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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第三章
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消えた女子高生①

「どうやら渡川さんがこの事務所を引き継ぐみたいだ。弓月探偵事務所だと客が来ないから、渡川探偵事務所に名前を変えるそうだ。全く、あの人は・・・転んでもただでは起きない。藤川君、君、どうするの?」杉山が声を潜めながら言った。

 杉山が俺の机の上に腰をかける。自然と見上げる格好になった。

 仕方がないのかもしれない。所長が殺されるような探偵事務所に調査を頼む人間などいない。事件以降、顧客がほぼ居なくなったという噂を聞いていた。

「杉さんはどうします?」

「俺は辞めるよ。渡川さんとはウマが合わないからね」

「そうなんですか⁉」

 驚いた。杉山は渡川が連れて来た人間だ。気心の知れた仲だと思っていた。「驚いたなあ~てっきり、二人、仲が良いのだと思っていました」と言うと、「仲が悪い訳じゃない。渡川さんは一緒に働くには良いが、ボスとして仕えたい相手じゃない」と答えた。

「へえ・・・」

 杉山も渡川もベテランの調査員だ。素人同然の弓月が相手なら、いくらでも誤魔化すことが出来るが、渡川相手だとそうは行かない。やり難い相手だと言うことだろう。

 杉山に辞められると、かなりの戦力ダウンだ。

「杉さんが抜けてしまうと、うちの事務所、やって行けますかね?」

「渡川さんのことだ。俺が抜ければ、また別の人間を引っ張って来るだけさ。そう言えば、例の井上家の土地問題だけど、どうやらガセネタだったみたいだ」

「ガセネタですか?」

「うん。ほら、土地の名義の書き換えを巡ってトラブルになっていたってやつ。調べてみると、そんな土地は無かった。何処か他所の家の話だったみたいだ。井上家には相続を巡って争っている土地は無かった。所長は何処でそんなガセネタを掴まされたんだろう」

 杉山は何処か納得の行かない顔をしていた。

「そうなんですか」

「調査を始めた時は、トラブルに関する情報が山の様に寄せられたんだが、所長の事件の後、情報提供がぴったりと止まってしまった。そして、全てがガセになった」

「どういうことでしょうか?」

「俺が騙されたってことだろうな」杉山は自嘲気味に笑った。

「杉さんを騙すなんて、相当、手の込んだ仕掛けがあったのですね」

 辻花家の人間だろう。杉山を罠にはめたのだ。

「所長は井上輝秀が犯人だと踏んでいたようだが、見当違いだったようだ。はは。それで捜査の方は進んでいるのか?」

「こちらに戻って来てから、何の連絡もありません」

 大阪での滞在を切り上げて、東京に戻って来た。

「ここから先は警察の仕事や。わいらが走り回って出来ることなど、たかが知れとる。警察の組織力に頼るしかあらへん。何ぞ動きがあれば教えたるから、兄ちゃんは東京に戻っていな」と鬼政に言われたからだ。

 心残りではあったが、戻って来た。だが、鬼政からの連絡は無かった。

「いいか。事件当日の話は言うてもかめへんけど、わいらが調べたことは、誰にも言うたらあかん。捜査の邪魔になるかもしれへん。兄ちゃんの胸になおしとってくれ」と鬼政に言われていた。事件当夜の話と弓月の遺体を発見したこと以外、鬼政との捜査で掴んだ事実は事務所の人間にも言っていなかった。

 大体、筋肉バカの俺が大阪府警のOBと組んで、事件の捜査をしているとは誰も思わないだろう。鬼政と調べたことを自慢して回りたい気はあった。だが、ぐっと堪えていた。渡川にも言っていないのだ。杉山に話す訳には行かない。

「気持ち悪いな~黙り込んだかと思ったら、急ににやにやして。まあ、良い。何か分かったら教えてくれ。俺も事件の経緯が気になっているんだ」

 鬼政との捜査を思い出して、にやついてしまった。

「分かっています」

 気を引き締める。

「じゃあな」と言うと、杉山は「俺はな。田口が怪しいと思っている。やつが弓月を殺した犯人じゃないか」と言い残して去って行った。

 田口?意外なところを突いてくる。そう思った時、脳味噌に釣り針が引っ掛かったような、ぴりりとした居心地の悪さを感じた。

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