表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第一章
3/53

名探偵登場②

 何時もと変わらない夜だったと言う。

 晃の父、井上晴秀(いのうえはるひで)は何時も通り、十時頃、ベッドに入った。家事を終え、淳子がベッドに横になった時、隣で晴秀は鼾をかいていた。

 翌朝、晃が居間に降りると、台所で朝食を準備していた淳子から「ねえ、もう直ぐ、朝ごはんだから、お父さんを呼んで来て。庭か書斎に居ると思う」と頼まれた。

 晃は書斎に向かった。晴秀は朝、庭で草花に水を遣るか、書斎で読書をしていることが多い。書斎から見て回ることにした。

「鍵はかかっていませんでした」と晃は言う。

 家屋は日本建築だが、台所と一緒になった居間、応接間、書斎は床を張り替え、洋間にしてあった。

「書斎に入ると、親父が倒れていました」

 父親を発見した晃は「母さん!大変だ~‼」と喚きながら抱き起した。体は既に冷たくなっていた。

「きゃあ――!」背後から、悲鳴が聞こえた。

 淳子だ。晃の喚き声を聞いて、書斎に駆け付けて来たのだ。晴秀を抱きかかえた晃を見て悲鳴を上げた。

――母さん、救急車!

 晃が怒鳴る。淳子は踵を返すと、「お父さん!お父さん!」と叫びながら、居間に向かって駆けて行った。居間に固定電話がある。救急車を呼んだ。

「てっきり、脳卒中か心不全を起こしたのだと思いました。でも、首に赤い筋が残っていたことに気がつきました」

 索条痕だ。紐状のもので首を絞められた跡だ。

「直ぐに救急車が駆けつけてくれましたが、手の施しようがありませんでした。救急隊員が、事件性が見られるので警察に連絡しますと言いました。通報を受けて、警察官が駆け付けて来ました」

 捜査員と鑑識官が押し掛け、屋敷は戦場の様になった。

「自分がしっかりしなければと思いました。先ずは親父のこと、叔父さんに知らせました」

 晴秀の弟、輝秀は近所に住んでいる。

「叔父さんが直ぐに駆けつけてくれました」

 ひと通り、遺体発見の経緯を聞くと、弓月が質問を始めた。「晃さん。あなたの部屋はどちらですか?」

「二階です」

「お父さんの死亡推定時刻は、確か、夜中の一時から三時までの間でしたね?階下で物音を聞いていませんか?」

「すいません。寝ていたものですから、気がつきませんでした」

「お父さんの首に赤い筋がついていたそうですが、どんな跡でしたか?例えばこう、直立した状態で地面と平行についていたのですか?それとも、こんな感じで斜めについていたのですか?」弓月は自分の首に手を当てながら索条痕の様子を尋ねた。

「はい。地面と平行だったと思います」

「確かですか? 策条痕の様子から、自殺だったのか、他殺だったのか、大体、分かります。策条痕が地面に平行に着いていたのなら、背後から首を絞められた可能性が高いのです。他殺と言えます。首から耳の後ろにかけて策条痕が着いていたのなら、首を吊った可能性が高くなります」

 晃はもう一度、考えてから、「平行でした」と答えた。

「首に掻きむしった跡はありませんでしたか?」

 吉川線と呼ばれるものだ。首を絞められた時に、被害者が苦し紛れに自らの首を掻き毟りついた跡のことだ。他殺の証だと言われている。それくらいの知識は俺にもある。筋肉と同じくらい、頭の回転の早さも自慢なのだ。

「ええ、確かにありました。首に引っ掻いた跡が。でも、部屋にロープはありませんでした」

「誰もロープで首を絞められたとは言っていませんよ。確認ですが、ドアに鍵は掛かっていなかったのですね?」

「鍵はありますが、書斎に鍵を掛けたことはありません」

「窓はどうなっていましたか?」

「窓は閉まっていましたが、鍵は掛かっていませんでした」

「書斎の窓に鍵が掛かっていなかった?ふむふむ。そこから犯人が侵入した可能性がある訳ですね。ひとつ分かりませんね」

「何でしょう?」

「犯人が書斎の窓から侵入したと仮定して、お父さんが様子を見に行った時に、犯人は書斎にいたことになります。犯人は書斎で何をしていたのでしょうか?書斎に何かあるのですか?金目のものが?」

「はい。金庫があります。うちは近所にマンションとか、持っていますので、家賃やら何やらで、金庫の中には常に現金がありました」

 晃の言葉に「マンションとか?」と弓月が食いつく。

「マンションがひとつにアパートが二つあります。二つと言っても、ひとつは四軒ほどの小さなものですけど。それぞれに駐車場があって、他にもう一カ所、駐車場があります」

 メロンだ! 弓月がよく言っている。金を運んで来てくれる人間のことをメロンだと。社内で使う隠語だ。金蔓という言葉から蔓に成る植物を連想したのだろう。中でもメロンは高級品だ。

 これは特上のメロンだぞという弓月の心の中の声が聞こえてきそうだった。

 弓月が顔に笑顔を張り付けながら尋ねる。「ほう~犯人は書斎に金庫があることを知っていたのですね」

「そうかもしれません。弓月さん」

「何でしょう?」

「父を殺した犯人を捕まえて下さい」

「念押しなど必要ありません」弓月は不愉快そうに答えると、毅然と言った。「あなたのお父さんを殺した犯人、いや、人を殺すようなやつは、僕がこの手で地獄の邏卒(らそつ)に引き渡してやります。ご心配なく」

 晃からの事情聴取が終了した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ