あるべきはずのもの②
「困ります」と奈津は言った。
小柄で顔が小さく目が大きい。美人だ。ゆで卵にように白くて張りのある肌をしている。柔らかく丸いマシュマロを思わせた。
橋本奈津に会いに来ていた。辻花良悦の恋人だった女性だ。弓月の学生時代の知人を回り、彼女が大学を卒業してから、丸の内にある大手都銀で働いていることを突き止めた。
学生時代の友人に訪ねて回ったことが、噂となって彼女の耳に届いていたようだ。
「ただでさえ、色々あったのに・・・会社の人に、また、何かあったんじゃないかと思わてしまいます」と奈津は批難の眼差しを向けた。
それでも、こうして会ってくれたのは、弓月の事件のことを聞きたいからだろう。弓月と一緒に働いていたことは伝えてあった。
「会社が終わってから、近くのファミリーレストランで良いですか?」と言うので、先に来て座った場所をチャットで送って奈津を来るのを待った。少々、待たされたが、妖精のように軽やかな足取りで奈津がやって来た。
奈津の姿を見た途端、デートでもないのに、胸がときめいた。
「ご存じでしょうが、大学のサークルで一緒だった弓月、いや、斎藤と言った方が良いですかね。彼、亡くなりました。遺体を発見した時、僕もそこにいました」
「事件のことは、ニュースで知りました。ため池から遺体が見つかったって。事件、事故の両面から捜査が行われていると言っていましたが、溺れて亡くなったのですか?」
「いえ。ため池から遺体が見つかったことは事実ですが、死因は溺死ではありませんでした。絞殺です。絞め殺されたのです。そして、後ろ手に縛られ、池に沈められていました」
「まあ・・・!」と奈津が目を見張った。
ただでさえ大きな目が一層、大きくなる。
「事件は大阪府警が捜査しています。でも、彼の地盤はこちらですからね。大阪府警で手が回らないことを、警察の捜査に協力する形で調べています。そこで、こうしてお話しをお聞きしたくて参上した次第です」
大阪府警から捜査協力を依頼された訳ではないが、府警OBの依頼で動いているようなものだ。あながち嘘ではないだろう。
奈津が警戒心を解くのが分かった。
「それで、お聞きになりたいのは、辻花君の事件のことですか?私の知っていることは、全て警察にお話ししましたけど」
「はい。辻花高寛君、ご存じですよね。良悦さんの弟さん、あなたが彼に話したことくを彼から聞かせてもらいました」
「ああ、では、もう何も申し上げることは無いと思います」
奈津はまだ蛭間が良悦を殺害し、その後自殺したという警察発表を信じているはずだ。その前提がひっくり返れば、また違った話が聞けるかもしれない。
「橋本さん。実は――」と声を潜めた。
軽々しく人に話すことではないが、俺は警察官ではない。誰に何を話すか、制限などないのだ。俺は調べた事実を残さず奈津に伝えた。
奈津は表情をくるくると変えながら、俺の話に聞き入っていた。
途中、注文を取りに来た店員に、ハンバーグ定食を頼んだ。朝から、ろくなものを食べていなかった。猛烈に腹が減っていた。奈津にも、「何でも好きなものを注文して下さい」と言ったのだが、「食事は家に帰って済ませます」と奈津はコーヒーを頼んだだけだった。
恥ずかしかったが、空腹には勝てなかった。
長い話が終わると、奈津は「大変でしたね」と優しい言葉をかけてくれた。また、胸がときめいた。「そう言えば」と奈津は言う。何か気が付いたのだ。
「辻花君、蛭間君、斎藤君の三人がもういないなんて、信じられない気がします。誰が誰を殺したのかなんて、正直、もうどうでも良いのです。そんなこと分かっても、辻花君が帰って来る訳じゃありませんから。
三人、仲が良くて、何時も一緒でした。三人共、親元を離れているし、学生ですから、仕送りを使い果たすと、アルバイトをしたり、お金を貸し借りしたりして生活していました。辻花君は実家が裕福だったので、仕送りが十二分にあって、アルバイトは彼らとの付き合いでやっていただけでした。社会勉強だって、よく言っていました。そんな辻花君にお金を借りるのが、嫌だったんでしょうね。蛭間君と斎藤君の二人は、お互いによくお金の貸し借りをしていたみたいです」
その話は聞いたことがあった。良悦は実家が裕福であることを恥じていたふしがある。蛭間や弓月同様、金のない学生生活を送りたがっていたのかもしれない。
「蛭間君はミリタリーナイフを集めていたり、スニーカーが好きだったりで、多趣味でした。趣味にお金がかかるので、常に金欠状態でした。斎藤君はしっかりしていましたから、蛭間君が斎藤君からお金を借りることが多かったと思います。お金を借りる時、質を、担保を入れていたようです」
「へえ~学生同士の金の貸し借りなのに、しっかりしていますね」
「斎藤君、その辺もしっかりしていましたから」
学生時代からよく言えばしっかり者、悪く言えばセコイ男だったようだ。




