殺人計画③
「確か、そのナイフは蛭間さんのもので、護身用にお兄さんに貸し与えたものでしたね」
「はい。学生同士ですから、仕送りを使い果たしてしまうと、お金の貸し借りをすることが多かったそうです。兄は金銭的に恵まれた立場にあります。お金を貸すことが多かったでしょう。蛭間さんにお金を貸した時、担保として大事にしていたミリタリーナイフを渡したそうです。兄はそんなもの要らないと断ったのですが、ストーカーの件があったので、護身用に持っていろと、蛭間さんから押し付けられた。そのことからも、蛭間さんがストーカーでなかったことが分かります。自分に危害を加える凶器を貸し与えるはずありませんから。
蛭間さんからナイフを押し付けられた兄は、結局、持って歩くのが嫌で、部屋に置きっぱなしにしていました。弓月はそれに気が付いたのです。蛭間さんのナイフがあることに。隙を見てナイフを手にすると、背後から兄に襲い掛かりました。後は・・・ご存じの通りです」
兄の殺害状況を子細に口にしたくなかったようだ。辻花良悦は半身を廊下に乗り出すようにして、うつ伏せで倒れていた。腹を刺されており、ナイフが首筋に深々とつき立っていた。
「やはりお兄さんを殺害したのは、弓月だったのですね」
「彼は犯行を認めました。兄を殺害したのは弓月です」
「蛭間さんはどうです?本当に自殺だったのですか?」
「田口さんが最も聞きたかったのは、そこです。だから、必死で青木さんを止めたのです。蛭間さんの死の真相を聞きたかった。兄の事件の告白が終わると、当然、田口さんが息子さんの事件について尋ねました。また、いい加減なことを言うのかと思ったのですが、意外にも弓月は素直に犯行を認めたのです」
「犯行を認めた?蛭間さんを殺したと言うことですか?」
「弓月は蛭間さんを自殺に見せかけて殺したのです。そして、兄殺しの罪を着せた。卑劣な男です。それだけでなく、事件を利用して有名になった。探偵事務所を開いて、所長に収まった。名推理?冗談じゃない!あいつが真犯人だったのですから。全て、分かった上で都合よく、筋書きを書き換えた。それだけのことだったのです」
激高する高寛に、「ち、ちょっと待ってたれや」と鬼政が口を挟んだ。「指紋はどうしたんや?ナイフの柄には被害者、即ち、あんたのお兄さんの血痕があって、その上に蛭間の指紋が残っとった。弓月がお兄さんを殺害してから蛭間を殺したとなると、ナイフの柄に蛭間の指紋が残っとったことの説明がつかへん」
「すいません。そう言ったことを明らかにするのは、警察の仕事でしょう。弓月が犯人だということさえ分かれば、私たちにはそれで充分でした。弓月の告白を聞いて、田口さんが、もう良いだろう。息子の恨みを晴らさせてくれと言いました。弓月が憎かった。兄の仇です。でも、人を殺すのは簡単ではありません。殺したいほど憎くても、いざ殺すとなると、どれだけ勇気を振り絞っても、実行に移せませんでした。皆、押し黙ったまま、手を出せずにいたのです」
「それで、どうなったのです?」
「弓月は我々の動揺を見抜いたのです。待て。頼むから、殺さないでくれ。そう訴えました。そして、俺を殺すと、あんたの娘さんの居場所が分からなくなるぞと青木さんに言いました。痛いところを突いて来た。青木さんとしては、例え骨になっていても、娘さんには戻って来てもらいたい。そう願っていました。娘を何処に埋めたんだ!と青木さんが弓月に詰め寄りました。やつは俺を開放しろ。そうすれば、娘の居場所を教えてやるとしか答えませんでした。
田口さんは、今、こいつを開放すると、息子の仇を討つ機会が永遠に遠のいてしまう。こんなやつ、生きている資格がない。殺してしまおうと言って弓月に襲い掛かろうとしましたが、今度は青木さんが、待ってくれと、必死になって止めました」
「さっきとは逆になってしまった」
「皆、迷いを抱えていたのです。兄の仇は討ちたい。でも、人を殺すことなんて出来ない。正直、僕はこのまま弓月を殺さずに済めば良いのにと、心の何処かで思っていました。その気持ちは皆、同じだったと思います。結局、僕らは弓月を開放しました」
「弓月を・・・解放したのですね」
「命を助ける代わりに、青木さんのお嬢さんを埋めた場所を教える。それが条件でした。そう弓月に約束させた。そして、僕と弓月とで、藤川さん、あなたをホテルまで運んで行った」
ホテルの防犯カメラには、高寛と弓月がぐったりとした俺を運び込む様子が映っていた。
そして弓月はホテルを出て殺された。
あの夜、弓月は言った。人を殺すようなやつは、この手で地獄の邏卒に引き渡してやると。地獄の邏卒に引き渡されたのは弓月の方だった。
「朝、起きたらホテルの部屋で寝ていたので、びっくりしました。それで、弓月は青木さんの娘さんを埋めた場所を打ち明けたのですか?」
「あなたをホテルに送って行った後、弓月の実家がある千葉県の流山にある山林に埋めたと、住所を教えてくれました」
「その住所を教えてくれ」と鬼政が言うと、「メモは青木さんに渡しました。ですが、あの時のメモを書き写したものを持っています」と紙切れを見せてくれた。手帳の一ページのようだ。
メモは青木に渡した。当然だ。娘の居場所を知りたいに決まっている。
「そして弓月は姿を消したのですね」
命拾いをして戻った夜に、弓月はホテルをチェックアウトしている。
「弓月がホテルに戻ってからのことは知りません。僕は家に戻りました。やつがホテルから消えたと知って、驚いたくらいです。そして、やつが殺されたと聞いて、もう一度、びっくりしました。誰がやつを殺したのか、僕らにも分からないのです。やったのは僕らじゃない」
「お嬢さんを埋めた場所を聞き出すことが出来たので、青木さんが弓月を始末したのではないのですか?或いは田口さんが」
「弓月が本当のことを言っているのかどうか、確かめる必要があります。青木さんは、実際に行って確かめてみると言っていました。山を掘り起こしてみるのです。それまで、弓月に手出しなんて出来ません。弓月はホテルからいなくなった。そして、殺されてため池に沈められていた。一体、何があったのでしょうか?」
それを聞きたかったのだ。
「あのため池は、じぶん家が所有しとるもんやなぁ?」鬼政が口を挟む。
「何故、うちのため池が使われたのか、それも分かりません。あそこは人目につきませんから、単なる偶然ではないでしょうか?さあ、これで全部です。あの夜のことは、全てお話しました。逃げも隠れもしません。僕らのやったことが罪になるのなら、捕まえて下さい」
高寛が開き直る。刑事の振りをしているが、鬼政に逮捕権など無い。結局、高寛を開放するしか無かった。
高寛が喫茶店を後にしてから、鬼政に尋ねた。「これからどうしましょうか?」
そして、鬼政に言われたのが、「ここから先は警察の仕事や。警察の組織力に任せるしかあらへん。兄ちゃんは東京に戻っていな」という言葉だった。
俺は東京へ戻って来た。
ひとつ、鬼政に頼まれたことがあった。
弓月が青木の娘を埋めたと告白した住所を携帯電話の地図アプリで調べてみると、住宅地になっていたのだ。
「弓月に騙されたみたいやな。兄ちゃん、あんたに頼みたいことがある。青木の娘探しや。あんたは弓月に近い。あんたやったら、弓月たちが娘さんの遺体を何処に埋めたんか、探り当てることが出来るかもしれへん。いや、これは、あんたにしか出来ひん仕事や。兄ちゃん、あんたならきっと出来る。期待しとるで」
世慣れた鬼政だ。人をおだてるのが上手い。俺はすっかりその気になってしまった。




