名探偵登場④
淳子や輝秀から、ろくに話も聞かずに事情聴取を打ち切ってしまった。これで大丈夫なのだろうか?不安になった。
「所長、もう少し、きちんと話を聞いた方が良いのでは?」と言いたかったが、どうせ俺の話なんか聞かない。機嫌を損ねるだけだ。
俺の不安を察した訳ではないだろうが、「くだらない。わざわざ大阪まで足を運ぶまでも無かった」と弓月は俺に聞こえるように呟いた。
「所長はもう事件の真相が分かっているのですか?」と尋ねた。
恐らく、弓月はそう聞かれたがっている。
「事件の真相?僕は初めから、全てお見通しさ。ジグゾーパズルのピースが、後、ひとつふたつ欠けている。それさえ埋まれば、事件は解決なのさ。さあ、次の関係者を呼んでくれ」
最後に、田上が呼ばれた。被害者の友人で、事件当時、悲報を受けて井上家に駆け付けている。応接間に現れた田上は弓月の鋭い眼光を避けるかのように、顔を伏せながら、ソファーに腰を降ろした。
「先ずお尋ねします。井上さんとは、どういうご関係なのでしょうか?」
田上は顔を上げると答えた。「はい。同期入社で、入社以来、親しくお付き合いをさせてもらっていました。彼には本当に世話になりました。私は岡山の人間で、慣れない土地で大変だろう。困ったことがあれば、何でも相談してくれ。俺はここが地元だから、多少なりとも役に立つと思う。そう言ってくれて、岡山から出て来たばかりの私の面倒を親身になって見てくれました」
「親しかった訳ですね」
「はい。お互い、将棋が趣味だったり、野球観戦が好きだったり、彼とは妙にウマが合いました。友人、親友だった、と私は思っています」
「あの日、連絡を受けてこちらに駆けつけて来た?」
「はい。私が来た時には、もう警察官でいっぱいでした」
「誰から連絡をもらったのですか?」
「晃君です。警察沙汰の大事件ですから、私が顔を出して良いものかどうか迷いました。却ってご迷惑をおかけするんじゃないかと」と田上が言うと、弓月は「確かに迷惑でしょうね」と身も蓋も無い言い方をした。
「ですね・・・・」田上が苦笑する。
「何故、晃君はあなたに連絡をしたのでしょうか?」
「それは・・・会社にも色々、報告しなければなりませんので、取りあえず私に伝えておけば何とかなると思ったのでしょう」
「なるほど。犯人について心当たりはありませんか?井上さんに恨みを持っていた人間とかいませんでしたか?」
「井上君から、帰宅途中に、屋敷の周りをうろついている変なやつを見かけたと言う話を聞いたことがあります」
輝秀の話を裏付ける証言だ。
「どういう人物でした?」
「見知らぬ人物で、屋敷と隣のアパートの間に細い隙間があるのですが、そこから飛び出してきて鉢合わせになりそうになったと聞きました。通り抜けが出来る隙間ではありませんので、迷い込む訳がない。のっぺりとした顔をした変な男だったと、そう言っていました」
またのっぺりとした顔をした男だ。
「ほう~その男の話を聞いたのは、何時頃ですか?」
「事件が起こる二、三日前だったと思います」
輝秀の目撃談と一致している。怪しい男が屋敷の周りをうろついていたのだ。重要な情報のような気がしたが、弓月は「事件が起きる二、三日前、怪しい男が屋敷の周りをうろついていたのですね。なるほど。ちょっと出来過ぎているような気がします」と関心を示さなかった。
「そうですか・・・」田上は肩透かしを食らった様子だった。
「他に何か気になったことはありませんか?」
「そうですね・・・井上君の悲報を聞いて駆けつけてきた時、大勢の警察官が屋敷内をうろうろしていましたが、彼らの動きを見ていて、気になったことがありました」
「何でしょう?」これには弓月が関心を示す。
「専門家ではありませんので断言はできませんが、鑑識官が玄関のドアの鍵を入念に調べていたような気がします。ご存じの通り、犯人は書斎の窓から侵入したと思われています。何故、玄関の鍵を調べているんだろうと不思議に思いました。それで、ふと思ったのです。ひょっとして犯人は窓ではなく、鍵を開けて玄関から屋敷に侵入したのではないかと」
「犯人は玄関の鍵をピッキングして屋敷に侵入した。その可能性があると言うことですね?」
「そうだと思います。そして犯人は書斎に入り、金庫の鍵をこじ開けようとしていた。その現場を井上君に見つかった。井上君は犯人と格闘となり、絞殺されてしまった。慌てた犯人は、玄関から逃走した。そう思います」
玄関のドアは閉めると自動的に施錠されるタイプだ。屋敷内から外に出る時は、ドアの取っ手を回すだけだ。
「犯人の侵入経路は書斎の窓からでは無かった可能性がある訳だ」
「はい。どう事件に影響するのか私には分かりません。淳子さんが書斎の窓の鍵を掛け忘れたことを気に病んでいますが、関係が無かったのではないかと思います」
田上の話は鵜呑みにはできない。田上は淳子のことも良く知っていたのだろう。淳子は窓の鍵を掛け忘れたことが、夫が殺された原因だと悲観している。その罪悪感から解放させてやりたいのだ。