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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第一章
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書斎の死体①

 田上からの事情聴取を終えると、「晃君を呼んでくれ。次は現場検証だ。現場を見てみたい」と弓月が言い出した。

「分かりました」と応接間を出て行こうとすると、俺に聞こえるように「思ったより簡単な事件だった。この程度の事件を未だに解決できないなんて、やっぱり警察はダメだな」と呟いた。

「もう事件を解決したのですか⁉」と大仰に驚いて見せれば弓月は喜ぶのだろうが、相手をするのが面倒だったので、聞こえない振りをした。

 こう言っておくと、最初から自分は分かっていた。ほら、あの時、言っただろう、と後付けで言える。弓月の常套手段だ。こういう胡散臭いことをしばしばやる。正直、自分の価値を下げるだけだと思う。尊敬していない訳ではないが、時に付き合いきれない。

 晃を呼びに行く。

 晃、淳子、輝秀、田上の四人は台所で食卓を囲んでいた。俺に気が付くと、「ああ、藤川さん。何か?これからどうしますか?少し、早いかもしれませんが、食事にしましょうか?」と晃が笑顔を向けてきた。

 事情聴取を行っている内に、夕暮れ時を迎えていたようだ。

「弓月が現場を見たいと言っています。晃さん。案内してもらえませんか?」

「分かりました」と晃が立ち上がる。

「どんな感じですか?」と晃が聞いてきたので、弓月はもう事件は解決したと言っていますと伝えると、「えっ⁉」と戸惑いの表情を浮かべただけだった。

 何だろう?何故だろう?晃が一瞬、浮かべた表情に、不安を感じてしまった。

 晃に書斎に案内してもらう。

 応接間を出ると、玄関ロビーに出る。広々としていて、大人が抱えきれない大きさの木彫りの熊が置いてあった。北海道土産だろう。鮭を加えた熊の置物だ。

 玄関ロビーから長い廊下を歩いて行く。

 書斎は屋敷の日当たりの良くない外壁沿いにあった。和室を洋間に改装したもので、板張りの床にマホガニー製の机が部屋の中央にどっかりと据えられてあった。

 井上晴秀は読書家だったようだ。天井まで高さのある本棚が二つ、壁に沿って備え付けられていた。本棚には蔵書が隙間なくびっしりと並べられてある。作者や出版元別に綺麗に整理されて並べられていた。几帳面な性格だったようだ。

 机と本棚以外、空気洗浄機が置いてあるだけで、広々としていた。

 書斎の床に、晴秀は体をくの字折り曲げて横たわっていた。弓月は、ふむと顎に右手を添えると、うろうろと部屋の中を歩き回った。

 邪魔をしないように、俺は入口に立って、弓月の様子を観察していた。

 書斎の窓が胸の高さの位置にあることを確認すると、窓の鍵を動かして見た。そして、なるほど~なるほどと何度も頷いた。

 窓を開けて、外の様子を確かめる。窓には回転式のクレセント錠と呼ばれる鍵があった。半円形の金具を回転させ、窓のフックに引っ掛けて固定する簡単な仕掛けだ。遺体発見時、この鍵が掛かっていなかった。

 広大な屋敷だが、書斎の窓を開けると、隣のアパートが迫って来ていた。屋敷の壁がそのままアパートとの境界線になっている。屋敷と壁の間には一メートル程度の隙間しかない。隙間には砂利が敷き詰められていた。犯人は窓から書斎に侵入したものと考えられているが、地面が砂利だった為、足跡は発見されなかった。

 弓月は窓から首を出して辺りを見渡すと、ふむふむと声を出して頷いた。

「窓に鍵は掛かっていなかったのですね?」

「はい。鍵は掛かっていませんでした」

「ドアにも、この部屋のドアも、鍵が掛かっていなかったのでしたね」

「掛かっていませんでした。何か変でしょうか?」

「犯人は何故、部屋を密室にしなかったんだろうって思いましてね。そうすれば、遺体の発見を遅らせることが出来る」

「日頃、書斎に鍵は掛けませんから、鍵が掛かっていれば、開けたと思います。父を探していましたから、きっと直ぐに開けたでしょう。密室にしてもあまり意味がないからじゃありませんか」と晃が言うと、弓月はむっとした様子で「密室にするメリットは他にもあります。自殺だと勘違いするかもしれない。遺体の発見が遅れれば、逃亡の時間を稼ぐことが出来る。晃君。僕はあらゆる可能性を考えて推理しているです」と言った。

「はあ、すいません」

 弓月は部屋の中央で、まるで舞いを舞うように両手をひらひらと動かしながら、立ったりしゃがんだりした。人に見えないものが見えているかのようだ。その芝居がかった仕草を見ていて、ちょっとやり過ぎだと思わずにはいられなかった。

 やがて、「大体、分かりました」と呟くと、「金庫は何処です?」と晃に尋ねた。晃は本棚に歩み寄ると、「ここです」と屈んで戸棚を開けた。

 戸棚の奥に金庫があった。

「ほう。こんなところに金庫があるのですね。戸棚の中。犯人はここに金庫があることを知っていた訳だ」

「うちの店子の中に犯人がいるのでしょうか?」

「ふふ。店子とは限りません。ただ、ここに金庫があることを知っていた人間が犯人だということになりますね」

 弓月は何か掴んでいるのだろうか。

「晃君。事件当夜、金庫の中には、かなりの額の現金が保管されていたんでしたよね?」

「はい。銀行振り込みにしている店子さんがほとんどですけど、中には毎月、現金を持って来る人がいます。家賃と駐車場代を合わせて、百万円くらいの現金が、あの日、金庫の中にあったと思います」

「・・・・」弓月は無言で頷きながら金庫を確認した。

 キーパッドから暗証番号を入力するテンキー式の中型金庫だ。十分程度、こじ開け作業を行って金庫が開かない場合、窃盗犯は犯行をあきらめてしまうことがほとんどだという。見るからにこじ開けに強そうな金庫だ。

 現金だけで百万円保管してあった。銀行振り込みが多いだろうから、毎月の家賃収入は現金の数倍だ。一体、どのくらいになるのだろうか。井上家はあくせく働かなくても、家賃収入だけで十分、生きて行けるようだ。うらやましい限りだ。

 わざわざ大阪まで足を伸ばして、調査にやって来たのだ。見事、事件を解決することができれば、弓月探偵事務所にとって、良い宣伝になるし、井上家は大手の顧客となってくれるかもしれない。

 正に弓月が言うメロンだ。金蔓だ。

「借家人の中には、毎月、現金で払う人間がいた。犯人はそのことを知っていた。書斎の金庫に現金があることを知っていた。だから、屋敷に忍び込んだ」

「刑事さんが、店子を一人一人、詳しく調べたようです。ですが、結局、怪しい人物は浮かび上がって来ませんでした」

「警察は相変わらず的外れな捜査をしているようです」

「そうですね・・・・」晃は曖昧に頷いた後で、「だから、名探偵の弓月さんに、お越し頂いた訳です。警察からは何の連絡もありません。ちゃんと捜査をしてくれているのか怪しいものです。弓月さん、お願いします。父を殺した犯人を捕まえて――」と言いかけた。その言葉を遮って、「ああ、分かっています。大体、分かりました。もう書斎の調査はこれくらいで結構です」と弓月は現場確認を打ち切った。

 弓月はあおられることが嫌いだ。クドクド言うな。分かっている。そう言いたいのだ。

書斎を出る。

 廊下で弓月に「犯人は何故、密室にしなかったんでしょうね?」と囁くと、「君だってそう思だろう。これだから素人は困ったものだ」と乗って来た。

「密室と言ったって、人が知恵を絞って作り上げたものだ。実際には人が出入りしたものを、ギミックを使って人が出入りできない状況を偽装しているだけだ。密室を作り上げるのは、高いインテリジェンスが必要なんだよ。要は、犯人にそれだけの知性が無かったと言うことだろうね。犯人との知的な勝負を期待していたんだが、期待外れに終わりそうだ」

 弓月はそう言って笑った。

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