誰が悪魔を殺したのか?⑥
「弓月に襲われた。でも、でも」
「ああ、せや。殺されたのは弓月や。五十前後のおばちゃんが若い男に襲われて、力で勝てる訳があれへん。せやさかい言うたやろう。何処に呼び出すかについては、予め打ち合わせをしてあってん。坂上神社には辻花大悟が潜んどった。弓月を殺害しようと、虎視眈々と待ち構えとってん」
弓月に襲われた蛭間朱里は咄嗟にドアの鍵を解除した。蛭間朱里の首を絞めることに夢中になっている弓月は気が付かない。背後から辻花大悟が襲い掛かった。「辻花大悟は弓月の首を絞めた。蛭間朱里の首を絞める弓月の首を絞めたって訳や」
地獄絵図だ。蛭間朱里の首を絞める弓月の首を背後から辻花大悟が絞める。あさましい構図が脳裏に浮かんだ。
「そして、弓月は殺害された。そういうことですね」
弓月を殺害した辻花大悟と蛭間朱里は池に遺体を遺棄し、車で走り去った。その姿が防犯カメラの映像に残ってしまったのだ。
学生時代には憧れの存在だった。一緒に働くようになって、憧れは別のものに変質していったが、弓月が殺されて喜んでいる訳ではない。虚栄心が強くて、自分勝手な男だったかもしれない。本性は醜い殺人者だったのかもしれない。だが、弓月のことを何処か憎めない自分がいた。
「蛭間朱里の証言や。辻花大悟の証言も同じやった。証言通りやとすると、正当防衛が成り立つかもしれへん。弓月は既に殺されとる。死人に口なしや。殺害目的で神社に呼び出したことを証明できるかどうか、それが罪状を分ける鍵になりそうや」
「しかし、何故、弓月は蛭間朱里の呼び出しに応じたんでしょうか?何故、彼女を殺そうとしたんでしょうか?」
「分からへん。蛭間朱里も何故、弓月が呼び出しに応じたのか不思議やと言うとったみたいやで。逆に、兄ちゃん、あんたに聞きたい。弓月は何故、蛭間朱里の呼び出しに応じたんや。傍にいたあんたなら、分かるんちゃうん?」
「僕がですか⁉」と一瞬、驚いたが、何となくだが弓月の考えが分かるような気がした。
かつて弓月が言った。関係者を皆殺しにして、自分がいた形跡を消しておけば、完全犯罪が成立すると。弓月は蛭間朱里を殺して口を封じるつもりだったのではないだろうか。
弓月の言葉と想像を鬼政に伝えてみた。
「なるほどな。皆殺しか・・・実はな、弓月の携帯電話が見つかったんや。辻花大悟が隠し持っとった。携帯電話の情報を解析したところ、最後の通話は蛭間朱里からのものやった。検索履歴も分かっとる。殺害される前、弓月は携帯電話をつこて、大阪から東京に戻る方法を検察していた。深夜バスに電車、新幹線、航空機まで大阪、東京間のあらゆる移動手段を検索しとった。はよ東京に戻りたかったんやと思うたんやけど、兄ちゃん、あんたの話を聞くと、恐ろしい想像が頭に浮かんだ」
「恐ろしい想像?何ですか?」
「アリバイ作りや。蛭間朱里を殺害した後、アリバイ・トリックをつこて、大阪におらなんだことにしたかったんやないか」
「そうかもしれませんね」弓月ならあり得る。
「それにな、携帯電話の地図に辻花家の場所がマークされとった。弓月は辻花家に戻るつもりやった。ひょっとしたら――」
ああ、そうだ。鬼政の言わんとしていることが分かった。「あの夜は事件関係者が辻花家に集まっていました。蛭間朱里を殺害した後、辻花家に向かい、関係者を皆殺しにするつもりだったのですね」
「考えすぎかもしれんけどな」鬼政が厳しい表情で呟いた。
「これで事件も解決ですね」
「あんたにとっては事件解決やろが、捜査はまだ続く。裏付けを取るのはエライねん。辻花大悟は正当防衛を主張して来るかもしれへん。蛭間朱里を守る為に弓月を殺害したのだと。弓月を殺害目的で呼び出したことを証明することは、めっちゃややこしいやろうな。
取り調べを担当した刑事に辻花大悟が尋ねたみたいやで。刑事さん、正義って何なんでっか?ってな。司法の力で犯罪者に罰を与えることが出来ひんかった。遺族はそれで満足できると思うか?正しいことをしようとして殺された子供の、濡れ衣を着せられ殺された子供の、車に跳ねられ病院にも連れて行ってもらえんと亡くなった子供の無念を晴らしてやること、それこそ正義やあらへんか?苦しい時に人に優しくできる人間になりなさい。そう言って、わいは子供を育てた。せやさかい、あの子は正しいことをしようとした。辻花大悟はそう言うて泣いたらしい」
何も言えなかった。辻花大悟の、高寛の、田口智康の、蛭間朱里の、そして青木矩史の苦しみが分かるような気がした。
俺のような部外者が口を出せる問題ではない。
「ああ、そうだ。鬼政さん」
鬼政とは良いコンビだったと思う。ついこの前のことなのに、真実を追い求めて、平野の町を走り回ったことが、遠い昔の思い出のように懐かしく思い出された。折角、仲良くなれた。鬼政とこれで縁が切れてしまうことが残念だった。
「うん。なんや、兄ちゃん」
鬼政も少しは未練があるのかもしれない。
「折角、こうして知り合いになれたのです。たまにはビデオ通話をやりませんか?二人だと話が弾まないかもしれませんから、仲間を増やして」
「おう。ええな。この年や。携帯を覚えるのも大変でな。教えてもらえる人間が欲しかったところや」
「ゲストを呼んでありますので、ちょっと待って下さい」
「ゲスト?」
「大政さんも知っている人ですよ」
「わいの知っとるやつ?マコっちゃんか?」
「はは」と俺は笑ってごまかした。
予め話をして待機してもらっていた。ビデオ通話で呼び出しを掛けると、直ぐに応答があった。画面が広がる。そこには花屋「紬」の女主人、漆原の姿があった。
「マイちゃん!」鬼政が絶句する。
紬で携帯電話の操作を教えた時に、連絡先を聞いておいた。鬼政の知り合いだ。警戒心を抱かなかったようだ。簡単に教えてくれた。ビデオ通話をやらないかと声を掛けたら、是非、覚えたいと言う。そこで、やり方を教えて、今日、待機してもらっていた。
鬼政には世話になった。
これは俺からのプレゼントだ。
了
探偵が犯人だったら面白いだろうな――とは何度か考えた。
だが、ミステリー小説のタブーだし、流石に反則過ぎるような気がした。その代わりでもないが、探偵が犠牲者だったらという発想のもと、書き上げたのが本作。完全に出落ちの作品。探偵が犠牲者である為には・・・で知恵を絞った結果、少々、強引な展開になってしまった。
屋敷が消滅する――というのも面白そうだと思って、やってみたが、犯人探しのはずが、犯人は何処に行ってしまったかになってしまった。




