消えた女子高生④
「奈津さんの話を聞いた時から、弓月さんに対して疑念を抱くようになりました。果たして、彼が言ったことは事実なのか?兄は蛭間さんに殺されたのか?全てが信じられなくなりました。部屋を整理しながら、兄が残して行ったものを調べました。でも、兄の死に繋がりそうなものは、何も見つかりませんでした。いえ、僕には見つけることが出来なかった」
押入れの中に、ギターケースが押し込まれていた。
良悦は中学生の頃、ギターを弾き始めた。最初は楽譜を買って、流行歌を弾き語りしていたのだが、その内、それだけでは飽き足らなくなったようで、自分で作詞、作曲をするようになった。
高校時代には友人とバンドを組んで、路上で歌ったりしていた。高寛も兄の影響を受け、ギターを始めた。今でも、ギターが趣味だが、良悦の方は、大学に入ってからダンスに夢中になり、ギターは止めてしまった。
荷物整理の手を止め、ギターケースからギターを取り出した。長い間、演奏していなかったのだろう、弦が弛んで音程が滅茶苦茶になっていた。高寛は兄のことを思い出しながら調弦した。
ギターケースの中に、歌詞を書き溜めたノートがあった。
ぱらぱらとめくってみると、「悪路王に捧げる鎮魂歌」という歌詞があった。この時は、後に弓月の興味を引く為の小道具になるとは思わず、へえ~と思っただけだった。
「ああ、あの時のメモですね。叔父さん、確か、井上輝秀さんが拾って来たと言う。どうせ偽名なんですよね」
「はい。叔父は辻花公正と言います」
「そう言えば、あの、のっぺりとした顔をした男って、何だったんですか?」
「ああ」高寛は苦笑いをしながら、「叔父が推理小説マニアで、謎の男を出した方が良いと言うので、想像で作り上げた人物です。特徴の無い顔、印象に残らない顔が良いという叔父の意見に従って、のっぺりとした顔をした男が誕生しました。実際に、のっぺりとした顔をした男なんていません」と言った。
それを聞いて、鬼政が口を挟んだ。「のっぺりとした顔っちゅう表現はあかんかったな」
「ダメですか?」
「皆で口裏を合わせたことがあかんねん。人の感覚はそれぞれや。のっぺりとした顔と言うのは、凹凸の少ない平坦な顔のことやろ?そやったら、薄い顔だとか、平坦な顔だとか、いくつも言い方がある。頬に傷がある男とか、一目で分かる具体的な特徴やないからな。皆が皆、のっぺりとした顔をした男と表現すると、そりゃあ、不信感を抱かれる」
なるほど、弓月は「悪路王に捧げる鎮魂歌」のメモやのっぺりとした顔の男のことを、調査を攪乱しようとする陽動作戦だと言っていた。
小細工は見抜かれていたようだ。
「策士策におぼれるっていうやつですね。さて、話を進めます。実は兄の手紙を見つけたのです」
「手紙⁉遺書があったのですか?」
「遺書ではありません。兄の告白でした」
ある日、テレビ・ドラマを見ていて、一番上の白紙の便箋を鉛筆で軽くこすると、上にあった便箋に書いた筆跡が浮かび上がってくると言う場面を見た。
それを見て、ひらめいた。
実家で良悦が使っていた部屋は、そのままになっており、都内のマンションから持って帰って来た遺品がダンボール詰めのまま放置されていた。何時か片付けようと思っているのだが、なかなかその気にならない。
机の上に便箋があった。ダンボールから出したものではない。もとから机の上に置いてあったものだ。以前は無かったような気がする。事件の直前、良悦が実家に戻って来た時、机の上に置いたもののようだ。あの時、様子が既におかしかった。
何か書いたのであれば、便箋に筆跡が残っているかもしれない。
「兄の部屋に行き、机の上にあった便箋の一番上のページを鉛筆で軽くこすってみました。すると、そこに恐るべき告白が記されていたのです」
「恐るべき告白ですか⁉」
驚くべき話だとか、恐るべき告白だとか、高寛の話はやや大仰だ。だが、さっきは本当に驚いた。
「宛名は青木矩史様となっていました。そして、そこには、冬に友人二人とスキーに行き、帰路、路上で高校生くらいの女の子を跳ねてしまったということが淡々と書き連ねてあった。兄は警察に届けようと言ったそうですが、折角、決まった就職がふいになっても良いのかと友人たちに脅され、結局、警察に通報はしなかった。それだけでなく、救急車も呼ばずに、瀕死の女の子を車のトランクに押し込んで、その場から立ち去った。そう書いてありました。
助手席に乗っていたと書いてあったので、車を運転していたのは、兄ではなく、別人だったのでしょう。当時、兄と仲が良く、何時も一緒に行動していたのは斉藤和幸こと、弓月知泉と蛭間昭雄の二人です。恐らくこの三人で、スキーに行ったのでしょう。蛭間さんは免許を持っていなかったので、兄が車を運転していたのでなければ、弓月だと言うことになります。
事故で将来がふいになることが怖かったのです。本当にすいません。後悔しています。友人を説得して、警察に自首します。そう書かれていました。残念ながら、そこで終わっていました。そうです。もうお分かりでしょうが、青木さんが出会った若者というのが、兄だったのです」
話が繋がった。青木の娘は弓月が運転する車にはねられた。そして、何処かに連れ去られた。
「車は兄が所有していたものです。免許を取った後、中古車を買って乗り回していました。その後、ガードレールにぶつけてしまった。就職したら自分で稼いだ金で新車を買うと言って、その車は廃車にしてしまいました。青木さんのお嬢さんをはねた形跡を誤魔化す為に、わざとガードレールにぶつけて廃車にしてしまったのでしょう」
事件前、帰省した良悦の様子が変だった。その理由が明らかになった。良悦は自らが犯した罪の重さに苛まれていたのだ。
「マンションで兄の遺品を整理した時に、何枚か名刺がありました。レストランや飲み屋、美容師の名刺ばかりでしたが、中に一枚、青木という人の名刺があったような気がしました。教師という肩書で、誰だろうと思ったので記憶に残っていました。探して見ると、果たして名刺が出て来ました。青木矩史さんの名刺でした。
一人で秘密を抱えていることが出来なくなり、父に相談しました。兄の秘密を全て打ち明けました。話を聞いた父は、それが事実なら大変だ。青木さんと会って話をしなければと、その場で電話をかけました。そして、青木さんに会いに行きました」
辻花大吾は青木に会いに行った。
青木の家に着くと、玄関先で土下座をして、「うちの息子が、とんでもないことをしでかしたようです。申し訳ありません」と詫びたそうだ。
「まあ、頭を上げて下さい。そして、話を聞かせて下さい」と青木は大吾を自宅へ招き入れた。
「部屋で見つけた便箋の話をすると、青木さんは、そんな手紙、受け取っていませんと答えました。兄は手紙を投函することなく、殺害されたのです。口を封じる為に、殺された。きっとそうです。そして、もう一人の目撃者である蛭間昭雄さんも殺された。それも兄の恋人をストーキングし、それがバレそうになって兄を殺害し、それを苦に自殺したことにして。死人に口なし。蛭間さんは幾重にも濡れ衣を着せられて殺されたのです。そうに違いありません」
残ったのは弓月ただ一人、弓月が全てを知っているはずだ。
「そして、僕らの計画が始まったのです」高寛は言う。
弓月の化けの皮が少しずつ剥がれていっている。弓月に憧れて、探偵事務所に門を叩いた。憧れだった弓月の実像は虚飾に塗れたものだった。
俺は軽い眩暈を感じた。




