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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第三章
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あるべきはずのもの③

「ふと思い出したのですが、蛭間君のアパートのあったスニーカー、あれ斎藤君が履いていたものでした。事件の後、病院に来た刑事さんがスニーカーの写真を見せてくれた時、蛭間君のものだって答えました。蛭間君のものだったから。でも、借金のカタに蛭間君が斎藤君に渡していたことを思い出しました。斎藤君、スニーカーには興味が無いと言いながら、気に入ったようで、事件の前は何時もあのスニーカーを履いていました。蛭間君、お前が気に入ったのなら、金は返さなくて良いよな、なんて言っていました」

「借金のカタ?あのスニーカーは弓月が履いていた?」

 だとすれば靴の中底に良悦の血痕が残っていたことも頷ける。弓月はあの日、あの靴を履いて良悦を尋ねた。そして、良悦を殺害し、足の裏に血液が付着した。靴を履いた時に、それが中底に移ってしまった。

「事件の直前に蛭間君がお金を返してスニーカーを取り戻したのかもしれないませんね」と奈津は言ったが、弓月がスニーカーを履いていたのだと思った。恐らく、あのスニーカーは弓月がわざと蛭間のアパートに残したのだ。

 状況証拠に過ぎないが、またひとつ、弓月が犯人であることを裏付ける証拠が出て来た。

「それに――」と奈津は言う。

 まだ何かあるのだ。「蛭間君がゲイだったと聞かされた時、ああ、やっぱりと思いました」

「知っていたのですか?」

「いえ、そうじゃないかと思っていたものですから。何かあったという訳ではありません。何となくそうじゃないかと思っていました。女の感です。だから、蛭間君が私をストーキングしていて、それがバレそうになって辻花君を殺したという話は信じていませんでした。辻花君が殺された時――」と言って奈津は顔を歪めた。まだ事件のショックが尾を引いているのだろう。

「蛭間君、自らの思いを辻花君に打ち明けたのかもしれないと思いました。それを辻花君に拒絶されて、彼を殺してしまった。漠然とですが、そう考えたことがあった気がします」

「ということは、つまり――」

「私、蛭間君が辻花君に思いを寄せていることに気がついていました。彼が特別な思いを込めて辻花君のこと、見つめていたことを知っていました。だって、私もいつも彼を見つめていたのだから」

 蛭間昭雄は辻花良悦のことが好きだった。辻花良悦と奈津が付き合い始めた時、蛭間昭雄はショックを受けたのだろう。だがそれは、奈津が好きだったからではなく、辻花良悦が好きだったからだった。

「辻花さんは、そのこと、知っていたのですか?」

「いいえ。彼は気がついていなかったと思います。仲の良い友人、蛭間君のことはそう思っていたはずです。それ以上でも、それ以下でもなかった」

「そうですか・・・」

 奈津は辻花と蛭間、二人の名誉を守りたかったのかもしれない。

「就職が決まり、三人でスキー旅行に出かけました。戻って来てから、辻花君の様子がおかしくなりました。すっかりふさぎ込んでしまい、訳を聞いても押し黙ったままで、何も答えてくれませんでした。急に実家に帰ったりして、スキー旅行で何かあったことが直ぐに分かりました。でも、その時、私、てっきり蛭間君との間で何かあったのだと思ってしまったのです。三人で旅行するのも最後です。蛭間君が自分の気持ちを打ち明け、優しい辻花君はそのことで悩んでいるのだと思っていました。それが・・・」

「スキー旅行の帰り道、事故を起こして人を死なせてしまっていたのです」

「彼は優しい人でした。事故とは言え、人を殺してしまったのなら、そのことに耐えられなかったと思います。しかも、その事実を隠蔽してしまったのなら、尚更です。罪悪感に苛まれていたことでしょう。辻花君は何時もの辻花君ではなかった」

 そう言った奈津の右目から一筋、涙が零れ落ちた。

 美人の涙は破壊力抜群だ。「だからと言って、彼の命を奪う権利なんて誰にもありません。弓月がやったことは、卑劣で許せないものです。あの・・・もし・・・もし、良かったら、僕で良ければ、何時でも話を聞きます。呼び出してもらえば、飛んで来ます」

 言った途端、顔が赤らむのが分かった。まるで愛の告白だ。

 奈津はにこりと微笑むと、「ありがとう。あなたも優しいのね」と言った。

 ああ、この人を守ってあげたい、心からそう思った。

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