名探偵誕生①
「正直、サークル内では目立たない存在だった辻花君が、橋本さんと付き合い始めたことを知った時は、正直、驚いた。別に、彼女のことが好きだった訳じゃないけど、ちょっと不釣り合いな気がしてね。男性部員の中にはショックを受けた人間が大勢いたようだ。サークルを辞めた人間もいたね。その中でひと際、ショックを受けたやつがいた」
――それが、蛭間昭雄だ。
と弓月は言う。
「蛭間は僕や辻花君と同じ学部の同級生、サークルも一緒で三人仲がよくてね。何時もつるんでいた。僕は千葉の出身、辻花君は関西、蛭間は広島の出身だった。出身地はばらばらだったけど、妙にウマが合った。蛭間は剽軽で口数が多くて、関西出身なのに無口な辻花君と比較され、どちらが関西人か分からないと、よくからかわれていた。
橋本さんが新入生として入部して来た時、蛭間は、美人だけど、性格がきつそうだと言っていた。それに、辻花君と橋本さんと付き合い始めたことがサークル内に知れ渡った時には、辻花君の肩を叩いて、良悦!良くやったと我が事のように喜んでいた。でも、彼が抱えていたどす黒い闇に、誰も気が付いていなかった」
弓月は言葉を切ると、グラスをくるくると回して、まるでワインを嗜むかのようにビールを飲んだ。ちょっと、気取り過ぎだ。
「事件が起きる一カ月くらい前だったかな。辻花君から相談を受けた。橋本さんが、ストーカー被害に遭っていると。誰かに見張られているような気がする、そう彼女が言っていたそうだ。単なる思い過ごしだろうと、辻花君は思ったようだが、やがて疑惑は確信へと変わって行った。夜、彼女がアパートに帰宅する途中、後ろから付けて来る足音を聞いたのだ。駅前に停めておいた自転車に乗る時、微妙に位置が変わっていたらしい。変だと思っていると、背後から足音が聞こえたと言うのだ」
青田が顔をしかめた。弓月の話に感情移入してしまっているようだ。弓月の横顔を伺うと、頬に赤味が指していた。ビールを飲んだからだろうが、話に熱中して、熱くなっていることもあるだろう。
「橋本さんから相談を受けた辻花君は、二、三日、それこそストーカーの様に、遠くから彼女の様子を伺った。彼女を付け回す人物を見つけようとした。だが、それらしい男を見つけることは出来なかった。やっぱり気のせいだよ、辻花君はそう言って、橋本さんを安心させた。彼自身、そう思いたかったんだろうね。ところが気のせいではなかった。
事件の一週間ほど前、辻花君から相談を受けた。相談したいことがあると言いながら、渋い表情で、なかなか話を切り出さない。思い詰めた様子だったので、ここは急かしちゃダメだと、辛抱強く、彼が口を開くのを待った。すると、彼が言い出した。
――ストーカーは蛭間みたいだ。
驚いたよ」
「やっぱり!そう思っとったんや」と輝秀が声を上げた。
弓月はちらりとその顔を見てから、無視して話を続けた。「辻花君が橋本さんの身辺を監視している間、ストーカーは現れなかった。だけど、監視を止めた途端にストーカーが現れた。誰かに見られている気配がすると橋本さんが言い始めた。ストーカーは辻花君が警護をしていることを知っていた。その疑いを否定できなかった。友人の中に、ストーカーがいるんじゃないか?辻花君は苦悩した。そして、ある日、彼女がアパートに戻ると、人が侵入した形跡があった。間違いない。ストーカーだ。調べてみると、ベランダの窓に鍵を掛け忘れていた。そこから部屋に入ったのだ。絶対に勘違いなんかじゃない。橋本さんは確信した。
彼女の部屋はアパートの最上階だった。地上から侵入できないと、高をくくっていた。だが、最上階は地上から進入するのは大変だけど、屋上からだと意外に簡単に侵入できたりする。辻花君は警察に届けようとした。だけど、橋本さんが反対したんだ。ストーカーが、あるものを盗んでいっていたから」
「あるもの?」
「彼女の下着だ。侵入者は彼女の下着を盗んで行った。警察に届けると、そのことを根掘り葉掘り聞かれてしまう。若い女性だ。恥ずかしかったんだろうね」
「卑劣なやつだ!」
「ストーカーなんて卑劣な人間のやることだ。そして、あの出来事が起こった。深夜、アパートへの帰宅途中、橋本さんは男が後をつけて来ることに気が付いた。暗い夜道をひたひたと足音が追いかけて来る。彼女は身の危険を感じた。早足で先を急ぐ。見通しの悪い角を曲がって、道端にあった自動販売機の陰に身を潜めた。頭の良い子だ。直ぐに、男が現れた。路上から、彼女が突然、消えてしまったことに戸惑っただろう。彼女が走り去ったと思った。慌てて後を追いかけて行った。一瞬、自動販売機の灯りで、男の顔が見えた」
「それが蛭間だったのですね」
「そうだ。蛭間だった・・・・馬鹿な話さ。辻花君、僕と蛭間にストーカーのことを相談していたのだからね。辻花君が橋本さんの護衛をやっていた時、ストーカーが現れなかったもの道理さ。蛭間は辻花君が橋本さんの護衛をやっているのを知っていたのだから。
辻花君、すっかり頭に血が上っていて、蛭間を呼んで問い詰めると息巻いていた。だから、僕は言ったんだ。蛭間がストーカーだと決めつけてはダメだ。証拠が必要だ。警察に届けた方が良いと。
でも、彼は僕の話を聞かなかった。結局、蛭間を家に呼んで問い詰めてしまった。そして、あの悲劇が起こった。心の何処かでストーカーは蛭間じゃないと、信じたかったのかもしれない。ああ、僕の言うことを聞いていれば・・・・
僕には全てが見えていた。ストーカーのことを問い詰められ、逆上した蛭間が辻花君を殺害したのだと」




