの2匹は僕が頂いた。
骨も残さず魚を食べた後はまた寝ることにした。
イザナミの頭を右腕に僕たちは寄り添って眠った。
起きたときとは違い、荒い雨音のみの室内は不安を煽っているようだが、腕の中の温かさがくれる安心感には何も勝てなかった。




