不意打ち①
「兄ちゃん、今日はこれくらいにしておこう。部屋に戻ってゆっくりしぃ。明日、その気があるなら続きをやろう」
飛車に礼を言うと、「ご用の際は、何なりとお申し付け下さい」と口では言いながら、これ以上、係わりたくないとばかりに逃げて行った。
飛車がいなくなると、鬼政が躊躇いがちに言った。「一人でいるのが嫌なら、飯でも食いに連れて行ってやる。どうせ、わいも一人飯やからな」
折角、食い倒れの町に来ているのだ。地元の人間に案内してもらえるなんて、そうそうない。一も二もなく「はい」と返事した。
鬼政は嬉しかったようで、「さよか~今日はわいのおごりや。串カツでも食いに行こう」と行きつけの串カツ屋に連れて行ってくれた。
「兄ちゃん、どんどん食えや」と腹いっぱい串カツをご馳走になると、「ええか、ゆっくり休め。くよくよ考え込むんやないで」とホテルに送ってくれた。
一人で部屋にいると、色々、考えてしまう。会田とジムに行く約束をしていた。忙しいサラリーマンだ。仕事を済ませてから食事をし、ジムに来るとなると、かなり遅くなる。約束の時間には早かったが、先に行って待っていようと思った。
ジムに行くと、会田がいた。
「早いですね」と言うと、会田は白い歯を見せて笑った。「今日は、仕事が不調でしたので、早めに切り上げて来ました。まあ、こんな日もあります」
「仕事が上手く行かなかったのですか?」
「交渉決裂です。テーブルを叩いて、帰ってきてしまいました」
「テーブルを叩いて帰って来た⁉そんなことして、大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃないかもしれません。お客様、腹を立てたでしょうから」
「そんな・・・お客さんに謝った方が良いんじゃありませんか?」
他人事ながら、心配になった。だが、会田は涼しい顔で、「はは。ご心配には及びません。なあに、少々、我儘なお客様で、契約は済んでいるのに、追加であれをやって欲しい、これも入れてくれと、要求が多いのです。なるべく、ご満足いただけるように善処して参りましたが、こちらも商売です。慈善事業ではありません。譲れない線というのがあります。物別れになった方が良い場合もあります」と笑った。
屈託のない笑顔だ。本心だろうか?
会田がいるのは、生き馬の目を抜く世界だ。そういうものかもしれないと思った時、携帯電話が鳴った。会田の携帯だ。
「ちょっとすいません」と会田がジムから出て行った。
暫くして戻って来ると、「ご心配おかけしましたが、お客様からでした。明日、もう一度、話し合いたいと言うことです。予定より一泊、滞在が伸びそうです」と嬉しそうに言った。
賭けに勝ったようだ。
「しょっちゅう、こんなことをやっている訳ではありません。でも、時には開き直りも大事です」と会田は言う。そして、「さあ、ベンチプレス、やりましょうか?今日も追い込みましょう」と相変わらず、精力的だ。
会田の言う通りだ。くよくよしていても仕方がない。時には、開き直ることも必要だ。




